気象の国 ウェザークラフト その一
グミと別れてから早三日。初めて車に改造してもらえてよかったと思っている。
「操舵席に座っても濡れないのは嬉しいよな。雨具が無くても濡れないんだから」
「私も普通の馬車でしたら音を上げていました」
俺達は豪雨の中を車で進んでいる。
アルシェすら音を上げると公言するほどの豪雨。
視界を保つために操舵席と荷台に設置されているガラスも、この豪雨の前では何の役にも立っていない。
激しい音とバケツを滝の中を進んでいるような雨量が視界を塞いでおり、周りの光景が全く見えない。
遠視の魔法を使い何とか進む道だけはわかる状況だ。
「私の発明だからね、利便性に関しては全く問題なしだから」
小さな体で大きな胸を張りオレイカが自信満々にそう言うが、利便性に関して言うなら視界も確保できるようにしてもらいたい。
俺達が今いる場所は気象の国ウェザークラフト。
様々な気象が各町ごとで起こり続けている。
雨が降り続ける町、雪が降り積もる町、雷が落ち続ける町など様々で、本来ならここに住み着く人はいないだろうが、国として成立している。
理由としては職人にとってはこの環境はありがたい。
この国で耐え切った装備、この国でも腐りにくい食べ物、この国でも物を作れる技量。
それだけでブランド化できるほどの拍が付く。
ここまで説明したところでルリーラは、雨で暇だから寝るね。と言って寝てしまった。
「それでオレイカはここに何の用があるんだ? 仕事の依頼にはここの名前は無かっただろ?」
「私の趣味。折角だからみんなの武具一式の調整でもしようかと思ってるけど」
職人魂に火が点いた。そう言うことか。
それでも当代きっての職人に仕立ててもらえるのは嬉しい。大して不満があるわけじゃないが手を加えてくれるなら嬉しい限りだ。
「クォルテさん、えっと、雨の町に着きましたよ?」
「そうなのか?」
車を止めておいてなんで疑問形なのかと思ったがすぐに納得した。
車のわずか先には確かに町がある。家もあるし人の姿もある。
だが、その半分が水に沈んでいる。
水上に家を建てるヴォールとは違いしっかりと地面に家が建っているしかしその家の下半分が水没している。
「この町クアは水没してるんだよ。主に水上に出ているのが居住区水没してるのが実験場だよ」
「俺水に溢れた町ってヴォールみたいなのをイメージしてた」
「でもこれ以上先には進めないですよね。この車沈んじゃいますよ?」
遠視をしてみるがこの近くに馬車が止まっている場所もない。他の来国者はどうやって移動してるんだ?
「移動手段があるんだと思ってたけど無いの? それならまず首都のクラフトに行かないと」
「最初に行ってくれ……」
ただ真直ぐ進んだが、どうやらそれは駄目らしい。
オレイカから話を聞くと移動手段がない場合は、最初に首都のクラフトに向かい移動手段の確保が必要らしい。
自分の準備不足を嘆きながらアルシェの運転で首都を目指すことになった。
雨の町クアから数時間ほど経ち、目の前に日の光が見えてきた。
この国の首都晴れの街クラフト。どこまで進んでも終わりが見えない雨の町の終わりがようやく見えてきた。
車を打ち付ける雨音に遮られる視界、その上湿度が高いせいで居心地も悪い。
今までの国で一番心が折れた道中もようやく終わりが見えてきた。
「あの中で耐久検査とか正気の沙汰じゃないな。俺には無理だ。絶対無理」
「そんなもんだよ。私もあそこで実験はしたくないしね。それにあの町では四日以上の滞在は禁止されてるよ」
「禁止はいいと思うが四日は長いな。俺は一日で死にたくなる。それに引き換えアルシェは平気そうだな」
俺は操舵席で座っているだけでこうなのに、更に集中力が必要な操舵をしているアルシェは平気そうに車を走らせている。
「私は魔法で辺りの景色を見ながらの操舵ですし、奴隷ですのでこういうのには耐性があるんです」
「なるほどな」
アルシェの言葉にそれしか返せなかった。アルシェの居た場所を見たことはないが、ロックスの地下やギアロの地下を思えば確かにこの程度は普通なのか。
そうなるとクアで耐久検査をしているのは、研究者とかではなく奴隷なのかもしれない。
ふとした瞬間に目に眩い光が届いた。
太陽光は雨雲に覆われ暗さに慣れていた目を容赦なく焼いていく。
日光に焼かれ白くなった視界が色を取り戻すとそこは荒野だった。
大地は風に吹かれると土煙を起こすほどに乾き、石造りの家が立ち並ぶ。
死線を乾ききったこの街から後ろの町に移すと湿地を思わせるほどの豪雨。
境目が綺麗に分かれているのは魔法が原因なのだろう。
両極端すぎるだろ……。
片や家が水没するほどの雨で片や大地にひびが入るほどの干ばつ。
二つの街に触れただけだが早くもここからどこか別の国に行きたいと思ってしまう。
「じゃあ、宿でも探すか」
一軒家を貸し出している宿屋を見つけそこをこの国の拠点にすることに決める。
部屋数は四つの二階建てのよくある一軒家だが、ここの宿には驚くことに部屋の中央に噴水が備え付けられていた。そこまで大きくはないが、人一人くらいなら入れそうなサイズ。
「なんで噴水? わかった泳ぐためだ」
ルリーラがそう言いながらも着ている服を脱ぎ始める。
「やめろっての、セルクが真似するだろ」
噴水につかろうとするのは目に見えていたたため、服を押さえ脱がないようにする。
することを読まれていたことにご立腹のルリーラは頬を膨らます。
脱衣を止めることができたと思った矢先に噴水に、誰かが入水した音がした。
「パパ、このプール狭い」
俺は頭を抱える。
セルクが全裸で噴水に立っていた。
精神的に幼いセルクに羞恥心なんてものがあるはずはなく、大人顔負けのスタイルを隠すようなことは当然しない。
噴水に飛び込んだせいで辺りは水浸しでセルクの肌に着いた水滴は玉を作り体の先端から滴っていく。
神だからこその完璧な美貌は水が陽光を反射し一種の芸術のようなたたずまいになっている。
「アルシェ、セルクの体を拭いて服を着せてやってくれ」
その神秘性に心を奪われるが、あまり凝視をするのは周りからの反感を買ってしまいそうなので目を背を向ける。
「やだ、パパに拭いてもらう!」
嫌な予感に後ろを振り向こうとした瞬間、背中に衝撃が走る。
しかしルリーラが抱き付きにくる衝撃とは明らかに違う。
硬い顔が先に触れるルリーラとは違い、はっきりと柔らかさが先に触れる。
だがそれはあくまで初撃が柔らかいだけで衝撃に遜色はない。俺は後ろを向こうとしていたため体が半回転しそのまま壁際まで吹き飛ばされてしまう。
壁際の棚にぶつかり上から硬い何かが頭にすっぽりと覆いかぶさり俺は闇に囚われる。
「パパ体拭いて? いいでしょ?」
俺の頭に被せられた何か金属製らしくセルクの言葉が顔全体に響く。
俺の胸元に感じる物は温かくて水に濡れている。
その水分が俺の服を濡らす。
この金属の外にはセルクの裸がある。そう意識せざるを得ない。
いやいや、ダメだぞクォルテ・ロックス。こいつはセルクだ。闇の神の生まれ変わりで俺を父親として慕っている。そんな子に邪な感情を抱くのは間違いだ。こいつは子供だ。生まれたばかりの子供。
「パパ?」
子が親に甘えるようなねだるような声が顔全体に響く。
いや、親ならそのくらいしてやるものじゃないか? 寧ろそれが普通なんじゃないだろうか。ここまで慕ってくれている子を無下にできない。
欲望に負けかけると胸の上にあった熱が離れていく。
そして俺の頭を覆っていた何かが外される。
「兄さん大丈夫ですか?」
目の前に現れたミールの手にはそこの深い鍋があった。どうやら俺の頭を覆っていたのはこの鍋らしい。
「悪い、助かった」
二重の意味で。
ミールから手を借り立ち上がる。俺を押し倒したセルクに目を向けると乱暴に体を拭かれながらお説教をされていた。
「荷物を片づけたら方針を決めよう」