彼女の欲しいモノ
「凄かった」
「本当に幻想的でした」
宿に戻ってからも興奮冷めやらぬ二人は、仲良くベッドの上ではしゃいでいた。
「喜んでくれたみたいで嬉しいよ」
年相応にはしゃぐ二人を微笑ましく見てしまう。
こうやって二人が子供として喜んでもらえる場所を探そう。
そんなことを考えていると部屋のドアが叩かれる。
「クォルテ様、お手紙が届いております」
「今行きます」
ドアを開けると宿の主人が一通の手紙をこちらに差し出してくる。
「ありがとうございます」
「それでは」
店主が去った後早速ルリーラが近寄ってくる。
「誰から?」
「誰だろうな」
あて名は無し便箋に封をした形跡すらない。
流石に怪しい。ルリーラかアルシェ狙いか?
いや、ルリーラはベルタだとわかりにくいし、アルシェも魔法で光が反射しないようにしている、それすらも見破るなら手紙は送らないか。
考えても仕方ないと開けようと手を伸ばすとルリーラから声が上がった。
「この匂いはあのスリの匂いだ」
「あいつか」
それなら何か仕掛けられている可能性は低いだろう。
ためらいなく手紙を空ける。
「なんて書いてあるの?」
「墓地に来い。だってさ」
「墓地?」
「ここはさっきのも有名だけど墓地も有名なんだよ」
世界中でも最大級の墓地。永世中立国ならではの多国籍の死者が運ばれ眠っている。
それも死者の国と呼ばれる原因だったりする。
「というわけでちょっと墓地に行ってくるけど二人はどうする?」
「私は行くよ」
「私も一緒に行きます」
「じゃあ行くか」
帰って早々に再び宿を出て行く。
当然街では光の鏡が輝いていた。
「今更だけど本当に墓地に来るのか?」
宿を出てから目を瞑り俺の手を握って離さない。
まだ街の中にも関わらずこうなのだから墓地に着いたらどうなるのか不安を覚える。
「怖いけどクォルテと女の人を二人きりにはさせられないし」
怖いというのは嘘ではないようで腕に抱き付きながらガクガクと震えている。
「私はもう帰りたいです」
ベルタとプリズマという最強に位置している二人は墓地を怖がりピッタリ俺にくっつく。
俺個人の意見だが、この二人なら幽霊が居ても勝てる気がしている。
「怖いなら宿で待っててくれていいんだぞ」
正直このままだと今日中に着くかが怪しい。
「大丈夫、大丈夫だから」
「そうです大丈夫です」
「そう主張するならせめて街中では普通に歩いてくれ」
目を瞑っているから自然と歩幅が小さくなり俺が早く行くと後ろに引っ張られてしまい歩きにくい。
大丈夫と言い続ける二人に歩幅を合わせながら街中を歩いていく。
光の鏡も目立つのだが両手に少女が抱き付いている状況も珍しいらしく街の人の視線が痛い。
女性らしい滑らかなスタイルは男連中から視線を集めその悩ましい肢体は俺に密着している。
もし逆の立場なら俺も殺意と羨望の眼差しで見てしまう。
「離れたほうがよろしいでしょうか」
周りの視線が自分に向いていると悟ったのか、子犬の様にプルプルと怯える表情でこちらを見つめてくる。
こんな顔をされて、離れてとは言えない。言ったら言ったで周りからの視線も痛いだろうし。
「せめて目を開けて自分で歩いてくれ」
「はい」
目を開けてからもより強く体を密着させてくるおかげで、男達の視線が鋭くなった。
この殺意の篭った視線はどうやっても無くならないと、俺は諦めることにした。
「ルリーラも自分で歩けよ」
「はーい」
こいつ実は街中だし怖くないけど楽しようとか思っていやがったな。
その証拠にルリーラが離れてから少しだけ腕が軽くなった。
ルリーラが離れてから少しして、覚悟を決めたのかアルシェも腕を離す。
二人が自分で歩くようになったおかげで墓地にはすぐについた。
俺が入ろうと一歩踏み出すと前に進めず上半身が反り返ってしまう。
「二人とも早く入るぞ」
そう言うと二人は再び腕が痛くなるほどに強く抱き付いてくる。
折角離れたのだが、やはり死体が埋まっている墓地は怖いらしい。
「なら街で待ってろよ、すぐに話をしてくるから」
「私はそうしたいです」
「だってよ」
「ううー」
あっさりと俺から離れたアルシェとは別にルリーラは俺から離れようとはしない。
怖さと離れたくないという気持ちがごちゃ混ぜになっているようで、どうしていいかわからないといった表情をする。
仕方ないと心でため息を吐き呪文を唱える。
「水よ、蛇よ、我の声を仲間に伝えよ、アクアスネーク」
周りの魔力に自分の魔力をいつもよりも多く流し水の蛇を作る。
「何これ」
「「通信機」」
俺の言葉は俺の口からだけでなく蛇からも聞こえ声が二重に響きルリーラは驚く。
「こんなことできたの?」
「「実践じゃ使えない欠陥魔法だからな」」
蛇を取られたらこちらの情報がまるわかりになるし、ある程度意識しないと声は途切れ途切れになって情報として意味がなくなってしまう。それに魔力の消費も大きい。
本当にこういう場合じゃないと使い道がない魔法だ。
「「これで俺の状況はわかるだろ?」」
「うん」
「「だから街で待っててくれ、危なくなったら叫ぶから助けてくれ」」
「わかった」
俺の言葉に頷いたルリーラの頭を撫でる。
「「じゃあ行ってくる」」
二人が頷く、ルリーラは大事そうに蛇を抱えて俺を見送ってくれた。
ここには光の鏡は無かった。どうやらあれも妖精の行動というよりも、催し物という側面が強いらしい。
墓地には様々な形の墓が立ち並び、墓地に様々な宗教や多様な風習や文化を感じる。
家の形をしたもの、縦に長く伸びているもの、横に長いもの、真ん丸なものに四角いもの多種多様な形の墓を見ながら進んでいく。
「来てやったぞ」
墓地の中に娼婦はいた。
さっき街で会った時と同じく外套を羽織り、目深にフードを被り見た目は死神や幽霊と間違えてしまいそうな出で立ちだ。
「よく一人で来たね」
娼婦は顔に似合わない大人びた体と先ほどと少しだけ違う落ち着いた声で俺に応える。。
「お前相手なら別に一人で十分だろ」
少しだけ挑発する。
それでこいつの反応を見てみたかった。
「そう、なんだろうね。本当に一人で来てくれるとは思わなかったわ」
お互いが距離測りながら会話を続ける。
「それで、話があるんだろう?」
「ええ、私あの城に用があるの」
そう言ってこの国の王がいる城を指さす。
この国の中央に立つ高い城、今も灯りが爛々と輝いている。
「それで?」
「あの城に母親がいるの母親に会いたい」
俺の中でわずかにあった興味が消えた。
俺でスリを失敗して、より大きなものに手を出そうとする愚者。
その上、こいつからは何も感じない。
「そうかあの城は出入り自由のはずだ勝手にいけばいいだろ」
早々に話を打ち切り俺は立ち去ろうとする。
「待って!」
「なんだよ」
何も言わないこいつに興味は無く俺は苛立ち気に返事をする。
「手伝ってくれないの?」
「手伝わない。感情だらけのくせに感情がない、自分の正体も現さないお前を誰が手伝う?」
「それは……」
言いたくない理由は察せるが、だからと言って自分からは何も言わない奴を手伝ってやる義理はない。
何も言わなくなったスリの娼婦に見切りをつけて俺はルリーラ達の場所に戻る。
「待って、待ってよ!」
背中に聞こえる叫びを無視して俺は進んでいく。
「私は妖精なの!」
その声に足を止める。
そんなはずはないと思っていても唐突なその言葉には妙な説得力があった。
「私一人だと会いに行けないの女王に、この国の王に!」
「本当のことを言うなら話くらい聞いてやる」
色々と話す気になった妖精の真ん前に腰を下ろす。
「まず名前とフードを取れ」
「ネアン」
フードを脱ぐと最初に目に着くのは、燃える様な赤い髪に宝石のような赤い目。
典型的な精霊か、人の体に偶然入った妖精が偶然人の体の主導権を奪ってしまう偶然の産物。
そして一番の違いは髪と目の色が同じこと。普通の人間とはそれが違う。
アルシェは透明な髪に目は赤、ルリーラは闇色に碧眼、俺は茶髪に目は黒。そうなっていないのは精霊しかありえない。
「わかった、もう被ってもいい」
「ありがとう」
そわそわと落ち着かないネアンにフードをかぶせる。
「それで女王に会って何をする気だ? 命を狙うなんてことはいくら何でも無理だぞ。強盗なんてのも無理だ」
この国を敵に回すなんてのはまっぴらごめんだ。
「宝物を探したい」
「宝物?」
金銀財宝というわけではないだろう。
妖精の宝物となると一体何なのか気にならないはずがない。
「それってどんなのだ? 物か、人とか?」
「ごめんなさい、わからない」
そう言って申し訳なさそうに首を横に振る。
しかしそれはさっきとは違い嘘では無いことはわかる。
「わからないってどういう意味だ?」
「そのままの意味、宝物がわからない」
「でも、大事なものだってことはわかっていて。それが欲しいと」
「そう」
このまま聞いても宝はわからない。わからないと探せない。
だとすると王女様に会いに行く理由か。
「ならなんで女王に頼むんだ?」
「一番偉い人なら知ってるのかなって」
「なるほどな」
だから会いたいだけど精霊だから会えないというわけか。
確かに精霊は希少で珍しい、女王の様に目立つ人に会いに行くのはやめた方がいいな。
「それなら女王に会うより、もの探し物が得意な魔法使いに聞いたほうがいいと思うぞ」
「そうなの?」
こいつはあんまり頭が良くないのだろう、おそらく精霊になってからそんなに経っていないのだと思う。
まだ人の記憶と妖精の記録がごちゃごちゃになっているのだろう。出会った時と雰囲気も違っているし。
「とりあえず手伝ってやるよ」
「ありがとう」
「うおっ!」
そう言ってネアンは俺に飛びついてきた。
勢いを抑えきれず俺は後ろに倒れ込んでしまう。
俺の顔のすぐ側に赤い髪と柔らかな肌、抱きしめられているせいで否が応でも感じてしまう柔らかな感触。
弾力のあるアルシェともみずみずしいルリーラとも違う、このまま埋もれてしまいそうな柔らかさが俺を包む。
嬉しさのあまりに俺に頬ずりをするネアン、動きは体も同期し一心不乱に俺の体にこすりつけられる。
「ネアンちょっと待て」
「何?」
ネアンはようやく止まり状態を起こす。
起こしただけで俺に覆いかぶさったままのネアンの赤い髪と瞳は月光に妖しく映る。
「どうしたの?」
そう問いかけるネアンの纏う外套の留め金は外れ、外套の内側が闇夜にさらされる。
豊かな肉が二つ、呼吸と共に小さく揺れ男の本能を刺激する。
「ねえ」
こちらの返事がないためネアンの足が俺の足に沿うように進み、体に相応しくない幼い顔が近づきネアンの吐息が顔に触れる。
見ないように視線を外しても唯一の守りを失った肢体が目に映る。
それでも返事が無いことにネアンの顔が俺の顔のわずか先まで近づく。
「クォルテー!」
その声にパッと我に戻った。
「こっちだ!」
ネアンの持つ独特の花のような甘く柔らかい大人の色香に流されそうになっていた。
それを振り払うかのように声を出す。
「アルシェ、居たよ!」
誤解を与えないようにネアンを退かし二人と合流する。
「突然声が聞こえなくて心配したんだよ」
「ああ、ごめんごめん」
そう言えば抱き付かれたときに神経が全部そっちにばかり行っていたからか。
「本当にご無事でよかったです、何かが倒れた音の後に突然音が聞こえなくなったので」
「ああ」
そりゃそうか、もう魔法に神経回せなかったしな。
「私が抱き付いたからね」
「「えっ!?」」
「言い方!」
何も知らないネアンはそんな爆弾発言を平気で口にする。
「よく見たらその子前が全開だよ」
「何があったんですか?」
「聞いてたよね?」
俺は悪くないのになぜか奴隷の二人に怒られる羽目になった。