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雨の中

 雨が降り出した。

 子供がガラスを指先で叩いている様な音を立てて、ガラス窓の表面を雨粒が流れて行く。窓枠の中で幾筋も景色が歪み、やがて悲し気な抽象画の様になった。

 急な天気の変化に、俯いていたアシュレイとリリスは顔を上げ、窓を見た。


「急ね」

「……行くよ」

「駄目よ」


 リリスはサッとアシュレイの腕に腕を絡めて、彼の身体をベッドへ横たわらせようとした。アシュレイは引かれる力を利用して、自分では無くリリスをベッドに押し倒すと、彼女を見下ろした。

 

「リリス、ごめん」

「雨が―――降っていたわね……あの時も」

「……行くよ。傷を、ありがとう」


 アシュレイはどうしたって、『セイレーンの審判』へ向かうつもりだ。

 その証拠の一つに、リリスは身体を動かせない。

 ベッドに押し付けられた彼女の背後から、見えない何かの両腕が、彼女を羽交い絞めにしていた。

 彼は大抵『諦める』選択を多く取る、とリリスは知っていた。けれど、執着すると満足するまであの手この手でとことん突き詰める一面がある事も知っていた。


 気持ちを伝えたあの雨の日、リリスの答え次第で、彼は彼の気持ちを放ってしまうだろう、と彼女は察知していた。

 あの時の答えが正解か不正解か、今となっては判らないけれど、リリスはあの時の賭けをしている様な感覚を思い出すと、切なくなる。


―――そのは、諦められないの……。


 スッとリリスの目尻から涙が流れた。

 アシュレイはその涙を見てもくれなかった。

 既に動けなくした彼女に背を向けて、ブーツを履き込んでいる。


「もう……終わってる」

「そんなの分からない。雨が降ってる」


 アシュレイはそう言って、立ち上がった。ふらふらとした足取りで、ドアへ向かって行ってしまう。

 リリスは「駄目よ」と囁く様に呟いて、


「終わってるわ」


 アシュレイはドアを潜りかけ、ふいに回れ右をして窓に向った。仰向けになったリリスの横を通り過ぎ様に、過去、どうしても思い通りにならない時などに極稀に見せた顔で言った。


「終わってても良い。取り返しに行く」


 アシュレイが窓を引き上げた。

 湿った風が大量に吹き込んで、部屋の中を雨の匂いでいっぱいにした。

 雨の匂いはどうしてこうも切ない時に限って、心を湿らしにやって来るのだろう。 それとも、心の湿り気が雨を呼ぶのだろうか?


「カインと争わないで。私達は、彼を傷付けてばかりじゃない!」


 彼女の言葉に、初めてアシュレイが振り返った。


「そうやってカインを利用したりしてね」


 苛立たし気にアシュレイが言って、窓枠に足を掛けながら、腰に手を当てた。


「違う……貴方を引き止める為に言ったわけじゃ……」


 大雨で既に髪を濡らしたアシュレイが、自虐的な笑みを浮かべた。

 額にくっついた前髪から滴が落ちて、そのどれかが微かに光った。


「じゃあ、僕が悪者になるよ。……カインが僕の選択肢の前に、一々立つから悪いんだ」

「終わってるわ! 何もかも!!」


 リリスが、自分でも何をもってそう言っているのか解らないまま声を荒げた。

声は雨音と沈黙に掻き消され、その場の何に対しても影響力を持たなかった。

窓の外から恭しく差し出された巨大な手の平に飛び乗って、アシュレイの背中が消えて行く。

 リリスは目だけでそれを追い、瞼を強く閉じた。

再び諦めの光を帯びた瞳を薄く開くと、激しい雨風が吹き込む開け放たれた窓しか見えなかった。


 ―――ねぇでも、私の中で、ちっとも終わらない。



 アシュレイは自分に出来る限りの早足で馬屋へ向かった。

 雨が重たく絡み付いて来るのに苛立ちながら、顔を拭って前を見る。

 おっかなびっくり期待していたハミエルの姿が既に無い事に気づくと、アシュレイは先を越された気分で、ニヤリとした。

 馬屋から即座に殺気めいた空気が漂ってきて、彼は苦笑してそちらへ向かった。

 

「やぁ、今にも蹴り殺されそうだ」


 『たりめーだろ、あっさりダウンしやがって! テメーにライラたんは渡さねぇ』といった呪詛含みの殺気立った嘶きが、彼の呟きに答えた。

 ラルフが目を血走らせてアシュレイを睨んでいる。


「そんなに睨むなよ、どうどう……」


『でく人形のバラバラのヤツにしてやる!』とばかりにラルフが歯を剥いて嘶き、前足を高く上げた。彼の怒りが、彼を繋いでいる柱を通して馬屋を揺らす。


「馬は素直でいいなぁ。僕もそんな風に暴れたい気持ちだよ! ラルフ! 浜辺へ僕を乗せてってよ! そこの景色を見てから、僕を蹴り殺すかどうか決めればいいだろ?」

 

 ブルルッ! とラルフは呻いて怒りで体を痙攣させつつ、ひとまず暴れるのを止めた。

 繋ぎをほどいて貰わないと、ラルフはなんの選択肢も持てない。

 アシュレイは「よしよし」と笑って馴れ馴れしくラルフの首を撫でた。

 ラルフは物凄く不服そうな顔をして首をブンブン振ってアシュレイに対する嫌悪を示した。

 アシュレイは大してしつこくせずにラルフの首をパンパンと叩いて微笑んだ。


「よし、じゃあ行こう」


 アシュレイはラルフに最低限の装備をすると、彼に股がり「どう!」と鋭く声を上げ、『何が「どう!」じゃ、この胴長短足が~!』と荒ぶるラルフに振り落とされそうになりながら、大雨の中駆け出した。


* * * * * * * *

 

泣き虫だったよね。

寂しがりやでさ。

強く生きてきたつもりだろ?

でも結局のところさ

泣き虫で寂しがりやだよね。

だから君が生きているなら一緒に生きるし、君が死ぬなら一緒に死んでも良いかな。

馬に蹴られて死んじまえ! って叱られそうだ。

怒った顔も最高。

でも、泣いて欲しくは無いんだ。


誰を泣かせたってさ。

君はそういうの、怒るだろうな……。

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