泉の国での対決 その二
休憩を挟み再びヴェルスとフィルがスタート地点に着く。
「今度はさっきみたいに水上を走るなよ!」
「冗談が通じない男はモテないぞ」
「雑な嘘を吐く奴の方がモテないだろ」
フィルムは俺の言葉に噛みついてきた。
てっきりマジで? とイーシャさん辺りを見ると思っていたが、どうも無駄なところで成長しているらしい。
「俺ほどモテる男はいないだろ」
「……。それじゃあ二人とも準備はいいか?」
フィルムは成長していないようで安心した。
イーシャさんはそんなフィルムを見て頭を押さえている。
「反論もできないのか。どうやら俺の勝ちみたいだな」
イーシャさんは頭を抱えしゃがみこんだ。
心中お察しします。
「よーいドン」
掛け声とともに二人が湖に飛び込む。
ヴェルスの疲れは取れているようで、先ほど見た通りの綺麗な泳ぎを見せぐんぐんと進んで行く。
「フィルさんの姿はどこだ?」
かたやフィルは飛び込んでから姿を見せない。
呼吸の痕跡もなく完全に姿を消している。
「おい、溺れてるんじゃないか?」
「そんなわけないだろ」
フィルはそんな軟な奴じゃない。
おそらくは潜水しているのだろう。
「あいつは奴隷になってから水の国で育ってるんだぞ」
「心配じゃないのかよ」
「だから心配なんていらないんだよ」
ヴェルスが片道の半分、つまりコースの四分の一泳ぎ切った所で、水底から何かが急浮上してくる。
水面を押しのけ風を纏うフィルが水中から飛び出す。
手と足に風を纏い、風の推進力を利用しているらしく水が螺旋を描いて空に散る。
「魔法?」
「今度はちゃんと泳いでるし、魔法が禁止ってことはないよな」
フィルムはすぐにイーシャさんを見るが、首を横に振られてしまう。
遠泳の大会に魔法はつきものだ。
さっきみたいに水上を移動するのは流石に反則だが、水中なら問題ない。
水中でどれだけ自分のステージを作れるかが勝負の遠泳。
おそらくフィルムは、体力をつけるために行う遠泳を頭に思い浮かべていたのだろう。
「ヴェルス、お前も魔法で対抗しろ!」
「フィルム、ヴェルスの魔法は無理です」
イーシャさんの呼びかけでヴェルスの魔法が火だと知った。
「火の魔法を使う遠泳の選手はいないぞ」
「なん、だと……」
フィルムはそのままがっくりと膝を着いた。
たぶんヴェルス本人もそれは気づいていて、普通に泳いでいるんだろうな。
ヴェルスが折り返し地点に到着した時にはこちらはゴールまで後一歩のところまで来ていた。
当然この勝負はフィルが勝った。
「いえーい」
テンション高くみんなとハイタッチする中、フィルムは完全に項垂れていた。
それから少ししてヴェルスが陸に上がる。
この長距離を泳ぎ切ったにも関わらず、息一つ切らさない彼女の持久力はすさまじい。たぶん魔法なしだったらこっちが負けていたかもしれない。
「えっと、大丈夫か?」
「ああ、これは三本勝負だ。残りの船とビーチフラッグでこちらが勝てば俺達の勝ちだ!」
そう言って立ち上がりこっちを指さす。
この体たらくでなぜそうも自信があるのか俺にはわからない。
「フィルム、明日から色々と勉強しよう」
「イーシャ、そうだな。今日の負けを明日の糧にして打倒クォルテ・ロックスだ!」
「その調子だよ」
イーシャの言葉に元気を取り戻したらしいフィルム。
「船が出来てないってことは、次は私だよね。フィルムくんみたいに醜態晒したくないな」
フィルムの心が折れた音が聞こえた気がした。
「王様、船の準備できたよ」
「じゃあ、私は次だね。よかったよ、こんなバカンスに来て負けたくないもんね」
ヴェルスにまで平然と毒を吐いた。
ヴェルス本人は表情に出ていないので傷ついたかはわからないけど。
「でもビーチフラッグが最後だとリース達が大取になるよね?」
イーシャさんの言葉にリースの動きが止まる。
「じゃあ、ビーチフラッグで私達が最初でお願いします」
「はい。別に大丈夫です」
大人しいと思っていたのに全力で詰め寄られ、俺は頷く。
別に順番は決めていないのでここまで近づかなくてもと思うけど。
それから準備に入った。
スタートラインを決め、そこから長くない距離の所に旗を設置する。
「また面倒なことになる前にルールの確認をしたいんだが」
「魔法の使用は可、先に旗に触れた方が勝ち。三回勝負だ」
「いいんじゃないか?」
極々一般的なルールだ。
今回は特に何も企んでいないし俺が何かをするつもりもない。
こっちはサラだしまともな勝負になるだろう。
「旦那様、旗に触れれば勝ちですね」
「そうだ。魔法のしようも問題ない」
サラは細い指を顎に当てる。
今日はいつもみたいに髪を後ろに結っているわけではなく。頭の後ろで長い髪を団子状に纏めている。
そのせいかいつもよりも女性らしい。
余計な脂肪の無い身体は武芸者らしくカッコいいが、その鍛えた筋肉のおかげで膨らんだ胸部は重力に負けることなく前を向き、武芸者に大事な下半身も尻が持ち上がるほどに鍛えられている。
いつもは浴衣によって隠されているその肉体は今真紅の上下に分かれた水着だけになっており、凛々しくもカッコいい女性となっている。
そんなサラと対決するのは、リース・ヤングル。
地の国でルリーラと対決した彼女はルリーラが出ないことに多少拗ねているがそれでもスタート地点に待機している。
「サレッドクインさんでしたよね。よろしくお願いします」
隣に並ぶサラに挨拶をする姿はルリーラに似ている。
それに着ている物も似ている。
ルリーラの様に上下が繋がっているタイプの青い水着は競泳用に見えなくもないが、女の子らしいスカートの様な可愛らしフリルがあしらわれている。
どこか恥ずかしそうにしている仕草がその容姿と噛み合い、とても愛らしい。
俺がフィルムに親指を立てるとそれにいい笑顔で返してくれる。どうやら今回も引き分けらしい。
「旦那様、合図を」
俺がフィルムと通じ合っている間に二人の準備は出来ていた。
旗の反対側に頭を置き、うつぶせになる。
「ところでサラ、刀を持ってるのは何でだ? 走りにくいだろ」
「刀を持たずに私は勝てないので」
俺は一応フィルムを見る。
フィルムが頷いたのでそのまま帯刀を認めることにした。
その時は特に気にせずに先に進めることにした。
「よーいドン」
先に動いたのはリースだった。
黒髪らしい反射神経でサラが起き上がる時にはすでに駆けだしている。
これはもう勝負がついたな。
そう思った矢先、かちゃりと金属が動く音が聞こえた。
その音の先にはサラが居合の構えをしている。
「サラ?」
俺が声を出して周りが気づく。
先頭を行くリースもその構えに気が付き咄嗟に脇に跳ぶ。
そしてそれを見計らったタイミングでサラは刀を抜いた。
魔力も溜めていたらしく刀身が赤く光、光の線が生まれる。
その光の線は一直線に旗に向かい、見事に旗は斬撃に触れ真っ二つになった。
かちんと刀が鞘に収まる音で一連の動きが止まる。
「これで僕達の二勝だな」
なぜかサラはそう宣言する。
あまりにも滅茶苦茶な言動に誰かが言葉を発するのに数分かかった。