龍の社に行こう その三
「ごめんなさい。いつもの癖でつい、いいよって」
皆の準備が終わり龍の神を祭る社がある街外れの山に向かいながら、ルリーラはさっきの出来事の謝罪をした。
それはもちろん俺を盛大に突き飛ばしたことではない。
グミの裸体を俺に見せたことに対する謝罪で、ルリーラは必死にグミに何度も頭を下げている。
「ですから大丈夫です。ビックリしましたけど別にわざとじゃなさそうですので……」
謝られているグミ自身はそのしつこい謝罪をとっくに受け入れており、今はただ迷惑そうに外套のフードを深く被っている。
グミは昨日来た時と同じ外套を着ているが、もちろんその下にも服は着ている。
今日は日差しが強いおかげで外套はいらないほどに暖かいのだが、頑なに外套を脱ごうとはしない。
「オレイカ、グミの外套の下に何か変な物はあったか?」
「王様も見た通り何もないよ。黒い髪に二本の角、それと純白の綺麗な肌。変なところは何もなし」
グミは怪しいと言っていたオレイカはそう断言する。
出会ったことのない神かクロアの刺客かと考えているが、どちらにしてもしっくりとこない。
「本当に本物なのかもな。動物の体を自分に埋め込むとか、そういう風習みたいなのもどこかにあるんじゃないか?」
「それは私もしらないけど。私に言えるのは体に異常は無いってことだけだよ。あのパルプって子とは違う」
そうなるとどんどん謎は深まっていく。
敵意は無い。でも不思議な存在。
「でも、あれが埋め込まれた何かだったりしたらさ、それって――」
「可能性はあるけどな。どこの研究所でもそれは行われているだろうしな」
オレイカは俺が言葉を遮った意味を悟り、ルリーラに視線を向ける。
「王様はどうするの保護するの? それとも放っておくの?」
「……」
言葉に詰まる。
それ。つまりは人体実験。
欲に駆られた人間が分を弁えずに行う最悪の実験。
そうだとすれば異様なほどに怯えた姿にも納得はいく。凄惨な現場、自分の体を弄る研究員の姿が浮かび人を直視できない。それは旅の初めにルリーラを見ていてわかってはいた。
でも、グミのはそうじゃない気がする。
おどおどとしている姿はルリーラの時とは違って見える。
ルリーラは人間を恐れていたが、グミの場合は自分を見られることに怯えている様に見えている。
「やっぱり様子見だな。そうだとは思えないんだよな」
そうなら良いけど。とオレイカとの話を終えた。
「クォルテこの道ってどっち、右?」
ルリーラが大声で俺を呼んだ。
二つの山へ続く分かれ道。この辺りの地理を思い出しながら右が続く道はただのハイキングコースだと思い出す。
「左です」
俺が左を選ぶ前にグミが先に口にした。
目的の場所を知っているのか? それなのに俺達に案内させようとしている? 何のために?
「グミの言う通り左だ。まるで道を知っているみたいだな」
踏み込んだ質問だと思うが、こいつが何かをしようとしてもこのメンバーなら負ける気はしない。
後ろの仲間達は俺の異変を察知したのか戦闘の準備をしている。
「道はわかりません。ですが、こっちの山だということはわかります。ほら、書いてますよアルトメルトスの社って」
「ルリーラ、ちゃんと書いてるんだからちゃんと読めよ」
俺の言葉に全員の臨戦態勢が解除された。
違和感は拭えないが、普通。怪しいのに、敵意はない。雲を掴むような捉えどころのないグミへの判断が俺にはつきそうもない。
「龍の神はアルトメルトスと言うんですね、初めて知りました。どの本にも名前までは記述されてませんよね?」
「そうだな、基本は龍の神、その他だと蛇の神、悪神、災害の神なんて揶揄されたりしている。それくらいに暴れていた神だ。名前なんてそうそう書かれはしない。それでも龍の神が好きなら知っていてもおかしくはない」
おとぎ話の魔王の様に悪の名前が出てくることは少ないが、もちろん史実として名前は出てくる。
だから崇拝しているなら知っていてもおかしいことはない。
そう言ってミールの疑問を払拭してやる。
失敗したな、今のはもう少し優しく聞くんだった。と俺は反省する。
オレイカ以外にも俺がグミを怪しんでいるのが伝わってしまった。先手のつもりが悪手だった。
「あの、ロックスさん。もうここまでで平気です。このまま道なりですよね。後は大丈夫ですので、私の事は気になさらないでください」
今ので自分が嫌われていると思ったのか、グミは俺の元に来てそう言った。
その姿はどこか寂し気で邪気が無いように感じられた。
「俺達も目的地は同じだ。旅は道連れだ一緒に行こう。変な態度取って悪かったな」
疑うのはやめよう。
確かに怪しいが俺達に危害を加えるつもりはないと、寂し気で怯えたような表情から伝わってきた。
俺はグミの肩に軽く触れ先に左の道を進む。
「ほら行こうよ」
ルリーラがグミの手を握り後をついてくると、他の皆も後をついてくる。
「この先に開けた場所があるはずだから、そこで弁当でも食べよう」
左の道は龍の神が祭られているとは思えないほどに心地いい場所だった。
しっかりと整備された道。その道から外れないように設置されている木で作られた手すりが並ぶ。
道を挟む森もはみ出さないようにしっかりと剪定されており、この道がとても大事にされているのがわかる。
「裏の三柱を祭っているとは思えない道だな。なんというか表の四柱を祭っている様に思える」
「それは大多数の意見です。見方が変われば移り方も変化しますから。ここで行われた他国の戦。この国にとっては関係なくただの迷惑だった戦を止めたのは、圧倒的な力で他国を殲滅した龍の神です。龍の神が持つ強大な力は地面に無数の穴を作り、雨水や湧き水が溜まり大きな泉が生まれこの国は泉の国として栄えました。そうなると戦を止めない表の神と戦を止めた裏の神どっちが善良な神かわかりますよね」
グミの説明にサラは閉口する。
やっぱりグミは龍の神について詳しく知っている。そして俺よりも詳しい。
この国に穴を開けたのは複数の龍である。それがどの文献にも載っている伝説。だがそれをグミは龍の神がと一柱でやったと断言した。
それはつまりグミは文献では何かで龍の神の伝説を知っているということ。
「グミはその話をどこで聞いたんだ? 俺の知っている話とは少し違うらしいが」
「おじいちゃんに聞きました」
やってしまったと顔を伏せながらグミは答える。
やっぱり何かを知っているのだろう。それでも俺達に危険が無ければいいが、個人的にその紙に書かれた伝説よりも人から人への口伝が気になる。
紙はどうしても大多数に向けて書かれている。そのせいで求められている場所に向けて歪曲されてしまう。それが悪いとは言わないが、口伝は完全なその人物の主観だけで繋がれていく。
だからこそ両方知りたいと俺は思ってしまった。
「グミの知っている龍の神について教えてくれないか? 弁当を食べている時だけでいいからさ」
俺がそう言うと、グミは少しだけ顔を上げる。
炎の様な赤い瞳が俺を見つめる。




