砂浜
大地の寝息のように、ひとときも止むことのない波の音。
時に、砂浜を削り、また、砂浜に新たな砂を運び込んでくる。欲深いのか、親切なのか、彼には不思議に思えた。
小首を傾げ、海を見つめる彼の目には最早そこに海は映っていない。雲に僅かな太陽光と、それに照らされた黒く、底の見えない瞳。そして静かな苦悩の滲みがある。
厚い毛皮で頭から爪先までをすっぽりと覆い、波の寄せる寸前のところの砂の上で座っている。曇天とはいえ、今の季節は夏である。その中で毛皮に覆われるとなると、暑くはないのかと思うが、別段気にした様子も彼には無かったのだった。
彼を、そして砂浜を抱くように構えた青々とした山から、狼にも似た遠吠えが聞こえた。それは彼にとって飽いた日常であり、幼子の時からの非日常でもあった。
小さく物憂げな息を吐き、彼は立ち上がった。白い足首が露になる。
すると、不意に、風が吹いた。
―――グシャ。
彼の毛皮のフードが風に煽られ、蒼白い顔と共にギザギザに整えられたボサボサな黒髪が覗く。黒い瞳に動揺が映った。
僅かに砂の中で動き、それは悶えているように見えた。実際悶えている。鮮血が砂と混じり合い、その者の白い体毛の周りで舞う。
汚れてはいるが、白い羽毛に、鮮やかな黄色をした鶏冠。そして丸びを帯びた嘴。知っている者が見ればキバタンのようであったが、彼がこの鳥がどんなものであるかなど知る由もない。
そう、この鳥がどんなもので、何があって血を垂れ流し、この砂浜に不時着したのかも、彼にとって全く関係のないことであった。
何より、キバタンの痛みでキツく閉じられた目元を見つめる彼の薄暗い両眼には先程の動揺は微塵も無かった。また風が吹いて毛皮のマントがひらひらと煽られていく。上空に同じようにひらひらと揺れる何かが飛んでいるのが見える。あれは何だろうという疑問を浮かべることもなく、彼は金臭い匂いに鼻をすんと鳴らし、後ろの山を振り返った。
「ディラ」
乾いた唇を微動だにせず、まるで喉を何日も使われていなかったような掠れた声がそう呼んで数秒も経たぬうちに、真っ黒い影が彼を包んだ。
『ルーシ、何事だ』
成人男性のような深みのある声と共に、音も立てずに降り立った影以上に深い黒の足が砂を掻いた。
実はストックがここまでです!ひー 頑張ります