宝探しと暴走奴隷
昨日は寝付けなかったなどと言っている場合ではない。
流石にあの調子でアルシェに迫られてはいつ手を出してもおかしくはない。
起きてからも寝ぼけたままアルシェの作った料理を口に運ぶ。
「クォルテ、眠そうだけど大丈夫?」
「まだ大丈夫だ」
ルリーラにまで心配されてしまうくらいに俺の顔は酷いのだろう。
「眠らないと成長しないらしいけど」
「俺の年になるともう成長しないだろう」
ネアンの言葉にとりあえず返す。
「今日は何するの?」
「ああ、そうだな……」
今朝の出来事が頭から離れず大事なことは何一つ考えていない。
「とりあえずアルシェの魔法の練習ついでに探索魔法を使い続けてもらおう」
体内に蓄えている魔力を使い続ければ感情の暴走はしないだろう。
「わかりました」
返事をしたアルシェに目線が動く。
プリズマらしい色素の薄い白い肌、そこに浮かぶ艶のある桜色の唇。
部屋着にしている純白のワンピースの奥にある白磁の肌、そんな目立つ容姿で最も目を引くであろう大きく膨らんだ二つの胸。
そこまで思いかぶりを振り邪な感情を振り払う。
「じゃあ朝食後に頼む」
視線を逸らし邪な感情を抱きにくいルリーラの方を向く。
「何か失礼な視線を感じるけど」
「大丈夫だ」
健康的な可愛さ幼さの残る容姿に俺は親指を立てる。
「どういう意味さ!」
ルリーラを見ていて気持ちが落ち着き賑やかな朝食を終えた。
「炎よ、鷹よ、彼の者が求めし宝を探し出せ、ファイアホーク」
準備を整えアルシェは呪文を唱え、炎の鷹はまた窓から飛び立つ。
「昨日と同じじゃない?」
「今日は疲れるまで探すから、準備はしっかりな。水とかの水分は特に注意な」
「水ならクォルテが出せるよね」
「最終手段はそうするが、あまりお勧めはしないぞ」
「魔法で作られた水は不純物が多いから衛生状況がよくないの」
ネアンが俺の代わりに応えてくれる。
「煮沸とかろ過をすれば飲めるが、街中だとそんなことするよりも買ったり持ち歩いていた方がいいだろ?」
「確かに白の中で二人ともやってたね」
俺が水を出してそれをアルシェの炎で煮沸し真水を作る。
今回旅でも使えるように練習していた。
「見つけました」
雑談を途中で遮りアルシェの声が上がる。
「じゃあ、向かおう」
「はい。炎よ、目的地を示す地図となれ、コンパス」
炎の地図を片手に宝探しに出発する。
日が昇り光の鏡は消え、妖精の姿が消え生きている人間が街は賑やかに飾る。
整理された石畳を子供が走り回りその親の声が響く。
「はぐれないようにしろよ」
「わかってるよ」
俺の言葉にルリーラは反応する。
「それならルリーラは私と手を繋ごうか?」
「え?」
ネアンはそう言ってルリーラに手を差し出すと、ルリーラは困惑したようにこちらを向く。
「別にいいんじゃないか?」
「うん、じゃあ」
おずおずとネアンの手を掴む。
まるで親子か姉妹の様な微笑ましい光景に頬が自然と緩む。
「アルシェも一緒に手を繋ごう。ほら」
流石に恥ずかしかったのか無理矢理にアルシェの手を強引に掴む。
アルシェも嫌がることなくルリーラの手を握る。
「ほら俺がコンパス持っててやるよ」
仲のいい家族の様に手を繋ぐ三人の前をコンパスとにらめっこしながら歩く。
コンパスは大通りを抜けた少し先にある広場にたどり着いた。
「ここみたいだな」
「見せてください」
俺の持っているコンパスをアルシェは横から覗き込む。
フルーティーな甘い香りが漂いドギマギしてしまう。
「ここですよね」
長いまつ毛に赤い目太陽の元でより輝きを増す白い肌がまぶしく感じる。
落ち着け俺。これはこの街のせいだ。街のせい一時高まってしまった感情だ。抑え込め……。
「ここらしいが宝物はありそうか?」
俺は余計なことを考えないようにネアンの方を向く。
「ない」
やっぱり失敗なんだろうか? 昨日もこんな広場だったしな。
「でもここは何か引っかかる」
「どう引っかかるんだ?」
「ここに宝物があった。みたいな感じが漠然とだけどあるの」
「なるほどな」
ここは宝物と無関係じゃない。無関係ではないが宝物に近づく手がかりがあるほどではないってところか。
まあ、宝物がある感じではないよな。
辺りには子供たちが遊びその保護者と思われる女性達が雑談をしている、いかにも公園といった場所だ。
こんなところに宝物があったら誰かに持って行かれているだろう。
「ネアンは宝物が何かって思い出せないの?」
「うん。わかればルリーラ達に迷惑かけなくて済むのに、ごめんね」
まるでルリーラのお姉さんの様に優しく謝る。
「じゃあアルシェもう一度頼む」
「わかりました」
広場から離れ危険が無いことを確認し炎の鷹を再び呼び出す。
少しの間休憩となり俺はその辺の手すりに座り手持ちの水を飲む。
少し離れたところでルリーラはネアンと楽しそうに談笑する。
昨日までが嘘のように仲良くなった二人を眺める。
「クォルテさん」
俺の視線をさえぎるようにアルシェは隣に腰を下ろす。
「もしかして、昨日の夜というか今日の明け方のこと覚えてますか?」
「うぐっ、げほっ」
喉元まで届いた水を俺は盛大に吐き出してしまった。
「クォルテどうしたの?」
「大丈夫少しむせただけだ」
「びっくりしたよ」
「悪かった」
むせてこぼれた水を服で拭う。
「ここにもついてますよ」
俺が反応するよりも早くアルシェの細い指が頬に触れる。
そこは今朝アルシェの唇が触れた部分。
嫌でもその時のことを思い出してしまう。
「自分で拭けるから大丈夫だぞ」
自分で声が緊張しているのがわかる。
「やっぱり起きてたんですね」
そう確認しながら俺の頬についていた水滴をアルシェは指ごと口に運ぶ。
桜色の口元に視線が動く。
「受け入れていただけるなら私は何でも致します。奴隷として女として」
熱の篭った赤い瞳が俺を捕らえて離さない。
少女とは違う女性として期待と覚悟の篭った瞳。
「ていっ!」
その桃色の空気を壊してくれたのはルリーラだった。
軽い手刀を一発アルシェの頭に入れた。
「いい加減にしなさい」
「ルリーラちゃん」
珍しく本当に怒っているらしいルリーラはそれを隠すことなくアルシェを睨む。
「うん、ごめん暴走してた」
「知ってるけど私は怒ってるからね」
「わかってる。だからまた暴走したらまた怒ってね」
「うん」
どうやら落ち着いたようでアルシェは俺に謝ってくる。
「クォルテも雰囲気に呑まれないの」
「ごめん」
「よろしい。それで捜索は?」
「来てます」
来てたのか……、確かにそれはアルシェにしかわからないもんな。
「それで場所は?」
「ここです」
再びコンパスに移された場所はここから少し離れた場所を示している。
「移動してるよなやっぱり」
「私の魔法が失敗してるからでしょうか?」
探索の魔法が失敗しているならそもそも鷹は反応しない。
目標が曖昧なら見つけられているのはおかしい。
アルシェの魔法が暴走しているってことか?
だとするとやっぱり魔力をコントロールしてもらわないといけないか。
「もう一回魔法を使ってみてくれ。今度はより魔力の制御を意識して」
「はい、わかりました」
同じ場所で二度目の魔法。魔力の制御を意識させているしこれで変なことにはならないはずだ。
「出ましたもう一か所も表示させます」
「今回は同じ場所を指してるな」
二つの点は多少のズレはあるものの大体は同じ部分を指している。
「今度は同じってことでいいの?」
「そのはずだ」
俺達は再びコンパスの示す場所に向かって進み始める。
歩き始めるとルリーラは自然にネアンと手を繋ぐ。
昨日始めてあったはずなのに珍しいな。
「どうかしましたか?」
「珍しいなって思ってた」
俺がルリーラに目を向けるとアルシェも釣られて視線を向ける。
何を話しているのか楽しそうに話すルリーラとそれを嬉しそうにネアンが笑う。
その微笑ましい姿に少しだけ寂しさを感じる。
「ルリーラちゃんですか?」
「そうだよ」
「せめて異性に対して嫉妬してあげてください」
そう言っていつも通り柔らかく笑う。
「嫉妬なのか?」
嫉妬は嫉妬なんだろうけど、ルリーラやアルシェのしていたのとは違う気がする。
「私が他の人と仲良くしていたらクォルテさんは嫉妬してくれますか?」
「するだろうな。その時もきっと同じ気持ちになるんだろうな」
「そうですか」
俺の目を見て質問するアルシェに俺は真面目に答える。
「クォルテ!」
その叫びと共に飛びつくと言う名の突進、その攻撃で訪れる衝撃は軽々と俺を吹き飛ばし俺はゴロゴロ石畳の上を転がっていく。
眠気で弱っている俺にこの衝撃のダメージは決して軽くない。
「クォルテ!」「クォルテさん」
二人が近寄ってくるがすぐに答えられない。
駄目だ頭が働かないな。
「少し休ませてあげないといけないね。寝不足だしこっちに休める場所があるよ」
その言葉を最後に俺は意識を失った。
そして俺が意識を取り戻し最初に目に入ったのは赤だった。
「目が覚めたの?」
ネアンか。
目に入った赤はネアンの燃える様な髪と目だったことにようやく気付く。
「俺倒れたんだな」
「ええ」
「ルリーラとアルシェは?」
「二人とも反省して冷たい物を買いに行ったよ」
「そうなのか」
起き上がろうとした瞬間にネアンに額を抑えられる。
「起きれないんだけど」
「起きさせないようにしているの」
ほんのり冷たい手が心地いい。
「もう少し眠りなさい。あの子達は私が見ているから」
「頼んでいいか?」
ルリーラが懐いたんだから大丈夫だろう。
それよりも急にまた眠気が襲ってくる。
「このまま頭を撫でてあげましょうか?」
「そんな……、この、年で……」
俺は優しさに包まれたまま眠りに落ちて行った。