嘘の証明 ~犬も食わない②~
あらかた汚れを落としてしまうと、ライラは髪と尻尾を絞って、裸のまま大きな岩によじ登り、足を投げ出して座った。
やっぱり裸の方が自然な気がするけれど、彼女はチラッとアシュレイが用意したという服を見る。
優しい水色の生地に、不思議な模様が縁に刺繍してある。刺繍糸の色は、ライラの髪と同じ群青だ。模様の合間に、黄色く光るビーズがキラキラしていた。
型は胸下に切り替えのある前開きのエンパイア型チュニックで、切り替え部分に綺麗な帯が付いていた。裾に刺繍糸と同じ色の小さなふさ飾りが、等間隔で揺れている。
ライラは伸ばしていた膝を抱えて、その服を見詰めた。
着なきゃだめだよね……? じゃなくて! う~ん、この発想、なんか、本当にどうしちゃったのあたし。
アシュレイが騒がなかったら、裸でどこかの街中を平気でブラブラしていたに違いない。
―――そうだ、裸じゃ無くたってもう、あたしは街も歩けない。獣の耳や尻尾の生えた女がブラブラ歩いていたら、皆笑うか怯えるに決まってる。一体、どうやって生きて行ったらいいんだろう。
―――良いなぁ、ダイアナ。「王子サマ」と、カナロールで……。
ダイアナは家庭を持つのだろうか。彼女ならきっと、明るくて暖かい家庭を築くに違いない。ライラが憧れてやまないような。
ライラは自分の尻尾を恨めし気に見る。
はぁ、と溜め息をついて、プルプル身体を揺すり水切りをしてしまい、再び愕然とする。
完全にハミエルだ。
―――だ、駄目だ! ハミエルは大好きだけど、駄目だ!
ライラはサッと岩から飛び降りて、服を掴んだ。
「う……なんでこんなボタンがいっぱいある服……しかもズボン……?」
女性用の柔らかいシルエットのズボンだったが、ライラは履いた事が無い上に、
「尻尾どうすんのよ」
仕方がないのでズボンは放置し、チュニックだけを着た。
ボタンも胸元ギリギリまで開けて、少しでも息苦しくない様にした。帯は綺麗だったので、気に入ってちゃんと結んで着けた。
満足してアシュレイとラルフの方へ行くと、ラルフが寄って来た。
アシュレイは大岩に座って、カナロールの方向を見ていた。
ライラは寄って来たラルフの首に抱き着いた。
「ラルフ、もう会えないと思ってた」
ぶるる、と嬉しそうに嘶いて、ラルフはライラの首筋に額を擦り付ける。
「どうやって来たの? まさか泳いで?」
彼の目を覗き込んで聞くと、『飛んで』と、返って来た。
え、と驚いて、ライラはラルフを見る。
ラルフは相変わらず、ブルブルしか鳴いてないのに……。
「……飛んで?」
恐る恐る、ラルフに声を掛けると、ラルフはうんうん頷いて、また『飛んで』と答えた。
「……ラルフ……」
驚いていると、アシュレイがライラに気付いてやって来た。
彼はライラをつま先から頭のてっぺんまで見て、微妙な顔をした。
「ライラ、えっと……斬新な着こなしだね。ズボンは?」
「履きたくない。尻尾あるし」
「ああ……で、でもそんな短い丈じゃ困るよ」
「どうして?」
「どうしてって……ライラの脚は素敵なんだよ!」
「……じゃあ、出してもいいじゃない」
ライラはそう言って、足をちょっと上げて伸ばして見せた。ほっそりとした、しかしきちんと筋肉のある脚線美が、アシュレイとラルフを悩殺した。
「だ、だから、良からぬ事を思っちゃうヤツがいると思うワケだよ」
「あんたみたいな? 心配してくれてるならお構いなく! 誰が尻尾の生えた女なんかと関わりたいっての?」
「人型の妖魔で遊ぶ封魔師は沢山いるんだ」
ハッとして、ライラはアシュレイを見た。
「……やっぱり、妖魔だと思う?」
「ア……、うう、う~ん?」
「いいよ、今更気を使わないで。あの犬ッころ達を殺したのは、あたしだよ。この爪で、引き裂いたの」
ライラは、チラリとアシュレイの頬の傷を見る。あれも、彼女が着けてしまった傷だ。
アシュレイはライラをジッと見て、黙っていた。
「……」
「あたし、何に見える?」
「可愛い女の子だよ」
アシュレイが即答した。
「嘘!」
「嘘じゃないよ」
「女の子に耳や尻尾は無いし、妖魔を八つ裂きにしたりしない!」
「そういう女の子がここにいて、僕はその子に恋してる」
「嘘だ!」
感情的に喚いたライラに、アシュレイは両腕を組んだ。
「嘘、嘘って、君ねぇ! じゃあ君流でお返しするよ。嘘だっつー証明をしてみなよ!」
「あんた自身が歩く証明じゃない!」
「な!? 思ったより早くて荒くて酷い!? どうして!? 証明までの仮定をお聞かせ願おうか!?」
『お前マジ面倒臭いな』と、ラルフが呟くのが聴こえたが、ライラはアシュレイの質問に首を傾げながら俯いた。
「どうしてって……」
そう言えば、どうしてだろう? と、ライラは尾を揺らす。
初めこそ得体が知れなかったし、今もあまり得体が知れないけれど、振り返ってみればアシュレイの行動の全てがライラの為だった様な気がする。
裏を返せば自身の為なのだが、それはニアリーイコールでライラの為だから良いのだ。
「……分かんない」
「なんだよ……。悪魔の証明なんて出来ないけれど、僕は『違う』って言い続ければ良い? ずっと愛を叫び続ければ良い!? そんなのお安い御用だからね! 君が好きだーーーーっ!!」
炎でも吐き出すかの如く愛を叫ぶアシュレイに、ライラは「あ、コレだ」と久々の感覚を取り戻す。
「それ。そう言うトコロがヤダ!!」
「や、ヤダっ……」
「軽い上に重い」
ライラはアシュレイからツンと顔を背けて、両手を腰に置いた。
「え、む、難しいな……軽いの? 重いの? どっちをどうすれば良いのかな!?」
「知らないよ! ……それに、皇女様の事隠してた!」
そうだそうだ、とライラはアシュレイに詰め寄った。これは一大事案件である。婚約者がいるのに別の女に愛を叫ぶなんて、途方もなく不埒者だ。
しかしアシュレイは「ふん」と言って、顎を上げた。
「君はおバカさんだな! もし僕が皇女を将来の伴侶に決めてるなら、僕は昨夜彼女に着いて行ったし、この島を往復したりしてないよ」
「お、おバカ……!? そ、それにはきっと裏があるんでしょう!?」
あーーーっ!! と、アシュレイが頭を抱えて喚いた。
「ああ言えばこう言う!! 裏なんか無いよ! 裏があるとすれば君がちょっとでも僕にこう……っていう下心だけだ!」
「下心なんじゃない!!」
「何が悪い!? 純粋なる下心だ!!」
自分が何を言っているのか分からなくなって来たアシュレイだったが、その時ふと、ライラの尻尾の動きに気が付いた。
ライラはアシュレイの猛攻に耐える事に必死で気付いていない様子だったが、アシュレイは見た。
―――あ、ライラ……尻尾振ってる……。
ライラの後ろで、フリフリと大きく尻尾が揺れていた。
アシュレイは危うく鼻息を荒げそうになったが、グッと堪えた。
―――押せる!? 否! これは罠か!?
押すしかしていない男が『押せる!?』とは一体どういう事なのかは置いておいて、アシュレイは一抹の希望を胸に灯し始めた。
「と、とにかく!? 好きで好きで仕方が無いよ!!」
「し、しつこいってば!!」
目を吊り上げて言うライラに気付かれない様に、アシュレイは彼女の尻尾を盗み見る。
―――ふ、振ってる。尻尾振るってどんな時だった? 嬉しい時だよな!? 否待て! 振ってるけど、これは暗に『あなたの事フッてるのにいい加減気付け』なのかも知れない!? うわああ、結局判らない!? ええぃ、儘よ! 押しても駄目なら押してみな、だ!
「うわぁ~あ、ショックだな、こんなに伝えても信じてくれないなんて! でもアレだよね! 約束は守ってくれるよね!?」
何となくお流れになりそうな展開と雰囲気だったけど、『ご褒美』の約束をアシュレイは持ち出した。
安全な道を通りたいのは、なにもライラだけでは無いと言う事だ。
ライラはこの流れの中で『ご褒美』を持ち出された事に若干怯んだけれど、渋々といった態で頷いた。
「うん、まぁ、戻って来てくれたし……」
「ですよね~」
「ダイアナを連れて来てくれなかったケド」
ホクホク顔になったアシュレイに、減点を突き付けて無駄な抵抗を試みたが、そこで負けるアシュレイじゃない。
「それは僕の故意じゃない。ダイアナの意思だ」
「……」
「ごっほーび! ごっほーび!!」
「うっさい! どうして欲しいの!?」
半ば覚悟を決めてライラが聞くと、アシュレイはニッコリ笑ってこう言った。
「僕の話を沢山聞いて欲しい」
「はぁ?」
思わぬおねだりに、ライラは気抜けした声を上げた。
アシュレイは「ふふ」と笑って、ライラの手を取った。
「僕の事、知って欲しいんだ。アピールタイムってやつさ!」
ライラはそれを聞いてクラリと眩暈を感じた。
一体、コイツは何を言っているんだろう。
この男、これ以上何をアピールすると言うのだ。
スケベなお願いの方がよっぽど楽な気がする……!!
「約束だったよね」
ライラの厭そうな顔を見て、アシュレイはズイッと彼女に詰め寄った。
ライラは天を仰ぐ様に顎を逸らせ、ギュッと目を閉じ―――まるで高い塔から飛び降りる前の人の様に―――カクン、と頷いた。




