雪の町 リルク その一
「俺達に金の代わりに何を要求するんだ?」
この車を複製する権利だろうか? 割に会わないがオレイカの判断次第だな。
「お前達の旅にシスタを連れて行ってくれないか」
思いがけない要求に思考が一瞬止まる。
シスタを旅に同行させる理由を考えるが、それはきっと考えるまでもない。
「おっさんはもうすぐ死ぬのか?」
「そんなわけないだろ。俺は百までは生きる」
「それなら俺の返事はノーだ。断る」
「そりゃあそうか。俺でも断るしな。やっぱりお前と俺は考え方が似ているな」
そう言って機械いじりに戻る。
部品を確認しノートに書きこんでいく。その姿はやっぱり職人そのものでふざけた態度はなりを潜めている。
「俺に似ているならおっさんが旅に連れて行けばいいだろ?」
「考え方がって言ったろ。俺にはお前みたいな行動力もない。アリルドに勝てる考えも無い。あるのは物を模るだけだ」
自虐的な言葉を吐きながらおっさんは作業を続ける。
その姿は俺と確かに似ている。俺が持っているのは知識だけ。自分を小さく相手を大きく置いている。
「だから俺が見せられない世界を見せてやって欲しいんだが、無理だろうな。俺でも断ってる」
「ああ、俺に人様の娘を預かる度胸はない。だが世界は無理でも、この国の中くらいなら見せてやれるかもしれないぞ」
俺の言葉におっさんは手に持った物を地面に落とす。
俺はそれを拾いおっさんの手に戻してやる。
「いいのか?」
「男に二言はない。それにこの国だけだし、俺達が回るのはせいぜい数か所だ。それでいいなら連れて行ってもいい」
「頼む。シスタに色々教えてやってくれ」
結果として部品代は不要になるどころか旅費としていくらか金まで貰ってしまった。
そしてそのまま寝床を借り夜を迎えた。
そして酷い衝撃と共に目を覚ました。
完全に無防備な腹部に大砲をぶち込まれたような衝撃に俺はベッドから転がり落ちる。
「なんだ今の!?」
寝ぼける事さえ許されない衝撃に床から起き上がると、犯人は無邪気な寝顔をしてベッドで眠っていた。
いつの間にか忍び込んだセルクの蹴りだったようで、布団からは長い足が飛び出ている。
「いつの間に入り込んでるんだよ」
セルクを抱え、オレイカの部屋に運ぶ。
オレイカも寝相は良い方ではないらしく布団が少しめくれており、だらしなく捲れた衣服からは下着らしきものが見えていた。
セルクをベッドに寝かせオレイカにも布団をかけてやり俺は早々に部屋を出る。
さっきのせいで目が完全に冴えてしまい水を飲みに台所に向かう。
台所には明かりが灯り、話し声が聞こえてきた。
「そんなわけでシスタをお嬢たちに同行させることにした。悪いな勝手に進めちまって」
「いいよわかってるから。こんな広い世界だもの、その広さを少しでも知ってもらいたい。シェルノキュリと研究所だけの人生は退屈だものね」
おっさんとティアさんの声に俺は入るタイミングを逃してしまい、壁に背中を預け二人の声を聞く。
「昼頃にあの子オレイカちゃんと一緒に帆船を作ったんだって。それにクォルテさんから魔法のコツを教えてもらったって大はしゃぎしてた」
「俺も聞かされた。お父さんの人形作るって言われて作ってもらったら完璧で驚いたよ。ありゃ天才だ」
声だけでわかる二人の幸せそうな会話にこちらの頬も緩んでしまう。
その空間は邪魔できないものの様な気がして俺は大人しく部屋に戻ることにした。
翌日、朝食を食べ終わるとおっさんから鍵の束を貰った。
「何だこれ? 財宝の鍵か?」
「あながち間違っちゃいない。この国にある俺の研究所の鍵だ、場所はシスタが知っているから聞け。家にある物は基本自由に使っていいが研究所には入るなよ、実験中の物もそれなりにあるから」
「わかったありがとうな。それじゃあ行ってくる」
おっさん達に挨拶をして俺達はまたもや作られた車内蔵の帆船に乗り込んだ。
やはり血なのかシェルノキュリのお国柄なのか、四人で帆船を細部までこだわり作り出した。
それはもう見事な出来で、布を使っていないのに布のようにはためくマストに気持ち悪さを覚えた。
「シェルノキュリって全員こうなのか?」
「もちろん。物づくりに関しては細部までこだわるよ」
機械の国恐るべし……。でもこういうところが他の国から信頼されているのかもしれない。
「エンコードさん、シスタが私のアトゼクスを飲み込んじゃったんだけど、取り出す方法ってある?」
そうだった、うっかり忘れそうになってしまうが、シスタの腹にはアトゼクスが飲み込まれたままだった。
「それなら雷の町まで行けば色々な磁石があるぞ。そこでなら取れるだろ? 先に連絡しておいてやるから」
「そこまではどう行けばいいんだ?」
俺が聞くとおっさんは地図を持ってきて広げる。
「今がここだ。最短距離で行くなら雪の町経由だな。雪の町を過ぎれば雷の町にたどり着く」
「わかったありがとう。じゃあその通りに行くことにするよ」
「パパ、これからどこに行くの?」
「雪の町リルクに行くんだって。あそこの雪像は凄いよ」
シスタの言葉にそう言えば雪は初めて見るな。と気が付いた。振る雪は見たことあるが積もっているのは見たことないな。
「よしじゃあ、雪の町に向かうか」
行先を決めて二時間ほど車を走らせると突然視界が白に染まった。
「この景色だと雪像も何も見えないだろ……」
視界を埋めつくすのは雪というよりも白い壁。轟々と車を叩き続ける吹雪に俺は絶望する。
振っている時は綺麗に見える雪が積もるとどうなるのかと期待していたが、現実はこれである。
「これは吹雪地帯ですので、このまま真直ぐ進めば大丈夫ですよ」
「この道のわからない中を真直ぐか……」
遠視の魔法でどうにかなるだろうか? わからないと遭難するんじゃないか?
「色々行き方はあります。例えば簡単なのはそこの棒を頼りにしてください」
シスタの指さす方には微かにだが棒が一本立っていた。
これが道標ってことか?
さらに目を凝らしても他に棒は見当たらない。これをどうやって道標にすればいいのか。
「クォルテさんはこれを持ってちょっと待っててくださいね」
シスタに手渡されたのはただのロープ。これで何をするのかと思った瞬間シスタは車のドアを開けた。
一瞬で外にある雪が風に乗り車の中に吹き込んでくる。
視界を遮られるほどの吹雪の中をシスタは躊躇いなく進んで行く。
ホワイトアウトした視界でシスタが何かをしているのが見えるが、何をしているのかは見当もつかない。
「やっぱり寒いですね」
全身に雪化粧をしたシスタは震えながら車に戻ってくる。
「この中で何をしてきたんだ?」
オレイカが準備していたランタンで暖を取っているシスタにそう尋ねると、鼻をすすりながらシスタは答える。
「あの棒についている命綱に滑車を結んできたんです」
「なるほどそのための棒か」
道標は棒ではなく縄だったわけか。
その縄と馬車を繋いでいけば道を外れた時に引っ張られる。徒歩の場合でも縄を体にくくれば遭難しない。
「こんなに簡単な仕組みだと切れたりしたら遭難者が出るだろう」
雨の町と違い視界が悪いだけでなく周りの景色も白。この吹雪のせいで自分の通った道すらすぐに消されてしまう。
そんな環境で縄を切られると確実に遭難してしまう。
「よほどの悪意が無い限りは大丈夫です。この縄の先はリルクの中央に集まっています。縄が切れれば中央から人が来て即修繕。それにこの縄も実験の成果でプリズマの魔法、ベルタの怪力でもちぎれないと言われています」
「それはそれで大丈夫なのか?」
そんなのが誘拐なんかに使われたら逃げるのも不可能だろう。
「国の許可が無いと売れませんので」
便利なはずなのに何かと不便だよな。制約が多すぎる。
俺達はようやく吹雪の中を車で進むことにした。