表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/143

僕を見つけて

 こうなりたかった気持ちが、こうなりたかった、と小さく叫んでいる様な発見を、ライラは渋々した。こんな気持ちを喜んで迎え入れたが最後、とうとう抑えられなくなりそうで、彼女は怖かった。

 彼女の体験した始まりはいつも、急激に膨らんで、萎むか割れてしまった。その時に味わう、鳥肌が立つ程の冷たい重力は、予測出来ない角度から彼女の心を潰し、長く痛めつけるのだ。

 けれども、ライラは夢を見ていた。

 自分に、そんな責め苦を与えない、自分だけのひと


 でも、アシュレイは本当に、そうだろうか?

 なんだか、掴めない。


 けれど……。ああ、こうしたかった。


 ライラはアシュレイの首に腕を回して、彼の柔らかい髪を指で梳いた。

 彼の舌が、彼女の小さな牙をなぞっていた。

 ライラは不思議に思う。

 コイツは怖くないんだろうか? こんな柔なモノを、あたしの牙に触れさせて。

 舌を噛み千切られるなんて、思いもしないのだろうか?

 だとしたら、愛しい。ライラはそう思った。だから彼に習う。柔らかいモノを差し出し合うのは、怖いけれど嬉しい。


 *



 だがしかし。

 何事も程々が一番で、キスだって例外じゃない。

 どんなキスだって、果ての見えない程長引けば苦痛だ。しつこさに恐怖すら覚えた。

 そういうワケで、ライラはアシュレイを自分から引っぺがした。


「へ? ちょ……もうちょっと……」

「もういいっ。イヤ。来ないで!」

「急にどうしたんだい!? ホラ、ライラ、ホラァ……ッ!」

「もういいっつてんでしょ!?」


 拒絶に余計鼻息を荒くし、機敏に首を動かし顔を近づけて来るアシュレイを、ライラは蹴っ飛ばした。アシュレイは軽く吹っ飛び、蹴りを撃ち込まれた腹を抱えて暫く蹲った。

 しまった、加減が出来なかった、と、ライラは唇を噛んだ。


「ア……、ご、ごめんアシュレイ……」


 どうしよう。さっきまでキスしていた相手を蹴っ飛ばして吹っ飛ばすなんて……でも、凄く……しつこかったから……。

 ライラの心配をよそに、アシュレイは首をもたげ、涙目でライラを恍惚と見詰めた。


「ゲフゥッ何というツンデレ……!! ライラ……大好きだ……」

「ヒッ、気持ち悪いっ」

「ふ……もっと僕を蔑め! 君はヤッパリ僕を悦ばせるのがうまいな! 最高だよ!!」


 全然嬉しくない賛辞を吐いて、アシュレイはむくりと起き上がると、警戒するライラの傍に寄って来た。


「アンタは頭が変!」

「普段知的な僕には、刺激的な言葉だ! 優越感すら覚えるよ!」


『もっとよこせ』なアシュレイは顔を高揚させて、スチャッとライラの隣に座り込むと、もがく彼女を抱きしめ、頬にキスをして、また抱きしめた。


「あ~、幸せ。日向に居る様な気分だよ。ライラは今、どんな気分!?」

「最悪……泥沼にハマった気分」

「うんうん! 良い子だね! よーしよしよし……」

「……」


 ライラは抵抗が余計にアシュレイを煽ると察知して(遅い)、もう彼のしたいままにする事にした。ウキウキなアシュレイには勝てないのを、とうとう学習したのだった。

 されるがままに抱きしめられながら、「こんなハズじゃない」と諦め悪く泥沼の中にアシュレイの言うトコロの日向を探した。

 アシュレイの胸に(半ば強制的にされて)顔を埋めると、それは直ぐに見つかった。


「……ねぇ、アンタ、ドキドキしてない?」

「……え?」

「ククク……何ドキドキしてんの?」

「し、してないよ!」


 アシュレイはムキになって否定した。

 そういう風じゃない。そういう風には攻められたくない。攻めの主体はあくまで自分が良いアシュレイなのだ!


「そう?」


 ライラはニヤッと笑って、アシュレイの胸に耳を当てる。

 アシュレイは急にライラから離れたがった。


「やめろ、やめてよ!」


 ライラは声を立てて笑い、手を伸ばして、アシュレイの胸に当てた。


「さ、触らないで!?」

「ホラ! ドキドキしてる! アハハ!!」

「するよ! ……するさ」


 観念したのか、アシュレイは憮然とした顔で、自分の胸の上に置かれたライラの手を、手のひらで押さえた。

 強くて速い鼓動が、ライラの手に伝わって来る。


「なんで笑うの。僕の心臓は君に恋してるだけのに」

「……なんで笑われたく無いの?」

「本心だからだよ」


 ライラの聴覚から、たった一つの音を除いて音が消えた。

 大気のうねりも風も、波の音も、木々の葉が擦れる音も、何もかも。


「……じゃあ、なんで隠すの」


 彼の鼓動を聴いた時、本当は嬉しかった。でも、茶化して笑うしか出来なかった。

 同じ類の気持ちを、コイツも持ってるのだろうか。どうしてあたしたちは、隠したがってしまうんだろう。


「自分を主役って思って無いからかな」

「バカみたい」

「いいね」


 アシュレイがニヤリとした。ライラの好きなニヤリだった。


「聴いてみたいな……。アンタが主役の話」


 ライラはそう言って、アシュレイの胸に頭を預けた。


 *


 蒼い海が見える所に住んでいたと、アシュレイは切り出した。

 蒼い海、とライラは返して、眼下に広がる黒い海を眺めた。


「蒼いって、どんなかな」

「綺麗だよ。連れて行ってあげる」


 アシュレイはそう言って、ライラの髪を撫でた。細くて艶々した彼女の薄紫色の髪が、サラサラと流れた。高貴な花の色だとアシュレイが褒めたけれど、ライラはその花を知らないので、「ふぅん」としか返事を返さなかった。だからアシュレイは、いつかその花を彼女に贈ろうとそっと決めた。

 ライラの関心は、蒼い海にあった。


「ここから遠い?」

「ラルフの翼なら、ワケないよ」

「……前に、養子って言ってたよね? そこに家族がいるの?」

「母親がいたよ。二人で暮らしてた」

「お母さん……いいなぁ」


 そういうライラに、アシュレイは微笑んだ。


「血を分けた親子じゃ無かったけどね。うん。素敵な母親だったよ」

「……そうなんだ」


 本当のお母さんは? と、聞きかけて止めた。彼にとって不可抗力だった事を、わざわざ知ってどうするのだろう。


「優しかった?」

「ああ」

「アンタ、べたべたに甘えていそう」

「へへ? そう? そうかも」


 随分素直に、アシュレイは照れ笑いをした。

 ライラはそれを見て微笑ましく思う。


「怒られてたんでしょ?」 

「うん。怒ると雷を落とすんだ」

「ふふ……」

「その度に髪がチリチリになってさ……」

「……?」

「火も吹いた。何度か家が火事になってさぁ」

「……??」

「手も出たな。凄く加減してくれたけど、一回鼻の骨が折れてさ」


 その時の事を思い出しているのか、アシュレイは目に見えて怯え、鼻を押さえてそう言った。

「まぁ、直ぐに綺麗に戻してくれたけど。えへへ。狩りが得意でさ、鹿を素手で一発で仕留める逞しい所もあったよ」

「ふ、ふぅん……っ?」


 ―――なに? そのお母さん……。


「瞳が凄く綺麗で……見詰められると誰だって意識が飛ぶんだ。僕は大丈夫だったけどね!」


 眉を寄せて、作り笑いをするライラに、アシュレイは微笑んで続ける。


「夜空を飛ぶのが大好きだった。夜闇に溶けて、大きく広がると母さんのいる空だけ星が倍に輝いたんだ」

「ちょっと待って」


 ライラはとうとう、口を挟んだ。

 また、欺かれている様な気がして、少し悲しかった。

 けれど、アシュレイの瞳には過去への信愛しかない。

 彼はライラの割り込みに大らかに微笑んで「どうぞ」と彼女の言葉を促した。


「夜闇に溶けるお母さんってなに。広がるってどういう……?」

「そのままだよ」

「……からかってる?」


 だったら、悲しい。

 アシュレイは首を振った。


「ちゃんと本当の話」

「だって! それってまるで妖魔……」


 ライラが気まずさを投げ打ってそう言うと、アシュレイはパッと嬉しそうに微笑んだ。どこか、誇らしげでもある様子で、彼はライラに明かした。


「うん。……うん! そうなんだ。僕、妖魔に育てられたんだよ」


 *



 アンタって、タチの悪い箱だわ。



 *


 ビックリさせたかったワケじゃないんだけど、だってホラ、君は本当の事ばっかり知りたがるから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ