奴隷と精霊の諍い
手伝うと言ってしまった以上、ここで別れるとは言えず宿に連れて帰ると重い空気が部屋を満たした。
俺が押し倒される前までは通信機で事情は聞いていたはずだ。
しかしそれでも二人は納得してくれていない。
「いきさつはさっき聞いてたよな? それで俺は手伝うって言ったんだけど」
「……」
「何か反対の意見は?」
「……」
居づらい……。
墓地から歩いてくる間から一言も話すこともなく、そこから今に至るまでルリーラとアルシェは俺の腕にしがみついたまま離れようとしない。
俺達三人は俺のベッド、ネアンは向かいにあるルリーラのベッドに腰を下ろしている。
更に二人は無言のままネアンを睨み続け、対するネアンは二人の視線を気にする様子もなく暇そうにしている。
話を続けたい俺は必死に話しを続けようとするが俺以外は無言のままだ。
「ネアンもう一度話を頼めるか? って痛い二人とも痛いから!」
ネアンに話を振ったことに怒っているのか、両サイドの二人は俺の腕を締め付ける。
左のアルシェは非力を理解し手の甲をつねり右のルリーラは骨が折れそうなほどに締め付ける。
「えっと話していいの?」
顔に似合わない大人びた声で話を始めようとすると更に力がこもる。
「あーもう、いい加減にしろ!」
二人を無理に引きはがし立ち上がる。
「アルシェが来た時には流石に話してたろ、なんで今回はダメなんだよ!」
ルリーラが窓から飛び出したりしたけど、その時でも言葉は交わしていたはずなのになんで今回はこうなのか。
「アルシェはあそこまでのことしてないし」
「私は嫉妬です」
いや両方とも嫉妬だろ。
「気持ちは嬉しいが話を続けたいんだけど」
二人に好かれているのは本当に嬉しいことだ。
だけどそのせいで誰かをないがしろにするのはよくない。
「今回はネアンの宝物を探したいんだ」
「でもその宝物って何かもわかんないんでしょ?」
「そうなの、だから手伝ってもらいたい」
不貞腐れるルリーラの言葉にネアンは答える。
「だからまずは探し物が得意な人を探すところから始めたいと思う」
「そうなると魔法使いってことになりますか?」
「宝物が不明だからな」
「アルシェかクォルテはできないの?」
「俺は無理だな」
俺が必要なものを探すなら蛇に任せてしまったほうが楽だしな。
そのため俺は探索の魔法は使えない。
「私もやったことはないです」
俺の視線に気づいたのかアルシェも首を横に振る。
「駄目で元々だ。やってみるか」
「私がですか?」
「そうだけど、嫌か?」
嫉妬があるらしいアルシェは不服そうだが一応は承諾した。
「アルシェが駄目なら面倒だが街を探そう」
そっちなら俺の蛇も使えるし、効率はわるくないはずだ。
「やり方を教えてもらえますか?」
「わかった。でも俺も得意じゃないぞ」
「私はクォルテさんよりも魔法に詳しくないので」
そういうアルシェに魔法口座を始めると少しだけ嬉しそうにほほ笑む。
「ネアンちょっと来い」
しかしネアンを呼ぶと上を向いた口角が下を向く。
わかりやすいな。と思いながら説明を続ける。
「アルシェ、ネアンに触れて」
アルシェはネアンに触れる。
「ん?」
触れたアルシェは首をかしげる。
「どうした?」
「いえ、何でもないです」
何かあったのかアルシェは不思議そうにしながらも俺の指示を待つ。
「呪文は簡単だ。いつも通り魔法の属性を告げて媒介になるモノを告げる。媒介は出来るだけ自分に想像できて探し物が得意なものがいい」
「わかりました」
「命令には探すと言う明確な行動を告げる」
「はい」
俺が言葉を告げるとアルシェは魔力を集め始める。
「炎よ、鷹よ、彼の者が求めし宝を探し出せ、ファイアホーク」
集まった魔力は炎に変わり鷹へと姿を変えていく。
窓を開けると鷹は窓から外へ飛び出す。
「成功ですか?」
「どうだろうな」
探索の魔法の難点は、成功しているのか失敗しているのかわからないことだ。
特に今回は何を探せばいいのかわからないせいもあり難易度は高い。
失敗したところで誰も責めはしない。
「反応がありました」
「本当か? 流石アルシェだ」
まさか一発で成功するとは思わなかった。俺が昔試した時は見つからずに消えた。
乱暴に頭を撫でると嬉しそうに照れるアルシェに道案内を頼む。
「炎よ、目的地を示す地図となれ、コンパス」
アルシェの手に炎の点いたコンパスが目的地を示す。
「ここです」
「わかったありがとう」
「ルリーラはいかないのか?」
「行かない」
拗ねているのか途中から会話に参加せずに俺のベッドで横になっている。
「アルシェはどうする?」
「ご迷惑でなければ一緒に行きます」
「じゃあ二人とも行くぞ。ルリーラ留守番よろしくな」
返事もしないルリーラを置いて俺達は外に出る。
コンパスの示す道をただただ進む。
「ルリーラちゃん大丈夫でしょうか?」
「わからん」
ルリーラは今どうしていいかわからないのだろう。
何せ俺もわからない、今まで俺とルリーラ二人だけでアルシェが増えてアリルドも仲間になって今はネアンの頼みを聞いている。
急激な変化に俺もついていけず身を任せているんだルリーラが同じでもおかしくはない。
「無責任ですね」
そう言ってアルシェは先に進んでいく。
無責任か、当然といえば当然か。
二人の好意を知って自分の都合で答えていない状態で、別の女の手伝いをする。
そりゃあアルシェにも言われるよな。
そんな自嘲をしながらアルシェの後ろを着いていく。
「ここなのか?」
「はい。そのようです」
少しだけ不機嫌そうな言葉に辺りを伺うが何もない。
ただの広場で、ここにあるのは光の鏡が映す死者とベンチ、それとわずかな遊具。
「この辺にありそうか?」
ネアンに確認を取ると首を横に振る。
「失敗でしたね」
「初めてだししょうがない」
そもそもぶっつけでやるような難易度の魔法じゃないしな。
反応があっただけでも十分すごいことだ。
「じゃあ戻るか」
「はい」
光の鏡が蠢く街を進み宿に向かうとアルシェが話しかけてくる。
「さっきは申し訳ありません」
「気にするな言われて当然だ」
珍しく俺の一歩先を歩くアルシェは俺に謝る。
「私苛ついてました。あの精霊にそしてルリーラちゃんをないがしろにしているクォルテさんにも」
実際そうなのかもしれない。
付き合いが長くなってくるとつい、わかるだろう。と思ってしまっている。
「でも、ルリーラちゃんに時間をあげたんですよね」
「だいぶ良い言い方になってるけどな」
そう考えたから謝ったのか。
多少雑に扱ってしまってることは確かだ。
ルリーラなら大丈夫っていう根拠のない信頼で、それが無責任ってことだろう。
帰ったらルリーラに謝るか。
「お二人は凄いですね」
「俺もか?」
ルリーラは凄いベルタだからではなく人間として、辛い記憶を過去にした。
それはきっと俺にはできない。
笑っても影が出来てしまう。なのにルリーラは影がなく笑う。
「クォルテさんは私たちが苦労無いように先を考えてくれています」
「それが主人としての役目だからな」
「ルリーラちゃんは我慢強いです」
「だろうな」
実験にも耐えてきたんだだから本当はルリーラに我慢なんてさせたくはない。
「それに引き換え私は感情すら抑えられません」
そう言って自嘲する。
「私にはライバルを受け入れることはできませんでした」
ライバルとはおそらくルリーラではなくネアンのことだろう。
「取られてしまうと思って、どうしようもなくなってしまいました」
そう言って苦しそうに胸元を掴み服にしわが寄る。
「嫌なんです。クォルテさんが私やルリーラちゃん以外に優しさを向けることが……」
「そうか」
何かに懺悔をするように辛そうに苦しそうにアルシェは顔を歪める。
そんなアルシェに俺は相槌を打つ。
「私は我がままなんでしょうか……」
自分の感情に困惑するようにアルシェは問う。
今までになかったのであろう感情に振り回され目に涙を浮かべ苦しそうに問う。
「奴隷なのにこんな我がままでいいのでしょうか……」
「いいんだよそれで、人間だからな」
歩みを止めアルシェの涙を拭く。
一度拭いた涙は更に溢れ地面に落ち黒い染みになりやがて消える。
「好きなだけ吐き出していけ」
悲しみの感情は大きな染みを作り地面に地に溶けていく。
「私はこの男はいらないから」
「うおっ!」
ネアンは俺達の空間に平然と入ってきた。
「それとあなたの気持ちはおそらく勝手に増幅されている」
「え?」
「増幅ってどういうことだ?」
感情が増幅って一体どういうことだ?
何かを知っているであろうネアンの次の言葉を待つ。
「あなたはプリズマよね?」
「……はい」
一度俺に伝えていいかを確認し俺が頷いたのを確認し返事をする。
「それなら余計そうなりやすい」
「魔力のせいか」
「正解、魔力は感情で人は魔力を自然と蓄えているから」
「それでか」
妙にアルシェのテンションが高かったり、感情の起伏が激しいのは旅だからとか、そういうのじゃなくて普段よりも濃い魔力を多量に吸収している結果か。
だから凄く笑うし怒ったり泣いたりしている。
そういう俺も少し影響を受けているか、暗くなったりせっかちになっているのはそういうわけか。
「だからその溢れている感情は、あなた達のせいじゃないのよ」
「はい、ありがとうございます」
慰められたってことかな。
ネアンの言葉に心が軽くなったのかアルシェは積極的にネアンに話しかけに行く。
「これで肩の荷が少し下りたかな」
仲良さそうに先を行く二人を俺は安心しながらついて行った。
宿に帰るとルリーラが開口一番こんなことを口にした。
「クォルテ、何があったの?」
アルシェとネアンが仲良さそうに話す姿を見たルリーラに、俺はさっきの説明をした。
「なるほどね道理でクォルテ達の様子が変だと思ったよ」
唯一魔力の影響を受けないルリーラは俺達がおかしいと思っていたようで、納得したと首を上下に揺らした。
「アルシェが怒ってないなら私も別に大丈夫」
自分の嫉妬をアルシェに同調しただけで、最初から嫉妬していないという体にしたルリーラは布団にもぐりこんだ。
これで明日からはようやく宝探しに集中できると俺も眠りについた。
それからどれだけ時間が経っただろうか。
「これは街のせい決して私のせいじゃない」
不意に俺の耳に言い訳をする声が聞こえ脳が覚醒を始める。
「私一人だとどうしようもないことだから」
覚醒もままならないまま声は言い訳を続ける。
「少しだけだから少しだけ」
この声はアルシェか?
一体なにをしてるんだ?
「申し訳ありませんクォルテさん」
なんで謝っているんだろう。
そんなことを考えていると衣擦れの音が聞こえ俺の体に軽い何かが落ちる。
「ただ肌を合わせるだけですから」
合わせる? 肌を?
寝ぼけている俺にはその言葉の意味が分からない。
「はしたない奴隷で申し訳ありません」
そんな言葉の直後、熱い熱の篭った二つの感触が俺の肌に触れ、熱が触れる部分が徐々に増えていく。
すると俺にわずかだが振動が伝わる。
「鼓動がうるさい、クォルテさんが目を覚ましてしまう」
これは鼓動なのか。でも何のだろう。
ふわっと甘い香りが鼻腔をくすぐり熱い柔らかい何かが体にまとわりつく。
「奴隷の身分でこんなふしだらな行為をお許しください」
直後湿り気のある柔らかな熱が頬に伝わりそっと離れる。
「いつまでもこうして居られたら」
今、俺は何をされた? キス?
次の瞬間に俺の意識は覚醒した。覚醒はしたが目を開けられない。
耳元に感じる熱い吐息に体を覆う柔らかいもののが今の現状を伝える。
俺は今アルシェに覆いかぶされている。
今目を開けたら確実にアルシェと目が合ってしまう。
それは避けないといけない。ルリーラなら注意すればいいが、アルシェの場合は逃げ出して二度と帰ってこない可能性もある。
それだけは意地でも回避しないといけない。
「これ以上は我がままだよね」
そう言うと俺の体を覆っていた熱は霧散していく。
「おやすみなさいクォルテさん」
一度大きく凹んだベッドは元に戻り足音が離れていく。
そこからは一度も眠ることはできず日が昇り誰かが起こしてくれるまで、俺は狸寝入りを続けた。




