鬼ごっこ その三
歩道や民家の上を通りながら移動を繰り返し、俺は人気が少ない広場に移動した。
全くの無人だとアルシェやミールの魔法が加減なく使われる。
逆に人が多いと小回りの利くルリーラが止められない。
後は三人の誰が来るかで作戦は変わるが、最初に来るのはルリーラで間違いない。
他の二人だと俺の意表を突く以外の効果が無い。
後は領域を可能な限り広くし誰かが来るのを待つだけだ。
ここに来てから数分、領域に誰かが触れた。
領域内でさえワープの様に感じる速度に確認よりも先に回避を優先する。
「やっぱりお前だよな」
「今度は本気で戦うから」
俺が避けるのは想定済みで、着地と同時に地面を蹴り俺に向かってくる。
まずは体勢の立て直しが先だな。
宣言通り一切の躊躇もない連撃に対応しながら体勢を立て直していく。
「前よりも反応速度上がってるのがムカつく!」
「近接はいつまでもお前の独壇場じゃないんだよ」
魔法が使えないルリーラには領域の感覚は理解できていないから、俺の身体能力が上がっていると勘違いしている。
そのため威力よりも速度を上げることに注力している。
速度だけを上げても領域内なら初動から攻撃する箇所は推測できている。
伸びてくる手をはじきながらルリーラの隙を伺う。
「もういい加減媚薬を飲めー!」
痺れを切らしたルリーラは少しだけ攻撃が大振りになった。
攻撃を避けそのまま地面に押さえつける。
「水よ、鎖よ、この者を縛れ、ウォーターチェーン」
水の鎖はルリーラをあっさりと捕縛する。
「ここで私を捕まえてもすぐに……、ってえー!」
俺はルリーラを捕まえるとすぐに抱え走り出す。
その直後に俺が居た位置を囲むように炎の壁が出来上がる。
「なんでわかったのさ」
「俺とルリーラが戦って数分経ってるのに他の二人が参加していない。それに最後の攻撃はわざとらしすぎる」
なんてことはない。
俺がルリーラを捕まえることを前提にあっちは作戦を考えている。
ミール辺りが今までの戦いを経て三人がかりで俺を捕まえられないことを理解した。
それなら一人を囮にして俺が安心したタイミングを狙って捕縛する。
逆の立場なら俺もそう考える。
「最初からバレてたの?」
「参戦してきた場合も考えてた。ミールでもアルシェでも二人同時でもいいようにな」
一番楽だったのは三人と相手取る時だった。
それでも上手くいってよかった。
俺はルリーラを担ぎ、人目のつかない場所に移動する。
「ここに来たらまた挟み撃ちになるけどいいの?」
「もう心配いらないだろ。途中で俺の背中に付いていた蛇は置いてきたから」
「そっちもバレてたんだ」
俺がどこに行っても場所が割れていたのは魔法のせいだ。
体のあちこちに計三匹の水と火の蛇が張り付いていた。
それを目印にこいつらは俺の後を付けてきていただけで、俺の考えを真似るなんて嘘っぱちだ。
「こういう手を使うなら俺に体を調べさせる時間を与えないようにするんだな」
「負けっぱなしは悔しいから――」
「さっきみたいに叫ばせないからな。叫ぶのはもう少し後だ」
また痴漢だと騒がれる前にルリーラの口を塞ぐ。
二度も同じ手を使わせるほど俺は間抜けじゃない。
「さあ、ゆっくりとお前の体を調べさせてもらうからな」
怯えるルリーラの体に手を伸ばす。
恐怖から怯えている雰囲気のルリーラのわき腹に俺は手を這わせる。
「あはははは、やめ……、あははっ、くす、くすぐるのはダメだってば、あはははは!」
ルリーラの服のポケットをまさぐりながら体をくすぐる。
全身をざっと調べ終わり無いことを確認してから、わきの下やわき腹足の裏を重点的にくすぐり続ける。
「どこだろうなぁ、きっとルリーラが薬を持ってると思うんだけどなぁ」
「あははっ、持って、持ってないから……、あはっ、あはははは! 私は、あははは、持って、ないからあはは!」
「じゃあ誰が持ってるんだ?」
息も絶え絶えのルリーラをくすぐりながら媚薬の持ち主を聞き出す。
「あはは、い、言えない、あはははは!」
「それだと嘘ついてるかも知れないな。わき腹に隠してるのかな? それとも足かな」
「あっはははっ、ミール、ミールが持って、あはははは、持ってるから、もう、あははは……、はぁ、はぁ……、やっと終わった……」
「ミールか。まあ妥当なところだな」
持ち主を吐いたルリーラをくすぐりから解放すると肩で息するほどに呼吸が乱れ、紅潮している顔には汗で髪が張り付いている。
暴れに暴れたうえに俺も調子に乗りすぎたせいでルリーラの服もだいぶ乱れていた。
上着は肩が出るほどにズレているし肋骨が見えるほどに捲れている。
下に吐いているのも下着がしっかり確認できるほどにずり落ちている。
どうやら調子に乗ってやり過ぎたらしい。
「クォルテに穢された……」
「もう一度くすぐり行くか?」
「ごめんなさい」
あながち間違っていない主張を力技でもみ消す。
「さて、それじゃあルリーラは今度はこっち陣営で参加してもらおうかな」
「私はクォルテに媚薬を飲ませて既成事実を作りたい!」
どれだけ本能に忠実なのか。
別に悪いことではないけど、今の状況でそれは困るよな。
「そうだな、俺が媚薬の効果でお前に襲い掛かったと仮定しよう」
「確定事項でもいいんじゃないかな?」
「そして媚薬の効果が切れました。その後の俺の行動を答えなさい」
「無視されたうえで問題を出されてたんだ」
俺の質問にルリーラはしっかり考え始めてくれた。
途中で顔がニヤケながらたっぷり一分考えルリーラは答えを口にした。
「責任を取って私をお嫁さんに――」
「正解は気まずさに目も合わせられない状態になり旅が終了するだ」
「クォルテは私達の事は嫌いなの? 女の子として見てはくれないの?」
俺の答えにルリーラは悔しそうに顔を歪めた。
「見てるよ。だからこれはただの意地、自分が決めたことに従う小さなプライドだ。ルリーラやアルシェやみんなが大人になるまで絶対に手を出さないっていう俺の勝手な意地だ」
「大人になるまでっていつ大人になるのさ」
「そういうことを聞かなくなる時かな」
偉そうに言っているが俺もまだ大人にはなれていない。
大人だとわかった時がきっとこの旅の終わりなんだろう。
「わかった。なら今回は媚薬を諦める」
「ありがとうな。それじゃあアルシェとミール二人を捕まえて危険な薬は廃棄しようぜ」
「ちょっと惜しいけど旅は続けたいしね」
久しぶりに俺とルリーラの二人だけの戦いが始まる。