12 男友達
「玖来さんて友達いるんですか?」
神代 七が変なことを言うのは日常である。
特に彼氏の玖来 烈火が学校で隣の席にいる時は、授業の合い間にある短い休み時間ごとに言ってくる。
烈火は一瞬、衝撃を受けた顔をして、すぐに笑顔を作りだす。妙に明るい声音で喋りだす。
「いやぁ、七ちゃん実に変なことを言うなぁ。うん、変だわ、ヘンテコだわ、変幻自在だわ」
「だって玖来さん、私以外と話してるのほとんど見かけないような……」
「そりゃお前と話してる時に話しかけたら馬に蹴られると思って遠慮――」
「おーい、玖来ー」
「して……して……うん、うん。ほら、友達いるだろ?」
「そのようですね」
声をかけ、そして近寄ってきたのは同じクラスの友人、木下 辰太であった。友人、これ重要。
とはいえまあ、ちょっと自慢できない類の友人だが。まず七と会話してるところを破って話しかけられる空気読めなさからそれはわかるだろう。無論、その程度は序の口。
烈火は警戒心を充分に高まらせて、慎重に受け答え。
「なんだよ辰太、こっちはお話中だぞ」
「いやぁ、恋人同士の会話を割って割くのは不本意なんだけど、ちょっとこれだけは聞いておきたくてさぁ」
「なんだよ」
辰太は実に無害そうな顔をして、どこにも邪気など見えない表情で、言う。
「結局、玖来は神代さんとキスくらいにまでは漕ぎ付けたの?」
「…………」
「…………」
「いや、ほら、さっきエロいことはしてないのは判明したけど、じゃあキスはってなるじゃん?」
「…………」
「…………」
「玖来? 神代さん?」
沈黙は爆発のための準備段階。
よって烈火は爆発的に吼えた。叫んだ。絶叫した。
「お前という奴はァ! 辰太ァ! 馬鹿なのか、アホなのか、馬鹿なのか!」
「そんなに褒めないでよ」
「褒めてねぇーよ! お前、そういうのはせめて男同士の下世話な野郎会話だろうが、なんで七ちゃんのいる目の前で言うんだ、場と空気と立場と諸々読んで頼むから!」
「だって玖来、いつも神代さんといるじゃん。男同士の会話? できないじゃん。俺は一応、ここ一ヶ月間この問いかけをしようとずっと玖来が一人にならないか見てたんだぞ?」
棚から牡丹餅でさっきの会話からエロなしを聞けてよかったけど、となると新たな疑問が浮かんだんだから仕方ない。
仕方なくない。全く欠片も仕方なくない。烈火は気炎を吐き続ける。
「それはもはやストーキングだろうがっ! そんなにそんなどうでもいいことをおれに聞きたかったのか、下世話極まってんな!」
「それほどでも……」
「だから褒めてねぇーよ!」
「それで結局どうなの?」
「この状況下でよく蒸し返せるな! おれのこの心から飛び出た叫び声はきっとお前の耳には届いてないってことなんだなっ! 誰かバベル建設前にこいつ連れてってくれないか!」
流石にここまでシャウトすれば辰太も返答は期待できないと悟ったのか、拗ねたように顔を背ける。なんでこいつはこうも子供っぽい仕草があつらえたように似合うんだろうな。イラっとするわ。
「ちぇ、じゃあ修学旅行まで我慢するよ。絶対、同じ班になろうな」
「なんでそんな先の話を猥談のために確約しなきゃ……ああ、いや、わかった。修学旅行でな。それまで胸膨らませて待ってろ」
「そうする!」
笑顔で辰太は去っていった。そこだけ切り取れば無邪気な少年みたいで、タチ悪い奴である。
残ったのは激しく疲労感に苛まされる烈火と、絶句していた七ちゃんである。
「えっと、玖来さん?」
「なんだよ」
「友達がいて、よかったですね」
「うるせぇ」
もうロクに突っ込めない烈火でありました。