悪い子探し
砂浜に残った、アシュレイ、ライラ、カイン、ディアナ皇女とフェンリル二頭は、「悪い子探し」を始めるが……。
どうするもこうするも、なんだかもう、どうしようもないではないか。
カインはそう思い、小さい狼の頭を撫でている皇女を眺めるしか出来なかった。皇女ディアナは彼の視線に気づいて、キッと頼りなげな眉を吊り上げる。
「カイン隊長、なにも心配しないで下さい」
「……」
無茶な事を言う。カインは喉の奥から苦いものがせり上がって来そうで、無言で唾を飲み込んだ。
「私が全てやった事です」
「そうです、皇女。大変な事をしてしまいましたね! イヤ、大変ですよ。居合わせてしまった僕とカインは首が飛ぶかもしれない」
アシュレイがすかさず合いの手を入れた。
『居合わせてしまった』などと言っているが、『何故居合わせたのか』と詰問されたら一体この二枚舌はどう動くのだろう?
全部皇女に吹っ掛ける気だ、とカインには分かったが、それから皇女を庇う気にはなれない。
無垢(この際無垢だ)な皇女は、アシュレイの言葉に「いいえ」と強く返答した。
「そんな事はさせません。貴方たちは―――貴方達は―――……」
琥珀色の瞳が思惑に揺らめく。とても頼りなく。
アシュレイはウンウンと頷いて、彼女の考えだとばかりに彼女の言葉を引き継ぐ調子で、
「残酷なセイレーンの裁判を止めに入った皇女を、僕達が止め―――……保護……そう、保護しに駆け付けた」
アシュレイに問題の空白を埋めてもらい、目に見えて安堵した様子でディアナが頷いた。
「……そう! その様に……」
「駆け付けた時には時すでに遅し、皇女様はご自分の妖魔を使い、女性達を解放した後だった」
「はい」
「では、その様に……」
アシュレイは労る様な毒の無い微笑みを皇女に向ける。カインの非難の視線なんて、痛くも痒くも無い。
厭なの? それなら一人で責任を取る?
カインを見返すと、スッと目線を外したので、『だったら黙ってろ』だ。
もう一つ、皇女の足元から突き刺す様な視線を感じるが、皇女の手前こちらに手出しは出来ないだろう。……して来たら……今度こそ封魔してみせる。フェンリルを持つなんて、凄い事だ。
後は皇女を連れて城へ戻り―――これはカインの役目だ―――『保護しました。皇女の身の安全を優先しました』なんて言えば良い。オマケに皇女が気概を出してセイレーン狩りにもっと強く反対すれば言う事無しだが、まぁ出来た所で無理だろう。
取りあえず、やってしまった事は仕方が無いし、ましてや皇女の犯行だ。皇女の首は飛んだりしない。彼女の首が飛べば、封魔師は途絶え、カナロールは滅ぶのだから。
そんな風にアシュレイが絵を完成させようとしていた矢先、ライラが割って入った。
「ねぇ、一体なんの話をしてるの? 皇女様って? この娘が全てやった事って?」
「……」
「どうしてこの娘に何かを全部被せようとしてるの?」
「……ラ、ライラは貝殻でも拾っててよ……」
思わぬ邪魔者が変な角度から飛び込んで来た。
あけすけに皇女の前で『全部被せる』とか言わないで欲しいのだった。
ライラが眉を寄せて、アシュレイを疑わし気に睨んだ。
「悪だくみしてんのね?」
「ち、違うよ……」
「アンタの『違うよ』は『図星』でしょ?」
「あ、失礼だな君は。僕が君に嘘ついた事あるかい?」
「ハッ! 嘘ツキ! 二枚舌!」
「な、なんだよ……」
アシュレイとライラを見て、カインは何となくモヤモヤしていた胸の中がスッとしていた。その感情は『いいぞ、娘、もっとやれ』だったが、カインはそこまで自分の内面を見るのが上手くない。もしも他人から助言されたら、『それだ』と、膝を打つかも知れなかった。
「酷いよライラ……大好きだよ」
「この娘は皇女様なの?」
「スルーされても愛してる」
「皇女様はあたし達を助けようとして来てくれたの?」
「僕も助けに来たよ!」
「それなのにどうして? なんか聞いてたら皇女様一人悪者にされるみたいじゃない!」
いいんだよそれで! と、アシュレイは声を荒げそうになったが、なんとか飲み込んだ。
ライラはハッキリしないアシュレイを放って、ディアナに歩み寄ると、彼女の小さな顔を覗き込んだ。
「……あの時も助けてくれたよね……あ、ですよね……?」
海に漬けられる時に、ディアナが庇ってくれたのを、ライラはちゃんと覚えていた。その時の悲鳴の様なセリフも。
ディアナもその時を思い出したらしい。ハッとして俯いた。
「私はなにも出来なくて……」
「でも、あたしは槍の柄で打たれずに済んだ」
「……私は……審判を止める事が出来ませんでした」
「でも、嵐の中海に来て皆を助けてくれた」
槍の柄!? と、アシュレイがカインを睨み付けた。
カインはアシュレイから顔を逸らせて、バツが悪そうに腕を組む。
「列を乱して、兵士に反抗したんだ」
「言葉も無いよ。跪いて許しを請いなよ」
瞳から一切光を消して、アシュレイが砂の地面を指差しながら無表情で言った。
「なんであたしじゃなくて、自分の足元指してるワケ?」
ライラがそう突っ込むと、アシュレイはカインに冷たい瞳を向けたまま、すすす、とさり気なく指先をライラの足元らへんに移動させた。
解せないけれど、自分の為(?)に怒ってくれているなら悪い気はしないでもないライラだ。
「まぁ、それはもう良いよ。皇女様を庇ってあげてよ」
「それは……僕には出来ないよ」
だって庇い様がない。
アシュレイやカインが皇女をここへ誘い出したと言え、とでも言うのだろうか。そんなの、あるかないかの罪―――ぶっちゃけアシュレイは、この場からライラを連れて逃走すれば良いだけの話だ。「セイレーン狩り」の蚊帳の外にいるのだから、わざわざ城に顔を出す必要も無い―――が重くなってしまう。
皇女が自分の意思でここへ来たのは、本当の事なのに。
「セイレーン狩り」の総司令レイヴィンは、皇女が妖魔を憑依出来る事を知っているのだろうか? ―――皇女は「初めて」と言っていた。けれど、初めてだからレイヴィンが知らない、とは限らない。
「妖魔を使って女達を解放した」のと、「妖魔を憑依させ、自らが妖魔となって女達を解放した」では、全然違う。後記はもしレイヴィンが「擬態」を知っていれば、おどしに使えなくもないからだ。知らないのであれば、皇女の今後の為に黙っておいてやりたい、くらいの良心が、アシュレイにはあった。
「なんとかならないの? だって、助けに来てくれただけでしょう? なんで良い事しに来たのに皇女様に責任とか、変だよ」
『良い事』だって? ……まぁ、ライラ達からしたら、良い事なのか……。
そうだよね。ライラも助かったし……。ついカインの立場に引っ張られてしまった。
「いや……う~ん。『見に来ただけ』って事?」
「そうだよ。皇女様だもん」
ライラが唇を尖らせて、アシュレイはデレッとした。
「『だもん』って……かわいい」
庇うなら、『様子見(?)に来た皇女様保護』でイケるけど……。
「でも、女性達をあらかた解放したのは皇女だし、加担したのは愛する妻とそのペットだ」
誰が妻、と微妙な顔――これは一歩前進ではなかろうか?――のライラに「誰が女性たちを逃がしたって言うのさ」とアシュレイは顔をしかめる。
「そんなの、『わかんない』でいいじゃない」
「君はハミエルに乗って何処へでも飛んで行けるからそう言えるんだ」
アシュレイはカインを見る。
亡骸だけが残った、無残なセイレーンの審判あとに、〈セイレーンの矢〉隊長。たった一人で来るなんて馬鹿だ。何が君をここへ呼んだ?
朝までワクワクしていれば、こんな面倒に巻き込まれなかったのに!
今後の彼の為に、この際クビに……クビで済むなら……。
けれど、彼を嘲り責める声が、アシュレイに聴こえて来る。
「熱を入れてたのにこのザマか」「失敗したんだって?」「隊長クビになったって?」
アシュレイはブン、と頭を振った。
いつも、なんでそこにいるのってところに……。
その度に僕は悪者にならなきゃいけない!
ライラはアシュレイの表情と視線の先、カインをチラと見て、苛立たし気に声を荒げた。
「コイツの事なんて知ったこっちゃない! 酷い目に遭えばいいんだ!」
「ライラ……」
「だってコイツが女の子達を集めたんだよ。牢屋は暗くて臭くて寒かった! 海に……あたし達を海に……凄く怖かった!!」
カインは憮然とした顔で昂るライラを見ている。
「アシュレイ、この娘は何者なんだ。フェンリルを懐かせて……妖魔……セイレーンなんじゃないのか」
「は!? アンタ、いい加減にしなさいよ!?」
「わわわ、ライラ! 待って!」
ライラがカインに飛び掛かろうとするのを、羽交い絞めにする格好でアシュレイが止めた。
カインは、小娘一人飛び掛かって来たところで何ともないとばかりに、ライラを見て続けた。
「砂浜でお前が歌を歌い出してから、嵐が始まった」
「カインも止めろ、『お前』とか所有物みたいに!」
「そんなの偶然だ!」
ライラはイライラした。この期に及んで、この男はまだセイレーンなんて言っている!
「そして、他の女達は逃げたのにお前はここにいる。何の為だ?」
「『お前』って言うな!」
「それは……」
「僕にお礼のほっぺチューをする為だよ!」
「アッシュは黙ってろ!」
「アシュレイ煩い!!」
「……なっ」
ライラとカインに同時に怒られて、アシュレイは衝撃波を喰らった様によろめいた。
「酷いよ! 僕は……僕はライラもカインもなんとかならないかって……」
「だってじゃあ、皇女様はどうでもいいの!?」
「アッシュは自分の保身だろ」
またもや二人に同時に言われ、アシュレイは目をシロクロさせる。二人共正解で、しかし、アシュレイからしたら……。
ぐぬぬぅ……人の気も知らないで……っ、とアシュレイの頭に血がのぼる。
「そうだよ!! どこが悪い!? いいか、僕の優先順位は一にライラ、二に自分、三、四が無くて、五に自由だ!! どうしたら一番被害が少ないか考えたら、皇女に謝って貰うのが妥当だろ!?」
カインはそれを聞いて気まずそうに皇女を見る。
「お前、婚約者の前で……」
「え、なに? 婚約者って?」
「カ、カイン!? い、今それを言うな!」
ギクンとするアシュレイを他所に、ディアナが、ライラの疑問にこれなら答えられると使命感を持った表情でライラに言った。
多分、「ご説明せねば!」以外の他意はない。
「私、アシュレイと婚約の話があるのです」
「(おうじょオオオっ!?)親同士の話です。ぼ、僕なんか」
「いいえ。アシュレイならとっても優しいですし、いい夫になると、私は思います」
「(おうじょオオオっ!?)」
ライラは完全に冷めた顔だ。
「凄いねアシュレイ、皇女様と婚約してたなんてっ!!」
「ぐあぁっ!?」
ライラはもがいてアシュレイの股間に後ろ蹴りをし、腕の中から抜け出すと、ハミエルの元へ駆け寄って行ってしまった。
「な……なななな……なんだよーーーー!?」
アシュレイは、ズザーッと砂浜に膝を突き、地面を叩く。
「なんでこうなった!? 皆どうしたいんだ!? わあああああ~っ痛ってぇぇ~っ!」
「ア、アシュレイ、大丈夫ですか!?」
「もう僕は知らないよ……」
アシュレイが拗ねた所で、ディアナの横でずっと目を細めていたハティが口を開いた。
『……ディアナ、オレがやった事にしろ』
「え?」
『なんかわからんが、オレもお前がアイツに責められるのはイヤだ』
「ハティ……」
『セイレーンは審判にいた。オレがセイレーンを逃がした。もう、セイレーンは人間に化けるのは懲り懲りで、何処かに逃げ隠れた。そう言う事にしろ。そうすりゃ、もう狩りなんてやんねぇだろ?』
「ハティ……でも」
『別にオレは首を持ってけなんてお人よし言わないぜ? オレが本当に現れた証拠に、ちょっとそこらで暴れてから、姿をくらますさ』
物騒な筋書きに、ディアナは青くなってハティの顔を手で覆う。
「暴れるなんて……もし封魔されたら……」
『されねぇよ。ディアナが皆の前でオレを追い払えば良い』
『ちゃばん』と、ハミエルが呟いて尾を振った。




