造形師 シスタ その一
「うえっ、なんか飲んじゃったよ……。敵も消えちゃったし……泥がじゃりじゃりしてるよぉ……」
車を降りると雨の音に混じってそんな嘆きが聞こえた。
どうやら何者かはアトゼクスを誤飲してしまったらしい。
「蛙とかにしては口に入れた感触が小さいし、何だったんだろう今の毒とか無いよね?」
正直関わりたくはない。確実にこいつは面倒くさい奴だ。蛙を食べたことがあるのもそうだしこの豪雨の中で活動しているのもおかしい。アトゼクスが飲まれていなければ無視をして先に進みたい。
「んー、なんかこの声は聞いたことがある気がするんだけどな。雨のせいで前が見えない」
「白髪の女だな。泥に汚れているし背が小さいから子供だな。雨具は無し。周りには泥の中に鰐らしいのが五匹」
見えないと言ったオレイカに遠視で確認できる範囲の情報を伝える。
ただでさえ体が弱い白髪がなぜ蛙を食べたりして野生に戻っているのかは定かじゃないが、話しは通じそうだな。
「すまないが、その食べたのは俺達の物なんだが返してもらえるか?」
どうやって返させるのかは俺にもわからないが、とりあえず謎の人物に声をかけることにした。
「そうでしたか。それは申し訳ありませんでした。それで今の虫みたいのはなんですか?」
草むらをかき分けて出てきたのは遠視で見た通りの子供だ。
白髪で腰までの長い髪は服と共に泥に塗れている。身長も低く発育は良くないように見える。そしてその後ろには十の赤い目が泥の中からこちらを覗き込んでいる。
「シスタ? シスタだよね、久しぶり。オレイカお姉ちゃんだよ」
「本当だ! お姉ちゃん久しぶり! なんでこんなところに居るのお仕事?」
シスタと呼ばれた少女は泥だらけのまま勢いよくオレイカに抱き付いた。
それを何も言わないままオレイカも受け入れて抱き締めている。
そのまましばらく昔話に花を咲かせようとしていたところに俺は水を差す。
「オレイカ俺にも紹介してくれないか? それとこの泥人形も引っ込めてくれるように言ってくれ」
シスタはごめんなさいと頭を下げてから魔法を時泥の鰐は泥に戻り赤い目は全て消えた。
「自分はシストルデア・エンコードです。十歳です。お姉ちゃんの弟子です。シスタって呼んでください」
そう言ってシスタは深く頭を下げた。
行動はおかしいが礼儀正しい。とても蛙を食べた経験があるとは思えない。
「俺はクォルテ・ロックス。世界中を旅している。クォルテでいい、よろしくな」
「クォルテさんはお姉ちゃんの旦那様ですか?」
「違うよ旅の仲間! 他にも色々お嫁さんの候補はいるから。王様はモテてるからね私はただの仲間だから勘違いしないように!」
オレイカの盛大な自爆。
今までそんな素振りは無かったがオレイカも俺に気があるらしい。嬉しいには嬉しいが正直対応に困る。
そしてシスタは一度俺をしっかりと見て何かに納得したように頷いた。
聡い子の様で今の発言で全てを察したようだ。将来は立派な人になれるだろう。
「パパ、何してるの?」
車から顔を出したセルクにシスタは目を見開いてこちらを見る。
「クォルテさんは何歳ですか? あんな大きなお子さんがいるってことは三十を超えているんですか? お姉ちゃんは後妻ですか? 前妻の面影を追っているんですか?」
違ったこの子は頭がいいわけじゃない。耳年増なだけだ。
そんなドロドロとした恋愛に目を輝かせている。
「ごさい? ぜんさい? パパそれってどういう意味?」
「更に娘にも手をだしているんですか!?」
とてとてと近づき俺の手に抱き付いたセルクにシスタのテンションは更に上がる。
こっちが引くほどにキラキラとした目を向けながら、他にはどんな泥沼があるのかを期待しているらしい。
「セルクは本当の娘じゃないからな。それに俺はまだ二十二だ。前妻も後妻もいたことはない」
「そうなんですか。でも壮絶な女の戦いはあるんですよね? お姉ちゃんは何位くらいですか? 可能性はありますか?」
シスタがそう言うとオレイカもじっと俺の方を期待したように見つめている。
「それよりもアトゼクスの事だろう?」
「アトゼクスがどうかしましたか? ……あぁー」
どうしたのかを聞いた直後に今しがた自分が何を飲み込んだのかを理解したらしい。
「あなたが飲んだのがお人形だよ。早くぺってしてくれないとセルク達困るの」
「吐き出したいんですけど……、ああそうだ家に来てください。お父さんなら何か持ってると思いますので」
シスタはそう言うと四匹の泥の鰐を作り出しその内の一体に跨る。
「どうしたんですか? 早く乗ってください、もう出発しますよ」
俺達の横にそれぞれ泥の鰐が準備している。だが、俺達には車がある。雨にも濡れない理想的な乗り物があるのにこれに乗れと言うのか。
「おお、快適です。流石お姉ちゃん雨にも風にも負けない優れもの!」
そう叫ぶシスタは今現在荷台部分に目隠しの布をかけびしょぬれになった服をオレイカとセルクともども着替えさせている。
何も考えずに外に飛び出した結果全員が地肌に張り付くほどに濡れてしまっていた。
オレイカの透けて浮かび上がる下着に、無防備にも下着を付けないセルクの、完成された肉体は湿る衣服がぴったりとかたどる。泥遊びに興じていたシスタは慣れているのか中に防水の服を着ていたため大して問題はなかった。
そんな男としては眼福な状態だったが、そんな煽情的な姿のまま町に行くことはできなかった。
「シスタはあそこで何をやってたんだ?」
「自分は魔法の練習ですね。やっぱり泥になると水の魔力もあるので上手に造形できなくて」
「それでこんなところで練習してたわけか」
そりゃあ十歳には難しいだろうな。大人でも苦手な人がいるくらいだし。コツを知らないと扱いにくい媒体ではあるしな。
「お姉ちゃんは何か泥を操るコツとかは知らないの?」
「うーん……、わからないな。私って感覚の人間だからこう考えないで使えるから」
その天才の発言にシスタも言葉が無いようだ。
オレイカほどの才能があればそれが普通なのだろう。感覚と試行錯誤。成功した時の感覚を覚えて次から間違えない。
凡人には無理なことだ。
「折角だから使い方教えてやろうか?」
仕方がないので俺が多少指導してやることにした。
「王様って水だよね? 土の魔法使えないでしょう?」
「属性が違うだけで魔法の理屈はどれも同じだ」
車で移動しながらと思っていたが、オレイカが遠視の魔法は苦手なためこの場で授業をすることになった。
「まず勘違いが多いのは泥を水と土の複合だと思っていることだな。泥は水に濡れた土か土を含んだ水だ。言っておくが混ざっている物じゃないというのが大事なことだ」
「ああ、私はわかったよ。そう言うことなんだね」
オレイカは流石に今の説明でわかったらしい。もともとオレイカは使えていたから感覚に説明がついた程度の話なのだろう。
セルクもシスタもその説明でまだ首を傾げている。
「簡単に言うと土だけ魔力で動かせ。そうすれば土を濡らしている水も動くから。こんな風にな」
外にある泥を蛇に変え車の荷台に移動させる。
呪文も使わない簡易的な魔法なので俺の前まで来て完全に動きを止める。
「これに土の魔法を使ってみろ。あくまで土だけだ。楽しいぞ」
そう言うとシスタは半信半疑で魔法を使う。
すると泥の蛇が脱皮するように土と水に分離する。動かしていたのが水だったため綺麗な形の水の蛇とは違い。混ざっていただけの土の蛇は所々がかけて形が悪い。
「土の蛇が歪なのは水に含まれていた土だけを動かしたからだ。これが逆だと歪な形になるのは水の方だな。たぶん今までシスタが使おうとしていたのは両方が綺麗な形を保つ魔法だ。そんなのは不可能だ。あくまで魔法を使うのは一種類のみ。複合のように見えるのは本当に二人いるかこれみたいに片方にただくっついているだけだ」
俺がそう言い終わると三人が拍手をくれた。
「ありがとうございますクォルテさん。なんかできるような気がします」
「そんじゃあ、余計な時間を食ったけどシスタの父親に会いに行くか」