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セイレーンは狼と終わりをうたう  作者: 梨鳥 
ラナとアガットとアイリーン
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彗星

 セイレーンは数多の光の粒となり、眩く輝きながら別の形に成ろうとしていた。

 形作られていく輝きの中に、形容し難い程深い亜空間が見える。

 そこでは、全ての約束事の何もかもが高速で混在し、伸縮し、弾けている。そこには時もあるのだろうか。それとも、ポッカリと抜けているのだろうか。時の妖魔が、そういった死を望む様に。ラナには解らない。

 妖魔と戦い慣れ、不思議を見慣れているラナだったが、その光景に恐れ慄き、見てはいけないと本能に叫ばれ両手で顔を覆う。


『転生が始まった! いいか、直ぐに封魔しろ!』


 時の妖魔だけが、生き生きとしている。

 ラナは信じられないものを見る様に(実際信じられない)、時の妖魔を見た。


「アンタ騙したわね?」

『なに?』

「今、セイレーンは何て歌った? 『世界』と『並行』して駆ける『時』……アンタが死ぬだけじゃ済まない! アンタが死んだら、世界が死ぬんだ!」

『安心しろ。セイレーンの歌う「世界」とは、妖魔の世界の事だ』

「信用出来ない」


 時が消えたらどうなるかなんて、考えもしなかった短絡的な自分を呪いつつ、ラナは時の妖魔を睨み付ける。

 封魔を恐れたのか、時の妖魔はラナから少し距離を開け、柔らかい態度になった。


『私は時の妖魔だが、時を司っているだけだ。時を生んではいない。逆だ。時から生まれているのだ。私が死んでも、時は消えない』

「だったらアンタは間抜けな妖魔だ! 時から生まれているのなら、アンタを生かし続けているのは魔力じゃない! 時じゃないか!」

『人間は馬鹿だ!』


 時の妖魔が怒鳴った。

 ラナは負けじと怒鳴り返す。


「馬鹿はアンタよ!」


 ガンッと、首に衝撃を受けて、ラナは声を詰まらす。

 時の妖魔が、ラナの首を長い爪のある手で鷲掴みしていた。

 彼は苛立たし気に、憎々し気に、一言一言に怒気を含めてラナに唸った。


『お前、に、我ら、の、複雑、な、法則、が、解るなら、解いて、み、ろ……』

「ぐ……っ、アンタは恐れてるんだ! 本当はそうなんじゃないか(・・・・・・・・・)って……!!」


 時の妖魔は気付いているんだ。世界と時の、二重の宿命。

 継続と破滅の天秤を担ぎながら、彼は迷ったのだろうか? 迷った事があるのだろうか? 孤独と退屈を恐れながら。不可能を前にして。それでも、もしかしたら、と。


「下らない賭けに、まんまと巻き込んでくれたわね……」

『……封魔の構えをとれ。新たなセイレーンが生まれる』

「時を止める歌でも頼めば!?」


 時の妖魔はこのラナの言葉に、酷く憤慨し、怒りが頭も心も突き抜けて、結局狂った様に笑った。

 彼は岩肌にラナを放って叩きつけると、彼女を見下して言った。


時の妖魔()がそうしなかったとでも言うのか! 今すぐ殺してやりたい程下らない! 死ねて良いな、お前達は!』

「アンタは時の妖魔失格だ! 終わりが来ないのを恐れるなんて!」

『退屈より恐ろしいものがあれば教えて欲しいね。……来るぞ!』


 時の妖魔がついさっき放ったラナの身体を抱いて、突如起こった爆発から庇った。


「なに!?」


 光が爆発を繰り返し始めた。発光するインクで描かれた様な文章や数式や図形が、起こる爆発の度に浮かんでは散り消え、爆心地に佇む小さな女の子の身体に吸い込まれていく。大きく、小さく、連なって、重なって、光が弾け、散り、光輪があちこちで閃いては鋭くラナの目を射した。

 ラナは時の妖魔にしがみ付きながら目を細め、小さな女の子の姿をよく見ようとする。

 十に届かない少女の姿をしたそれは、輝きを纏って透けている。まるで背景の海を、体内で飼っている様に。波が渦巻き、泡立っている。

 こちらを見た。なんて大きな瞳だろう。

 しかし、その瞳の中は虚ろだ。まだ白紙のキャンパスが、きょとんと瞬きしているのだ。


 そんな少女が、アー、と声を発した。


 何処に潜んでいたのか、虫が大量に這い出して少女の足元を覆いつくし、海面は魚の背ビレと鱗でいっぱいになった。巨大な海獣が一斉に飛び跳ねて轟きを起こし、海鳥が逆巻く流れ星の様に上空へ飛び立って行く。


『……来た! やれ、封魔師! そろそろお前の子供は立ち上がるぞ!』


 ラナはこの世のものとは思えない光景に立ち竦んでいたが、時の妖魔に突き放されそう言われると、息を荒げて額に手を当てる。

 ラナの動きに、生まれたばかりのセイレーンが首を傾げた。その動きに合わせる様に、朝日が一瞬でぐるりと傾いて、夕日になった。

 薄暗いのを嫌がる鳥たちが騒いで、セイレーンは「しまったなあ」と言う様に舌を出し、


『もとどおり』


 と、片手を振った。

 忙しく夕日が巻き戻り、朝日の輝きを取り戻す。


「な……!?」


 驚愕しながらも、ラナは今消えたばかりの先代が、出会った時に首を傾げる仕草の残像を思い起こしていた。

 そしてあの言葉。


『生まれたばかりのわたしは子供よ』


 あの言葉は、命乞いの言葉じゃ無かった。


 〽

 うみ そら なみ

 さかな むし とり

 かぜ ひかり おひさま


 歌に合わせて、世界が動く、輝く、呼吸する。

 ラナはそこに生かされている。勝てる訳が無い。


「時の妖魔、無理だわ!」

『生まれたての赤子だ!』

「だからよ! さっきの先代みたいに、加減してくれない!」


 〽

 ようま にんげん?

 け ん か?


『けんか、だめ。とーくへ、とんでけ』

『うお!?』


 時の妖魔の身体が、見えない力に吹き飛ばされた。

 宙に浮かんでピタリと止まる事が出来た様子だが、ラナは青ざめた。


 ―――躊躇が無い。子供だから。


「あれは忠告だったんだ……」

『臆するな! 魔力の扱いはまだ下手だ!』

「力の強い下手くそが一番危ないのよ!!」

『だったら早く封魔してしまえ!』


 時の妖魔が滅茶苦茶を言う。

 従いたくないが、ラナは封魔の構えをとって、「セイレーン!」と叫んで呼んだ。

 セイレーンがラナを見た。

 呆気なく封魔の呪縛にセイレーンがかかった。


『なに……?』

「ごめんね」


 ラナは額から手を振り下ろそうとする。

 セイレーンが抗った。

 初めて敵意と向き合った子供の様に怯えた顔をして、『いや!』と、叫ぶと、拳の様に固い高波がラナを打ち据えた。

 時の妖魔が飛んで来て、膝を突いたラナを引っ張り起こす。


「隙を作ってよ!」


 ラナは苛立って時の妖魔に喚く。

 時の妖魔も苛立って返した。


『そうしたいが、あまり近づくと魔力が吸われて上手くいかん!』

「なんでよ! セイレーンがうたうと魔力が満ちるんでしょ!?」

『しらん! 成長する際に他所の魔力を喰うのかもしれない』

「どっちが役立たず!」


 ラナは再び構える。セイレーンはラナを見て『きらい』と、言った。


「ごめんね」


 ラナは再び謝った。妖魔と言えど、あどけない少女の姿に胸が痛む。


『かぜ』

『なみ』

『ひかり』


 セイレーンがそう歌うと、風も波も光も彼女に味方して、鋭い刃物となってラナに飛び掛かって来た。

 ラナはもう、自分の身を護る妖魔を持っていない。

 必然的に時の妖魔がその役目を果たした。

 時の妖魔はラナを抱いて、宙へ舞った。

 しかし、歌から逃れられない。歌は真空の刃となって、時の妖魔とラナを襲った。

 二人共肌を切り刻まれて、時の妖魔の紫色の血と、ラナの赤い血が地面に降り注ぐ。

 時の妖魔がすぐさま時間を巻き戻し、二人の傷は無かった事になったが、飛び散った血を浴びたセイレーンは『ち』と、血を覚えた。


 〽

 ちが、たくさん

 あなたから たくさん!


「うッ……あああああッ!?」


 大量の血を吹く様に吐いて、ラナが悶えた。

 時がやはりすぐさま巻き戻されたが、精神的に耐えられない。

 これでは、封魔どころじゃない。

 ラナは唇を噛んでアガットを思う。

 時の妖魔は、攻撃が上手くない。今はてんで役立たずだし……けれどアガットなら……。


 セイレーンが生まれたての初々しい翼を広げ、ラナと時の妖魔のいる上空へ飛んで来た。


 貴女無しじゃ、無理だ。


 そう思った刹那、彗星の様にセイレーン目がけて飛び降りて来た者がいた。

 剣の先をセイレーンに真っ直ぐ向けて、上空からの落下に臆する事無く飛び込んで来たのは、アガットだった。

 セイレーンが彼女の存在に気付いた時、既に結果が出ていた。

 アガットの剣先はセイレーンの胸を突き刺していた。アガットはセイレーンの小さな両肩にしゃがんだ体勢で両足を乗せ、そのまま地面に落下した。

 ギャン! と剣先が岩肌にぶつかって折れる音が響いた。


「アガット!」

『おお……』


 時の妖魔が、感嘆の声を上げる。

 串刺しになったセイレーンの上に覆いかぶさる様に地面に激突したアガットが、のそりと上半身だけ起き上がって、ラナを見上げる。


「ラナ! 今よ!!」


 ラナは泣き出しそうになるのを抑えながら頷くと、時の妖魔に地面に降ろして貰い、封魔を仕掛ける為に構えた。


 何が起こったのか理解出来ていない風のセイレーンは、不思議そうにぽっかりと目を開けて空を見ていた。


『あー……? ああああ……』

『急げ! 再生するぞ!』


 何か歌おうというのか、セイレーンが唇を開いた。

 アガットが切っ先の折れた剣を彼女の胴から引き抜き、喉を容赦なく切り裂くと、バッと鮮血が散った。その色は深紅だった。アガットの身体がみるみる紅く染まったが、妖魔の血が赤いからなんだ? アガットはそんな事ではたじろがない。だからこそ、ラナは封魔師として名を馳せた。彼女と組めた、幸運で。


 もう、歌えない。

 セイレーンがアガットを見た。

 蒼く透き通った瞳から、つう、と涙が流れた。


『ごぼ、ごぼぼ……』


 血泡を喉から吹き出しながら、セイレーンが何か言っている。

 流石に憐れで、アガットは小声で囁いた。


「最後の願いがあれば……私なんか、何も力になれないけれど」


 アガットにとって、セイレーンはラナと赤ん坊の障害の元であるだけで、恨みは無い。そしてばつの悪い事に、セイレーンは邪悪な願いを乞う者に見えなかった。だから、彼女は罪悪感と憐れみを足した心でそう聞いた。

 セイレーンは涙を零しながら目を細め、アガットの喉を指差す。


 ―――こえを。


「え?」

「セイレーン!」


 アガットとセイレーンのやり取りが聴こえないラナが、セイレーンの名を叫んだ。

 セイレーンは諦めた様に、ラナの方へ眼玉を動かしながら、伝えて来た。


 ―――あずかって。


「……? わかった」


 ラナの封魔が始まっていた。

 アガットはセイレーンが封魔され、ラナの手のひらに光の塊となって封魔される瞬間、二ッと微笑んだ様に見えた。


 かくしてセイレーンは、カナロール一の封魔師に封魔された。

 世界は静まり返っていた。

 繰り広げられた事実が受け入れられないと、絶句する様に。



 * * * * * *


 誰の願いが叶ったら

 皆が幸せになるのでしょう

 誰が願いを諦めたなら

 皆が幸せになるのでしょう

 誰もが最善を願ってる

 このわたしも

 






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