逃げ道を塞いで
「食べ物持って来たから、食べながら話そう」
アシュレイはそう言って、ラルフに積んだ荷物をゴソゴソやって、ついでに嫌がるラルフをその辺の木に繋ごうとした。
「洞窟の上は見晴らしが良いんだよ~」
ラルフはそうは行くかと大暴れをし、アシュレイを手こずらせた。
「ラルフ! どうどう……」
『ヒヒギャーーーン!! (イヤだ!! 俺も行く!!)』
ラルフは前足を浮かせて暴れ、隙あらばアシュレイを後ろ足で蹴飛ばそうとした。ハミエルがいなくなったと思ったら、今度は馬が邪魔で、アシュレイはイライラした。
「うわわ……ちっ、仕方がない!!」
彼は腰に手を当て、グッと構えた。
「え……それって、ちょっと、アシュレイ!?」
アシュレイの足元から、金色の光が渦を巻いて現れる!
ラルフは足を踏ん張って、アシュレイを睨み付けている。
「うおおおっ」
『ぶふーーーっ!!』
ラルフが鼻息を荒げ、雄たけびを上げるアシュレイに突進した。
アシュレイは滑らかな足さばきでそれを避け、シュッと腰から手を振り上げる。
途端にラルフの身体が金色の刃に舐められる様にして消滅してしまった。
ヒヒーン……と、悲し気な嘶きだけを木霊させて……。
「え……ええぇ~……」
「よし、邪魔者はいなくなったよライラ!」
「今のって、封魔でしょ?! どうしてラルフに!?」
「どうしてって……邪魔だろ?」
うふふ、と笑うアシュレイに寒気を覚えてライラは腕を擦った。
「ラルフは妖魔だったの?」
「違うよ。でもラルフはここまで来るのに泳ぐか飛んで来なきゃいけなかったから……妖魔になってもらった。皇女に貰った翼の妖魔をくっつけてみたんだ」
「く、くっつけてみたって……」
「ラルフにもちゃんと説明したよ!」
「説明って……」
馬に人間の言葉が分かる訳……そう思いつつも、ライラは賢いラルフなら分かるのかもしれない、と考え直した。
「無理矢理じゃないよ。合意の上での合体だ!」
「変な言い回ししないで! じゃあ、ラルフは妖魔になったの?」
「うん~。どうなのかな? まぁ、上手く行くとは思わなかったケド、やって見るもんだね☆」
どうやら皇女の憑依を見て、思いついた即席の技らしかった。
『動物実験』の四文字がライラの頭を掠める。
「大丈夫だよ。憑依は解く事が出来るからさ(多分)!」
「……」
「スペックが上がったんだ! ラルフも喜んでたよ?」
「……本当?」
怪し過ぎる。
アシュレイは満足気にうんうん頷いた。
「ホントホント! さ、ゴハンにしようね~ライラ! デザートは君! うほほ~いっ」
「……はしゃぎ過ぎでウザい」
「うんうん、おいでライラ! サンドイッチを貪り合おう!」
アシュレイに連れられて島の小山を登ると、海が一望出来た。茂る木々の間に彼らは荷を解き、心地よく座り込むスペースを作ると、そこにアシュレイの持って来た食事を広げた。
カイン邸の豪華な朝食に、ライラは目を輝かせた。まともに食事が取れていなかったのもあって、この件に関しては心からアシュレイにお礼を言って、彼女は微笑んだ。
えへへ、と笑ってグイグイ身を寄せて来るアシュレイに結局イラッとしたが。
「ねぇ、ちょっ……食べにくい」
「食べさせてあげようか?」
「なんでそこを気配るの? は、離れて」
「イヤだ! 今日はライラに優しくして貰う日なんだ!」
「それ決めるのはアンタじゃないでしょ!?」
「じゃあライラが決めてよ!!」
「それって決めごとじゃないでしょ? 自然とそうなる事でしょ?」
ライラがそう指摘すると、アシュレイは「う……」と涙ぐんだ。
「だって……自然と優しくしてくれない……」
「そ、そうだった? そんな事無かったと思うけど……?」
嘘だ! と、アシュレイがプイッとそっぽを向いた。
「ライラは僕が嫌いなんだ……」
「き、嫌いって言うか……苦手?」
「え……」
思わぬライラの一言に、アシュレイはサッと青ざめて、ライラを見た。
そんな事無いわ、好きよ。的な返事を誘導したハズが、『苦手』が来るとは思わなかった彼は、かなり焦って目をシロクロさせた。
「苦手……?」
「うん……ペースが狂うって言うか……」
「にがて……」
ずーんと落ち込んで、アシュレイは小さくなると、ぼそぼそとパンを口に入れ、黙り込んだ。
―――酷いよライラ。ここまで来て『苦手』って……!!
アシュレイの縮まり様に、ライラは次に来る彼の例の『爆発』に身構えたが、アシュレイは縮まったままだった。
目は遠くを見てしまって、敷物に並べた食べ物を見ておらず、手は誤ってその辺の草を摘んで口に運んでしまっている。
ライラは本音を漏らしてしまった罪悪感で、胸が詰まった。
「あ、アシュレイ、でも嫌いじゃないから……」
「にがて……にがて……うう、苦い……」
「草だから、それ。ほら、飲み物注いであげようか?」
「苦手な僕に……飲み物を……君ってなんて優しいんだ」
「あー、もうっハイハイ! 優しい日! 今日は優しい日だから!」
ぱああっと顔を輝かせたアシュレイに、飲み物を手渡してライラは腕を組んだ。腕組みなど、優しくする態度じゃなかったがしょうがない。自分の身は自分で守らなければならない。
「優しい日」と「オッケーな日」は違うのである。
「で? ほら、アピールするんじゃなかった? 早くしなさいよ」
「言い方が優しくない」
フイッとそっぽを見るアシュレイに、ライラは拳を握った。
「……このっ」
「は、良いさ。どうせ……僕なんて……君に優しくされる価値ないんだ。頭も撫でて貰えないんだ。でも今日は優しい日ってライラが言ったから、だから、撫でてくれるよね!」
撫でろ! とばかりに頭を突き出されて、ライラは唇を噛んだ。
―――鬱陶しい。凄く鬱陶しい。でも、ここで撫でなかったら本格的に面倒臭くなる気がする!
それにライラはアシュレイが嫌いじゃない。それは(本人は気付いていないけれど)尻尾が証明している。
柔らかそうな茶色い髪に触れると、込み上げてはいけないものが込み上げそうで、ライラは迷った。
そっと触れようとすると、焦れたアシュレイがライラの手を掴んだ。
「あっ……?」
「いいよもうっ! 自分でするから!」
強引にライラの手を自分の頭に擦りつけて、勝手に悦に浸り出した。セルフ撫でだ。
「ライラはさ! 僕に優しくない! 優しくない! くっそぉぉ~!!」
「ひ~っ!?」
「いっその事、僕を凄くキライになれば良いじゃないか!」
「うん、今凄くそうなりそう!」
「あと一押しってワケか……!」
息を荒げて、アシュレイがライラを見上げた。
「嫌いになった!?」
―――ああ、いつもこうだ。アシュレイは、いつもあたしに聞いてる。嫌い? 嫌い? 嫌い?
ライラはなんだか悲しくなって、「きゅん」と鳴くと首を振った。
「君は変態か!?」
「……馬鹿じゃない?」
「バカだよ。君も僕もね!」
アシュレイがやけっぱちそうにニヤリとした。
ライラはその笑い方が憎らしくてしょうがない。
「アンタはちっともあたしを素直にさせてくんない。それはワザとなんじゃないかって思う。アンタは、凄く優しいんだ。どうしようも無いあたしを慰めてるんだ。それだけなんだ。いつも……あたしに逃げ道を作ってさ! 嫌いになれなんて!」
「……」
ライラは顔を真っ赤にして俯いた。
いつも、誤魔化されている様な、そんな感じがしてしょうがなかった。初めはそれで良かった。だって好きじゃなかった。鬱陶しがってれば良かったから。でも、今は違う。誤魔化さないで欲しい。
調子のいい言葉に酔わせて、去っていく背中をたくさん見て来た。
自分は商品だからと割り切れる程、大人じゃ無かったライラ。孤独が怖くて、温もりを求めてやまなかったライラ。けれど、皆、薄っすら笑って残酷に去って行った。―――それは、ライラだから。男達にとって、価値が―――……。
ライラは、アシュレイの背中を見たくない。
彼のくれた言葉が全部嘘だったらと思うと、怖くて怖くて仕方がない。
だから信じない。
「……逃げ道を作らなければ良いの……?」
アシュレイがポツンと言った。ライラがハッとして顔を上げると、ジッと彼女を見詰める茶色い瞳が直ぐ傍にあった。いつもの穏やかな瞳だったが、少し温度が違った。
―――ああ、この目。あたしは、この目に弱い。どうして?
「……」
「良いなら作らないよ……逃げるな」
あ、とライラが声を漏らすよりも早く、アシュレイがライラの唇を唇で塞いだ。
奪われる、と直感したにも関わらず、ライラは驚きの中で目を見開いた。唇は一旦離れて、また元の位置に戻り、今度は長いものになった。
「目、閉じないんだね」
ライラの唇に唇を当てながら、アシュレイが器用に言った。
ライラは彼の胸元のシャツを掴んで、慌てて目を閉じる。
それでも、彼の目を意識した。
その彼の目を、記憶の中で探す。
なんだか冷たい様な気のする、強引な唇を感じながら、彼女は見つける。
ああ、封魔師の時の目だ―――。
* * * *
バカなあたしの尻尾が揺れる。
コイツはあたしとなんか、一緒にいちゃいけないのに。
なにもかも捨てる事になるのに。
なにも得られないのに。
* * * *
さぁ、聞いてね。僕の事、知って欲しいんだ。
信じてくれなくて良い。
愛して欲しいんだ。
信じるのと愛ってイコールでしょうか。
ならば何故嫉妬という言葉があるのでしょうか。




