3 ヒロイン属性1
「暴力ヒロインって、どう思いますか玖来さん」
神代 七が変なことを言うのは日常である。
特に彼氏の玖来 烈火が学校で隣の席にいる時は、授業の合い間にある短い休み時間ごとに言ってくる。
烈火は堂々と学校に持ち込んでいた漫画から顔を上げる。緩い目つきで返答する。
「あー、まぁ、人を傷つけるのはとりあえずよろしくないんじゃないのか?」
「そんな優等生みたいな回答は求めていません。萌えます、萌えませんの二択でどうぞ。ほら、確か今、玖来さんの読んでるその漫画にも出てきますよね、暴力ヒロイン」
確かに出てくる。あまりスポット当てて読んでいなかったが、分類すれば暴力ヒロインだろう。
ふと思い返せば、ちょうどそのような描写を先ほどパラ見したな。五ページほど戻って、ぼうっとその描写を観察してみる。
「難しい話だが、たぶん実物がいたら萌えないかな」
ていうか怖いかも。いきなりぶん殴ってくる女――に関わらず人ってどうなの。
弱気なことを言う烈火に、七は何故だかハンと冷えた目。
そして無言で拳を固めてぶん殴る――
「危ないぞ」
殴る予備動作の段階で手首を掴まれた。漫画を持っていたはずの手で、いつの間にかである。
七は全力で振りほどこうにもビクともしない。なんて握力だろうか。脱力してため息を吐くと、烈火はあっさり手を離す。
それから七の恨みがましい視線が飛ぶ。
「玖来さんは暴力ヒロインがいても簡単に制圧するから成り立ちません」
「……あー」
実は物理的戦闘能力の高い烈火である。並みの女子どころか男だろうが、暴力沙汰に持ち込めば一方的にぶっ倒せる。
なんでうちの彼氏はこんなに強いのだろう。それでもラブコメの主人公かよ、弁えろよ。暴力振るいたくなる場面でも耐えるしかない七のことも考えてほしい。まあ、そんな場面はほとんどないけれど。
なんだか可哀相になってきたので、烈火のほうから案を出してみる。
「いやほら、おれ並に強いヒロインがいればありえるじゃん?」
「玖来さんのヒロインは私だけですので無理でしょう」
「……七ちゃん鍛えるか?」
「暴力ヒロインになるために鍛える女子って、どうなんですか」
「ジョークの一種だわな」
まあ七ちゃんには暴力ヒロインになるのは無理だろう。烈火は小さな安堵をしたのでした。