とある店主の一日
今日の出だしはなかなか順調だ。朝、店を開けてから、そんなに時間の経ってないうちに短剣、回復ポーション、皮製の靴が売れたのだ。短剣は行商人、回復ポーションは旅人に、そして皮製の靴は近所の宿屋の主人にそれぞれ買われていった。
「息子に新しい本でも買ってやろうかな」
今日の売り上げと、本好きの息子の事を考えると自然と笑みがこぼれてくる。
俺は街道沿いにあるとはいえ、小さなこの町で小さな店をやっている。ちょっとした武器や防具、ポーション類、雑貨、わずかだが魔道具も扱っている。もっとも、どれにしても希少価値がある様なものは何一つ無く、ごくありふれたものばかりではある。しかし、町にはうちの店で扱っている商品を売っている店は他に無く、食うに困らない程度にはやっていけている。まあ、町自体が小さいので、店自体が多くは無いのだが。
カランカランと入口の扉に付けてある鈴の音が聞こえてきた。また、お客様のご来店だ。
「いらっしゃ……」
店の奥から顔を出し、来たお客さんを出迎える俺の声が止まった。死んだ親父の跡をついで店主になって十二年、子供の頃から店番をしていた期間も合わせると二十年以上お客さんが来る度に言っていた慣れ親しんだ言葉が止まった。
入ってきた五人組のお客さんを見たからだ。人数は問題無い。旅人のパーティーなどが五、六人で来る事は珍しい事では無いからだ。俺が言い慣れた言葉が止まった理由、それは彼らの風貌である。
全員が同じ服装をしている。それは、まあ、いい。問題はその服である。まずは色。全身黒一色である。そして上半身。長袖で、前合わせ。止められているボタンは金色である。しかし、金の輝きとは違う様な感じがする。首回りを筒状に覆う様に立ち上がりがある。その部分には金属の小さなプレートの様な物が取り付けられており、何やら描かれている。文字の様にも思えるが何と書かれているか解からない。見た事の無い文字か文様である。ズボンは形は珍しくはないが、上着と同じ材質で布の様に思えるが、見た事が無い。履いている靴も見た事の無いガラと材質である。顔つきはのっぺりとした感じであるが、髪の色が一人は赤、一人は青、残りは黒である。
ああ、きっとどこか遠い国からやって来た旅人かな。そうに違いない。言葉は通じるのだろうか。この町まで旅をしてきたんだから大丈夫だよな。
「何かお探しで?」
物珍し気に、そして何故か不安気にきょろきょろと店内を見渡す五人組に声を掛ける。声を掛けられた五人組は驚いた表情でこちらを凝視してくる。
変な事、聞いたつもりは無いのだが、一体何なんだ?
「随分とお若い様ですが、旅のお方ですか?」
妙な客だが、客は客。そして俺は商売人。気さくに振る舞っておこう。
「言葉……、通じる……」
「は?」
「あの、僕の言ってる事、わかりますか?」
「え? わかりますけど……」
黒髪からの問いかけ。妙な客じゃなく、おかしな客に変更だな。
「おい、ここはどこなんだ?」
次は赤髪からだ。
「よろず屋テプレですけど」
おいおい、こいつら何の店かも解らず入ってきたのか。客でもなかったのかよ。
「そうじゃない。何て国のどこなんだよ?」
ほんと何言ってんの? 自分達がどこにいるのか分かってないってことなのか?それでよく旅してこれたな。客でもなさそうだし、教える事教えて、早いとこ出て行ってもらおう。うん、それがいい。
「ランドール王国、サラバーンの町ですよ」
「ランドール王国? サラバーン?」
疑問形で返されたよ。
「ええ、そうですよ」
「聞いた事ない……」
聞いた事が無いって言われてもね。でも、この町は国の中央部に近い所だぞ。どこの国かも知らないなんて、どんな旅の仕方だよ。
「やっぱり、異世界だよ。間違いないよ」
「し、信じられねえよ」
「地球上にランドールなんて国無いよ。それに、ここ、店だと思うけど、この品揃え見てよ。あり得ない無いよ」
何を言ってるのだろうか? 俺からしたら、彼らの会話があり得ないのだが。
五人組はなにやら、顔を突き合わせ、小声で話し合っている。青髪以外は不安そうな顔である。たまに、「嘘だろ」とか「帰れないのか」など聞こえてくる。”てんい”や”しょうかん”など意味不明の言葉も聞こえてくる。
どうでもいいから、店から出て行ってくれないだろうか。そんなに広い店ではないのだ。他のお客さんが入ってこれないじゃないか。
そろそろ一度声を掛けようかと思い始めた頃。話が纏まったのか、青髪がこちらにやってきた。
「いくつか聞きたい事があるのだが……?」
「何です?」
聞きたい事聞いて、早く出て行ってくれ。もっとも、俺も商売人だ。そんな思いは顔には出さず、にこやかに答える。
彼の聞きたい事、一つ目はこの国の通貨。まったくもって理解に苦しむ。旅をしてるとかしてないとかそれ以前に、そんな事も知らずによく生きてこれたなというレベルの質問だ。まあ、きっちり教えてやるよ。早く店から出て行って欲しいからな。
そして、二つ目は、その金の稼ぎ方……。いやね、働けよってしか言えねーよ。仕事を紹介してくれる斡旋所がここより少し大きめの隣町にあるからさ。こいつら、働いた事ねーのか? ひょっとして、貴族か大富豪の世間知らずのお坊ちゃんなのか? この質問にもちゃんと答えるよ。隣町の斡旋所について教えてやった。
三つめの問いは町から町への道中の様子だ。ほんと、ここまでどうやって来たんだろうか? こっちが逆に聞きたいよ。もっとも、早く帰って欲しいから、聞かれた事に答えるだけだ。街道に沿って行けば、比較的安全だろう。
「他にも何かありますか?」
「いや、これだけでいい」
彼らは納得したのか、ぞろぞろと店から出て行く。店は再び静けさを取り戻す。
「あっ」
隣町まで五日程かかるのを言い忘れたな。まあ、でも問題ないか。五日で着くって事は近い方だからな。それよりも彼らは結局、何も買っていかなかったが、あの格好で大丈夫なのかな。夜の極寒に耐えられるのかな。それに、荷物らしき物がまったく持っていなかったが、水や食料は持っているのだろうか。
まぁ、俺が気にしても仕方ない事だよな。それより今日は朝から客足がいいんだ。ちょっと、おかしな客……いや、客ではなかったが、のせいで調子狂ったが、気を取り直さないとな。
妙な五人組が店を出て、時間はお昼も過ぎた。
あれ以降、客足はぴったりと止まってしまった。あいつら、疫病神か。くそう、せっかく、うちの優秀な息子に新しい本を買ってやろうとい思っていたのにな。
「何かいいものありますかねぇ」
カランカランと扉を開ける音と一緒に女の子の声が聞こえてくる。
お、お客さんだ。よし、ここからだ。仕切り直しだ。
「いらっしゃいませー」
にこやかな笑顔でお客さんを出迎える。男一人に女の子が三人。旅に慣れた格好で身を固めている。うん、うん、次はまともそうだな。さっきがイレギュラー過ぎたんだ。
それにしても、男はどう見ても普通だが、一緒にいる女の子はどの娘もとびっきりである。とびっきりの美人一人にとびっきりのかわいいのが二人。いや、こんな女の子と旅するなんて、同じ男として羨ましさも感じるよ。
それより、商売、商売。お客さんの中でも、とくに旅人はいいお客さんだ。やっぱり、今日は調子がいいみたいだ。
「どうです? ご入り用な物はありましたか?」
商品を置いている棚を眺める男に声を掛ける。
「……」
しかし、男は無言。ああ、たまにいるんだよね、こういう、コミニケーションを取らずに気難しそうなタイプ。経験上、こういうお客さんはそっとしておくのが一番である。
「どうぞ、ごゆっくり御覧になっていってくださいね」
他の女性陣にもにこやかに声を掛け、少し離れる。
「もおぉ、ケンジ様。もう少し、愛想良くしなくちゃだめですよう」
ショートカットが良く似合っている少女が男の腕に抱き付きながら甘ったるい声を出す。
「すみませんね。ケンジ様……、彼、あまり愛想も良い方ではないんです。決して機嫌が悪い訳でもあなたに怒っている訳でもありませんから」
美人さんが俺に頭を軽く下げた。
「いえ、いえ、お気になされずに」
改めて、見てみると、こちらが気が引けてしまう程の美しさである。年甲斐も無く、どぎまぎしてしまう。
「ケンジ……、私も……」
もう一人の綺麗なロングヘアの少女も男の腕に抱き付く。両腕に超が付く程の美少女二人に抱き付かれている。
「あ、あなた達、するいですわ。私もケンジ様に触れたいですわ」
美人さんは慌てて男の背中にしがみつく。
おいおい、なんだ、この状況は? 美女と美少女に囲まれている男を羨ましいとは思うが、ここは俺の店だぞ。いちゃつくなら、余所でやってくれよ。それに、他人の目がある所でそんな甘い雰囲気出して恥ずかしいと思わないのか?
「おい、離れろ……。買い物に来てるのだぞ」
店に入ってきて、初めて聞く男の声。その声に弾かれる様にさっと離れる三人。
「怒んないでよう」
「くっついているだけ……」
「すみません、つい……」
女性陣三人はしゅんとしている。そんな三人を見て、男は小さくため息を吐く。
「いや、怒ってはいない。ただ、店主が困っているだろう」
女性陣三人は俺を見る。俺は自分でも分かるくらいぎこちない笑顔で頭を下げる。
下げた頭の中で考える。今回のお客もまともではないのかな。
「そ、そうですわね。お店の方にご迷惑をお掛けするのは駄目ですね」
「人目なんか気にしないよう。ケンジ様ったら照れ屋さんなんだからあ」
「私、気にしない」
いや、ちょっとは気にしてくれ。最近の若い者はこんななのか。恥じらいというものが無いのか。もし、うちのかわいい息子がこんな女の子を家に連れて来て紹介されたらどうしようか。
「そういえば、ケンジ様。先程の戦いでかなりの経験値が溜まったのでは?」
美人さんが場の雰囲気を変える為か、男に話掛けたのだが、戦い? この近くでそんな物騒な事があっただろうか。この町はもちろん、国自体が治安も良く平和な場所だ。それに、ケイケンチって何?
「ああ、そういえばそうだな」
男はそう言うと、腕を伸ばし、手の平を上に向けた。
「ステータス」
「わあ、やっぱり。ケンジ様、すごーい。また、レベルが上がってるのお」
「あ、スキル付与、増えてる」
「さすがですわ」
女性三人は男の手のひらの少し上を見つめて、何やら男を褒め称えている。
でも、俺には何も見えん。目を皿にしてみても、何も見えない。不躾と思いながらも頭を動かし別の角度から見てみても、やはり何も見えない。
はい、まともな客でないの、決定だね。
「おじさん、ケンジ様、すごいでしょう?」
そんな俺に気づいたのか、ショートカットの少女が俺に聞いてくる。
逆に聞きたい。何がすごいのか、と。
しかし、俺も商売人。彼らは客。すでに、まともな客で無いのは確定済みだが、それでも客は客。
「そ、そうですね、すごいですね」
「でしょー」
だから、何がすごいの? 俺の思いなど伝わるはずもなく、何故か、満足気な女性三人。
「おい、欲しい物はないのか?」
騒ぎ続ける女性三人に男が声を掛ける。そうそう、ここはお店です。買い物してくださいよ。それで、とっととお帰りください。
「特に無いかなあ」
「無い」
「私は今日はありませんわ」
おい、散々、騒いで無いのかよ。
「だったら、行くぞ」
おい、男。お前も無いのか。
「待ってよお」
くるりと踵を返し、さっさと出口に向かう男を三人は慌てて追いかける。
カランカランと扉の開閉を告げる鈴の音が鳴り止むと、店内は静寂に包まれる。
「何だったんだ……」
おかしい。今日は順調な一日になる予定だったのにな。これでは、一日の目標売上にも届かないかもしれない。
時刻はすでに夕刻。客足はさっぱりである。連続して妙な客が来て以来、まったく客足が途絶えてしまった。
今日はちょっと早いが、店仕舞いとするかな。まあ、長い事やってりゃ、こんな日もあるさ。息子に新しい本を買って帰ってやる事が出来なくなったが、まあ仕方無い。代わりに今日来た変な客の話でもしてやろうかな。
「さて……」
店仕舞を始めようかと立ち上がった時である。
カランカランと久々に聞く、店の扉を開ける音。しかし、その鈴のリズムはかなりの速さである。勢いよく扉が開かれたのだろう。
入口を見ると、一人の女性客が扉の把手握り、何やら扉の小窓から外を見ている。
「はあ……」
いらっしゃいませの代わりにため息が出てしまったよ。だって、明らかにまともそうな客じゃない。今日一日の流れからと、今、この女性がとっている行動から断言できる。
ん? でも、よく見てみると、この女性の格好かなり上質であるようだ。いや、上質というより、高価と言った方がいい。髪は綺麗にセットされている金髪である。そして、見事なまでの縦ロール。どこか、それもかなり上位の、貴族のお嬢様の様だ。
一応、声を掛けておくかな。
「いらっしゃいませ」
しかし、反応は無い。しかも、何やらぶつぶつと呟いている。
「おかしいわね。このイベントはこの時期だったかしら? フラグはまだ立ってないはずですわ」
やっぱりね。また、訳の分からない事言ってるよ。
「いえ、そもそも、このイベントは私は関係無いはずでしたわ。やっぱり、シナリオが狂ったのかしら」
今日一日でこっちが狂っちまいそうだよ。
「あの、いらっしゃいませ」
少し近づき、少し大きめの声でもう一度声を掛ける。
「ひゃっ!」
いや、そんなに驚く事ないだろ。ここ、俺の店だぞ。まあ、一応、謝っとくか。
「すみません。驚かせてしまいましたか?」
ゆっくりとお嬢様は振り返る。
「いえ、大丈夫ですわ」
そういうお嬢様は気が強そうな印象を受けるものの息を飲む程の美しさである。
「今日は何かお探しで?」
明らかに上級貴族のご令嬢と見受けられる彼女がうちの店の商品を欲しがるとは思えないが一応、聞いてみる。
「そ、そうですわね……」
外を気にしつつ、店内を見渡すお嬢様。
「この棚のもの全部ください」
「は?」
彼女が示したのは店を入ってすぐの棚。小物類の雑貨が置いてある棚である。
「えっと、この棚にある商品、全部ですか?」
思わず聞き返してしまう。そりゃそうだろう。禄に見る事なく、棚の物すべてを買うと言っているのだ。金額もかなりの金額になってくる。
「ええ、そうですわ。その代わりと言ってはなんですが、少しここにいてかまわないかしら?」
「はあ、別にかまいませんけど……」
金額の計算と梱包にそれなりの手間がかかる。どちらにしろ、しばらく待ってもらう事になるからな。
まずは、金額を計算する。
お、こりゃすごい。半月以上の売り上げに匹敵する。今日はいろいろあったし、このお嬢様もちょっとまともではなさそうだが、商品を買って貰えるのなら文句は無い。
「あの、お会計の方、先によろしいでしょうか?」
相も変わらず、扉の小窓から外を眺めて、”いべんと”やら”ひろいん”やら理解し難い言葉を呟いているお嬢様に会計をお願いする。
「え、ああ。いくらですの?」
庶民からすると大金である金額を伝えると、戸惑う事もなく支払うお嬢様。釣も取っておくように言われる。さすが、金持ちだね。
「どうもありがとうございます。それで商品はどうしましょう? お包みしましょ
うか? 結構な量になりますが」
大きな売り上げに意識せずとも、自然と笑みがこぼれてくるのが自分でも分かる。
「そうね、私でも持てるかしら?」
「そうですねぇ。大きな袋に纏めればなんとかなるかと」
小物ばかりの棚であったので、それなりの重量になるだろうが持てない事もない
だろう。
「じゃあ、纏めておいてくださる?」
「はい、かしこりました」
思わず俺も、貴族の執事の様な言葉使いになり、頭を下げる。
いやいや、流石は貴族様だな。支払っぷりが気持ちいいな。これなら息子に本を買って帰れるな。しかも二冊程買って帰ってやろう。
俺は上機嫌で、商品の袋詰めをする。お嬢様の”ふらぐ”や”ぼつらくかいひ”などの意味不明な発言も気にならないくらいのテンションである。
「お待たせしました」
袋詰めが終わり、お嬢様に話しかけると、お嬢様の方のよく分からない用事も終わっていたみたいで、店の外でなく店内の商品を眺めていた。
「ありがとう。助かりましたわ」
何から助けたのかは分からないが、まあ、いいか。
「いえいえ、お役に立てて何よりです。これ、袋詰めしておきましたので。ちょっと重いかもしれませんが持てますか?」
商品を入れた大きな袋を手渡す。お嬢様は少しバランスを崩しかけたが、なんとか堪えて、引きつった笑みを俺に向ける。
「だ、大丈夫ですわ」
お嬢様は両手で袋の口を持ち、その両手を肩に乗せて袋を背にして、歩き始めた。その足取りはフラフラとしており、何とも危なっかしいものがある。
「あの、本当に大丈夫ですか? もし良かったら、ご自宅まで運ぶの手伝いましょうか?」
そのあまりの姿に心配になってくる。でも、よく考えてみるとこの町に貴族の屋敷はおろか、別荘みたいなものも無かったよな。
「い、いえ。ご心配なく。本当に大丈夫ですわ。でも、扉だけ開けてくださるかしら」
うーん、やっぱりどこの貴族のご令嬢か知られるのは嫌なのかな。まあ、何かしら事情もあるのだろう。
「はい、わかりました」
俺は扉を開け、お嬢様を鈴の音と共に見送る。
「お気を付けてお帰りください。どうもありがとうございました」
俺がお見送りの声を掛けたが、お嬢様は荷物を持つのに必死なのか、返事の代わりに”まるでこれじゃあ、さんたね”と最後まで良く意味の分からない言葉を呟きながらフラフラと帰って行った。
いろいろあったが、無事に一日が終わり、最後の最後で大きな売り上げがあった俺は家に帰ってからも上機嫌である。もちろん、息子へのお土産に本を買って帰った。以前から欲しがっていた『世界の歴史』と『魔道具の仕組み』の二冊である。
息子はまだ六歳。なのに、随分と難しかったり、大人が読む様な本を好む。もう少し絵本でも読めばとも思うが、幼くても好みがあるのだろう。むしろ、この年でこんなにも難しい本を読むとは将来が楽しみである。
うちの息子は幼い頃からとても物分かりのいい子であった。そして、優秀だった。いつの間にか文字を覚え、本を読み耽る事が多くなった。喋れるようにもなってくると、たまに何やら難しい事を話す事もあった。もっとも、最近ではそんな俺が良く理解出来ない話をする事も無くなり、幼い子供の妄想話であったと思っている。
まあ、優秀であろうとなかろうと我が子はかわいいものである。俺はこの子がいるから、頑張れる。平凡でもいいから、穏やかで幸せな人生を送って欲しいと願っている。
夕食後、息子と向き合い、団らんの時間である。この時間があるから、一日頑張れるってもんだ。
「でな、今日は売り上げはすごかったんだが、変な客ばかりだったんだ」
妻が夕食の後片付けをしている間、俺は今日やって来た客の話を息子に聞かせていた。妙な真っ黒な五人組から始まり、美少女連れの男、最後のお嬢様までのおかしな客の話である。
「まあ、結果は上々だったからいいんだけどな」
「集団転移に、チート・ハーレム、それに悪役令嬢か……」
上機嫌で笑う俺を余所に息子は小さく呟く。その顔は息子がたまに見せる表情である。妙に大人びた表情である。
「え?」
「ううん。何でもないよ。それより、父さん。今日買ってきてくれた本読んでもいい?」
大人びた顔つきで思案に耽る息子の表情は一瞬だけであった。すぐに、いつもの満面の笑みを俺に向けてくる。
「あ、ああ、構わないよ。でも、あまり夜更かしは駄目だからな」
「うん。わかってるよ」
息子は机に向かい、本を開いて読み始める。
そんな息子の背を眺めながらさっき耳に入った言葉を反芻する。
“しゅうだんてんい”、“ちーとはーれむ”、“あくやくれいじょう”……?
ふと、今日店に来た妙な連中の姿と息子の姿が重なる。そして、先程も見せた大人びた顔が頭をよぎる。
俺は言葉では現わせない不安を抱いていた。