◆この馬車に乗って◆
今回のお題は【乗り物】、【男の子】、【大人の女性】を登場させる事が縛りです
小高い丘の上に、それはそれは立派なお屋敷が建っていました。
そこには、主人を亡くした妻と、そして娘が4人いました。
1番下の娘は、3人の姉にいつもいじめられ、また母親もそれを見て見ぬ振りしていました。
そう、彼女だけはその母の本当の娘ではなかったのです。
いわゆる、主人の隠し子でした。
まだ11〜2歳の少女ながらに、なぜ生まれてきたのだろうかと、私が何をしたのだろうかと、深く深く傷つきました。
ーーいつものように、3人の姉と母親は主人が残した財産で、貴族のパーティへと向かいました。
留守番をさせられた1番下の娘は、愚痴一つこぼさず立派で広い庭の掃除をしていました。
すると、どこから迷い込んだのか、1人の少年がいました。
「あら、何をしているの?」
ツギハギのみすぼらしいローブを羽織い、そのフードを目深に被った少年は物乞いのようにも見えました。
娘はそんなことも気にせず、怒るでもなく優しく質問しましたが、少年は答えようとしません。
「きみ、お名前は? おうちはどこ?」
「……シンディ」
一言、名前であろう言葉を発すると少年は照れ臭そうに俯いてまた黙ってしまいました。
娘はクスッと笑い、少年にそのままそこで待つように言うと、屋敷の方へ走って行きました。
しばらくして戻ってくると、娘の手にはいくつかの果物とパンが入ったカゴがありました。
「内緒だよ」
少年は驚いたように目を開け、そして渡されるがままにそのカゴを受け取りました。
「お母様方がいなくて良かったわ。あの人たちは魔女のように怖いのよ」
戯けながら少年を驚かすつもりでそう言うと、少年はすぐさま言葉を返しました。
「違います! 魔女様はとても優しいんです……」
急な反応に娘は驚きましたが、少年は続けてこう言いました。
「本当はルール違反なんです。あなたの前に現れるのは。居ても立っても居られなかったので、つい……」
少女は話が読めませんでしたが、構わず少年は話します。
「数年後、貴方は必ず幸せになります。僕が保証します。貴方は人の痛みがわかる優しい方です。こんな僕にまで優しくしてくださいました。必ずまた、あなたの前に現れます。どうかその時まで、頑張ってください。僕はいつでも、貴方のことを応援していますから」
今までの雰囲気とは違い、力強くそう言うと、少年は走って去って行きました。不思議な少年でしたが、娘は言うほど気にも止めていませんでした。
それからも幸せになる予兆などまるでなく、日々が過ぎていきます。
いつものように……いや、日に日に陰湿になっていく姉達からのイジメに、娘は1人狭い納屋の中で静かに泣きじゃくりました。
どうして私がこんな目に合わなくてはいけないのーー
そんな思いに、誰も応えてはくれませんでした。
ーー毎日をただただ必死に乗り越えて、気づけば娘も今年で18歳。立派な大人の女性で、結婚をしても良い年頃でした。
人並みにオシャレや恋愛ごとに興味はありましたが、環境がそれを許してくれませんでした。
そんなある日、娘の胸が躍る出来事が起きます。
王室からパーティへの招待状が届きました。とてもハンサムだと噂の王子が、19歳の誕生日を迎えるのです。
(招待状は5枚……私も招待されたんだわ!)
嬉々としてその手紙を母親に見せると、なんと目の前で1枚の招待状が破られてしまいます。
「あら、ごめんなさい。少し手が滑ってしまったみたい」
娘は気丈に振る舞い、母親たちを門の前まで行って見送りました。
しかし、見えなくなった瞬間、涙が溢れました。
1人膝を抱え、声を押し殺し、その場にうずくまっていると突然声をかけられました。
「パーティに、行きたいですか?」
何故か屋敷側から現れたのはスラっと背の高い青年でした。
少し季節外れのマントを口元まで覆い隠すように羽織り、表情はよく見えません。
驚いた娘でしたが、その優しい声の問いかけに、溢れる想いを見ず知らずの青年に思わずぶつけてしまいます。
「私が……私が何をしたというの! なぜ私だけこんな目に合わなければいけないの!? 生まれてこなければ良かったの!? ねぇ、どうしてよーー!」
娘は青年は胸でわんわんと泣きました。そして、青年はとても悲しそうな表情でそれを見ていました。
ーー少し落ち着いた娘は青年に一言謝罪をし、屋敷に戻ろうとしました。
「待ってください」
青年は呼び止めます。
「パーティに、行きたいですか?」
娘は戯けたように軽く笑って言いました。
「ええ、本音はね。でも見ての通り、パーティに行くような素敵なドレスも、城へ行く素敵な馬車も、私にはないわ」
エプロンの下のワンピースを軽くつまみながら、哀しそうに笑いました。
すると、青年はどこからか短い杖を取り出して魔法の呪文を唱えました。
杖の先から煌びやかな光が発せられ、みるみる娘の身体の周りを纏います。
そして、優しい光のカーテンが全身を覆い、少しずつ光が弱くなっていく頃には、娘の洋服はそれはそれは立派なドレスへと変わっていました。
「こ、これはーー!」
娘は驚いて青年とドレスを交互に見ます。しかしこれで終わりではありません。青年は整えられた茂みに向かって魔法をかけます。
すると、茂みから現れた猫がどんどん大きくなり馬になって、近くにあった切り株は豪華な馬車に変身しました。
「ーーこれで、行けない理由はなくなりましたね?」
娘はとても驚き、そして喜びました。
「すごいわ! 私、私がパーティに行けるなんて!!」
今までにない笑顔で喜ぶ娘の姿を見て、青年は照れ臭そうに俯いてしまいます。
「あのお名前は?」
「……シンディ」
娘はハッとします。
そう、数年前にちょうどこの場所で、シンディと名乗る少年と出会っていたのです。
「あなた、数年前にここで会った人ね!」
「覚えててくださったんですね」
青年はシャイなのか、みるみる耳まで赤くなっていきます。
「もちろんよ! まさか魔法使いだったなんて!」
娘は懐かしい再会に更にはしゃぎます。
その様子を青年は複雑そうな表情で見つめています。それに気づいたのか、娘は青年に問いかけました。
「どうしたの? どこか具合でも?」
青年は少しの沈黙のあと、意を決したように口を開きます。
「貴方がこのまま馬車で城へ行けば、貴方は王子の目に止まり、ゆくゆくは王子の妃として迎え入れられるでしょう。何一つ不自由なく、不満もなく、絵に描いたような幸せな生活を送ることができます。僕はそのお手伝いをするだけの存在でした」
まるで自分の目で見てきたかのような物言いに、娘は少し笑ってしまいます。
「しかし、どうしても我慢できなかった。数年前にも貴方の前に姿を現してしまい、魔女様にもこっぴどく叱られました……でも、貴方の笑顔を見ていたら我慢できなくなりました。僕だって自分の幸せを追いかけたい! 貴方をたくさん笑顔にしてあげたい! だから、言います」
青年は真っ直ぐ娘の目を見て、溢れる想いを言葉にして伝えました。
娘はこれが冗談ではないことを、青年の一生懸命さから理解します。
「この馬車に乗って、城までの道中だけでも考えてみてくれませんか。何も言わなければ、この馬車は真っ直ぐ城へ向かいます。そして、先ほど言った通り幸せを手にするでしょう。でももし……もし僕と一緒にいてくれるなら……」
そこまで言って、青年は言葉に詰まります。
「ーー僕はここで待っています」
一言そう伝え、娘を馬車にエスコートした青年は、呪文を唱え馬車に魔法をかけます。
進みだした馬車は、少しずつ少しずつ、屋敷から離れていきます。
そしてーー。
<終>




