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ミュージアム その一

 欲しい薬品を買え嬉しそうに歩くミールの後ろで俺の腕にしがみついているルリーラとアルシェ。

 かれこれ一時間は俺の腕を締め付け、流石に手が(しび)れ始めてきた。


「二人とも、頼むからもう少し手の力を抜いてくれ。いい加減手の感覚が無くなりそうなんだ」


 二人がごめんと謝り力を緩めてくれたので、ようやく指の先端まで血が流れ込む。


「そこのお嬢さん。沢山薬品を持っているね」


 俺達が少し離れてしまったせいでミールが変な爺さんに話しかけられていた。

 怪しさが服を着ている様な怪しさだ。

 黒いマントに黒い眼鏡、妙にしゃがれた声で顔は異様に皺だらけだった。


「いい薬があるんだよ。新薬で飲むだけで魔力が上がる魔法薬品だよ」


「爺さん、悪いがこいつは俺の連れなんだけど、ナンパなら年を考えた方がいいと思うぜ」


 すぐに逃げるかと思ったが、俺の姿を見ても引くことなくなおも話を続けてくる。


「この新薬を試してみてくださいよ。名のある研究者が寝食(しんしょく)()しんで開発したものだから安心安全ですよ。どうですかお一つ」


「なんて名前の研究者なんだ? 派閥(はばつ)や実績は?」


 適当な薬品なら名前を出せないからだろう。

 こうやって聞いておけば適当に言って消えて行くだろう。


「ログ・ミュルダ。そう言えば他の言葉はいらないでしょ?」


 よくぞ聞いてくれたとニヤつくその顔は間違いなく本物だろう。

 本物だろうが間違いなく危険な薬品でおそらく実験も兼ねているのだろう。


「悪いがそんな名前は知らない。(おろし)を通さずに売っている薬品は信じられないんでな」


「そうですか。それなら仕方ありませんね。ここいらで撤退させていただきます」


 不気味な笑みを浮かべ爺さんは路地裏に消えて行った。

 明らかに裏の匂いがした。非合法で人が死ぬことなんて気にも留めないそんな雰囲気だった。


「クォルテ今の人凄い嫌な臭いがした。それにあの渡そうとした薬も地下で嗅いだ奴と似てた」


「まあ、そういう(やから)だろうな。そういう臭いのには関わるな」


 地下と同じ臭い、それはつまりロックスの地下で使われていたってことか。

 そうなると魔法の威力が上がるというのは本当なのかもしれない。その代償が死か自我の崩壊かは知る気にはなれない。


「ミール、さっきのログ・ミュルダってのはどこの誰なんだ?」


「有名人ですよ。加減知らずの研究者、破壊王なんて異名がありますね。薬品の性能は折り紙付きで一度使えば黒髪がプリズマと同じ魔法が使え、白髪がベルタと同じ腕力を得られる魔法薬品の作り手です」


「そんな凄い物なのに私は知らないんですが、普及はしないんですか?」


「副作用が強すぎるんです。正直死ねた方がマシなほどです」


 アルシェはそれを聞いて青ざめる。


 俗に増強薬(ぞうきょうやく)と呼ばれる薬品は副作用が強い。

 プリズマと同等の魔力を得るために限界を超えた魔力を無理に作り出しているせいで、使用後は魔力系統がボロボロになってしまう。

 それと同じようにベルタの筋量を増やすために筋繊維がズタズタになってしまったりもする。


「やっぱりこの国ってもの凄く危ない国なんじゃない?」


「ルリーラにはそう見えるかもしれないけどな。今言ったのはアリルドの裏路地に居る盗賊は危ないって話とそう変わりはないよ」


 要は危ない所には近づかないようにしましょうということだ。

 最初から会うとは思わなかったが、少しでも怖いと思ってくれたなら深入りはしないだろう。


「ああいう輩は基本的に無視しろ。返事もするな。それがわかっていれば別に危なくはない」


 ルリーラも珍しく俺の話を真面目に聞いて頷いた。


「それじゃあ、お姉ちゃんとアルシェ先輩も楽しめる所に行きましょうか」


「危なくない? 死なない?」


 どうやら二人とも慎重になりすぎてミールまで疑ってかかっているようだ。


 そしてしばらく歩くと立派な建物があった。

 貴族の家の様な大きな建物だが、庭も装飾も無いただの巨大な建造物。

 ここでは何があるのか俺にはわからないが、ミールがおすすめしているのだから怪しい物ではないだろう。


「ここはミュージアムと呼ばれている実験施設です」


「実験なの? 失敗したら毒が出てくるの?」


「クォルテさんやめましょう。危ないです」


 どうやら脅かしすぎたらしい。二人が実験という言葉を異様なほどに怯え始めている。


「安心してください。ここはお遊びなので失敗しても煙が出てくるだけですから。物は試しなので入ってみましょう」


 変に言葉をかけてもしょうがないので、俺がミールの後をついて行くと二人も恐る恐るといった感じで後をついてくる。

 中はたくさんの扉があった。その扉にはそれぞれ番号が書かれている。


「番号は難易度と思ってください。ドアノブに札が掛かっている所は現在使用中です。別に禁止されているわけではないですが、普通は邪魔されたくないので入ったりはしないみたいです。それから――」


 饒舌に話し続けるミールの説明を聞き終わり、俺達は空いている部屋の中で一番難易度が簡単な『ニ』の部屋に入ることにした。


 小さな部屋の中心にテーブルが一つあり、その上にはビーカーが四つ並んでいた。


「なんかつまんない場所だね」


「実験室がテーマですからね。壁一面に花畑とか玩具(おもちゃ)が置かれていても困りますから」


「そうなったら完全に託児所(たくじしょ)になるな」


 テーブルの上にはビーカーの他にも一枚紙が置かれていた。

 紙に書いているのは『空のコップに紫と黄色の液体を入れろ。甘い水が出来上がる』それだけだった。


「これがヒントってことでいいのか?」


「あるのは赤と青と黄色? 紫なんてどこにもないけど」


 どうすればいいのかはわかった。

 説明が無さ過ぎて一瞬悩んでしまったが、赤と青をコップに入れて混ぜて紫を作ってから黄色を混ぜればジュースができるって問題なのか。

 これは確かに難易度はニだな。


「紫、むらさき、ムラサキ? 何のことだろう。みんなわかった?」


 さっきまで怖がっていたのに、ルリーラのテンションが急に上がり始めた。


「俺はわかったぞ」

「同じくわかりました」

「ごめんね、私もわかっちゃった」

「え……」


 ルリーラは自分以外の三人がわかったことにショックを受けた。

 難易度は二だしそこまで悩む必要はないんだけどな。


「選べるのは三つ。それを間違えたら私達は死んじゃうんだね」


「死なないから思ったようにやってみろよ」


「みんなの命は私が預かったよ」


 この程度の問題で躓いている奴に命を預けたくはない。


「そうですよ。お姉ちゃんの手に私達の命はかかっています」


 なんかミールがルリーラの小芝居に乗ってしまった。

 まあ、実際に死ぬわけでもないし別にいいんだけどさ。


「空のコップはこれの事だよね。そして黄色の液体はこれ」


 俺達の命を預かっているルリーラはまず仕分けることにしたらしい。

 紙を見て空のコップと黄色のコップを脇に寄せた。


「残りの二つのコップのどっちかが紫のコップのはず。ここが難所だね」


 そこまでたどり着いたなら空のコップに入れて混ぜ合わせてくれ。


「まず黄色は確定だから、空のコップに黄色を入れちゃえ」


 しかしそう上手くいくはずはなかった。

 この瞬間俺達の死亡は確定した。

 そうとは知らないルリーラは未だに悩んでいる。


「これは、紫だ紫があったよ」


 赤と青のビーカーを持ちあげたルリーラは二つのコップを覗いて声を上げた。

 どうやら光に透かした時に二つのビーカーが重なり紫を発見したらしい。


「つまりこれを混ぜれば紫になるんだ!」


 たどり着いた答えを試すために黄色の入っているビーカーに赤と青の液体を流し込む。

 そして次の瞬間真っ白い煙が噴き出し、俺達は死んだ。

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