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セイレーンは狼と終わりをうたう  作者: 梨鳥 
ラナとアガットとアイリーン
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別つ時

長い間更新が滞ってしまい申し訳ありませんでした。

それでも待っていて下さったあなたに、百万の感謝を。


少しだけ前回までのあらすじ

圧倒的な力を見せるセイレーンに苦戦するラナの元へ、彗星の様に助けに駆け付けたアガットの活躍により、とうとうセイレーンを封魔したラナ。世界と彼女達の運命は……どうぞ、お楽しみください。



 平岩が段々になった海岸線を、波が薄く舐めている。長い年月をかけて削られた平岩の僅かな窪みに溜まる水たまりが、青い空を映し、そこに浮かぶ太陽の光を反射し小さく光らせては、穏やかに吹く潮風にさざめいていた。

 何もかもが変わらず存在し、やるべき事を成していた。

 ラナは何処かに不吉な予兆やほころびが無いかを探したが、そういったものは何一つ彼女の目や感覚の前に姿を現さなかった。 

 しかし不安が目の前に現れない事は、更に不安を煽る。


―――だっておかしいじゃない。あんな事をしたのに。


 自分の犯した大事に、何か一つでも不吉なものを見たいというおかしな気持ちを抱いて、時の妖魔に矛先を向けた。


「あんた、死なないじゃない」


 時の妖魔は晴れ晴れとした顔をして、潮風に目を細めていた。


『私が死ねるのはもっとずっと先だ。お前が死んで、お前の息子も死んで、そのもっとずっと先だ』

「あんたは時間を操る事が出来るんだから、息子の呪いを解いてさっさとその時間へ行けば?」

『そうさせてもらうさ。直前まで行って、余生というものを楽しませてもらう』


 フン、とラナは鼻で息を吐いた。

 

―――直ぐに死ねばいいのに。


「さぁ、息子の呪いを解いて」


 そう言ったラナに、時の妖魔は唇をニヤと歪めた。

 ラナの胸の中を、ザワリと悪寒が走る。


『対等の様な口をきく』

「対等よ。セイレーンを封魔したじゃない!」

『行きたい時間へ連れて行ってやるのが約束だ』


 時の妖魔はそう言うと、細長い人差し指を立てた。


『一件につき、一件だ。赤子の解呪の代わりに、お前の時を永遠に止める』

「―――なに?」

『学習していると思うが、選択権は無いぞ』

「ふざけるな!」


 ラナは喚いて封魔したばかりのセイレーンを召喚しようと構えた。

 時の妖魔がすかさず声を張り上げる。


『私は今現在不死身だ! いかにセイレーンが摩訶不思議でもって私をどうにかしようと、一瞬の狭間に潜り込んで時を巻き返し無駄骨を喰わせてやる! 今すぐに、この時から逃げ出す事も可能だ!』

 

 そうしたらどうなる? 私は戻らないぞ。と、彼はニヤリと笑った。


 ラナは怒りに慄きながら、近くに傍えたアイリーンの腕に抱かれた赤ん坊を見る。

 赤ん坊は、初めて目にした時よりも随分大きくなって、丸々とした手足をジタバタと動かしていた。

 このまま放って置いたら、直ぐに赤ん坊は赤ん坊のまま子供になり、子供のまま大人になり、大人になる前に―――。

 自分が体験した歓迎すべき喜びも悲しみも、赤ん坊に与えられないと思うと胸が締め付けられて、ラナは唇を噛む。


『有難いと思え。私がフェアな事を』


 本心から時の妖魔が言った。彼からすれば、多少厄介な目に遭うとはいえ、このままラナの時間を止めて時の彼方へ雲隠れしても良いのだ。


 しかし、どうだ。私は対価を支払おうとしている。


君臨する者がしばしば酔いしれる類の感情に浸り、彼はとても気分が良かった。


「どうして!? もうセイレーンは封魔したじゃない」


 落下の際に足の骨が砕けてしまったアガットが、主の無い血だまりの中でもがきながら非難の声を上げる。

 ラナはその声を聞きながら、時の妖魔の考えを理解していた。


 封魔師が死んだら、封魔した妖魔は解放される。

 大抵、解放される前に、他の封魔師に引き継がれるが、それでは時の妖魔の目的が成されない。彼が死という時間を迎えられるまで、うたは止まり、魔力は満ちてはいけないのだ。


「騙したわね……」

『簡単だった』

「この……っ!」

『構えを解け。私の気が凪いでいる内に決めろ。無駄に時の結晶になるか、息子を救って時の結晶になるか』


 アイリーンの腕の中で、赤ん坊が泣き出した。

 既に星屑を瞳からポロポロと零しているアイリーンが、震えながら赤ん坊を揺すった。

 アガットは悔しさに顔を真っ赤に膨らませて、両こぶしを岩に押し付け唇を噛みしめている。彼女が無駄と解りつつも前進した跡が、筆で赤い絵の具を荒く引いた様になっていた。

 赤ん坊の泣き声は激しさを増していき、ラナはアイリーンに両手を伸ばした。

 受け渡された想定外の重みと力強い身動きに、彼女は溜め息を吐いて、時の妖魔を見た。

 時の妖魔が愛想よく微笑んだ。


「―――一件につき、一件ね」

『私と取引する前を希望しても良い。どうせ選択権は無いし、何度だって時を捻じ曲げてやるからな。無駄な事を考えずに、有意義に時間を選べ』

 

 時の妖魔はあくまでも親切なアドバイスをラナに投げる。 

 ラナはもう、彼に腹を立てなかった。


「わかった」

『夢の様な時間を』



 アガットはラナの時間が止められ、繭の様なものに包まれるのを成す術も無く見ていた。

 やめて、と何度も心の中で叫んだ。

 けれども今、彼女は這うだけの存在で、何も止められない。

 アイリーンも同様で、主人か赤ん坊かの選択をグルグルと己の宇宙の中で消化させられずに震えていた。もしかしたら、アイリーンは主人を取りたかったのかも知れない。なんとしてでも、時の妖魔に立ち向かいたかったかも知れない。アガットだってチラリとその選択を望む気持ちがある。

 けれども、賭けるには代償が高すぎた。


『さぁ、名を汚さない為にもう一つの約束を守ろう』


 時の妖魔は、打ち震えながら赤ん坊を抱くアイリーンに近寄ると、約束通りに赤ん坊の呪いを解いた。赤ん坊の胸の上で回る時計が止まって消えた。

 座り込むアイリーンに、彼は彼女の頭上から誘った。


『主人を失くして辛かろう。同胞の情けだ。魔力尽きる時間へ、主人と私と来るか』


 アイリーンは顔を上げ、時の妖魔を星空の瞳で見つめた。

 そこには怒りも悲しみも、そして星も無かった。喪失だけがそこに窪んでいた。


『なんなら、赤ん坊ごと、連れて行ってやろう』

 

 名案だとでも言う様に、時の妖魔はそう言って、パチンと指を鳴らした。

 途端に、今いる場所が轟音の鳴り響く空間へとガラリと変わった。

 果てない暗闇の中、幾重もの光の線が一方へ流れて行く。それが後ろなのか前なのか、巻き込まれたアガットには解らなかった。何かの勢いに、吹っ飛ばされない様にするのが精いっぱいな彼女の元へアイリーンがすかさずやって来て、彼女を片腕の中に守った。


『帰して』

『お前は光の速さで飛べるか』


 時の妖魔がからかう様に笑ってそう言った。どこまでもふざける彼がラナを包んだ繭を小脇に抱えた瞬間、アイリーンの怒りが爆発した。

 赤ん坊を左腕に、アガットを右腕に抱いて、彼女は背からもう二本腕を生やして時の妖魔に飛び掛かると、繭を時の妖魔の腕ごと引き千切って奪い、抱いた。


『ハハハ、勇ましいな! 返せ!』


 時の妖魔はアイリーンを完全に格下に位置付けて、余裕の表情で時を巻き戻すと、元通りになった腕で時計針の様な細身の剣を振りかざし、彼女へ迫った。

 アイリーンはそれを受ける為、再び背から腕を二本生やし、素手で剣を握りしめた。


『私の繭を返せ!』

『いや!』


 アイリーンはそう叫んで、時の妖魔のお望み通り、光の速さで飛空した。

 彼女はどちらへ飛べば良いのか解らなかった。

 一つの両腕に赤ん坊とアガットを抱いて、もう一つの両腕にラナの繭を抱き、最後の両腕を、時の妖魔からの攻撃の楯にしながら、がむしゃらに飛んだ。

 面白がっている笑い声を立てて、時の妖魔がアイリーンを色々な角度から痛めつけた。

 アガットは、飛ぶアイリーンの腕に摑まって歯ぎしりしか出来ない。飛んで行く景色は、闇と、光の線と、まばらにポッカリと開いた穴ばかり。穴の奥には奇妙な虹色が渦巻いている。

 ついに時の妖魔がアイリーンの腕から繭をもぎ取った。

 高笑いする彼の腕に、アガットが折れた刃を突き立てた。


『人間が……!』


 煩わしそうに時の妖魔はそう喚くと、アガットをもアイリーンの腕から引きずり出し、躊躇無く放り投げた。みるみるアガットの身体が、穴へと吸い込まれていく。


『アガット!』

『ハハハ! 時の狭間に落ちるが良い! お前もだ!』


 横腹を勢いよく蹴り飛ばされ、アイリーンの身体がよろめいた。

すかさず時の妖魔は彼女の、もう守るものの無い可哀想な腕を捕まえ、適当な穴へと放り投げたのだった。






 噂だった。

 剣術の天才だって。

 仲良くなりたかった。

 私は飛躍したかったから。

 この子と組めば。必ず。




 飛び越えて行く。

 走馬燈とは、こんな風なんじゃないかと、ラナは思っていた。

 記憶しているシーンが、どんどんと現れては、通り過ぎていく。否、ラナが選択して遡っているのだ。

 死者の鐘を鳴らした日。怒っていた筈のアガットの顔が、本当は泣いていたのを見送る。

 揺り椅子が、玄関に届いた日の、無情までの明るさ。

 行ってきますを行って、手を振るディンの笑顔に、立ち止まりそうになって、ラナは決めた進行方向を見据える。

 お腹を撫でるディン。お腹はまだ、ぺしゃんこだった。

 これも違う。

 目にすれば狂おしい程愛しい日々。

 通り過ぎる。

 ディンと気持ちを確かめ合った日。

 ディンに出逢った日。ああ、優しいディン。

 ラナは進む。

 そして、ようやく見つける。

 

 綺麗な女の子が一人でハマムの入り口を眺めている。

 寂しそうな夜空の様な瞳。

 サラサラと流れる群青色の髪で、身体を包む様にしていた。

 腰には、彼女のしなやかな腰に従う様に、使い込まれた剣が差してある。

 彼女の背後へ、そろりと近づく無邪気な影があった。

 ラナはその影へ飛び掛かる。


「駄目よ――――!!」




 後ろから抱き着いて来たの。

 ビックリした。

 貴女は私に胸が無いのに驚いて、泣きそうな程に驚いて、それでも、目を見開き震えた手を差し出して来た。

 私は知られてしまった事に、どう思ったと思う?

 

 酷く、安堵したのよ。

 そして思った。

 友達が出来るって。


 ねぇ、最後に貴女は何を見たの?

 ディンには会えたかしら。

 優しい両腕の温かさを、思い出したのかしら?




 

 お願いお願い、彼女を傷付けないで。




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