ミュージアム その三
「また失敗しちゃったね」
落ち込んでいたルリーラはクッキーを食べるとすぐに元気を取り戻した。
それにしても手順書を読まないとあんな罠に引っかかるのか、今度から手順書はしっかり読まないとダメだな。
先入観は思ってもみなかった失敗を生むらしい。
「ねえミール、この黒いのって何?」
「何でしょうか? 黒があるなんて話し聞いてないですし私にもわからないです」
ルリーラが見つけた扉には黒い板が打ち付けられていた。
さっきミールから聞いた話には黒はなかったが、新作の合図とかなのだろうか?
「まだ改装中とかそういうのじゃないんですか?」
「可能性はあるな」
両隣の番号も三十四と三十六の間ってことは三十五だろう。
このくらいの難易度ならメンテナンスや内容の切り替えを行っていてもおかしくはない。
「入ってみてもいいのかな?」
「やめとけよ、鍵がかか――」
「開いたよ入ってみよう」
「だから待てって中に入ったら危ないだろ」
先に入ろうとするルリーラを引き戻す。
ルリーラの奴最初の二問のせいで完全に危機感が無くなってやがる。
こうならないように散々薬品が危険なのを伝えてきたのに。
「どうぞお入りください。現在試運転中ですが、お客様にもこの謎を体験していただきたいのです」
中から女性のおっとりした声が聞こえてきた。
あからさまに怪しい雰囲気だ。
試運転の段階で客を入れるなんて普通じゃない。
ミールと顔を見合わせるが、今の戦力なら何があっても対処できると思い中に入ることにした。
「それじゃあ入るね」
意気揚々と入るルリーラの後に次いで俺達も部屋に入る。
後ろで扉が閉まると部屋の中は隣さえわからない程に真っ暗だった。
何があるのかと思っていると闇の向こうから風を切る音が聞こえた。
咄嗟に屈むと背後で矢が壁に当たる音が聞こえた。
「アルシェ魔法で光をくれ」
指示を出し目が眩まないように目を瞑り、灯りが灯った時に目を開ける。
視線の先には車いすに乗った白髪の女性がこちらに四本の矢を射る直前だった。
「来るぞ避けろ!」
俺の声に反応しみんなが迎撃態勢を取る。
全員が回避や反撃で四本全てが地面に落ちる。
明かりがつくまでの間に四本を準備したのか、それとも最初から俺達が四人だと知っていたのか?
「これで終わりね」
考えがまとまる前にボウガンに矢を一本だけ装填した。
なんでボウガンに変えた? 弓じゃ当たらないから? ならなぜ一本なんだ? 四本分でもいいはずなのに、打ち落としたから攻撃を変えた? それならあのボウガンは――
「ルリーラ毒だ触れるな避けろ!」
ルリーラは反射的に弾こうとした矢から一気に離れる。
その矢は後ろの壁に突き刺さり、周囲の壁を溶かしてしまう。
「残念ね失敗だわ」
車いすの女性は残念さを微塵も感じないおっとりとした口調で言うと、そのまま足元に開いた穴に落ちていき姿を消した。
「逃がさない!」
「追わなくていい」
急いで後を追いかけようとしたルリーラに制止をかけその場に座る。
「なんで止めたのさ、あそこで追いかければ捕まえられたのに」
「追わなくて正解だったと思います。お姉ちゃんも気づいているかと思いますが、床が開いた直後に漂って来た臭いはガスです」
「爆発位なら何とかなるし」
やっぱりルリーラは何もわかっていないらしい。
「爆発は殺すための攻撃じゃないんだよ。地下の狭い空間で大爆発が起きるれば、お前の目と耳は一時的に塞がるしガスの臭いで鼻は通じない。そこまでいけば後は地下に閉じ込めて窒息でも総攻撃でも仕掛けられる。そうなればいくらお前でも危険だ」
「それって考えすぎじゃない?」
「私も兄さんと同じ意見です」
さっきのボウガンでミールも俺と同じ考えに至ったらしい。
最初に飛び道具を見せ動きを止めさせ、次に触れても問題の無い弓矢で攻撃をし、打ち落とした奴を毒の塗られたボウガンで仕留めようとしていた。
そこまで本気で殺しに来ていた人間が逃げたのだ、それくらい考えておかないとこっちが殺されてしまう。
「それに、あれがログ・ミュルダ本人ですよ」
「あれが破壊王か」
てっきり男かと思っていたが女の人だったのか。
それにあの手腕は間違いなく直接の戦闘ではなく狩りの動きだった。
俺達を狙ったのは偶然か必然かはわからないが、俺達が獲物になったということは確からしいな。
「とにかくここから出ませんか?」
アルシェに言われ、俺達は未だに部屋の中だったことに気が付きエントランスに向かう。
「クォルテ・ロックス御一行様、ミュージアムは楽しんで頂けましたか?」
エントランスで待ち受けていたのは車いすに乗った仮面の女性。
おっとりとした声に白い髪、顔を隠してもこいつがさっきのログ・ミュルダだということはわかる。
「楽しませてもらったよ。俺達はどうしても最初は失敗してしまうらしいがな」
「そうね。それではもう一度挑戦してみるのかしら?」
お互いさっきの戦闘には不満があるらしい。
俺達はミュルダを捕獲できていない、ミュルダも俺達を殺せていない。
それに対しての再戦の申し込みだ。
「と言いたいところだけど、残念ながらそろそろ向かわないといけないの」
「風の国か」
今の時期に悪名高いミュルダが向かうところは一つしかない。
水の神が言っていた戦に向かうのだろう。
「やっぱりハベルちゃんが認めた男の子ね。あなた達が戦争に加担しなくてよかったわ」
「勝てると思ってるのか? 相手は三柱だぞ」
表の三柱それに対して向こうは一柱のみ、どう足掻いても勝ち目はない。
神同士は相性もあるが実力はほぼ同等だ。
実力差のない三対一なら勝ち目があるはずもない。
「負けるでしょうけど、ただで負けるつもりはないってことよ」
落ち着いた様子のミュルダは懐から瓶を一つ取り出りこちらに放ってくる。
受け取るとそれは何の変哲もない瓶で、中には液体が入っている。
「それは媚薬。安心してそれは金持ち連中からの依頼で作った物で体に害はないわ。その効果の程はログ・ミュルダのお墨付き」
更に懐から煙草を取り出し火を着ける。
「かなり強い薬だから気をつけてね。異性を見境なく襲う獣になってしまうから」
「そんな怪しい物受け取れるわけが――」
「「「いただきます!!」」」
えー……。
三人は勢いよく返事をした。
「喜んでもらえて嬉しいわ。それは戦争に参加しないあなた達へのお礼よ。それではまた生きていたら会いましょうね」
ミュルダはそのままキコキコと車いすを動かしミュージアムを出て行った。
そして媚薬を飲んでいないのに獣の目をしている三人の目は俺の持つ瓶に照準を向けていた。