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セイレーンは狼と終わりをうたう  作者: 梨鳥 
ライラとアシュレイ
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別れは突然に

 値段を買う、というのはおかしな話だけれど、高級と謳われる物にはそんなところがある。

 街で唯一の宝石店に、二十年程一番良い位置で座を据えているネックレスは既に、この店の看板になりつつあった。街の外の、随分広いところまで噂も広まっている。

 見ればなるほど、類稀なる一品モノだ。

 純金のビーズを幾重にも連ね、複雑に編み込んだ首周りの鎖は絹の様に滑らかに肌に沿って見事にキラキラ輝いたし、どこで採れたか分からない程珍しい仄ほの青い大きな石が飾られている。この珍しい石は角度によって不思議な色彩を揺らめかせ、豪奢な鎖に決して負ける事無くネックレス全体のバランスを品よくし、美しく彩っている。

 絶品だ、とそれらに縁の無い者でも思う程のネックレスだが、それでは何故二十年も売れないのかと言うと、何てことは無い。法外に値段が高いのだ。

 でも、そこが良いのだ、と店主は焦りを感じてはいない。


 どうしても欲しいと言う者が、必ず現れる。

 この完璧さと、この値段の双方の魔力に、必ず魅せられる誰かが。


 彼はほくそ笑んで、今日も特注のハタキでそっとネックレスを撫でる。

 スッと店内のドアが開いた。

 宝石の輝きを良く見せる為、店は昼でも薄暗くしてランプを付けている。なので、店主はドアが開いて真昼の明るみがサッと自分に差すと目を細めた。


 入って来たのは若い男女。

 女は女と言うよりかは少女で、品の無いみすぼらしい恰好をしている。

『六角塔』の……と、店主は瞬時に見抜いた。

 男を見ると、こちらも若く、これと言って特徴の無い平凡な若者だった。

 どうやら、踊り子の色気にまんまと踊らされた純朴な若者が何かねだられに来たらしい、と店主は微笑んだ。

 

 微々たる売上でも、客は客。それに、女たちのあざとい手練手管を見るのも彼は好きだった。

 

 とても楽ちんだ。彼は女に合わせて「うんうん」と頷いていればいいのだから。

 でも、ちょっと様子が変だった。

 通常ならニコニコして入って来るのは女で、渋々といった体なのは男のハズなのに、少女はやたらとソワソワしていて、店から早く出たそうだった。


「ちょっと、アシュレイ。なんで寄り道するの?」

「えー、だって君に何かプレゼントしたいんだ」

「いらないわよ!早く店に行かなきゃいけないのに!」

「や、や、ちょっとだけ。ね?」

「ふざけんな!」


 少女はよっぽど男の好意が要らないのか、興奮気味に声を荒げた。

 なんだか珍妙な客だ。トラブルを起こすなら外でやって欲しい、と店主は笑顔を張り付けたままじりじりした。

 男はそんな少女に大して動じずに、店主に微笑んだ。人好きのする笑顔だ。だが、と店主は足の指先に少し力を入れる。


 これは、交渉好きの顔だ。


 ウチは吹っ掛けるが、値切りには一切首を縦に振らない。品物に後ろめたさが無いから。

 でも、交渉好きはそれでも値切る。こちらの吹っ掛けた分を、なんとか見抜いて崩そうとする。

 面倒臭くなりそうだ。それも、どうせケチな金額でのバトルなんざ……。


「すみません。この店で一番高価な物を出して下さい」

「アシュレイ! いい加減にして!」


 おやおや、見誤ったか。これは単なる見栄坊だ。と、店主は頬を緩めた。


「ははは、ご冗談がお好きな様で。どれ、ワタクシめがお嬢様にピッタリな物を選んでみましょう」


 客は客だ。恥を掻かせない様、店主は注意を払いながら安物よりかは少しマシな、ネックレスや指輪を皮のトレーに敷いた柔らかい布の上に並べて見せた。

 少女の注意がちょっとだけそちらに向いた。

 男はそれに見向きもせずに、店の奥の例のネックレスの前に立つと、しげしげと眺めている。


「お客様……」

「これだね?」

「はい。しかし」

「なに? 先約がある?」

「いえ。大変失礼ですが、宮殿を買う様な値段でございます」


 店主は嘲りが顔に出ない様に必死で微笑む。男も微笑んだ。


「宮殿は持ってる。だから、これを買うよ。宮殿なんて二つもいらないだろ。小切手使ってもいい?」


 冗談だろ、と、とうとう店主は苦笑いを表に出した。

 でも、男の取り出したのは紛れも無く小切手の束で、どれ、じゃあ振出人を見てやろうと覗き込むと、途端に店主は息を飲んだ。

 男がその顔を見て苦笑した。

 サッと人差し指を唇に当てたので、店主は短く頷き、込み上げて来た言葉を飲み込む。


「言っとくけど、このネックレスの噂も定価も大体知ってるからね」


 男が釘を刺したので、店主は額に汗をかいて吹っ掛けるどころじゃなくなった。



     * *  *  *  *  *  *  *  *  *


 男女が店から出て行くと、店主はズルズルと座り込み、ネックレスのなくなった台座を見た。

 二十年そこにあって、それはそれは大事にしていたので店主は大儲けをした気持ちになれなかった。


「まさか、今日こんな風にとは、なぁ……」


 呆気ない物だ。と、店主は寂しさを持て余したが、直ぐに口の端を上げた。


 さぁ、今度はどんなお宝を仕入れようか……。

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