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立場になれない

相変わらず間が開いて申し訳ありません。

セイレーンの審判によるライラの死を回避できたアシュレイ。嵐も収まって来た。

しかし邪魔なカインが来てしまい、フェンリルまで現れた。

フェンリルに苦戦していると、こんどはセイレーンに良く似た? 妖魔まで現れる。

翼の妖魔はライラたちと共に杭に繋がれた女達を不思議な力で救うが、助からない命もあり、冷たい亡骸に涙を零したのだった。

 海に向おうとしたアシュレイの首根っこを捕まえながら、カインは波打ち際で一連の不思議な光景を眺めていた。

 狼二匹が女達を運んで行ってしまう。

 彼らが飛んで行く方向へ走るべきか、それとも、海上で翼を広げている妖魔をどうにかすべきか一瞬迷った末、カインは海を見る。

 あの妖魔はセイレーンの審判をフイにした。

 セイレーンだから?

 しかし、セイレーンが人間を救うなどと聞いた事が無い。

 アシュレイは狼二匹の方を選んで、カインの手中でもがいている。


「アッシュ、どう思う?」

「放して欲しいって思う」

「駄目だ」

「じゃあずっとこうしてるのかよ。不愉快だよ!」

「俺もだ」

 

 カインはそう言って、片手でアシュレイの頭を海に向けた。

 海は幾つも打ち立てられた杭に、花が咲き乱れている。その先に真っ白な翼を羽ばたかせる事無く、女が浮かんでいる。

 彼女の双眸がこちらを見た。

 カインは一歩後退る。アシュレイも引きずられて一歩引いた。


「セイレーン……」

「……だとしたら、僕ら魅了されちゃうね」

「……来る」


 妖魔は翼で空を一掻きし、カインとアシュレイの元へ飛んで来た。

 そうして身構える二人の前に降り立つと、悲し気な顔で小さな唇を開いた。


『アシュレイ、カイン。……ごめんなさい』



 彼女は確かに二人の名を呼んだ。

 アシュレイもカインも訝しんで眉を曲げ、言葉を失っている。

 そんな二人に、妖魔は続けてこう言った。


『私の首を、レイヴィンへ持って行って下さらないでしょうか』


 その声の儚い、それでいて譲り方を知らない調子に、アシュレイもカインもくらりと来た。

 二人共、この妖魔から同じ人物を見出したのだ。

 恐れ多くて疑念を口から吐けないカインの横で、アシュレイがこちらも恐る恐る妖魔に呼びかける。


「ディアナ皇女?」

『……いいえ。セイレーンです』


 何の線が切れてしまったのか、カインがドサッと砂の上に膝を突いた。

 アシュレイもそうしてしまいたかったが、妙に可笑しくなってしまって立っていた。葬式中、何故か笑えて来てしまう時の様に、バツが悪い心地だった。

 そして、「皇女(?)でかした」とちょっと思った。

 これで色々とゴチャゴチャして、ライラの事を煙に巻けるかも知れない。


 ―――しかし、封魔の国の皇女が妖魔? そんなまさか。僕も腰が抜けそうだ。


「皇女、お戯れを……一体……?」


 自分が思っているよりも頭は混乱していて、アシュレイは舌が上手く回らない。カインが頭を抱えているのが、目の端に映った。目の敵にしていた対象が国の頂点では、そうしたくなる事だろう。

 でも、アシュレイの見解は違う。

 翼の妖魔はたっぷりした羽をフルフルさせて、胸の前で翼の先と先を擦り合わせた。―――丁度、手を揉む様な仕草だ。


『お、皇女ではありませんっ。セイレーンでございます』

「いや、……え~……?」


 アシュレイは頭を掻いて、彼女を眺める。

 妖魔でしょう? と言う様に、彼女は自ら翼を広げ、肢体を彼に晒した。

 下半身は獅子の様な獣だったが、上半身はこれからが楽しみな双丘が露わになっていて、「これが皇女様の……」と、興奮しか出来ない。自分で晒したクセに、段々恥ずかしそうにする仕草もグッと来た。

 なんだ皇女、やれば出来るじゃないか! とアシュレイは思ったが、それは後々退屈な夜の密かな楽しみにしようと一旦置いて置いて、アシュレイは唇を舐める。


「セイレーンなら歌ってみて下さい」

『……う、歌っても良いのですか? 妖魔に魔力が注がれてしまいますよ』

「妖魔が減って、その内封魔師も無くなるでしょう。ですから、是非どうぞ」

『あ、あなたたちなど、消し飛んでしまいますよ!?』

「そうですね。今まだ息しているのが不思議な位ですよ」

『早く。私の首を跳ねて下さい。レイヴィンに……』

「……皇女」

『いいえ。セイレーンよ。セイレーンなの』


 カインはアシュレイと皇女(?)の会話をボンヤリと聴きながら、何となくダイアナの事を思い出していた。

 歌うのを拒否し、名前すら明かさなかった彼女の気高さからは程遠いものの、皇女はセイレーン狩りの犠牲になりたがっている。


『カイン』


 と、声が掛かって、カインはようやく顔を上げる。

 

『カイン、私を』


 ―――皇女? これが、俺達の国の……? いずれカナロールの女王となる……?


 だとしたら、望み通り首を跳ねてやりたい。

 しかし、現状でそれをするのは余りにも―――。


「無意味だ……」

「そうさ。無意味だ」


 カインの囁く様な声に、アシュレイが味方した。


「無意味ですよ、皇女様。貴女はレイヴィンが何を望んでるか何も解って無い。あいつはセイレーンの首が欲しいんじゃない。生け捕りたいんです。貴女が妖魔になったところで、セイレーン狩りは終わらない!」

『??? でも、でも! でも……っ私は反対です! ですから、こうして……!!』


 わっと泣き崩れる妖魔の姿をした皇女を前に、アシュレイもカインも途方に暮れる。

 頼りなさ過ぎて泣きたいのはコッチだ。

 

「……『でも』って言われても、なぁ……」


 いい加減苛立って来て、鼻翼の端をピクピクさせ、アシュレイは皇女へ向けられない苛立ちの瞳を仕方なくカインへ向ける。

 カインは失望から来る憤怒を抑えるのに精いっぱいだ。


 一体どう事態を収めれば良いのだ。

 自分の気持ちもどうしたら良い?

 皇女が妖魔。そして、その皇女は自分の死で物事が納まると思っている。その後の事など―――。

 そして、これが彼女の精一杯。

 

 妖魔の女王など、俺には受け入れられない。いや、俺じゃなくたって、そんな事は……しかし、彼女を失えばカナロールの封魔師は途絶える。封魔の『印』を解けるのは、王族だけなのだから……。


「取りあえず……妖魔の擬態を止めて下さい」

「擬態?」


 アシュレイの言葉にカインが鋭く反応した。

 アシュレイは肩を竦める。


「皇女が妖魔なワケ無いだろ。封魔してる妖魔を憑依させて擬態してるんだよ。ですよね?」

「そんな事が……」


 呟きながら、カインは表情に希望を灯す。そうであってくれ。絶対に。さもないと、全てが滅茶苦茶だ……。


「まぁ、勘だけど。カナロールの王族を僕達(封魔師)と同じに考えてたら、大間違いだよ。皇女の出来る事のほんの一握りしか、僕達には不可能なんだろうね」


と、アシュレイは言って、砂の上に座り込んで泣いている皇女の傍に寄り、屈んだ。

 そっと彼女の小さな顔を両手で包む様にして顔を覗き込む。

 琥珀の瞳が、大粒の雫を零しながら、無垢にアシュレイを見返した。

 瞳の裏が見えそうな程透き通った琥珀色に、アシュレイは憐れみを感じる。


 こんなに透明なままでは、さぞや色々な事が苦しいのだろうな。

 ―――でも、死ぬ(逃げる)なんて許さないよ。

 それとも―――。

 長い目で見たら、その方が良いのか? 

 

 残酷な審査をしていると、彼の両腕に小さな冷たい手が触れた。

 手と言っても、翼の先から少しだけ生えた、小さな柔らかい四本の爪の様なものだった。それが余計に、何故だかアシュレイの同情を引いた。


『アシュレイ……初めてなのです……』

「……でしょうね」

『どうしたら良いのか、分かりません……』


 ああ畜生、これが温かい毛布の中で、相手がライラだったら良いのになぁ!

 じゃじゃ馬が好きなクセに、アシュレイはそう思って気を紛らわせた。でないと、同情と苛立ちが混線して、馬鹿になりそうだった。


 全部カインに押し付けて、ライラの方へ一刻も早く行きたい。

 でも、もしもカインが血迷って皇女に危害を加えてしまったら……。カインは終わる。


「憑依している妖魔を、僕が封魔しましょう」

『可愛がっていたの……』

「……大丈夫ですよ。返しますから……」


 舌打ちしたいのを抑えて、アシュレイは微笑み、立ち上がると封魔の構えをとった。

 

 *  *  *  *  *


 ああもう、ホント早く終わらせたい。

 あれもこれもそれもどれもかんも。



タイトルの通り、立場によってディアナへの感情は違うと思います。

その辺を描くのに波が出てしまいますが、お許し下さい。

毎回更新頻度にバラつきがあるにも関わらず読んで下さる方、本当にありがとうございます。

バランスの悪い物語ですが、どうぞ今後もよろしくお願い致します。

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