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全てがうた②

 

 少し我に返ると、途方もなく恥ずかしくなって来た。

 胸は丸出しだし、カインにはぎゅうぎゅう抱き着いているし、子供みたいに泣いてしまっている。

 胸を貸してくれているカインはきっと、渋い顔をしているに違いなかったし、優しく頭を撫でてくれている女も、苦笑しているに違いないのだ。

 でも、涙も嗚咽も止まらない。

 引っ込められずにいると、ふいにヒョイと抱き上げられた。


「……!?」


 驚いているダイアナを、カインはそのままベッドに運んでそっと降ろした。彼は床に膝を突いて、「傷を見て貰え」と、ダイアナを見上げた。

 女がその横に立って、ダイアナの顔を覗き込む。


「そうね、妖魔なら薄い痕くらいまでにはなるし、痛み止めも、もう要らなくなるわ。サッサと治してしまいましょう」

「でも……」

「代金なら心配しないで。本当ならカインの傷なのよ」


 そう言いながら、カインの頭を軽くはたくので、ダイアナはギョッとした。

 まさか、気位の高そうな彼にそんな事をする人がいるなんて、予想が出来なかった。そして、彼がそれを憮然としつつ許す事も。


 ―――しかも、ちょっと嬉しそう……?


 絶賛拒否られ中のカインにしてみれば、リリスの気安い態度が嬉しくないワケが無かった。


「まったく……、ちゃんと謝ったの?」


 まるで母親の様に、女がカインに言った。どうやら立ち位置はこのひとの方が上の様だ、とダイアナは少し拗ねた気分で黙ってカインの出方を見守った。


「ああ。……否……。そうだな……」


 カインはダイアナの方など見もせずに、女を見上げてまごまごした。美青年のまごまごする姿ほど愛しいものは他にそれ程無いけれど、ダイアナは面白く無かった。


 ―――なんなの? いつもと全然違うじゃない!


「どっちなの!?」


 女が強く言った。カインは渋面を作ってダイアナを見る。

 イラついてダイアナはカインに冷たい顔をした。


 ―――絶対助けてやんない!


「……なによ、その『どうだったっけ?』って顔」

「いや……」


 ダイアナの高圧的な態度にはムッとするところがまた、気に喰わない。


「謝ってないのね?」


 女が腰に両手をかけてカインに詰め寄った。

 ダイアナはむくれて女に加担した。


「そうよ。この人、ちゃんと謝ってくれてない」


 本当は、謝罪なんて要らないけれど……。悔しい。なんでこのひとにはそんな顔するの? まるで、私ではなくて、このひとの許しが欲しいみたいな……!


「カイン、見損なったわ。ちゃんと謝りなさい。起立!」

「……」


 女の言い方に血の気を引かせるダイアナの前で、お前は犬か、という程、素直にカインは立ち上がった。


 ―――この人……。


 ダイアナはもう半ば確信して、呆れて物も言えない。

 唇が震えそうになったけれど、彼女はキュッとそれを押しとどめ、こちらを見下ろすカインを強気な表情で見上げた。

 カインは紳士らしく一礼して、


「巻き込んですまなかった」

「お礼は? 何て言うの?」


 女は容赦しない。これにはダイアナもいよいよ驚いて、カインが怒り出さないか少し狼狽えた。しかし、カインは促されるまま、小さく言った。


「……ありがとう……」

「……はぁ……」


 かなり屈辱的かつ白けた気分で生返事をするダイアナの気持ちをどう取ったのか、女はカインに向けた厳しい表情を解かない。


「ダイアナちゃん、納得してないみたいよ、カイン!」

「……え、あの……」

「……」


 そうなのか? もう勘弁してくれ、という情けない顔のカインと、落とし前キッチリつけなさい、とでも言いたげな女を、ダイアナは狼狽えて見比べた。

 ダイアナもカイン同様「もう勘弁してくれ」だった。


 気まずいったらありゃしない。

 そもそも、こんな風にカインに頭を下げさせたくて彼を庇ったわけでは無いのだ。そして、きっと……彼にとって余計なお世話だったのではないか、とも思っている。


 しかし、薄々ダイアナにも見えて来る頃なのだが、この女、空気が読めないのだった。

 ん? という風に形の良い眉を上げて、カインに更なる謝罪と感謝を促している。

 そして、彼は再び促されるまま―――。


「もういい」


 ダイアナは顔を歪め、手の平をカインに向けて何か言い掛けた彼を制止した。

 鼻の奥が、ツンと痛んで目頭がみるみる熱くなる。

 謝って欲しくない。お礼も要らない。その心に、こんな屈辱を被せられては、もう堪らなかった。

 怒り出すのは、相応しくない。泣き出すのもだ。

 けれど報いたい。このゾッとする様な冷たい気持ちに。

 ダイアナは震え出した手を重ね、口元に持って行くと、カインと女に背を向けた。


「ダイアナちゃん……?」

「傷は治さない。このままでいい」

「ど、どうして? 後でやっぱり、となっても、今より綺麗に消せないわよ?」



 構いやしない。それこそ望むトコロだ。

 自分のせいで背に傷を負った女がいる事を、ずっと覚えてればいいじゃないか。どこかの女の綺麗な背中を見る度に、罪悪感で、私を思い出せば良い。……たまに、そのひとに、退屈を感じてしまった時とか……そんな事は、無いのだろうけれど……ちょっとした拍子に……一瞬だけでも。


「……背中の傷というのは」


 カインが何やら思慮深げな声を出した。何を言い出すのか、何を言ったって、聞かないんだから、と、ダイアナは耳をそばだてる。


「恥だ」

「カイン!? それは戦士の話でしょ!?」


 女が声を荒げてカインを非難した。

 ダイアナは「恥」と言う言葉にカッとなった後、笑い転げた。


 ああもう、どうしようもない人!!


「あはははっ! そうだね、恥かもしんない! 私はこの人みたいに偉い封魔師様でも教養のある薬師様でもない、ただの品の無い踊り子で、取り柄と言えば裸踊りだ! 背中に傷のある踊り子なんか、お客も気まずくって目をやれないに決まってる!」

「だから、治せと……」

「だから? やぁね、ビックリ。ちょっとは否定してくんない? 傷は貴方なんかのお情けで絶対治さない!!」

「いい加減にしろ!」


 カインが吐き捨てる様に言って、ダイアナの両肩を後ろから掴んだ。驚いて短い悲鳴を上げるダイアナを抑え付け、彼女を包んでいた布を取ると、彼は鋭く女に言った。


「リリス、治してやってくれ」

「離せ!!」

「リリス!」


 カインに名を呼ばれた女は、もみ合う二人を眺めてポカンとしていた。それから、場にそぐわない程素っ頓狂な顔をして見せると、とんでもなく場違いな言葉を吐いた。


「ダイアナちゃん、カインが好きなのね!?」


 空気が読めないのに勘が良いとは、なんとも罪な事である。


 *


 何を馬鹿な、これだからリリスはワケがわからん。


 カインは自分の腕の中で、獣の様に抵抗する少女を見る。


 ―――ほら見ろ、真っ赤になって滅茶苦茶怒っているではないか。

 クソ、引っ掻かれた。痛いぞ。リリスが余計な事言うからだ!


「立って夢でも見てるのか? これが好かれている様に見えるか。リリス! 早く傷を」

「でもぉ~……必要ない箇所で私と比べてた」


 う、鋭い、と、ダイアナは密かに顔の赤味を増した。


「リリス!! ……グッ!?」


 蹴りまで入れて来るダイアナに、完全に頭に来ながら、カインも段々ムキになって来る。

 この女は初めから、自分の言う事を一度も聞かない。何がそんなに気に喰わないのか? 親友を助けなかった事への当て付けのつもりか? こればかりは、絶対に言う事を聞かせなくてはいけない。女に傷を残すなど、あってはならぬ。……しかし……!


「カインって、本当にモテるわね~。ふふふ」


 頼みの綱であるリリスは完全に夢の中だ。


「頼む、リリス、何とかしてくれ」


 懇願するカインに、女は人差し指を唇に当て、むふふと微笑んでいる。


「だってぇ~。ん~……ちょっと二人っきりでお話してみなさいな☆」

「お!? おい!? リリス!!」

「え……!? ちょっと、待って!?」


 ルンルン、と、リリスは部屋を出て行き、最後にヒョイとドアの隙間から顔を覗かせると、ベッドの上でクチャクチャになっている二人に微笑み、またヒョイと消えた。


 *


 廊下に出ると、リリスは途端に表情を消して、少し先に行った階段の踊り場にあるテーブルセットに腰を降ろした。ちょうど、腰かけ横を向いた目線の先に、立派な枠の大窓があり、庭を見渡せる様になっていた。彼女にとって、少しだけ馴染みのある景色だ。


「やになっちゃうわ。どうして女の子達は、私と比べたがるのかしら」


 誰にでも解ける問題を、彼女は敢えて解かずにいる。

 窓の外で、その理由がフラフラやって来るのが見えて、リリスは大きなため息を吐いた。

 柔らかそうな茶色の猫っ毛のつむじが、リリスの視線を奪う。


「……空気読めないんだから」


 彼女の唇は、口調に反して笑んでいた。


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