妖精に会いに行こう
アリルド国の玉座の間の奥にある執務室で、俺は執務を行っていた。
「小さな国でも、こんなに雑務って溜まるんだな」
国民の要望、各部署への予算分け、新しい法律の明文化、ここに他国との交渉が入っていないのが救いだが、国王が俺に変わってしまったせいでそれもこれから入ってくるだろう。
国王の執務に辟易していると、大男がノックもせずに入ってくる。
「もう大丈夫なのか?」
「ああ、動いていないせいでまだ体が重いけどな」
アリルド国前国王、アリルド・グシャが返事する。
無精ひげがあった時代の癖か自分の顎を触っている。
無精ひげは病院の婆さんに剃られてしまっているが、正直ない方がだらしなさが無くて好感が持てるのだが、本人は無いと寂しいらしい。
「俺の事はいいのだが、そっちこそ行先は決まったのか?」
「昨日決まった」
「なら今日にでも出発するのか?」
「早くても明日だよ、お前に引き継がなきゃならないだろ」
王が変わって法も俺の好きに変えたのに、変えたまま引き継ぎもしないとなると政治がややこしくなる。
好き放題変えたのだからそれが最低限の礼儀だ。
結局放り出して旅に行くのに礼も何もないんだけどな。
「どうせお前の考えた法律だ、奴隷優遇、税率引き下げ、農地の拡大。後は貴族の廃止だろう?」
「流石にそこまでする気はない」
そうしたい気持ちを見破られたのが悔しいが、俺もそこまで馬鹿じゃない。
そうすることでの反感や暴動は出来るだけ避けたい。
「お前の意見に沿うように勧めていくさ」
「国が崩壊するくらいの暴動は起こすなよ」
「それは保証しかねる」
悪戯を企む子供の笑顔で言われると不安になるが、流石にそんなことはしないだろう。
「クォルテ準備終ったよ」
「早かったな」
すでに出かける気でラフな格好のルリーラも、ノックもしないで執務室に乱入してきた。
「ようルリーラ今日も元気だな」
「おっちゃん、もういいの?」
前王をおっちゃん呼ばわりするルリーラに、アリルドは不快感を示すことなく持ち上げてその場でくるくると回る。
なんか孫と遊ぶために来たおじいちゃんのようだ。
「もう元気だ、ルリーラとまた殴り合いできるレベルにな」
「出発も近いからまた今度ね」
前言撤回だ。孫と殴り合うおじいちゃんはいない。
肉体派の二人が和気藹々としているのを微笑ましく見守っていると、ここの執務室には珍しく扉が叩かれる。
「クォルテさん、お茶を持ってきました」
「ありがとう――」
「アルシェも気にしないで入ったらいいのに」
入ってきていい。と許可を出す前にルリーラが先に扉を開ける。
お盆の上にはカップが四つ乗っている。どうやらアリルドとはどこかで会ったらしい。
「ルリーラちゃん、ノックは礼儀だよ」
「クォルテに礼儀は不要」
「必要だよ!」
ルリーラは俺の奴隷だということを忘れているんだろうか。
奴隷を忘れさせているのは俺なのだが、それにしても無礼だ。
「相変わらず愉快な連中だな」
「アリルドさんの分もありますよ」
「悪いな」
どうぞと一人一人にお茶とお菓子を配り自身も席に着く。
「それで準備ができたと言っていたがやはり今日出発か?」
「違う。馬車とか非常食とかそういうのの準備だ、途中で他の国に寄りはするが、なるべく節約はしたい」
「そんなことしないでも、国庫から好きなだけ路銀を持って行けばいいだろう」
「よくないだろう……」
国庫から路銀を持って旅に出るとか、最低の王じゃないか。
しかもあの演説の後だと、俺が泥棒の様になってしまう。
「次に行く国は決まったと言っていたがどこに向かうんだ?」
「次は死者の国アインズだ」
出発したのはアリルドが退院してから三日後になった。
王が自分たちのために国を空けるのは歓迎されないと、人があまりいない朝早くから城門を出る。
「疲れたら帰ってこい」
そう言いながら金貨の入った袋を渡されそれを受け取る。
「見送りありがとうな」「行ってきます」「行ってまいります」
三人で手を振りアリルド国を出発した。
「操舵は初めてです」
「隣に俺もいるから緊張しなくていいよ」
自分も役に立ちたいと、ルリーラに見習わせたい言葉を言ったアルシェは、緊張のあまりに余計な力が入りすぎている。
「魔力の操作ができればそんなに難しいことじゃないから」
馬車には二種類ある、生きている馬を使う場合と、魔力を原動力に動く機械馬の二種類。
普通の馬を使う場合は技量があれば誰でも操舵できるが、機械馬の場合は技量は必要ない代わりに魔力が必要になる。
今までの旅でルリーラにも操舵させようと普通の馬を使っていた。
だが、結局は俺しか操舵しないしのと、今回はアルシェが積極的に操舵したいと要望があったため機械馬になった。
「アルシェくらい魔法が使えれば緊張する必要もないから」
「はい、わかりました」
機械馬の操舵は、魔力が流れればいい。そのため最悪指先でも手綱に触れていれば操縦はできる。
しかしアルシェは両手が青白くなるほどに握り込んでいる。
更に視線も前だけを見つめ固まっている。
機械馬自体には少し多い位の魔力が供給され、普通よりも早い速度で進んでいる。
「力み過ぎだ。少し魔力を減らして速度を落とせ」
「はい。わかりました」
今度は歩いた方が速い速度で走り出す。
さっきまで軽快に走っていた機械馬は、急に壊れたようにかくかくと足を動かしている。
これはどうしたらいいかな。
一向に緊張が解けないアルシェに、どう教えればいいかを考えていると。
「つん」
「ひやんっ!」
荷台から腕が伸びてきて、アルシェのわき腹に指先が触れた。
そしてそれはプリズマであるアルシェにやってはいけない最悪の行動だった。
力が入りすぎて丸まっていた背中が突然の衝撃で背中が伸びる。
そしてその反動であまりに大量の魔力が機械馬に流れ込み、魔力をを動力としている機械馬の足は分裂して見えるほどに早く動き出す。
「わわわ」
草原とはいえ石もあれば凹凸もある。それに機械馬は普通の馬と同じで大地を蹴って駆けている
そんな中を残像が見えるほどの速度で走るとどうなるかは身をもって知った。
どこかに掴まっていてもずっと空中に浮き続け、わずかな段差で低空飛行をし、着地の際に激しく体を打ち付けその衝撃で体がさらに跳ねる、そして大きめの段差では鳥のように空が飛べる。
「凄いよ飛んでるよ!」
身体能力の高いベルタのルリーラだけは、楽しそうにこの飛び跳ねる馬車を堪能している。
しかし普通の肉体しか持たない俺と、普通より低い身体能力のアルシェはすでに魔力を垂れ流した状態で目を回し、揺れに体を任せてしまっている。
「アルシェ、魔力を抑えろ」
「まりょく? おさえる?」
脳がシェイクされているせいか思考どころ呂律すら回らなくなっているアルシェに、俺の言葉は届かずずっと魔力を流し続けている。
「ルリーラ、アルシェから手綱を引き離せ」
「えー」
「えーじゃない、俺とアルシェが死ぬ」
予期せぬ状況にテンションが上がるルリーラは、不満げに答えるが半分意識がないアルシェを見て無理矢理に手綱を取り上げた。
「荷台で抑えててくれ。抑えてないとアルシェが荷台から落ちるからな」
「うん、わかった」
アルシェが手綱を話したことにより多少減速したがそれでもまだ危険な速度なのは変わりない。
手綱を握ると、手綱で消費しきれていない、今まで感じたことのない量の魔力が逆流して体に流れ込む。
酔いそうになるのを我慢して、不必要な魔力は全て水に変換し、速度の安定と障害物の回避に全力を注ぐ。
俺達が通った道には川が作れてしまいそうな水が流れ、その魔力量にプリズマの規格外さを感じてしまう。
水に変換だけでは魔力消費が追いつかず、仕方なしに魔力を一か所に纏めるように試みる。
魔力を固定させる行為自体が面倒くさく、魔力が溢れ弾けてしまいそうになるのを必死で抑える。
「美味しそうな魔力ね」
不意にそんな声が耳元で聞こえた。
誰だとみるとそこには小さな光が浮いていた。
「食べてもいいかしら」
そこで俺はこいつが妖精であると理解した。
人間には不可能な魔力を食べるという単語に、それだけを理解する。
「お腹ペコペコなの」
「好きに食ってくれ、どんどんあるから遠慮はいらないぞ」
「ありがとう」
妖精はふわふわと近づき、俺が抱えていた魔力を一口で吸収する。
「まだあるのね」
さっきまで光の塊だったものは、羽の生えた小人の姿に変わっていた。
薄っすらと赤く輝く妖精は物欲しそうに機械馬に視線を向ける。
「機械馬の魔力も全部食べてくれ。魔力が多すぎて対処が追いつかない」
「そういうことなら、いただきます」
妖精は手綱と同化するように潜っていく。
そして制御ができないほどに溜まっていた魔力はあっという間に消え、ようやく機械馬は動きを止める。
「クォルテ、止まったの?」
「こいつのおかげでなんとかな」
荷台から顔を覗かせるルリーラに、手綱から出てきた妖精を指さす。
「何それ可愛い」
手綱から出てきた妖精は淡く光を帯びているが、見た目は普通の人間とそう違いはないほどに変わっていた。
髪の色は燃える様な赤色、肌の色は人間と遜色はなく、違っているのは手の平サイズで背中に二対四枚の羽根が生えていることだ。
「よろしくね」
そう言ってルリーラの周りをくるくると回り、光の粒が軌跡を作る。
その光景に感動しているルリーラに俺は一言言わないといけない。
「ルリーラ」
「は、はい」
怒られるのを察したのか、妖精に出会い上がったテンションは一気に下がり小さくなる。
「なんであんなことした」
「緊張がほぐれるかなって」
行動に悪意が無いのは知っているが、悪意が無ければなんでもしていいわけではない。
「ルリーラにはわかりにくいかもしれないが、驚かすと魔力を一気に放出してしまうものなんだ」
驚くと体に力が入るのと一緒で、魔力も一気に放出してしまう場合も多い。
普段なら気に留めることでもないが、馬車の様に魔力の制御が必要なものになると今みたいに大惨事につながりかねない。
「これからは気をつけるように」
「はい……」
反省したらしいルリーラの頭を優しく撫でてやると、少しだけ元気になった。
「ん、どうしたんでしょうか」
ようやく目を覚ましたアルシェは魔力を使いすぎたのか少しボーっとしている。
「アルシェ目が覚めたのか?」
「あ、申し訳ありませんでした!」
思考が戻ってきて暴走させたことを思い出したのか、アルシェは即座に土下座した。
「アルシェのせいではないから気にするな」
そう言ってアルシェの頭を撫でる。
「ごめんね、アルシェ」
「ううん、大丈夫だよ私がビックリしすぎただけだから」
「アルシェはすぐに平常心を崩しがちだから、そこだけ気をつけろよ」
「はい。申し訳ありませんでした……」
平常心であれだけの魔力を自由に操れれば、生きていくうえで苦労は無くなるだろう。
改めてプリズマという存在の凄さを理解できた。
「あなた、さっき食べた魔力と同じ匂いがするのね」
妖精はアルシェの周りを飛びながらアルシェに顔を近づけている。
流石は妖精、一目でさっきの魔力の主だと気づいたらしい。
「妖精ですか」
「そうよ、あなたプリズマねあれだけの魔力を放出したのに、もう意識が戻るんだもの」
妖精はひらひらと飛び回りながら上機嫌に話す。
「でもなんでこんな草原に妖精が?」
「こんなって街の近くよここ」
そう言われて初めて向こうに街があることに気が付いた。
「もっと時間かかると思ってたけど暴走したおかげで早くついたみたいだな」
日程はもう一日かかる予定だったことを考えると、アルシェの魔力の凄さがよくわかる。
城壁もないその街は来るものを拒まない、戦争にも関与しない永世中立国。
国境無くすべてを受け入れる国。
それが死者の国アインズ。




