表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
猟兵としての生き方  作者: touhenboku
3/3

003

遅くなりましたが三話目です。よろしくお願いします。


 浩一……否、コウイチが目を開けると、街道らしき場所にいた。

 前を見ると人や馬車が踏みしめてできたと思われる、轍が刻み込まれた舗装されていない地面が地平線の彼方まで続いている。後ろを振り返ってみても同じだ。

 その左右には草原が広がり、その奥には木々がそびえているのが見える。

 空を飛ぶ野鳥のさえずりが耳に心地よく響き、まだ太陽が昇って間もないのか、そよ風が涼しくふいている。


「ここが『ルジャルダン』か……」


 思ったよりものどかな場所だと感じ入る。

 モンスターや獰猛な獣、野蛮な盗賊などが跳梁跋扈し、場合によっては悪徳な奴隷業者に捕まってしまうこともある、お世辞にも治安が良いとは言えない危険な世界だと思って覚悟していた割には、この状況は拍子抜けしてしまう。

 周囲を見回していても、一見すると不審な人物はおらず、危険はなさそうな気がする。

 まぁ、見方を変えれば不審人物は自分だろう。

 鞘入りのマチェットを左側の腰に差し、鞘に入った小ぶりのサバイバルナイフを右の太ももに装着して武装している、ラメラーアーマーを着込んだ、顔をシュマグでゲリラの如く覆ったフレームサックを背負った人物。

 お近づきになりたくはない。


「……顔ぐらい出しておくか」


 コウイチは呟くと口周りを覆っていたシュマグを首元にずらして顔を露にする。

 これで誰かと出会った際に、即不審人物として扱われることはないだろう。


「(さて、まずは自分の能力の確認と行きますか)」


 コウイチは心の中でつぶやくと、まずは習得した『スキル』類の確認作業に移ることにする。

 前述したが、ここは危険な世界。今は平穏でも、未来も平穏だとは限らない。

 荒事対策をしっかりしておいて損はない。

 だが、街道らしき場所のど真ん中で行う程非常識ではない。

 街道を逸れて草原に入り、木々が生い茂る林へと向かう。

 林の中だと、他人に出会うことが無いため、配慮する必要がないだろうとの判断したためだ。

 しかし、踏み固められていない道なき道を歩くため、歩きにくい事この上ない。

 もし質の良い靴を購入していなければと思うとぞっとする。

 そして林に到着して少し入ったところで、歩みをとめる。余り奥に入って迷子になるのは避けたいからだ。

 それにしても、この林には人の手が入っていないのだろう。

 見渡しても目に入るのは曲がりくねった細い樹木ばかりで、見上げても間伐されずに伸びきった枝葉が空を覆っていた。

 足下は日の光が余り差し込まなくとも、生命力が旺盛な雑草によって茂っているのが見て取れる。

 足下が少々おぼつかないが、贅沢は言ってはいられない。

 よっこいせ、といった風にフレームザックを近くにあった木の根元において、いよいよ検証の始まりだ。


 まずは【短剣術:Lv(レベル).5】の確認だ。

 マチェットを抜き、構える。

 そして、眼前に敵……物騒だが人間がいるとイメージして振るう。

 ヒュンヒュンと風切り音を立てながら、自分の思い通りに振る事十数回。

 流れる様な動作で敵としてイメージした人間の手足を斬り付けた。

 続いて、シュッと素早く何度も突きを繰り出して、喉、心臓、鳩尾(みぞおち)、股間といった人体の急所を攻撃する。

 こちらも淀みなく自然な動作で、敵としてイメージした人間の急所を貫き、抉った。

 ナイフを用いた戦闘方法等を習ったことのないコウイチであったが、その動きはその道のプロに匹敵するだろうという概ね満足のいく結果となった。

 もっとも、血生臭い戦い、早い話が殺し合いに慣れていないコウイチにとって、実際の戦闘で即役に立てるかと聞かれたら、首をひねらざるを得ないのが現状だが。


 続いて、各種【魔法術】の確認に入る。


 【火魔法術:Lv.5】。

 直感的に火の玉を手のひらに生み出し、投げつけ、炸裂し、辺り一面を火の海にする方法を思いつけるがそれは止めにする。

 ここは林の中。可燃物には困らない。

 下手に火を扱うと森林火災になってしまう。

 そのため指先に火を灯すだけにとどめておく。

 問題なく火が灯り、温かさを感じ取る。その温かさが熱さに変わる手前で指先に灯した火を消し去った。

 どうやら自分で生み出した火であったとしても、火傷する可能性はあるようだ。

 どこに行っても、火の取り扱いには注意が必要な事には変わりがない。


 【水魔法術:Lv.5】。

 水を生み出せと念じると、指先にゴルフボール程の水球が現れた。

 それは指先に触れるか触れないかといった距離を保ちながら、フヨフヨと浮かんでいる。

 荷物の中から金属製のカップを取り出し、水球の下にもっていく。

 そして水球を指先から切り離すイメージをすると、そのイメージ通りに水球は指先から切り離され、カップの中にぽちゃんと零れ落ちる。

 試しに飲んでみると、問題なく飲めた。風味はどこにでもあるミネラルウォーターといったところか。

 これで飲み水には困らないだろう。


 【風魔法術:Lv.5】。

 手のひらからそよ風を生み出し、先ほどまで水を湛えていたカップに当てる。

 水の渇きが早い。カップについていた水滴があっという間に乾いた。

 カップを仕舞いながら、これなら洗濯物の乾燥にも有効そうだと思いをはせる。

 当然それだけでは荒事には全く向かない。

 なので、今度は手のひらを手近にあった木に向けて、圧縮した空気を一方向に一気に放つイメージで風を起こす。

 バシュンッ!

 という強烈な音と共に空気が放たれ、その直撃を受けた木は激しく揺れた。

 これが人体に直撃すれば、姿勢を維持できずに軽く吹っ飛ぶことだろう。


 【土魔法術:Lv.5】。

 手のひらに砂が現れるように念じると、砂が生み出された。

 これなら目つぶし用の砂には困らない。

 だが、試したいのはこんなことではない。

 生み出した砂を放り投げて捨てると、今度は手のひらを手近な木に向ける。そして小さな円錐形の礫を生み出し、勢いよく射出した。

 小さな風切り音と共に射出された礫は、勢いよく木にぶつかり、めり込む。

 威力は、『現世(うつしよ)』のネットの動画で見た小口径銃程度はあるのではないだろうか。

 礫の形状、材質、射出する時の速度を工夫すれば、もっと威力は増すことだろう。

 もしかしたら、『ルジャルダン』では銃の代わりに【土魔法術】が使われているのかもしれないとコウイチは思った。


 【回復魔法術:Lv.5】。

 指先をマチェットでちょっと傷つける。長さ5ミリメートル、深さ1ミリメートル程の傷だ。もちろん、痛い。

 直感的にもっと大きな傷でも回復できそうだと理解しているが、自分で自分の身体を傷つけるのには勇気がいる為、この程度の傷とした。

 回復しろと念じると、痛みがスーッと引いていく。

 指先に着いた血を舐めて綺麗にして確認してみると、つけたはずの傷がきれいさっぱり消えていた。

 この様子なら、多少の怪我などすぐさま回復が可能だろう。

 ちなみに、マチェットに着いた血の汚れは【水魔法術】で生み出した水で洗い落としておいた。


 一通り各種【魔法術】の行使を行い、体内に残された『体内魔素(オド)』の量を確認する。

 といっても明確に数値化されるようなものではないので、あくまで体感だが、それ程消費されている感じはしない。

 たとえるなら、1,000の内5~8を、否、10,000の内5~8を消費した程度の感覚だ。

 これなら、もっと確認してもよいかもしれない。


「(今度はそれぞれの【魔法術】を組み合わせてやってみるか)」


 試しに【水魔法術】と【風魔法術】を組み合わせてみる。

 圧縮した空気に水を混ぜて、一方向に一気に解き放ち、打ち出してみる。

 イメージは『現世』のネットで見た、インパルス消防システム――個人携行型の消火装置――だ。消火だけでなく、警察が放水銃として暴徒鎮圧用に用いることもあるという。

 それをイメージして生み出した合成魔法の結果は……

 ボスンッ!!

 という音と共に衝撃波に乗って打ち出された水が、目標となった手近な木に壮大にぶち当たり、大きく木を揺らした。

 元々イメージしたのが消火装置のため火消は当然の事、直撃すれば人は姿勢を維持できずに吹き飛ぶことだろう。


 今度は、【風魔法術】と【土魔法術】を組み合わせてみる。

 球状に強烈に圧縮した空気を、金属に近い材質の石で隙間なくなるべく均一の厚さで包み込んだものを手のひらに生み出す。

 圧縮された空気が元に戻ろうとする衝撃で金属質の石材を内側から破壊し、生じた破片を飛散させて殺傷することをイメージして作ってみた。参考にしたのは『現世』の軍隊が使っている手榴弾だ。

 投げる前に【土魔法】を用いて足下の土をどかして穴を掘り、荷物と人一人が入れる大きさの塹壕を作る。

 その塹壕にフレームザックと共に入ってから、手榴弾もどきを木々の向こう、できるだけ遠くに放り投げる。

 放り投げる際に時限式で圧縮空気が元に戻るように設定しておく。大体5秒程度だろうか。

 そして5秒後……

 ボンッ!

 という音がしたと思うと衝撃が周囲を襲う。

 塹壕から這い出たコウイチは爆発があった場所までやって来ると周囲を見渡す。

 辺りに飛び散った金属質の石材が周囲の木々に突き刺さっている。

 生身の人間がこれを食らった場合、大怪我だけでは済まないだろう。

 使いどころが難しいが強力な武器になると判断しながら、フレームザックを取り出した塹壕を【土魔法術】で埋めなおすコウイチだった。


 一通り確認を済ませたコウイチはフレームザックを背負い直し、街道へと戻る。

 それなりに時間がたっているので、人が歩いていてもおかしくは無いのだが、未だ人の姿は見えない。

 早朝だから人がまだ通っていないのか、人通りが寂しい道なのか判断に苦しむところだ。


「(さて、どちらに進みますかね……)」


 周囲を見回した際に気が付いたことだが、辺りに道標となるようなものは見当たらない。

 街道らしき場所であることから、どちらに進んでも町か村には到着しそうだが、到着までどのくらいの距離があるのか、はたまた到着した先にあるのが町なのか村なのかわからない。

 どうしたものかと思案するも、動かずにずっとここにいる意味は無い。


「(仕方がない。前に進むとするか……)」


 結局、ここにやってきた際に向いていた方向に歩くことにした。


 歩いて体感時間で30分程だろうか。

 街道の側に木が植えられた盛り土を見つけた。

 そこには高さ1m程の頑丈な石で作られた柱が立てられており、共通言語で「←至:商業都市コマース12km →至:淀みの森4km」と書かれてあった。

 この場所は『ルジャルダン』で言うところの一里塚。

 4km毎に設けられた木陰で休むことができ、どちらに進めばどれくらいで目的に到着するのかを知ることができる場所。

 ちなみに距離や時間、重さ等の単位は『現世』の単位をそっくりそのまま使用されている。

 光球(こうきゅう)曰く、「新しく単位を設定するのが面倒だったんだよねー」とのこと。


「(共通言語識字がなかったら読めないな……それに『ルジャルダン』一般常識がなければこれが何かは分からないまま……どうやら自分の選択は間違ってはいないようだな)」


 こんなところで自分の選択の正しさが理解でき、ホッとするコウイチ。


 このまま道なりに歩き続けると商業都市に到着し、反対を向いて歩き続けると“淀みの森”に到着すると石柱に刻まれている。

 どちらに向かうか数舜迷ったが、結局は商業都市へと向かうことにした。

 理由は“淀みの森”に比べると近いから、だ。

 ただし、距離にして後12kmと人間の足であと3時間程度(人間の歩行速度は時速約4km)かかってしまうが。


 ちなみに“淀みの森”とは、大気中にも存在する『体外魔素(マナ)』が何らかの要因で局地的に集まって高濃度化し、そこに住まう動植物を『魔石』を有したモンスターへと変貌させてしまう森の事を指す。

 当然危険な場所であり、装備や実力が伴わない状態で訪れたら、その日のうちに森の肥やしと化してしまう。

 だがそこで得られるモンスターの『魔石』や素材は高値で取引されるので、一獲千金を夢見て訪れる『猟兵(イェーガー)』は後を絶たない。

 こういった『体外魔素』が高濃度に濃縮した地は『ルジャルダン』には数えきれないほど存在しており、そういった場所に一つ一つ固有名詞をつけるのは不可能なため、一括して“淀みのナニナニ”と呼称されている。

 そのため“淀みの森”をはじめとし、“淀みの川”や“淀みの沼地”、“淀みの渓谷”等様々な場所が各地に存在している。


 一里塚で休むにはまだ早いと判断したコウイチは、商業都市に向かって歩き出す。

 そうしてまた歩いて体感時間10分程した頃だろうか。

 自分の前方、10mほど離れた草むらがガサガサと突如として揺れた。

 念のために左の腰に差したマチェットのグリップを握り、いつでも抜けるようにする。

 それと同時に草むらから出てきたのは、立派な角の生えた白いうさぎだった。

 それは、角ウサギと呼ばれる、体内に『魔石』を携えたモンスターの一種。

 草食でおとなしいが、繁殖力が旺盛であっという間に増えるために餌を各地の“淀みの森”だけでまかなうことができず、こういった“淀みの森”近くの森林や草原に餌を求めてやって来るという『ルジャルダン』で比較的人目に付きやすいモンスターの一種だ。

 一見すると角が目立つだけのかわいらしいうさぎだが、一度危機に陥ると、その角を振りかざして威嚇をし、最終的にはその角を相手に突き立てて攻撃するというモンスター。

 全身のバネを使っての跳躍から繰り出される全体重をかけたその角の一撃は侮りがたく、仮に直撃すればコウイチが着込んでいるラメラーアーマーなど軽く突き抜き、大けがを負うことになるだろう。当然、当たり所が悪ければ即死すらあり得る。

 そのため、その見た目とは裏腹に危険性の高いモンスターとして一般に知れ渡っている。

 もっとも、知れ渡っている理由はそれだけでなく、角は専用の薬剤に浸してから圧縮して研磨加工すれば簡易ナイフとして扱えるようになり、骨は料理のダシに、肉は食卓を彩る食材に、鞣された毛皮は衣類として活用され、魔石も取れると捨てるところが存在しない、有用性の塊と言っても過言ではない存在であるのも一因だ。


 コウイチが一般常識で得られた知識を反芻しながら目の前の角ウサギを観察していると、角ウサギはハッとした様子でコウイチのほうを向く。警戒心が薄いため、今までコウイチの存在に気が付いていなかったようだ。

 そして慌てた様子で角をコウイチに向けて、後ろ足で地面を踏みつけて「タン、タン、タン」と音を立てている。

 どうやら威嚇しているらしい。


「(やるしかない、か……)」


 コウイチは意を決して、マチェットを抜いて構える。

 角ウサギはすでにやる気満々だ。

 全身に力を込めていつでも跳躍できるようにするだけでなく、その頭頂に生える角を迷うことなくコウイチの身体に向ける。


「(【回復魔法術】があるから多少の怪我は治癒できるが、だからと言って一撃を甘んじて受ける理由は無い……

 そして角を用いた攻撃による一撃離脱戦法が恐ろしい相手に【短剣術】で近接戦闘を挑むのは適切とは言えない……

 となると、各種【魔法術】で対応するしかない、か……)」


 コウイチがそこまで考えてから行動に移ったのと、角ウサギが跳躍したのはほぼ同時だった。


「(土の壁!!)」


 コウイチが心の中で念じながら【土魔法術】を行使する。

 『体内魔素』を消費すると同時に、『体外魔素』に干渉。

 コウイチの目の前の土がせり上がり、土でできた厚みのある壁が出来上がった。

 その土壁に勢いよくぶつかる角ウサギ。

 角ウサギの角は土の壁に深々と突き刺さった。

 壁に突き刺さったまま、四肢をダランとする角ウサギ。

 角ウサギにしてみれば、予想もしない距離と場所で頭をしたたかに打ち付けたのだから、気絶に近い状態に陥ったとしても仕方がない事だ。

 そしてその隙を逃すほど、コウイチは甘くなかった。


「すまんな。俺が生きるためだ。糧になってくれ」


 その隙にコウイチは呟きながら角ウサギの背後に回り込み、手にしたマチェットを角ウサギの首筋に当てる。

 そして勢いよく引いて角ウサギの喉を切り裂いた。

 角ウサギの身体がビクンと跳ねると同時に、切り裂いた喉から鮮血が流れ落ちる。

 痙攣していた角ウサギだったが、しばらくして動きを止める。

 絶命したのだ。


 コウイチは土の壁から絶命した角ウサギを引っこ抜き、【土魔法術】を用いて土の壁を解除して街道を元に戻す。

 マチェットに着いた血を【水魔法術】で生み出した水で洗い流し、鞘に仕舞う。

 流石に地面に流れた血はどうにもする事は出来ないが、これで戦闘の後始末は終了だ。


 コウイチは角ウサギの後ろ足を片手で掴み、逆さまにもって血抜きをしながらまたもや道を外れて草原に入り、木々が生い茂る林に入る。

 そこで適当に見繕った(ツタ)を、適当な長さでマチェットで切り取って入手する。

 マチェットを鞘に仕舞ってから開いた手に『体内魔素』を集め、【土魔法術】を行使して石材でできた長さ約1mほどの棒を作成した。

 こうして出来た即席の棒に角ウサギの足を蔦で巻き付けた。

 こうすることで棒を肩に担いで楽に角ウサギを運搬するだけでなく、逆さに吊るすことで血抜きも並行して行える状況を作り出す。

 このまま角ウサギを目的地である商業都市コマースまで持ち運び、そこで換金する予定だ。

 解体して有用部位ごとに分けたほうが、買い取るほうの手間が掛からない為、換金金額は少しばかり多くなる。

 だが、解体したことが無いコウイチが欲に駆られて行おうものなら、有用部位が傷つき、逆に換金金額が下がることが考えられる。

 コウイチは決して不器用という訳ではないが、やめておいたほうが無難だろう。

 こうしてコウイチが『ルジャルダン』に来てから初めてのモンスターとの戦闘は終わった。 


 コウイチは角ウサギを逆さづりにした棒を肩に担いで、商業都市コマースに向かう。

 そして二つ目の一里塚(商業都市コマースから8km地点)に到着した。

 慣れない長距離移動に、靴は鉄板入りの重たい安全靴。

 足に疲れを覚えたコウイチは、丁度良いと一里塚で休むことにする。

 背負っていたフレームザックを地面に下ろし足を延ばして座る。

 出来たら木陰に座って休みたいところだが、そこにはすでに先客がいたため断念した。

 先客の様子をチラリと横目で見てみるコウイチ。 


「(人数は3人。武器と防具で武装しているところから同業者(猟兵)の『部隊(パーティー)』といったところか)」

 

 コウイチの推測は当たっており、事実彼等は『猟兵(イェーガー)』である。

 そよ風に乗って聞こえてくる彼等の声に耳を澄ますと、どうやら“淀みの森”で泊まり込んでの狩りを行い、生活の糧を得ようとしているようだ。

 なるほど、確かに彼らが地面に置いたリュックサックは荷物で膨れており、二、三日程度なら野宿も可能だろう。

 休憩を終えた彼等は地面に置いていたリュックサックを背負い直すと淀みの森へと向かって歩き出す。

 コウイチも十分に休んだと判断し、地面に下ろしたフレームザックを背負い、角ウサギが“5”羽吊らされた石の棒を肩に担いで商業都市コマースに向かう。

 ちなみに初めて角ウサギと戦ってから約一時間程度しか経過していないのに、吊らされた角ウサギの数が増えている理由は簡単。

 ここに到着するまでに、五回も角ウサギと出会い、戦い、勝利したという訳だ。

 戦い方はほとんど一回目と同じで、体当たりを誘発し、土の壁に頭をぶつけさせ、昏倒している間に喉を掻っ切る。

 それを繰り返しただけだ。

 ずいぶんと簡単に勝利しているように思えるが、これはコウイチがそれなりの『Lv.』で【魔法術】を行使できるからに他ならない。

 仮に行使できなかったら、ここまで安心かつ安定して勝利することはできなかっただろう。

 ちなみに一般的な角ウサギとの戦い方は、角ウサギに気取られない距離から弓矢や【魔法術】といった遠距離での攻撃や、仕掛けた罠にかかり身動きが取れない状態での近接戦闘だ。なお、角ウサギの体当たりを避けながらの接近戦は、怪我を負うリスクが高いため一般的ではない。

 また、角ウサギの『魔石』の入手だけを目的とするならどれだけ傷つけても問題は無いが、肉や毛皮を目的とするなら傷は少なければ少ないほ程良い。

 その為角ウサギの喉元を切り裂くだけのコウイチの戦い方は、優れた角ウサギ狩猟方法の一つとして数えられるだろう。


 二つ目の一里塚を出発して商業都市コマースに近づくにつれ、すれ違う人数が増えてきた。

 そのすべてが武装して荷物をもっている事から、“淀みの森”に向かう『猟兵』の『部隊』だろう。

 “淀みの森”に生息する各種モンスターからはぎ取れる『魔石』や素材が目当てだと推測できる。

 そして時折、コウイチの背後から山ほどの素材を乗せた荷馬車が急ぎ足で通り過ぎていく。

 “淀みの森”で泊まり込んで狩猟採取を行った『部隊』が、商業都市コマースへ向かっているのだ。

 彼等の表情には狩猟採取が上手くいった安堵と、これらがもたらすだろう懐の潤いを喜ぶ表情が浮かんでいた。

 これから狩猟採取に向かう者、帰路につく者を、横目で見るコウイチ。

 そうしている中で気が付いたのは、全員がそれほど周囲を警戒していないところだ。

 どうやらこの辺りにはモンスターや野盗といった脅威が少ないのだろうとコウイチは考える。

 “淀みの森”という危険な場所に向かい、狩猟採取を行える実力を持った『猟兵』が絶えず行き来する道だ。

 野盗が手を出そうものなら、返り討ちに遭うのが目に見えている。

 そして街道に出没するモンスターは角ウサギ位だ。

 “淀みの森”で研鑽を積んだ『猟兵』にしてみれば、油断さえしなければどうということのない相手だ。

 ちなみに街道に出没する角ウサギをコウイチが狩猟することは無かった。

 もう十分に狩猟したということもあるが、他の『猟兵』が戦闘もとい狩猟していたからだ。

 『猟兵』間の暗黙の了解、というか一般常識として、助けを求められていないのに横から手を出す事は避けるべき行為とされている。

 理由は、たとえ善意の助太刀であったとしても、獲物を横取りされるのではと危惧されてしまい、いざこざに発展する可能性があるからだ。

 そして罠にかかっている獲物を勝手に狩猟してしまう横取り行為は言語道断。

 罠を設置した人物に何をされても文句は言えないし、『猟兵ギルド』に報告がもたらされた場合、厳重注意と罰金刑で済めば御の字。悪質と判断された場合『ランク』の降格処分や『猟兵』資格のはく奪すらありうる。

 だからこそコウイチは手を出すことなく、戦闘もとい狩猟を終えて街道脇で角ウサギの解体作業を行う『猟兵』達を横目で見ながら素通りしていた。

 

 こうして歩いているうちに、三つ目の一里塚(商業都市コマースから4km地点)に到着したコウイチは、またもや小休止を取った。

 この辺りから街道沿いに生えている木々はまばらになり、代わりに雑草が生い茂る草原が広がっている。

 そして草原の所々で、角ウサギを相手に戦っている『猟兵』達の姿が見えた。

 男女問わずで年齢も上は四十代、下は十代と様々な彼等に共通しているのは、装備が充実していない点。

 駆け出し、もしくはうだつの上がらない『猟兵』なのだろう。

 “淀みの森”に向かうだけの装備も実力も足りていない彼等は、こうして活動拠点の近くで経験と資金を稼いでいるのだと推測できる。


 コウイチは小休止をしながら彼等の戦い方を観察する。

 弓や弩、各種【魔法術】を用いてのオーソドックスの遠距離戦で仕留める者もいる。

 事前に仕掛けた罠にかかって身動きが取れない、もしくは大幅に動きが制限された状態の角ウサギに近接戦を挑み、とどめの一撃を加える者もいる。

 中には正面から相対して角ウサギと一進一退の攻防を繰り広げている無謀な者もいる。

 彼等の身のこなしや【魔法術】の威力は、街道で見かけた『猟兵』の動きと比べるとどこかぎこちなく、威力に欠ける。

 当然コウイチと比べても、だ。

 これから推測できるのは、コウイチの実力は駆け出しやうだつの上がらない『猟兵』よりも上にあるということだ。

 戦う環境や駆け引きによっては同等もしくは逆転するだろうが、基本的にはその認識でよいだろう。


 そもそも装備を充実させることができない、つまりは資金が無いのに、自身を強化できる各種『スキル』を習得するための『技能紙(スキル・パピエ)』の購入ができるはずがない。

 できたとしても、市販品の『技能紙』で得られる『スキル』の『Lv.』は低い。

 指先に火を灯すといった使い方しかできない【火魔法術Lv.1】でも使い方によっては放火という悪用が可能なのだ。

 高い『Lv.』で悪用されてはたまったものではない。

 そのため市販品の『技能紙』は軒並み『Lv.』が低く設定されている。

 それだけでなく『技能紙』は高価格で取引されるように国によって定められている。

 理由は、表向きには戦闘に関する『スキル』が蔓延し、それを用いた犯罪行為が多発しないようにするためであり、裏の理由としては、被支配者が強い力を手軽に得て、支配者に対して気軽に反意を示さないようにするためだ。


 性格的に目立ちたくないコウイチにとって、没個性化し、厄介ごとに巻き込まれないように周囲に埋没することは優先事項。

 下手に実力があるのに弱者に交じって同一の仕事をこなそうものなら、奇異の目で見られかねない。

 コウイチの実力に見合った振る舞いをしなければならない。

 だがここでネックとなるのが自身の『ランク』が最低の『F』であることだ。

 駆け出しやうだつの上がらない『猟兵』が『ランク:F』や『ランク:E』では無いはずがない。

 十中八九、彼等と同じ『ランク』の仕事を行うことになるだろう。

 

 「(覚悟はしていたが、目立たずに過ごすのは難しそうだな……)」


 内心で愚痴りながらコウイチは立ち上がり、商業都市コマースに向かって歩き出す。

 目的地は、もうすぐだ。




読んでいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ