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封魔する妖魔

 不思議と嵐は納まりつつあった。まるで、力を使い果たしてしまった様に、ゆるゆると勢いを失くしている。

 波も随分穏やかになって来ていた。

 さぁ、陸に行こう。そう言ったアシュレイに、ライラは「他の人達も助けなきゃ」と首を振る。


「時間がかかる!」

「そうだね。でも、私だけ助かれない!」


 君だけ助かれば良いんだけどな、とアシュレイは思ったが、全ての女達を助ける事よりも面倒な事になりそうで、口を閉じた。


「ハミエル達が手伝ってくれると良いんだけどな」

「くれるわ。―――ハミエル!」


 ライラが呼ぶと、ハミエルは不承不承といった様子でライラの元へ飛んで来た。


「お願い。皆を助けるの、手伝って」

『……うん。せなかにのって』

「ありがとうハミエル!」


 ライラの横で、アシュレイも喜んだ。


「助かった~」


 ハミエルが牙を剥いた。


『てめーはだめだ』


 テメーは駄目なので、ある。


「ええ!?」

『せいりてきにむり』


 生理的に無理なので、ある。


「アシュレイ、先に陸へ戻ってて」

「イヤイヤイヤ……僕が来た意味って!?」


 命がけで来たのに、お呼びで無い感が半端なくて、アシュレイは哀れっぽい声を出す。

 必死でもぐらに捕まってガボガボ助けに来たのに、スイッと難なく飛んで行かれてしまう虚しさは果てしない。

 それに、今のライラとの密着がこんなにも早く終わるのも受け入れがたい。これから岸まで、どれだけ色々なチャンスがあるかと思うと、アシュレイは歯ぎしりした。

 ライラがさっさとハミエルに鞍替えしようとするので、アシュレイは、ひしっと彼女を抱え込んで止めた。


「酷いよライラ! 僕、頑張ったんだ!」

「ハイハイ、ありがとう。嬉しかったよアシュレイ!」

「な、何!? その投げやりな……!」

「人命が先でしょ!」

「そうなんだけど、納得がいかない!」

「ちょ、放せ!」

「イヤだ……! さっき見たんだ! 君は僕の偽物の頬にキスしてた! どうして本物にはしない!?」


 ライラはその質問に顔を赤らめた。


「し、してないわよっ」

「いーや、してたね!! アレは僕のほっぺチューだ! それなのに僕が貰って無いってのは、おかしいと思わないかい!?」

「今はそれどころじゃ無いでしょ!?」

『ライラをはなせ!』

「死んでも放すか! 僕のモンだ!! お・れ・い! お・れ・い!! ぼ・く・に・お・れ・い!!」

『しね!』


 ハミエルが前足でアシュレイを払った。アシュレイは岸の方まで吹っ飛ばされて、もぐらが急いでそれを追って行く。

 ライラはハミエルに「ちょっとやりすぎじゃない?」と言いながら彼の背によじ登った。

 フンッとハミエルは鼻息を吐いて、唸った。


『たりないくらい』

「ハミエルってば……ハミエルも、ありがとう」


 ライラに後ろ頭を撫でられて、ハミエルは「きゅん」と甘えた声を出す。

 再会を喜んでいると、小さな狼が近寄って来た。


『おい、で? どうすんだ?』

『おんなたち、たすける』

「ハミエル、この子は?」


 ライラに聞かれて、ハミエルはどう説明するか迷い、それから少し歯切れ悪くハティを紹介した。


『ハティ。おれの、……なかま』

「仲間! あんたの?」

『ゴチャゴチャやってんな! オレは構わねぇケド、浸かっちまうぞ!』


 ハティが近場の杭目がけてヒュンと飛び、ライラの時の様に人型になった。偽アシュレイの姿だ。女一人抱えるのは、子供の姿よりも楽なのだろう。彼はそのまま、やはりライラと同じ様に縄を引き千切り、ハミエルに合図した。

 ハミエルはそれに従い、ハティに驚きつつも、ライラがハミエルの背にぐったりとした女を引きずり上げる。

 二、三人が限度だが、これしかやりようが無い。

 そして、その為には意識を取り戻して、自分でハミエルに捕まって貰わなくてはいけない。

 ライラは女達の頬を張って意識を取り戻させ、ハミエル達の姿に騒がない様にさせるのに苦労した。


「大丈夫! 大丈夫だから! 助かりたいなら落ち着いて!!」


 ハティが牙に二人、子供を引っかけて傍に飛んで来た。


『行くぞ』


 ライラはハティに頷いて、まだ助け切れていない括られた女達を上空から見渡す。弱まりつつあるが、依然と雨は降り、波もある。どうしたって潮は満ちているし、海に沈んで呼吸が出来なくなるのもすぐだろう。


「急いで!」


 ハティの先導で二匹は出来るだけ離れた海岸へと、矢の様に飛んだ。女達をそこへ放すと、再びライラ達は飛んだ。


『次は全部運ぶ!』


 ハティが宣言し、ライラもハミエルもそれに頷いた。


 場に戻る途中、無事に岸にたどり着いたアシュレイが誰かと対峙しているのが見えた。


「あれは……」


 金の髪に、長身。遠目からでも、〈セイレーンの矢〉の隊長だとライラには判った。確か……確か名前は「カイン」。


『チッ! 封魔師が!』

「どうしよう! アシュレイが!」


 アシュレイもカインも、じりじりと腰を落としている様子が見えた。


『こっちがさき!』


 むしろ死ね、位の勢いで、狼たちはそちらに見向きもせずに海の方へ突っ切って行く。

 その矢先、ハミエルが動きを止めて呻った。


『どうした!?』

『ひっぱられる!』


 ハティが海岸を睨み付けた。

 カインがこちらを向いて、額に手を当てている。それは直ぐにアシュレイの体当たりで止められたが、ハティはハミエル(同族)を封魔しようとした彼に激しい怒りを覚え、吼えた。


『小癪な人間が! やれるもんならやってみやがれ!』

『ハティ! ほっとけ!』

『煩い!』


 ハティはハミエルの制止など聞かずにカインの方へ旋回すると、飛び掛かった。

 力の弱まった同族を、封魔師に何匹もやられた。

 そして、今目も前でもハミエルを封魔されそうになって、怒りが沸いたのだ。

 カインは剣を抜きそれを迎え撃とうと構えたが、アシュレイに足払いをされて態勢を崩した。体制が低くなったちょうどその上を、ハティの前足がブンッと音を立てて空を掻いた。

 ハティが咆哮し、アシュレイもカインも吹っ飛んで、岩肌を転がった。


「ハ、ハミエル、あんたのツレを止めて!」

『おんなたち、おぼれる』

「……っ! どうしよう!?」

『やれることやろう。アシュレイ、つよい』



 ーーーでも、ハティも強い。

 ハティにころされればいい♪ と、ハミエルは内心ほくそ笑んだ。


 *


 アシュレイとカインは、狼の咆哮で勢いよく吹っ飛ばされ、岩場にしたたかに身体を打ち付けた。


「いたーっ! 僕、病み上がりなのに!」


 少し離れた場所で、カインが頭を片手で抑えながら起き上がっている。


「……ぐっ……お前、どうしてこんなに問題ばかり……」

「僕が呼んだ問題じゃないよ!」

「お前がいる所は問題ばかりだ」


 小さな狼が二人の目前に音も無く降り立つのを、油断なく見据えながらカインが吐き捨てる様に言った。本っ当にウンザリです、と言った様に。


「ね、ねぇ、僕ライラの友達なんだ――今のところ――君はライラの友達だろ?」


 し・る・か・よ、と言っている……と言うか、実際言っている様に、狼が唸った。


「あ、そ、そうか! ハミエルの友達だね!? ははは……それって絶望的かも……でもさ!? 友達の友達の友達は友達だよね!?」

「アシュレイ……お前何言ってる……」


 封魔の姿勢を取ろうとするカインを、アシュレイは狼から目を離さずに腕を上げて止めた。

 それから、小声でコショコショ言った。


「駄目だカイン。フェンリルヤバい。フェンリルまずい」


 アシュレイはハミエルを一度封魔して見ようと試した時に、フェンリルはヤバい、と知ったのだ。自分の封魔に自信があるアシュレイだが、出来ればやり合いたくない。しかも、封魔しようものなら、後でライラに何を言われるか……。

 ライラは狼が世界で一番好きと言っていたのだ。

 彼の事は「気持ち悪い」で狼は「世界一」。

 気持ち悪いのが世界一を封魔してしまったら、怒られるのは目に見えている。

 でも、狼は容赦無く牙を剥きながらひたひたと近づいて来た。

 カインが構える。アシュレイも、仕方なく構えた。


 アシュレイとカインからの、封魔のプレッシャーを受けて、狼が動きを止めた。


 ううううううぅぅ……っ!


 毛を逆立てて唸る狼は、アシュレイとカインを相手取って、封魔の力を跳ね返そうと唸っている。


「……物凄いな」

「……」


 カインには、アシュレイの様に言葉を発する余裕が無かった

 何かあると思って来てみれば、案の定アシュレイがいた。おまけにフェンリルといきなり対峙する羽目になった自分は、とことん運が無い、とカインは唇をひん曲げた。


「カイン、アイツの隙を作ってよ」

「バ……か、言うな……今……俺が……外れたら……」

「いや、ゴメンネ。僕実はまだ余力ある」

「……手抜いてたな……」


 クソッ、とカインは封魔の構えを解いて、代わりに妖魔を次々と出した。

 アシュレイに抵抗しながら、狼は咆哮し、襲い掛かる妖魔を恐れさせ、弾き飛ばす。


「とんでもない化け物だ」

「カイン! どんどん出せ!」


 カインの手持ちの妖魔が減るばかりだというのに、アシュレイは遠慮しない。逆だったら、文句を言っているに違いないというのに。


 狼が、おおぉーんっと吠えた。


「おおーんじゃ、ないっ!」


 アシュレイがとうとう腰から腕を上げ始めた。抜刀する様に、徐々に腕が上がる。

 狼の毛が揺らめく程に逆立った。


 アシュレイの目が光った。

 封魔の瞬間。

 空から何かがアシュレイと狼の間を横切った。

 それは大きな翼でくうを鳴らし、狼をそらへ放った。


「なんだ!?」


 目で追い、見上げれば、大きな翼を持つ少女がこちらを悲し気に見て飛んでいる。少女と言っても、腕は翼、足はなにやら鋭い爪を持った獣の二本足だった。


「セイレーン!?」


 カインが叫んだ。


「バカな!」

「いや、翼がある! 審判でとうとう!!」


 武者震いするカインの肩を、アシュレイはグイと引いた。


「落ち着け! 鳥の脚じゃない!」

「しかし!!」


 突如現れた妖魔は、カインの出していた妖魔を一瞥し、瞳を見開いた。

 途端、カインの妖魔は消え失せる。


「!? 何をしたんだ!?」


 同じく事態にポカンとしていた狼が、翼の妖魔に飛び掛かった。

 狼の方が俊敏に動いたというのに、翼の妖魔は、狼の身体をまるで撫でる様に優美に片翼を動かしただけで、狼を硬直させた。

 眉を寄せ、状況を見守るしかないカインの横で、アシュレイが呟いた。


「封魔だ……!」

「なに?」

「あの妖魔、カインの妖魔を封魔したんだよ! 見ろよ、あのフェンリル! 封魔される前の妖魔だ」

「しかし……!」


 封魔を使う妖魔など、聞いた事が無い。

 封魔は人間がするものだ。カナロールの、選ばれた人間が。

 そして、カインはあれがセイレーンであれば、と願ってしまう。

 セイレーンさえ捕えれば、何もかも……。


「セイレーンなら、さっさと歌うさ!」


 カインは目を閉じて、アシュレイの意見を呑んだ。まだ希望を持っていたいが、自分が落ち着くには一度セイレーン説を脇に置いた方が良い、と彼は判断した。


「じゃああれは……?」

「う~ん……良く似たハーピー……?」


 アシュレイは首を捻っている。


「ハーピーは封魔しない」

「そうだねぇ……ハーピーも鳥脚だしねぇ」


 とりあえず、そのハーピーもどきは、二人を攻撃して来る気配が無かった。相変わらず、狼と向かい合い、狼を硬直させている。

 しかし、唐突に狼が覇気を放つのを止めた。

 ハーピーもどきはそれに対し、「良い子ね」という様に翼で狼を今度こそ本当に撫でた様に見えた。


「……どうなる?」

「わかんないなぁ……」


 アシュレイとカインが緊張して見上げていると、ハーピーもどきは彼らを無視し、海の方へ飛んで行く。

 海ではライラとハミエルが、女を杭に括る縄に苦戦している。そんな場面はアシュレイからは見えないが、そちらにライラとハミエルが飛んで行くのは見たので、アシュレイは総毛だった。


「ライラ!」


 アシュレイは海へと駆け出した。


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