龍の社に行こう その五
「お話ってなんですか? 皆さんの所に戻ってからではダメなんですか?」
グミは急に俺から距離を取りフードを深く被り直す。
何かに怯えているようなので一歩近づくと、グミは同じく一歩後ろに下がる。
グミと俺の距離はちょうど俺の手が届かない程に離れている。
急に怯えだしたな。この調子だと俺の予想は当たっているはずだ。
龍の神の口伝、この社に入ってからの態度、それにあの木のように枝分かれした角。間違いなくグミは龍の神の眷属だ。
それを確認しようとグミのフードに手を伸ばすがグミはその手を避けるように遠ざかる。
「グミそれを脱いでくれ。どうしても確認しておきたいことがある」
俺は真剣にそう訴えかけた。
手を伸ばし軋む床を進みグミにフードを外してくれと呼びかける。
「嫌です!」
俺の訴えは力強く拒否される。
そしてなぜかフードではなく、体を抱え込むようにして一歩後ろに下がる。
おや? なんか反応がおかしいぞ。
そこで俺は違和感に気が付いた。
グミは体を抱えるように抱きしめ、動いた衝撃でめくれたフードから覗く怯えた目、そして俺の発言。
「すまん。俺の言葉が足りなかった。俺が言いたいのは確かめたいことがあるからフードを外してくれないか? そう言いたいんだ。別にお前を襲うつもりはない」
古ぼけた社で男と二人。みんなと合流する前に話がある。そう言われれば確かに勘違いもするだろう。
だけど俺はそんなに見境が無いように見えるんだろうか、見えるんだろうな……。
「フードだけでいいんですよね。ということは気が付いていたんですよね」
そう言ってさっきとはまた違う不安げな表情を見せる。
フードの下にある自称鹿の角は、祭壇に祭られている龍の神の像と同じものだった。
「それで聞きたいんだが、お前は龍なのか? オレイカを見た時の反応からして龍の他にも種族は居そうだな」
「お察しの通り私は龍の一族です。この姿はあくまで擬態で本当の姿は龍の神とは違います。もっと細長い蛇のような龍です」
おそらく俺の使う水の龍と似た姿なのだろう。
そうなるとフィルムが使っていた炎の龍の方が上位の姿って感じなのだろうか。
「オレイカさんを見た時に言った銀狼とは種族ではありません。獣が長い時間をかけ変化の魔法を覚え人に擬態する。そんな方々です」
人に偽装する獣……。獣が魔法を覚え使う。そんなものが実在するのか?
信じられない。と言いたいが目の前にいる少女は間違いなく龍の神の眷属だ。そうなるとそういう獣もいるのかもしれない。
予想以上の話に俺は埃塗れの床に腰を下ろす。
「正直信じられない。そう言いたいが、その角と髪は確かに俺は知らない。黒髪からその魔力量は異常だ。だからお前の本当の姿ってのを見せてくれないか?」
「それは無理です。この建物が無くなってしまいますし他の人に見られたくないので。本当の姿を見ないと信じられないならそれでもいいです」
「他の人に見られない。それでいて広い所なら見せてくれるってことでいいんだよな」
俺は一つの案を思いついた。
こんなチャンスが今後いつあるかわからない。どうしても見てみたいと俺は思った。
「そうなりますけど、そんなところがどこにあるんですか?」
俺はグミに微笑みながら社を出て行く。
来た道を戻り、俺は自分達の泊まった湖のほとりに立つ。
フィルム達も火の国に向かったらしくすでにここにはいない。
遊べるほどの広さ、水深もそれなりに深く森に囲まれているこの湖なら周りからみられることはまずありえない。
「これなら戻れるだろ?」
「そうですね。それほどまでに見たいですか?」
俺が頷くとグミはため息を吐きながら外套の中の服を脱いでいく。
全て脱ぎ終わるとゆっくりと水の中に入っていく。
何も知らない他の連中が止めようとするが俺が制すと素直に従う。
グミはすでに首まで水に浸る。
そして次の瞬間グミの角が発光する。
淡い青色の光が辺りを照らすと湖の水が陸に溢れる。
その内に侵入した存在の体積を思い出したように湖が溢れかえる。
波と光が収まった時に湖の中に居たのは一頭の巨大な龍。
発光した色と同じ淡い青色の鱗を纏い、体躯は蛇のように細長く湖の中を漂う。
俺が使う水の龍と変わらない容姿だが、その瞳と相貌はグミらしくどこか怯えた雰囲気を醸し出している。
「すげえな。それしか言葉にならない」
頭部だけで俺よりも大きなその姿を見て、社に祭られていたあの鱗は本当に龍の神が落とした鱗なんだとわかった。
「これってグミなんだよね? これってクォルテのアクアドラゴン? えっ? どっち?」
あまりの出来事にルリーラでも混乱している。
さっきまで人間だったのに気が付くと人なんて足元にも及ばない程に大きな龍に姿を変えた。
「そうだよ。私は龍なんだ」
その声はまぎれもなくグミの声だった。
恐る恐るだがどこか自慢げなその声にみんなが本当なんだと確信する。
存在していないと思っていた存在が目の前に現るという現象にみんながただ見上げる。
「もういいかな? あんまり長くいると姿を見られちゃうから」
そう言うとまた淡い青色の光を放つ。
その光が収まると水が消えた湖の中心にグミが立っていた。
ここまで見せられたら信じるほかない。
「なあ、俺達と一緒に行かないか?」
俺はそう提案した。
大して深い意味はなかった。ただ一緒に居たら楽しいと思ったからだ。
「そうだよ一緒に行こう。きっと楽しいよ。世界を回るから」
ルリーラの言葉にみんなも次々に勧誘していく。
「気持ちは嬉しいけど、ごめん一緒に行けない。龍だってばれたらいけないんだよね。だから世界を回るのは無理かな」
ここまではっきりと断られると何も言えない。
よく考えると龍なんて厄介事を引き受ける器量など俺には無い。
今の人数でもいっぱいいっぱいなのに更に人を抱えることは確かに無理だ。
「わかった。また何かあったら俺達を尋ねて来い。道案内くらいなら手伝ってやるよ」
「ありがとう。その時はお願いするね」
龍の少女グミ・カートリッジと握手を交わす。
その手は先ほど見た鱗からは信じられないほどに柔らかく人間のように滑らかだった。




