さざ波
毎回お待たせして申し訳ございません。
短いですが、よろしくお願いいたします。
前回までのあらすじ
孤島で待つライラの元へ行く道中、アシュレイは暴れ馬の恐喝に遭う。
果たして彼は無事ライラの元へ行けるのか。ご褒美をもらえるのか―――?
今回はアシュレイとダイアナ(まだ来ると思っている)を待つライラへ場面が変わります。
さざ波の音が、近くなったり遠くなったりするのを聴きながら、ライラは目をつぶっていた。疲れ果てて、眠たかった。けれども、頭の中が冴えて眠れない。
アシュレイの出した炎の猫をチラリと見ると、伸び伸びと身体を伸ばしプウプウと鼻提灯を作って寝こけていた。
可愛いのに撫でられないのは、辛い。
猫の方は、撫でられたく無いのかな。寂しく無いのかな。
赤々と燃える猫を薄目で眺めながらそんな風に考えて、気を紛らわそうとしていた。
ダイアナは来るかな。ハミエルは? アシュレイは?
……このまま、誰も来なかったりして。
お腹が鳴って、ライラはひもじい気持ちで再び目を閉じる。
その時、猫が急に俊敏に飛び上がって、洞窟の入り口付近に唸り出した。
「どうしたの?」
ライラは驚いて起き上がり、猫を見て、次に猫が睨み付けている洞窟の入り口を見た。
外からの明かりで、入り口はポッカリと光っている。
光の向こうで何かの気配がした。
「……? アシュレイ……?」
……だとしたら、どうしてこんなに怖いんだろう?
ガシャガシャ、と、何か激しい音と、複数の獣の小さな唸り声が洞窟の入り口のすぐ向こうで聞こえて来た。
唸り声は直ぐに無くなり、湿った息遣いが近づいて来る。
猫がフーッと威嚇しながら、全身の毛を逆立てた。
「なに……?」
洞窟の入り口から射す光に釘付けになりながら、ライラは後退った。
明るい入り口の輪郭に、ニュッと幾つかの影が突き出し、ライラを見た。
ライラは悲鳴を飲み込んで、影をジッと見返す。観察と言うよりも、恐怖のせいで見入ってしまった。
影は、いずれも大きな犬の様な妖魔だった。真っ白で、毛足が長く、一見温厚そうに見えるが、内一頭の口の周りは赤黒い紫色に濡れている。
アシュレイの置いて行った鎧の妖魔が全然守りに来てくれない事を思うと、絶望的な気持ちになって、ライラは、ポタリと妖魔の口から落ちる液体を見た。
白い犬の妖魔が、長い毛に覆われた前足を洞窟内にのそりと入れた。唸ったり、吼えたりしないで静かにのそりのそりと次々入って来る様は不気味で、ライラは震え上がった。全部で六頭も入って来て、洞窟内がいっぱいになってしまった。
「なに? なんなの……?」
岩肌に背をくっつけて震えるしかないライラの前に、猫が果敢に立ちふさがった。今までになく燃え上がり、腹の底から唸っている。熱気と火の粉にライラは思わず目をつぶった。
犬の妖魔たちは目にかかった毛を老人の眉の様に少し持ち上げ、感情の無いガラス玉の様な瞳で猫を見た。
二頭が申し合わせた様にゆっくり前に出て、猫に静かに牙を剥き、翻弄し始めた。
そして、その横を易々と飛び越えて、残りの四頭がライラを見据えて近寄って来る。
「いや……!」
最初にライラに飛び掛かった犬の妖魔の長い毛を、二頭を躱して放った猫の炎が焦がした。
すぐに玩具の様に前足で払われて、猫は洞窟内の壁にペしゃんとぶつかると、地面に転がり動かなくなってしまった。それでも、丸いつぶらな瞳をライラの方に向けて「ミャ」と、小さく鳴いた。
ごめんね、と聴こえた気がして、ライラは首を振る。
犬の妖魔はジリジリとライラに近寄って来て、ライラが恐怖の悲鳴を上げる間も無く、各々好きな所に飛び掛かった。
腕にも脚にも、首にも胴にも牙が突き立てられて、ライラは絶叫してもがく。犬の妖魔たちはライラの血にも反応にも本能が騒めくのだろう、大人しそうな顔を徐々に獰猛なものに変えていった。
彼らは息を荒くしながら、ライラを地面に引きずり、引っ張り合って、まるで面白がって遊んでいるフシまで見えた。
ライラは喘いでもがいていたけれど、痛みか出血からか、頭が朦朧として声も、もう出ない。
―――嘘だ。せっかくアシュレイが助けてくれたのに。アシュレイ!!
ライラの上に被さる様にしている犬の妖魔が、彼女の血に汚れてしまった頬に生暖かい涎を垂らした。
―――こんな……息の臭い犬ッコロなんかに……!!
どうしてこんなにツイていないのだろう。
ライラはそう思うと悔しくて悔しくて、喉をゴロゴロして唸った。
もう身体はどこも動かない。
けれど、唸ると何故か勇気が湧いた。真っ赤に霞む視界を瞬きで振り払い、犬の妖魔を睨み付けると、犬の妖魔が一瞬怯んだ様に見えた。
ひ弱な獲物に怯んでしまった事を払拭する様に、犬の妖魔が初めて吼えた。この一吼えが、無性に癪に触って、ライラは更に唸り、吼え返した。
*
犬の妖魔よりも大きく、強く、ライラは轟く様に吼えた。
犬の妖魔は彼女の咆哮を受けて吹っ飛び、犬らしくキャインと鳴いて洞窟内の壁にぶつかり、何が起こったのか理解できない様子で負け惜しみ程度に唸った。目に怯えが浮かんでいた。
他の仲間達も、パッとライラから一旦離れ、ウロウロしている。
覆いかぶさっている小癪な犬ッコロがいなくなって、ライラは悠々と起き上がると、噛み砕かれて動かなかったハズの手首の血をペロリと舐めた。自分のものなのに、とても美味に感じた。
ライラは自然と唇の両端が吊り上がって行くのを感じたが、そのままにした。そうしたかったのだ。
腹の底から、今まで感じた事の無い攻撃的な気持ちが沸き上がって来て、それがイヤに心地いい。心にしっくり来る。
喉からは苦も無く、地響きの様な唸り声が漏れた。
先程までの興奮を一気に無くしたのは、犬たちだ。彼らの反感と怯えの表情に、ライラはゾクゾクした。
何かを取り返した感覚に狂おしい程の喜びを感じた彼女は、再び咆哮すると沸騰する様な喜ばしい狂気に身体も意識も明け渡してしまった。
玩具になるのは、今度は犬の妖魔の番だった。
連休なので、最低もう一回くらいは更新したいなと思っています。
どうぞ呆れずにお付き合いください。
そして、いつもありがとうございます!!




