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心隠して

 カナロールの海には幾つか浮島がある。潮の満ち欠けで面積が大幅に変わってしまう程度のものばかりだったので、誰も興味を示さない、そんな島々だ。その内の一つに小山を持つ島があり、アシュレイはそこへライラとハミエルを誘導した。

 ディアナ皇女から一匹だけ、彼女の翼になっていた大きな鳥の妖魔を譲って貰い、アシュレイはその背に乗っていた。もちろん、ハミエルに拒否られたからだ。

 彼は浮遊感が苦手らしく、鳥の妖魔にきゃわきゃわ抱き着いて嫌がられている。海も空も駄目とは正真正銘のヘタレかもしれない。

 さておき、アシュレイが目指す浮島は、簡単に周りを一周出来る程の大きさだとハミエルの背からライラは見積もった。

 アシュレイは島へ降り立つと、木々を目一杯茂らせた小山を囲う岩場を何か探す様に暫く歩いた。夜の嵐で濡れた岩が、ツルツル滑って何度か彼をよろめかせる。


「なんか、やっぱり頼りないなぁ……」


 バランス悪く不格好に前を行くアシュレイを見てライラが呟くと、先を行くアシュレイが振り返った。


「不安?」

「まぁね。アンタ嘘つきだし」


 ハミエルと一気に遠くへ飛んで行けなくも無いけれど、こんな所に『嘘付き』のアシュレイと来たのはダイアナの為だ。

 ダイアナに無事を知らせたいけれど、もうカナロールをフラフラ出来ないライラに、アシュレイが無事を知らせてくれると申し出てくれた。もしもダイアナがカナロールに残りたいなら、ライラはハミエルと発つ。一緒にどこか遠くへ行くと言うなら、一緒に連れて行く。

 アシュレイなんか、知らない。あの可愛くて高貴な婚約者と好きにすればいいんだ。住んでいるお屋敷といい、封魔だのなんだのの力といい、きっと二人は釣り合っているに違いないのだから。

 そもそも、一緒に来るかどうかなんて……。……そんな事、考えるのすら可笑しい。


―――一緒になんて。


 カナロールに居られないと、そんな当たり前の事がわかった時、ライラは自分に芽生え始めた小さな瑞々しい芽をそっと摘んだ。生まれたばかりだから、きっとそんなに痛くない。そう思ったけれど、苦いものは苦かった。

 ライラの居られないカナロールに、アシュレイは沢山のものを持っている。豪華なお屋敷。素敵な婚約者。凄い能力。

 そういうのを捨てるなんて、馬鹿のする事だ。


―――でもじゃあ、どうして。


 ライラはブンと首を振って、疑問を払う。何かを期待するのは怖い。きっとガッカリする。皇女様の事を知った時みたいに―――。

 

 とにかく、きっと、これでお別れなんだ。

 だから、ライラはツンとする。いつもみたいにするのだ。アシュレイが今まで彼女に吐いた言葉が真実なら、そうしなきゃ、そういう私を……覚えててくれるかな?


「嘘付きって、酷いなぁ……」


 そう言う彼の顔は苦笑と微笑の間で、目頭に一本ずつ微かな皺が出来ている。

 随分疲れている、と、ライラは思った。

 疲れていると言ったら自分もだけど、アシュレイは昨夜大怪我を負っていた。ディアナ皇女にシャツを譲る羽目になった彼は上半身裸だったので、その時の傷跡が痛々しく残っているのが良く見えた。


「ねぇ、アンタ大丈夫?」

「大丈夫だよ。ホラ、先に小さい洞窟が見えるかい?」

「そうじゃなくて……」


 アシュレイの言う通り、小山の麓に小さな窪みが見える。岩に囲まれた入り口は海となだらかに繋がる陸から一段高い場所にポッカリ開いていて、内部が水に濡れている心配は無さそうだった。

 

「昨夜の傷は、大丈夫?」

「うん。……治してもらったから」


 ヨッと声を上げて、自分の胸程の高さの入口へ入り込み、アシュレイが上からライラに手を伸ばした。妖魔に貫かれた肩の方の手だったので、躊躇するライラにアシュレイは微笑んだ。


「大丈夫だって」

「いい。これぐらい」


 やっぱり遠慮して、ライラは自分で洞窟の入り口をよじ登る。アシュレイが不満げに小さく唸った。


「だって、途中で悲鳴を上げられたらイヤだし」


 本当は心配なだけだ。けれどライラはそう言った。自覚はあるけど、仕方がない。彼女は可愛く無い。でも、アシュレイはそんな彼女をさも愛しそうに見る。変な奴だ。


「完治してるってば」


 そう言ってからクシャミをすると、腰に手を当て燃える背を持つ猫の様な妖魔を出した。猫はうんと伸びをして、猫らしく丸まった。背に燃える炎が暗い洞窟内を赤々と照らし、周囲を熱で温める。

 ライラは喜んで猫の傍にしゃがみ込んだ。

 猫はチラリと猫目をライラに向けて、「ミャ」と小さく鳴くと、フイとそっぽを向き、うつらうつらとした様子で前足に顎を乗せた。


「可愛い……」

「撫でちゃ駄目だよ。熱いから」


 手を伸ばしかけていたライラは、サッと手を引っ込めた。

 小さく声を上げて笑って、アシュレイも猫の傍に座り込む。

 ライラも大人しく、猫を挟んでアシュレイと向き合って座った。


「行かないの?」


 座り込んで暖を取り始めたアシュレイに、ライラはあえて素っ気なく聞いた。

 

「うん。カインに連れて行かれたなら、カインを待たなきゃ。夜が明けるまで、ここに君といるよ」

「そう……ダイアナの事、よろしくね」


 夜明けは近い。

 ライラは洞窟の外がまだ薄暗いのをチラリと気にして、そう返した。

 うん、と頷くアシュレイからは目をそらす。

 炎が揺れていた。


「ねぇ、こういう時って、隣に来ない?」

「なんで?」

「なんでって……何でもだよ。温め合おうよ」


 ライラの傍にピッタリくっついているハミエルが『しね』と唸った。


「この子とハミエルがいるから暖かいです」

「ハミエルなんかずぶ濡れじゃないか!」

『おまえもだろ』

「あ、とうとう口を挟む様に!! アレだよね、デカくなったらあんま可愛く無い!! もうお前にウリは無いぞ!」


 ハミエルは背を燃やす猫をチラッと見て、ぐるる、と唸った。

 レイリンの「猫派」が効いているのだ。可愛く無いと、価値が無いのだろうか?

 でもこの相手には負ける気がしない。


『おまえなんかもともとない』


 そうだ。元々ウリが無い奴なんかの言う事、聞かなくたって平気だ。


―――そもそもおれのウリはかわいさじゃない。ライラはこのすがたでも、なでてくれる……。ライラは『ねこは』じゃない……。


「な!? あるもんね! あ、あるもんね!?」

『ない』


 無情に言って、ハミエルはこれ見よがしにライラにすり寄った。


「あんまり本当の事言わないんだよ」


 ライラがそう言ってすり寄るハミエルを撫でるので、アシュレイは膝を抱え込んで恨めし気に睦まじいライラとハミエルを見る。


「ライラまで……僕が狼だったら撫でてくれる?」

「アシュレイって前向きだよね」

『おおかみにへんたいはいない』


 背を燃やす猫が、『え……ご主人様、前向きな変態だったの? にゃあん……』という目でアシュレイを見て、彼からよそよそしく少し離れた。雌の様だ。


「僕は変態じゃない! 成人男性なだけだ!」

「成人男性は『撫でて』なんて言わないと思うケド……」

「撫でて欲しい恋する成人男性だ」

「……」

「君のその目がすごく好き……」


 優しくされたいのか蔑まれたいのか、ライラにはサッパリ解らない。そして、彼の言葉にライラの心は鋭く反応した。


「皇女様がいるのに、そんな事言ってていいの?」


 アシュレイが片眉を上げて、異議を唱えようとした時、おおーん、と、遠くで狼の声が響いた。

 ハミエルが頭を上げて、カナロールの方へ耳をピンと立てた。


『ハティだ』

「ハティ、って……あの小さな子?」

『……たすけをよんでる』


 グルル、と唸ってハミエルは洞窟の外へ、ひらりと飛び出して行った。


「しめたっ! ライラ、君が来ないなら僕がソッチに行くよっ」


 ここぞとばかりに、アシュレイがライラに近寄って行こうとすると、洞窟の外から顔を覗かせてハミエルが牙を剥いて唸った。


「なんだよ、仲間が助けを呼んでるんじゃないの? 行ってきなよハミエル!」

『この……っ』

「大丈夫なの?」


 アシュレイとは正反対に、ライラは心配そうだ。


「大丈夫さ、ちびっ子もフェンリルなんだろ?」


 ……レイヴィンが出て来たら不味いかもだけど、フェンリルだもんなぁ、相打ちとかしてくれたら美味しいのに。と、これは心の声に留めて置く。


 おおおーん、と、また微かに聴こえた。


『……ハティ』

「ハミエル……」


 ライラはソワソワするハミエルの傍まで行って、彼の毛皮を撫でた。アシュレイも、もそもそ付いて来る。


「仲間を呼んでるね。君も行ったら? ライラは僕に任せてよ」

『……』


 断じて任せられない。ハミエルは不信感一杯の目でアシュレイを睨んだ。

 何となく、今ここを離れたらいけない気がするのだ。

 何となく、ライラの何かが変わって行っているのに、ハミエルは気付いている。

 コイツと二人にしたら、何かおぞましい事件が起こってしまうかも知れない!


 ハティは言ってた。

 レイリンをペロペロしながら、『抱いたらホレる』って!!

 アシュレイなんかにライラをペロペロさせるものか!!

 

 そんな風にハミエルが友情と忠誠の板挟みでジリジリしている間に、沢山の遠吠えがそこかしこから聴こえ出し、フェンリルの大群が上空を駆け抜けて行った。

 ハミエルは目を見開いて、空を駆けて行く狼の群れを見る。


「うわぁ~こりゃ凄い」


 アシュレイが声を上げた。


「ハミエル、出遅れちゃったね。でも、まだ間に合うかも!」


 どうしてもハミエルが邪魔なアシュレイである。

 ハミエルはフー、と鼻息を小さく吐いて、その場にお座りをした。


『もういい。あれだけなかまがいれば……』

「心配だね……」


 そう言うライラに、キュンと鳴いて、ハミエルはジッと狼の群れの方を見ていた。

 胸が高鳴った。

 

 あんなにも、おれのなかま!!


「大丈夫さ、狼は群れだから強いんだ」

『……むれか……』


 でも。


 ハミエルはライラを見る。群青色の瞳が、優しく自分を見ているのに尾を一振り。

 彼を呼ぶ遠吠えが聴こえて、少し迷う。


「無事みたいだね。答えてあげたら?」


 ライラにそう言われて、やっぱりちょっと迷いながら、迷っているのを悟られたく無くて。

 きっと、ライラには解らないけれど……。


 ハミエルは遠吠えをする。

 吠えれるって、素晴らしい。


 空はうっすら白んで来た。

 また朝焼けが来て、辺りを明るく照らすのだろう。


 レイリンは、家に帰れただろうか。

 暖かい寝床におさまってると良い。

 震えてないと良い。

 縫いぐるみのが、ずっと良いだろ?


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[一言] レイリンの気持ちを分かって欲しいけど、狼で子供ですからね。
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