不可抗力
明けましておめでとうございます。
更新頻度が悪いにも関わらず、いつも読んで頂きましてありがとうございます。
今年はもう少し……頑張りますので、どうぞライラとアシュレイたちを今年もよろしくお願いいたします。
浜の岩場の影に降り立ったライラと女達は、より集まって深い安堵の息を吐いていた。
ライラが「大丈夫?」と一人の女の顔を覗き込んだ時、女が舌打ちをして「酷い目にあった」と吐き捨てた。
女の頬を伝った涙を、ライラは見たりしないし、吐き捨てる声が震えていたのも聞いたりしない。
彼女達はライラと同じ境遇を生きて来た。
ライラは自分の持つ頑丈さを信じている。だから、彼女達にも同じものがあると信じた。
「逃げてね」と言えば、目尻を吊り上げ唇を歪めたので、ライラはうんと頷くと、アシュレイのいる方へ向かった。
既に数人が動き出した音を、背後に聞きながら。
砂がぬかるむ。ぬかるんだ矢先にサッと波に洗われて、またぬかるむ。足の親指の爪に、細かな湿った砂が食い込んで、少し気になる。
けれども、気は急いた。
―――たまには素直になったっていいじゃない?
大きいハミエルが、ライラの横に並ぶ。彼女の数歩分の駆け足を、たった一回の跳躍で済ませてしまう程だった。
チョコチョコ駆けていた姿は可愛かったけれど、この姿も悪くない。
のる? と聞かれたけれど、断った。
朧月がいつの間にか顔を出していた。
嵐に洗われた空と大地の間に、月光を邪魔する汚れは無くて、雲に霞めどその明かりには少し力があった。
砂浜も海も、なんて広いんだろう。
「あんたと、走りたい、わ!」
ライラはそう言って、ステージの端から端へ数歩で飛び跳ねる時みたいに跳躍した。「ざまあみろ!」などと、心の中で誰に対してか吐き捨てて、笑った。
立て続けに色々な事があった後に、こんな風に駆ける場所と一緒に駆ける友達がいれば誰だってそうしたくなるってものだ。
ハミエルは「ハッハッ」と笑っているんだか息遣いなんだか判らない音を出して、ライラの横にピッタリついて駆けた。
「あたしの、大事な、四本足さん!」
ケラケラ笑って、ライラが言った。
少しの間だったが、途方もなく深い離れ離れの末のハミエルとの再会に、喜びが腹の底で歌になる。
アシュレイと二人で歌ったのは、つい昨日の晩じゃなかったか。やっぱりあたしはダイアナの言う通り『チョロイ』のかもしんない。
別口で、感情が湧き上がる。今度は胸で、歌になる。歌は、種類で湧く場所が違うんだ!
でも、アシュレイや他の人影が見えたので、ちゃんと警戒して歌うのは止めた。カインとかいうヤツが来ていた事を思い出したのだ。今のライラは頭の中が少しハイだったけれど、息を潜めなくてはならないと察する直感はそれよりずっとお馴染み様だ。
ライラは足の勢いを徐々に緩め、集う人影を観察した。
人間はどうやら三人。
アシュレイと、カインってヤツと、女の子……?
女の子は丁度、片膝を突いたアシュレイの胸の中へ倒れ込んだところだった。アシュレイも彼女を受け止めている。
ライラはちょっと眉を潜ませる。
「誰あの子……」
なんで、あんなお姫様にするみたいに……。
お姫様だからなのだが、ライラに知る術も無い。
アシュレイはとても大切なものの様に、彼女を両腕に抱いている。彼の腕の中に納まっている女の子は、何故か彼に必死でしがみ付いている様だ。
それに対して、アシュレイは宥める様な、そんな優し気な(ライラにはそう見えた)仕草だ。
ライラの横にいたハミエルが、彼女の横顔をふと見て、直ぐに耳を伏せ、怒られてもいないのに「きゅん」と鳴いて尻尾を股の内側に巻いた。
*
ディアナが自ら憑依させた妖魔たちは、アシュレイの封魔であっけなく取れた。
しかし、そのお蔭でまっさらな人間の姿に戻ったディアナは、身に何も纏っていない姿になってしまった。
憑依が解けて人間の身体に戻った際にくらりと来てアシュレイに寄りかかったディアナだったが、自身の姿に顔を真っ赤にしてアシュレイに猛然としがみ付いた。
アシュレイの身体の中に隠れようとするかの様に、グイグイ身を寄せる。
アシュレイの身体がグラグラ揺れた。
「うわ、ディアナ皇女……」
「みみみ……! 見ないで下さい……っ!!」
そんな事を言ったって、見えるものは見えるのである。
「見ませんから……!!」
「どうしましょう、どうしましょう!? イヤッ!!」
「お、皇女、落ち着いて下さい」
「か、隠して下さい! お願いします!」
「だ、で!? どうやって!?」
「皇女……っ」
カインがオロオロと助け船を出そうとして、「カイン隊長はコッチを見ないで下さい!! あっちへ行って下さい!!」と喚かれる。
そうこうしている間に、あの小さなフェンリルがこちらへ向かって飛んで来た。
カインは慌てて剣を抜き、額に手をかざす。
すぐにフェンリルとカインの睨み合いが始まった。
「カイン……ッ!! クッ、皇女落ち着いて下さい」
「アシュレイ! かく、隠して下さい!!」
隠せと言われたって、隠したいと思われるところを触ったらまずいのではないか。それに両手じゃ足りないのではないか。
アシュレイは皇女の何処に触れれば良いのか迷って、両腕を彷徨わせた。美味しいのか美味しくないのか分からない。
迷った末に肩に手がかすった。かすっただけなのに、ディアナの身体がビクンと反応した。
「いやあああっ!? 今、変なものがわたくしに……っ」
ディアナはパニック状態の極みに達し、とにかく身を隠したい一心でアシュレイのシャツの中に潜り込み始めた。
「きゃああ!? 皇女っ駄目っ! 駄目ですっ!?」
痴漢に襲われたみたいな声を出して、アシュレイが抵抗した。
アシュレイの腹の辺りのシャツが、ディアナの頭で盛り上がり、グイグイ上へ攻めて来るので必死に抵抗していると、背後にひやりとしたものを感じた。
それはまず、アシュレイの耳にジワリと冷たく染み込んで来た。
「……アシュレイ」
とても低い、冷めた声だった。
大抵この声の持ち主から彼に投げかけられるのは、このテンションの声だったが、アシュレイはむしろ投げられる度萌えていた。けれど、今回はそんな感じになれない冷たさだった。
アシュレイはギクンとし、その隙にディアナが優勢についてアシュレイのシャツの中に半身を入れ込んだ。本当にそれで良いのか謎な上に、頭隠して尻隠さずだが、ディアナは一心地付いた様だった。
素っ裸の女の子をシャツの中に入れ込んで、彼は最愛の人に振り返る。
なんとかなるかもしれない。
だって、僕、助けに来たんだし?
「や、やあ。無事でヘブッシッ!?」
回し蹴りが飛んで来た。何とかならなかった。
ライラが顔を怒らせて、アシュレイのシャツを引っ張った。
「きゃーっ!」と、ディアナが身を縮めて叫ぶ。
ライラには、女の子が変態に変態な事をされている様にしか見えない。
「ちょ、ちょっと待ってライラッ」
「この変態! その子を放しなさいよ!!」
「違う! 違うよ!?」
アシュレイはブンブン首を振って、「これは、違うんだよ」と正直者ッポイ顔を作ってライラに訴えた。彼の中ではこれで「真実よ通じろ」だったが、生憎ライラには通じなかった。
「ハアン?」と、思い切り顔を歪められただけだ。
「そこにいらっしゃるのはどなたですか? お願いします。助けて下さい!!」
女性の声を聞きつけて、ディアナが余計なタイミングで余計な事を言う。
ライラの目が吊り上がった。
「助けを求めてるじゃない!!」
「おごご誤解だよ!?」
「良いからその子を放しなさい!!」
「すっぽんぽんなんだ!!」
「あんたには理性がないの!? ちょっとは我慢しなさいよ!!」
「違うってば!!」
「すみません、あの、何か身に纏うものをお持ちではないでしょうか」
ようやく落ち着きを取り戻し始めたディアナが、ライラに声をかけたので、アシュレイはホッとして「ほらね!?」と言う顔をライラへ向けた。ライラは相変わらず「ハアン? こっち見んな」な顔だったが、アシュレイの傍にしゃがみ込んで、ディアナに声をかけた。
「あたしも一枚しか着て無いの。だからね、アシュレイがシャツを脱げばいいんだよ。あんたはそのままで、アシュレイが服から抜ければいいと思わない?」
そうすれば、ディアナはアシュレイの服から一旦出なくてもいい。
「……アシュレイ、頂いてもいいかしら? 後でお返ししますから」
「全然構いませんよ」
アシュレイはディアナに答えながら、ライラ案の誤算に気付いていた。
ディアナがシャツを着たまま彼がそこから抜け出すと言う事は、今の状態と逆になる瞬間が来るって事だ。これは図った事じゃない。ラッキーだ。ラッキースケベだ。だから僕は悪くない。
ごめんよライラ。僕は君だけにフォーエバーラブだけど、これからちょっとだけ楽しむよ……。しょうがないよね。不可抗力ってやつだ。だから君と僕との間の汚点にはならない……。
あくまで神妙な表情で、「では……」と良い匂いのする花園へ潜り込もうとしたアシュレイの頭を、ライラがワシッと掴んだ。
「反対向きなさいよ」
「僕の首は回転しないよ。止めて。ライラ。や、やめて……」
「あ、あの……一旦出ます……」
それが一番話が早いのだった。
*
一方、ハミエルとハティがカインを挟んでいた。
大きいフェンリルまで寄って来て、カインは初め「俺は死んだ」と、かなり投げやりな気持ちだった。
しかし不思議な事に、大きい方はカインには今の所頓着していない様に思えた。
小さい方に何か唸って伝えている。
小さい方はそれに対して唸り返している。
生憎、目はずっとカインと合わせたままだ。
大きい方は、ディアナ皇女が逃がしてしまった女達の中の一人……アシュレイが執着した少女を背に乗せていた。アシュレイはとんでもない少女に執着したものだ。
―――アイツらしいと言えば……アイツらしいのか……。
しかし、今回は行き過ぎな気がする。
―――なんにせよこの大きい方は、もしかしたら、人間の味方なのか?
フェンリル二頭は、カインに聞こえない様に、唸り声で意思疎通を交わしている……。
『ライラたすけれた』
『おう、良かったな。ちょっと忙しい』
『だいじょうぶか』
『あっちの封魔師よか楽かもな』
『てつだう?』
『お、じゃあちょっと腹あたりかっさばいて来い』
『わかった!』
全然味方じゃ無かったが、この話し合い(唸り合い)の内容はカインには聴こえない。
カインはカインで、「妖魔に情けなど掛けられてたまるか」などと思って、額から垂れる汗に目を細めた。
『一気にやるぞ!!』
小さい方が咆哮して、大きい方がカインへ唐突に向かって来た。
―――来た!!
カインの足元から、ローブを纏った剣士が現れる。彼の妖魔に、大きい方が反応した。
大きい方は剣士の妖魔の剣へ臆せず牙を剥き、瘴気をまき散らす鋭い刃に喰らいつくと、禍々しい煙を吹き零させながらへし折ってしまった。
次いで突き上げる様に咆哮すると、剣士の妖魔の輪郭をビリビリとブレさせた。
「化け物めっ……!!」
カインは一旦小さい方の封魔を途中で止めて、着地した地面から跳ねる様に向かって来る大きい方へ、自分の剣を抜いた。
妖魔の剣がへし折られたのだ。自分の剣など、無理なのは既に判っている。カインの正面に、ズラリと並んだ鋭い牙が迫った。
その時、同時に二人の女の声が響いた。
「ハミエル! 止めなさい!!」
「ハティ止めて!!」
二匹のフェンリルが、それだけで動きを止めた。
アシュレイが走って来る。「走って」と言っても、結構呑気な走り方だ。
「カイン、大丈夫か?」
「……ああ。あの娘は一体……?」
「可愛いだろ」
「……」
「君、絶対あの娘と目を合わさないでよ」
「なんでだ」
カインは息を潜めて聞き返す。
もしかすると、魔女かなにかなのだろうか。
「恋に落ちたらこまるだろ」
「……」
頭の中がかつてない程混沌として、カインは真面目に両目を閉じた。
そこから少し離れたところで、少女たちがそれぞれの狼の頭を撫でている。
小さい方は渋々。
大きい方は狼のクセに尾を振って。
小さい方のは理解できる。
ディアナ皇女であれば、さすがのフェンリルでも封魔してしまえるだろう。……どうもそういう感じではないにしろ……。
問題は、大きい方だ。
「あの娘は封魔師か……?」
「……う~ん」
カインの問いに、アシュレイは首を傾げる。
「妖魔って子供から育てると懐くのかも」
「そんな事聞いた試しが……」
「ね~。僕も解んないよ。それより、この事態を君はどうする?」
僕は知らないけどね、と言う顔をして、アシュレイがカインに薄ら笑った。




