雪の国 リルク その四
意識は戻ったが俺は目を開けることができないでいた。
異様なほどに瞼が重く開けられない。昔に勉強していて徹夜している時にこんな感じだった気がする。
ただの寝不足ってことか?
急にひんやりとした何かが額に当てられる。
炙られている様な熱を額の何かがゆっくりと持って行ってくれる。
「オレイカか?」
薄っすらと開いた目に映るのは真っ白な女性だった。
頭がぐらぐらと揺れている錯覚のせいで焦点が定まらず色しか判断できない。
「ただの風邪だってさ。疲れのせいだからニ三日安静にして薬飲めってお医者さんに言われたよ」
「そうなのか、悪い少し寝る」
「おやすみなさい王様」
次に目を覚ますと体の不調は落ち着いていた。
寝すぎたせいで頭が重いし思考が鈍っている。
少しだけ状況整理だ。
今いるのは雪の町にあるおっさんの別宅だ。えっと後は何があったっけ?
駄目だ状況整理さえできないほどに思考が鈍い。
「王様目覚めたの? 何か食べる?」
「オレイカ、まだ腹は減ってないな」
体が辛くて頭も思い。食べ物のことを考えただけで胃が持ち上がるような嘔吐感。正直今は食べたくない。
「じゃあ、これだけでも飲んで」
少しだけ濁った水を渡され、それを飲み込むと少しだけ変な味がした気がした。
「もしかして薬とか入ってるのか?」
「違うよ、ただの食塩水。寝汗も酷かったし飲まないと死んじゃうから」
塩の味だったのか。塩の味もわからないなんて本味覚もおかしくなってきているらしい。
「今シスタ達が果物とか買いに行ってるけど何か欲しい物ある?」
「悪いな、何から何まで」
「いいのいいの気にしない。それに結構嬉しいしさ」
俺はオレイカに何かしただろうか? ……いや、何もしていないから風邪を引いたことを楽しんでいるのか?
「好きな人の看病ってそんなに苦にはならないってことだからね。王様がそんな弱気な顔する何て滅多に見れないし役得だったから。それじゃ何かあったら呼んでね」
よくわからない言葉を残してオレイカが部屋を出て行った。
役得って俺が倒れて何かいいことあったのか?
「いてて……」
体全体に影響が出ているらしく、少し体を起き上がらせただけで節々が痛みだす。
結局起きているのも辛いので再びベッドに倒れ込む。
まだ全然体調は良くなっていないらしい。今の状況だと雷の町につくのはまだ先みたいだな。
もう一度寝ようかと思った時に賑やかな声が聞こえ、部屋の扉がノックされる。
「パパ、セルクだけど入ってもいい?」
「……ああいいぞ。入ってくれ」
神様って風邪ひくんだっけ?
そんなことを思いながら声をかけるとセルクだけが入ってきた。
「シスタ達はいいのか?」
「父親の看病は娘の甲斐性!」
「くくく」
「なんで笑うのさ」
あまりにも力強い言葉に俺は思わず吹き出してしまう。両手を握り込んでまで頑張ると意気込むセルクが愛らしく笑ってしまった。
むくれるセルクの頭を小さい時のように撫でる。
背も伸びてあまり頭を撫でることが減ってしまったが、触り心地は何も変わっていない。柔らかくて温かい撫で心地だ。
「笑って悪かったよ。でもいきなり甲斐性とか言い出したから。誰の入れ知恵だ?」
「シスタ。ところで甲斐性ってなに? 間違ってるの?」
「頼りがいがあるとかそう言う意味だな。だから間違ってはいないけどな」
それでもセルクがそんなことを言うとは思わなかった。
「でもよかった。パパが笑ってくれた」
「いつも笑ってるつもりだったけどな」
そんなに笑ってなかっただろうかと思い出しても、結構笑っている気がする。
「昨日はずっと辛そうだった。寝ててちょっとだけ残念だけど、早く良くなってね」
「おう。風邪なんてすぐに治すからもう少し我慢しててくれ」
セルクの頭を撫でる。すると不思議なもので少しだけ元気になれた気になる。
元気が少しだけ戻ると急に腹が減ってきた。腹が空腹を訴え始めたのでセルクにオレイカを呼んできてもらう。
「ご飯を温めるまで少し待っててだって」
そう伝言をされたセルクと共に少しの談笑をしながら待っていると、お盆を持ったオレイカが部屋に入ってきた。
「おかわりもあるからいつでも言ってね」
粥と塩漬けの果実、スープとすりおろした果物を少量と食後に飲む薬を渡された。
「結構しっかりしたものだな。オレイカが作ったのか?」
「サクヤちゃんが作った。病人にはこういうのがいいんだよって」
そう言ったオレイカは気まずそうに視線を逸らした。
物作りが得意と思っていたが料理に限っては得意ではないらしい。
「オレイカの場合は機械作りが本業なんだし気にしなくてもいいんじゃないか?」
「ち、ちがっ、できないわけじゃないんだよ? シェルノキュリでも自炊してたし! ただ、サクヤちゃんの手際が良すぎて入る隙間が……」
オレイカの慌て方からして本当にできないのだと確信した。
しかしそう思っていても言わないようにしながら粥を一口食べると優しい味が口に広がる。
こちらの体調を考えているらしく柔らかく食べやすい。飲み込んだ後もすぐに栄養になるような感じだ。
「美味いな。サクヤは料理が上手いんだな」
「えー、さっき食べたけど美味しくなかった。柔らかいし味が薄いし」
セルクが顔を歪める姿を苦笑いで見ている限りオレイカも同じ感想なのだろう。
そうなるとこれは病人用の食事ってことになるのか。
「二人がその反応ってことは、サクヤの親は医者なのか?」
「そうだよ。王様を見てくれたのもご両親だしね。看病ついでに治るまでサクヤ達は居てくれるって。看護は得意らしいから」
「それはありがたいな」
サクヤには何か納得できるところはあるけどカグヤは大丈夫なのか? 少し落ち着きが無い様な気がするし。というか医者の娘がいきなり襲い掛かってきたのか。
「さっきの食塩水もサクヤの助言」
なるほど。オレイカはこういうのに詳しいと思っていたが全てサクヤの看病の結果か。
俺は最後に果物を飲み込み薬を飲む。
「じゃあ、私達は出て行くからもう少し寝ててね」
二人が出て行った後に、俺は再び横になり目を閉じる。
薬が効いてきたのか眠気が徐々に俺の体から力が抜けて行った。