盗賊の国 アリルド
「まだ着かないの? いい加減、お尻が痛いんだけど」」
この一向に変わる気配のない草原に、いい加減飽きたらしい黒髪の少女が馬車の荷台から顔を出す。
いつも元気な彼女の碧色の瞳には疲れが見え、口をへの字にし不機嫌さを前面に出している。
「ルリーラの体が薄いからだろ。俺も座り続けてるが痛くはないぞ」
しかし不機嫌なのは俺も同じだ。
アリルド国の領地に入ってすでに丸一日。操舵手を変わることもなくやらされ、この変わることのない景色を眺めているため口調はややきつくなってしまう。
「薄くないし! 痛くないのはそっちの方が座り心地いいだけだもん!」
いー! と年相応の子供っぽい表情を見せ荷台から体を乗り出す。
健康的な日焼けをした肌を惜しみなくさらす半袖のシャツとホットパンツは、淑女らしくはないがルリーラの元気さがよく出ておりよく似合っている。
「ルリーラが操るか?」
手綱をルリーラに向けるがそれを無視し、小さな体を押し込み俺を端に寄せ無理矢理隣に座る。
「ほら、やっぱりこっちのほうが座り心地がいいじゃない」
「なら大人しくしてろよ」
そう言って、機嫌が直ったらしいルリーラの頭を撫でる。
光を全てのみ込みそうな闇色の短い髪は、サラサラとしていていつ触っても気持ちがいい。
怪訝そうにしながら、大人しく撫でられるルリーラを見て嬉しくなってしまう。
ロックス家を飛び出して約二年。
こうして十四歳らしい子供っぽい自然な表情を見ることができてよかったと、年寄りの様な事を思ってしまう。
「ルリーラも大きくなったな」
「クォルテおじさんみたい」
「なっ、お、俺はまだ二十二だぞおじさんでは断じてない!」
「私からしたら、十分おじさんだよ」
自分の立場が優勢になったことを察したルリーラは、ニヤニヤした表情で体が薄いと言われた反撃をする。
「前の宿でもお子さんですか? って聞かれてたしねぇ」
「ぐっ! ルリーラ言っていいことと悪いことが――」
「クォルテ前!」
突然叫ぶルリーラの指の先には、男性が一人うずくまっていた。
「ルリーラ捕まってろ! くそっ、なんでこんな道の真ん中に居やがるんだよ!」
そんなことを叫んだところで男が避けてくれるはずがない。
俺は咄嗟に手綱を握りしめ、魔力を流し馬車ではありえない直角な動きを馬にさせ方向転換をする。
辛うじて避けることはできたが、急激に魔力を流し込まれた馬は暴れるためゆっくりと魔力を制御すると落ち着かせ馬車を止める。
「轢いちゃった?」
「怖いこと言うな、ちゃんと避けれたから」
自分が死んでもおかしくないはずなのに、いまだうずくまったまま男に違和感を覚えながらも近づき声をかける。
「おい、大丈夫か?」
声をかけた瞬間男は素早い動きで俺の手を掴み、反対側の手に隠していたナイフを俺の首筋に当てる。
「荷物を全部置いていきな」
強盗か……。
俺にナイフを突きつけるまでの動きに、戸惑いもためらいもない。
馬車を止めるために車道の真ん中に居たことに今の動きといい本当に噂通りの国だな。
「旅の途中で、食料くらいしかないけど?」
適当に言葉を交わしながら辺りを確認する。
見える範囲には右手の木の奥に仲間が一人、仲間の髪色は見えないがこいつの髪色は明るい茶色。
こいつがどの程度できるかわからないが、変に魔法を使って逆上させるのも得策じゃない。
「構いやしないさ、お前以外を全部貰っていくからな」
それに俺が魔法を使っても、仲間の位置も遠いし他に仲間もいるかもしれない。
こうなると俺だけじゃ無理か。
そう判断した俺は男からは死角になる様に指でルリーラに合図を送る。
近くに敵は二。
俺以外には子供が一人。そう油断した男は俺の服から一瞬手を離す。
それを好機と踏み、ルリーラに続けて指示を出す。
やれ。
合図を送った直後、後ろから疾風となり飛んできたルリーラの膝が男にぶつかる。
突如攻撃を受けた男は、俺に掴まることなく弓なりに飛んでいき、地面を何度もバウンドを続け離れた木にぶつかりようやく止まる。
「右手の木の陰に一人だ!」
飛ばされた男は戦闘不能とみなし、即座に次の支持を出す。
すぐに対応したルリーラは、勢いよく地面を深くえぐりもう一人の居る木に向かい一直線に向かう。
人がボールの様に跳ねる姿を見て固まった仲間は、俺の声に気付くが、
時既に遅くルリーラの着地に耐え切れなかった木が強盗の退路を塞ぐ。
「このっ!」
我武者羅に突進する強盗はルリーラに攻撃するわけではなく、ルリーラに抱き付き動きを止める。
「流石に、その動きには驚いたがもう終わりだ!」
その言葉に続くように離れた位置から銃声がなった。
「水よ、ルリーラを守れ、ウォーターウォール」
呪文を告げると、ルリーラの周りから水が湧き出る。
湧き出た水はどこかに流れるわけでもなく、意思を持っている様に縦に伸び、瞬く間に水による壁が生まれる。
強盗の放った魔弾は水の壁を超えることができず、取り込まれ動きが止まる。
「いつまでしがみついてるの」
水の壁に囲まれ逃げらない状況下で、超人的な動きをした少女と至近距離にいる。
そんな地獄の様な状況に身を置いていると悟った強盗は、静かにルリーラから離れ降伏のため両手をあげる。
「水の壁よ、取り込んだ痕跡を静かに追え、アクアスネーク」
魔弾が撃ち込まれた壁は、止めた魔弾を中心に流動的な動きで蛇へと姿を変え音もなく移動を開始した。
「ルリーラ殺すなよ」
「私に抱き付いたんだから、殺されても文句言えないと思うんだけど」
圧倒的な身体能力を見せつけたルリーラも、知らないおっさんに抱き付かれたことにむくれてしまう。
そんな少女らしさについ苦笑いしてしまう。
「まあまあ、こいつには聞きたいことがあるんだよ」
ルリーラの頭を撫でると少し機嫌を直してくれたのか、乱暴にこちらに強盗を渡す。
「水よ、罪人を処す剣となれ、ウォーターソード」
空中に湧き出る水は、剣に変化しその刃を怯える強盗の首に当てる。
「沈黙は死ぬと思え。俺が殺さなくても後ろのルリーラが殺す」
「わ、わかった……」
「さっき逃げた奴の行先は?」
「それは、わかんないんだよ」
持っている剣を強盗の首に強く押し付ける。
「本当だ! 俺はただ指示されただけなんだよ……、指示されているだけだ。金と指示書が俺宛に届くんだよ」
「それは、どうやって受け取るんだ?」
「詳しくは知らないんだ、なぜか俺の居る場所に届くんだ」
ここまでされて吐かないってことは、どうやら嘘じゃないようだな。
そうなると、今の狙撃手は顔を見られると困る人物ってことか。
「ってことは、お前は何も情報を持っていないってことだな」
「そうだ、頼む命だけは」
首から剣を離し剣を水に戻す。手から零れ落ちる水はそのまま地面へと消えていった。
「それならアリルドへの行き方教えてくれよ。お前を引き渡すためにも」
了承した男の両手両足を荷物用の縄で縛り、荷台に詰め込む。
「なあ、俺はなんで掴まってるんだ」
俺にナイフを突きつけた盗賊も、奇跡的に生きていたため一緒に乗せた。
「諦めろ。死にたくなかったら大人しくしていた方がいい」
「そういうことだ。大人しくしてたらこれ以上危害は加えない」
「なんでクォルテが偉そうなんだろう」
「ありがとうな、ルリーラおかげで助かったよ」
手柄が持って行かれたと思っているのか、不満げに口をとがらせるルリーラの頭を乱暴に撫でるとそれで満足なのか目を細める。
そのまましばらく、馬車に草原を走らせると眼前に巨大な壁が見えてくる。
「あれがアリルドでいいんだよな」
「そうだあれがアリルド国だ」
街を覆いつくすような強固で堅牢な城壁。
いつもの事だが、首都に訪れるたびに壁を見上げていると首を痛めそうになる。
「相変わらず城壁って大きいね」
「今まで見た城壁でも、最大クラスの巨大さだけどな」
近くで見ると天にも届きそうなほどの城壁。
そこに沿って左に進んで行くとやがて巨人でも楽に通れそうな門が現れる。
「止まれ」
門番に止められ詰め所に連れていかれる。
渡された適当な書類にサインをしながら典型的な質問をされ、他の門番が積み荷を確認する。
「こいつらは盗賊か?」
「ええ、よくお分かりで先ほど襲われましたので捕縛しました」
荷台に乗せていた盗賊はここで引き渡すことができた。
「うむ、感謝する。褒章は国王様より授与される」
「へぇ、国王自ら」
「そうだ、決して無礼の無いようにな。そしてこれが、入門証だこれを見せれば中に入れる」
盗賊と引き換えに入門証を受け取る時、門番の首元に蛇の跡が残っていた。
「どうかしたのか?」
「いえ、なんでもありません」
手続きを終え馬車を街の中へ進める。
分厚い城壁を抜けると石の国があった。
石の畳にレンガの家、豪華ではないが襲撃にも耐えられそうな頑丈な家々の出迎えを受ける。
見た目よりも頑丈さ重視って感じだな。
機能性よりも頑丈さといったような厚みのある強固な家、中には巨大な岩をくりぬいて作った家まで存在していた。
「お尻が痛いんだけど、ここの道は均したりしないの?」
「そうみたいだな」
凸凹だらけの街道は気を緩めれば、馬車が横転してしまいそうなほどで中々スピードが出せない。
本来石畳は走りやすいように均しているはずなのだが、ここは逆に走りにくいように整備をされている。
これはわざとこんな道にしているってことなんだろうな。
さっきの門番といい、この国は噂通りそういう国なのだろう。
「どうやら、この国は中々面白い国のようだ」
このままでは馬車に酔ってしまうと判断し、適当な民宿に荷物を置かせてもらうことにした。
そこで二人とも旅人と奴隷の恰好に着替える。
「じゃあ行くか」
頷くルリーラに荷物を持たせ、王城へ歩みを進める。
少し歩きづらいが、馬車よりははるかにましだ。
この様子だとアリルド王は、俺の想像通りで間違いなさそうだ。
「ところで、この国ってどんな国なの?」
「特殊な国なのは間違いないな」
慣れれば少し歩きづらいで終わる石畳を歩いていると、暇になったルリーラから質問が来る。
「普通に見えるけど、この石畳以外に変なところがあるの?」
「まず国とは言ったが保有する都市はここだけ、周りは草原だけ酪農や栽培もこの都市だけでやってる」
普通は都市や町をいくつか作り、そこから酪農や栽培といった農作業を村なんかで作る。
なのにこの国は、完全にここだけで完結させている。
「ここだけでいいなら外の草原って必要ないよね? 土地が無駄じゃないの?」
「一応は敵国からの襲撃がすぐにわかるために見晴らしのいい草原が必要ということになっている」
「なっている? 本当の理由があるんだ」
俺はルリーラに説明をする。
この国の別名は、盗賊の国アリルド。
草原や所々にある森は、盗賊の隠れ家に使っているという噂、国ぐるみで盗賊をしているという噂。
そんなこの国の噂話を教えながら進むとようやく城への門が見えてきた。
門に近づくと憲兵がすぐに近寄ってくる。
「待て! 何用だ」
「盗賊を捕らえた褒章が頂けるとのことで、伺いました」
門番に貰った入門証を差し出すと、それ以外は何も言わず城門が開く。
「今までで一番不用心な城じゃない?」
「そうみたいだな」
入るのに必要なのはいくらでも複製が出来そうなこの入門証だけ。
証文も何もなく、入門を許可するという旨が文字だけで書かれている入門証を一目見ただけ。その上こちらの名前も聞かなければ荷物の検閲もしない。
「広いね。それに人が少ないけど大丈夫なの?」
「そうだな。少しだけ確認してみるか」
高い天井の広い空間、壁一面には強度で有名な石材が張り巡らされ、一本道の様に敷かれた赤い絨毯が階段まで伸びている。
こんな頑丈そうな城だが、警備は信じられないほどにずさんなものだ。
憲兵のやる気のなさが特に酷い。
こんなに広いのに巡回の憲兵は無し、いるのは何か所かある扉の前に一人だずつ。
こんな警備は初めて見た。
「申し訳ありませんが、国王の居る場所はどこでしょうか?」
入門証を見せ近くの憲兵に声をかける。
「ふむ、案内しよう」
「ありがとうございます」
連絡なしに持ち場を離れるのか。
これは中々面倒な国だ。
普段なら長く持たない国だと思うところだが、今回に限ってはそうではないだろう。
余程の自信家で、それに見合う力を持っていることは、容易に想像できる。
「ここだ」
「ありがとうございます」
絨毯に沿って階段を二階分上った先、他の扉とは一線を画す絢爛豪華な扉。
城下はそこまで潤っているとは思えないが、圧政と言えるほど貧しそうでもなかった。
どうやら政治も強いらしい。
色々と考えてはみたが所詮は想像、百聞は一見に如かずと扉をノックする。
「入れ」
地に響きそうな低い声が体を震わす。
「失礼します」
重い扉を開けると壁はガラス張り、本来なら多数の警備を付けるために広いはずの玉座の間が今は最奥の玉座に一人座る男しかいない。
歩みを進め玉座の前で膝を着く。
「表を上げよ」
目線の先にいるアリルド王は一言で言えば巨漢だった。きらびやかな装飾や高価な服よりも、その見た目に目が奪われる。
褐色の肌に茶色の髪、無造作に髭を生やし二メートルを超える身長にははち切れんばかりに発達した筋肉が備わっている。
見ただけで、俺の想像は間違っていなかったのだと確信する。
「褒美を渡そう」
護衛も近衛もいない王は、自らが玉座を立ち堂々とした姿で俺の前に立つ。
圧倒的な威圧感。実際の身長よりも大きく見え、自分が縮んでしまったような感覚に陥る。
「この国であれば、一月は遊んで暮らせるであろう金だ」
「頂戴いたします」
金貨の入った袋を渡すと、あろうことか背を向け玉座に戻り腰を下ろす。
暗殺や謀殺など意にも返さない振舞いには、殺せるものなら殺して見せろと、自身に溢れるアリルド王は我こそが絶対強者なのだと態度で誇示する。
「して、俺の値踏みは終わったか?」
「バレてましたか」
再び玉座に腰を据えるアリルド王は不遜な態度で話しかけてくる。
バレないようにしていたつもりもないが、こうも率直に聞く辺りは見た目通り剛胆だ。
「ふん、それでお前は何を知った?」
射貫くような強い視線に、その言葉に何もと返すことはできなかった。
値踏みをしていたはずの相手から、逆に値踏みをされている。
間違った返答は『死』へ直結すると脳が信号を出す。
変に隠す方が悪印象になるか。
俺は率直に現段階で至った答えを告げる。
「推測ですが、アリルド王が盗賊の親分である。というところまででしょうか」
「素晴らしいな。門番が盗賊の頭である。そう密告する連中も多いがよく気づいたな」
上機嫌な様子でこちらを見つめる。
「正解ということは、私は生きてここを出ても問題ないということでございましょうか」
視線をぐるっと一周させると、アリルド王は声を出して笑う。
「がっはっは、なるほどなもうよいぞ。いつまでこの国にいるつもりかはわからんが、好きなだけ滞在するがいい。俺はお前達を歓迎しよう」
「ありがとうございます」
玉座の間の扉を閉じると、俺はその場で座り込んでしまう。
こんな王だとは想像していた、腕力のみでのし上がった王だと思っていた。
だが、ここまでとは思っていなかった。
ここまで知力と腕力、それに統率力を一人で保持するとは思ってもみなかった。
何ヵ所か強い王と対面したが、アリルド王はどれとも違っていた。
国として強いではなく個として強い。堅牢な城壁に囲まれた城に守られた強靭な力。それがアリルド国だ。
「はいお水。囲まれてるのによく気づいたね」
「ああ、今は疲れたからまず宿に戻ろう」
水を受け取り乾ききった喉を潤し俺達は宿へと引き返す。