七人の結託 その一
雷の町を出発してから三日。濃霧の影響で車が転倒しかけたり、落石のような雹から車を守るのに苦戦しながらようやくウェザークラフトを抜け、ようやく一段落することができた。
「今までで一番過酷な国だったな」
それなりに楽しい旅ではあったが、体調を崩したり雷獣に襲われたりと今までで一番疲れた旅でもあった。
「私はもう行きたくない。あの国は地獄だったよ」
ルリーラの言葉にセルクとオレイカ以外が頷いた。
「セルクはまたみんなに会いに行きたい!」
実際に旅をした俺達以外からは不評だったが、セルクがそこまで力強く言い切ったためそれ拒否する言葉はない。
それでもやはり行きたくないな。と全員の顔に出ていた。
それから更に一日経ちようやく甘味の国にたどり着いた。
ここには大きな都市が一つだけあり、その街を細分化しそれぞれの区画によって作られる材料が違う。
小麦粉、砂糖、ミルクなど他国に頼らず自国のみで栽培、加工を行っている。
要するに菓子を作ることしか考えておらず、国を守るのは菓子と金で雇った傭兵のみという異色で異常な国だ。
「甘い匂いがするよ」
「ルリーラちゃん、あのケーキ屋さん美味しそうだよ。見ただけでふわふわなスポンジどうやって作ってるんだろう」
街の中に入るなり車を飛び出し、騒ぎ始めた女性陣に圧倒されてしまうが正直俺は酔っていた。
鼻で呼吸しても甘い、口で呼吸しても甘い。砂糖の匂いで段々と気持ち悪くなってきた。
「旦那様、気持ちはわかります。ここまでだと流石に僕も胸やけがしてきます」
「サラもリコッタに来るのは賛成してただろ」
「ええ……、甘いのは嫌いじゃないですけど、ここまでとは思ってませんでした……」
男と思い込んで生きてきただけあって感性が俺と同じらしいサラもこの臭いにやられているらしい。
そんな俺達に気付くことなく、他の全員は店に張り付いて涎を垂らしていた。
「おい、とりあえず宿に荷物奥から全員戻れ」
見慣れない車という乗り物から飛び出したルリーラ達を街の人は驚きながら見ている。
悪目立ちはしたくないのでみんなが乗った直後に車を発進させ宿街にたどり着く。
「流石甘味の国だな。建物もこうなのか」
ようやくたどり着いた宿街には綺麗にケーキやチョコレートを模した宿屋が並んでいた。
匂いは幾分マシだが、それでも飲食街から流れてくる匂いで辺りは甘ったるい匂いで充満していた。
「クォルテクォルテここケーキの宿にしようよ。生クリーム食べ放題だよ」
「ソウダナ」
もうなんか聞いただけで胃がもたれてくる……、生クリームの食べ放題ってなんだ、どこの言葉だ? 生クリームって何かと一緒に食うからいいんじゃないのか?
「兄さん、こっちのチョコの宿もいいですよ。各部屋にチョコの滝を完備してます」
「へぇー」
チョコの滝ってもはやなんだ? そこで泳ぐのか? それともそれを飲むのか?
「クォルテさんこっちのミルクの館は凄いです! ミルク風呂に色々な動物のミルクが飲み比べできます」
「スゴイナ」
ミルク風呂ってミルクに入るなよ飲めよ。動物のミルクの飲み比べって俺は一種類しかしらないぞ?
「旦那様、気持ちはわかるが、しっかりしてください」
「俺は少し車に居るから適当に決めてくれ」
風邪とは違う嘔吐感に悩まされながら宿を決めるまでの一時間を車内で過ごした。
結局決まったのはアルシェの進めていたミルクの館だった。
宿の中に入ると驚きの白さだった。
壁はミルクが流れている様な凹凸がありロビーの椅子はミルクが入っている瓶を真似ている。そして従業員は漏れなく牛の衣装を着ていた。
辛うじて結局ミルクは牛じゃねえかと突っ込むのを我慢し部屋を取った。
「まあ、そうなるよな。ミルクの館だもんな」
外の光を跳ね返し目が潰れる程に輝く純白の室内。
そのために汚れ一つ無いのは評価できるが、正直もう辛い。甘さが疲れを取ってくれるってのは嘘だな。
疲れの余り俺はベッドにそのまま倒れ込む。
ミルク臭い。いや、腐ってる臭いじゃなくて甘い匂いなのだが今の俺にはどちらにしても辛い。
しかしそうは言っても旅の疲れか、甘さに酔ったのか俺はベッドに体を沈めたまま眠りについた。
「少しスッキリしたな」
大きく体を伸ばし空を見ると精々眠っていたのは一時間程らしい。
そこで違和感に気が付いた。
誰もこの部屋に来ていない?
ドアの前に置いた荷物も崩れていないし、他の荷物も眠る前と変わった様子はない。
いつもなら我先にとルリーラ辺りが飛んでくるはずなのに今日は来ないのか?
あれだけ喜んでたしそのまま外に出て行ったのだろう。それなら久しぶりにゆっくりしようじゃないか。やりたい研究もあるし領域の練習もしたい。
たまにはこんな日もありだな。
そう思いながら久しぶりに自分の為だけに集中した。