全てがうた⑤
こんなに自惚れ、気取った女の手など、借りるものかと思った。
本当はそんな女だなんて思えない。咽る程の女っ気の中で育ったダイアナは、彼女の息苦しさがわからない訳では無かった。
……けれど、嫉妬したくてリリスに反感を持つ。気持ちに一番しっくり来るし、楽だから、だから、嫉妬するのだ。
しかし、ダイアナはむくれているだけでいられる境遇じゃない。自分の芸と言えば踊りくらいなものなのだから、と、自分に言い聞かせる。
―――変な追いかけっこに、転ぶのが目に見えていて仲間に加わる事なんて無い。綺麗さっぱり忘れてしまおう……。
リリスの出した妖魔は、玉虫色に光るふわふわした蛾の姿をしていた。とても愛らしく綺麗なものだったので、蛾では無いかも知れないのだけれど、ダイアナの引き出しから見れば、まぁ、蛾だった。
その蛾じゃなさそうな妖魔は、ふわふわのついた触覚から何やらキラキラした光をダイアナの傷に送って来た。小さな泡がしゅわしゅわ弾ける感覚が少しくすぐったい。痛みが閉じて行くのが感じられて、即効性に拗ねて来る。
―――この女は凄い……。
踊るしかない自分より、ずっと。
だから、こんな風に余裕で微笑んでいるんだ。
情けなくて、悔しくて、ダイアナはキラキラ蛾の治癒を受けながら膝を抱え、その上に顔を突っ伏した。
「はい、お終い」と、優しい声が後ろで聞こえると、ダイアナは小さく頷いて「ありがとう」と消え入りそうな声を渋々出した。
動いてみると、背中の突っ張った痛みが消えて、身体がとても軽かった。
「やっぱり薄っすら痕が残ってしまったけれど、必要な時にはお粉で隠せると思うわ」
「そうする」
頷いたダイアナに、リリスはぴょんと近寄って、人懐こく笑う。
「良いお店を知っているわ」
「……はぁ」
本当に、何なんだろう、この悪びれの無さは……。
ダイアナは呆れるしかない。
「自分は貴女の恋敵ですが、気が無いので持って行ってくれ」と、ぬけぬけ言った後の態度とは、到底思えないのだった。
*
アシュレイが微笑んで部屋に入って来ると、ダイアナは、ライラが本当に無事だったのだと、二重に安心した。後ろに続く仏頂面は見ない様に務めた。
「ダイアナ、カインと僕のせいで申し訳ない事になってごめんね!」
カインを強調して言って、アシュレイはダイアナに謝ると、彼女の傍に来てペコリと頭を下げる。
ダイアナは小さく頷いた。
「ライラは? どこにいるの?」
「ライラ」に反応したのか、カーテンを開こうとしていたリリスの手にキュッと力が入れられて皺が寄ったのを、ダイアナは目ざとく見つけ、少し気が晴れた。
―――自分の心には、鋭いのね。
なんて意地悪く思った。
ダイアナの意地悪な自己満足になどてんで気付かずに、アシュレイはうんうん頷いて機嫌良く答えた。
「ライラは生きてるよ~。<セイレーンの矢>に見つからない様に、隠れて貰ってる」
ふん、と、カインが腕を組んで部屋の片隅に視線を投げる。
彼の心中はアシュレイへの憤りでいっぱいだ。
どうして、リリスの前で新しい女の話が出来るのか。無神経にも程がある、などと無神経が思っていたのであった。
「俺はあの女は怪しいと思う」
「ははぁ、僕も彼女の怪しい魅力にやられたよ! カイン、横やりは止めてよね?」
「そういう事じゃない!」
「ねぇ、じゃあ、会えるのね?」
カインの言葉を、まるでいない者の様に遮ってダイアナはアシュレイに詰め寄った。
うん、と、アシュレイが頷いて、
「連れて行ってあげる。さ、早く行こう」
「待って」
リリスが声を上げた。表情は厳しかった。
「アッシュ、貴方も本当に行くの?」
「もちろんだよ。誰が道案内するのさ」
当然だろ、と言う様に答えるアシュレイに、リリスは早足で近づいて、彼を見詰めた。
「帰って来るわよね?」
「……さ、ダイアナ……」
答えるのをうやむやにしようとしてダイアナに向き直るアシュレイの腕を、リリスが強く引いた。
「アッシュ、考え直して。何もかも無駄にするの?」
「どういう事だ?」
と、カインも反応した。
ダイアナは蚊帳の外になるのを察して、目玉だけを動かし三人から少し引く。
「アッシュは『ライラ』さんと、カナロールからいなくなるつもりなのよ」
応援を求めて、リリスがカインに縋った。
カインは眉を寄せて、アシュレイをまじまじと見た。
「バカか……」
「そうよ、バカよ」
「ここにいる方がバカになる」
カインとリリスの手短な非難を、アシュレイは受け流して肩を竦めた。
「ナザール家をどうするのだ」
「知らないよ。ユーミットが継げば良い」
カインはそう返されて、不快感を隠し切れない。
ユーミットだって? 目の焦点と共に、自分の存在すら何処かへ飛んで行ってしまっている様な、あの憐れなユーミット?
「ユーミットは……分かってるだろ?」
「君たちよかね」
アシュレイは腕を組んで、長い息を吐いた。
「やってらんないよ……」
「見捨てるの? 貴方は今まで……」
「そうだ。彼は殺されるぞ。そう言ってたのは、お前じゃないか。それを心配していたのも、お前だ!」
王族の血を勝ち取ったナザール家。確実に封魔の『印』を持った子供を持てるが、やはり王族同様第一子にしか力は備わらない。しかし、あろう事かユーミットは長子だというのに『印』を持って生まれて来なかったのだった。その「穴埋め」にアシュレイが養子に迎え入れられたのは、カインもリリスもアシュレイから聞いていた。
それから、もしも自分がいなくなった時、ロスタムはユーミットとレイリンを殺して「新しい」子供を造るのではないか、というアシュレイの不安も。
「うんざりだ!」
アシュレイが声を荒げた。
「随分ユーミットを心配するんだね。今まで、他人事の様な顔をしていたじゃないか! 違う? そうだろ!? 嬉しいよ! そうまでして僕を引き止めてくれて!! ロスタムがこれから子供を!? ハッ! やってみろってんだ!」
「アッシュ! どうしてしまったんだ、目を覚ませ!!」
カインがアシュレイの服の胸ぐらを掴んで揺すった。アシュレイは顔を歪ませたが、カインの顔も、アシュレイと同じくらい苦しげだった。
「……ロスタムが、何故ユーミットを殺さなかったか、わかる?」
「お前を見つけたからだ」
「僕を養子にする前に、だよ……」
「……母親の為……?」
戸惑いながらのカインの言葉に、アシュレイは「ははは」と声を上げて笑った。
「まさか! でも、原因はそうだよ。ユーミットには母親の掛けた呪いが掛かっている」
「呪い?」
「イヤ、祝福かな。二、三年前に、ロスタムがぼやいたんだよ。アイツらしい」
「なんだ、ちゃんと話せ」
「……」
リリスが、話についていけないダイアナの傍に来て、肩にそっと手を置いた。
「ダイアナちゃん。身体が楽でしょう? 食堂へ行って、何か食べて来なさいな」
リリスがそう言うと、すかさずカインも女中を呼んで、ダイアナの世話を命じた。ダイアナはもっと話を聞いてみたかったけれど、居づらさが勝って迎えに来た女中の後に従った。
部屋を振り返って、自分の判断は正しかったと思う。
既に三人だけの空気が出来上がっていて、彼女の居場所など欠片ほども無かった。




