小さな狼
間が空いてしまってすみません。
なのであらすじを少し……。
レイリンは強引にハミエルと「おともだち」の約束を交わすが、虚しさで胸がいっぱい。
ハミエルはライラを助けるために、レイリンを連れてカナロール城へ向かった。
風が透明な線を描くのを、レイリンは初めて知った。線は突き刺さりそうな程鋭い時もあれば、心地よい程緩やかな時もあった。
レイリンは相変わらずハミエルの背に頬を埋めて、風の描く線の向こうに過ぎ去る景色を見ていた。
ハミエルは真っ直ぐにそびえ立つカナロール城へ飛び、吼えたそうなそぶりをしてから、思い留まったのか『キュン』と鳴いた。
上空から見るカナロール城は、幾つもの先端の尖った塔が、こちらに向けて切っ先を尖らせている針の様で、レイリンは目を見張ってそれを眺めた。ハミエルは偵察のつもりだろうか? 大きく弧を描きながら、城の周りを旋回した。
視角がどんどん変わり、幾つも付き出す鋭い塔たちの合間に、城の四角い中庭が見え、レイリンはハッとする。
中庭に、こちらを見上げている女性がいた。
サラサラした黒髪を背に流し、その人はレイリンとハミエルを見つけていた。
レイリンには、その人を見間違える事など出来なかった。
そしてその人は、正体を証明する様に、その人の為の庭にいるのだ。
「! 皇女様……! ハミエル! 見つかってるわ! 早くお城から離れなくては」
『おうじょ?』
「そう、皇女様に見られたわっ!」
ハミエルはちょっと首を動かして、レイリンが「そちらを見ては駄目!」と言う方を見た。『おうじょ』を確認したのだろう、その華奢な質姿を見て、彼は軽く喉をぐるぐる鳴らすと、
『へーき』
と、鼻息を吐いた。
「ただの皇女様では無くてよっ、カナロールの皇女様なのよっ! 目が合っただけで封魔されてしまうわ!!」
『ちょうどいい』
「え?」
『おうじょとはなす』
ぐるる、とハミエルが牙を剥いて、中庭の皇女に向って急降下し始めた。
「だ、駄目!! ハミエルっ!!」
『はんごろしに、してやる!』
「は、半殺し!? お話じゃないじゃない!!」
ハミエルが思い切り息を吸い込んで、苛立ちのままに咆哮しようとしたその時、ヒュッと二人の前に小さな何かが飛び出した。咆哮を飲み込んだハミエルの、背中の毛にしがみ付いてそちらを見れば、ハミエルと同じような狼が静かな表情で行く手に浮いていた。
風にたなびく月光の様な銀の毛皮に、レイリンは「ほぅ……」と、目を奪われた。
ハミエルはというと、そわそわしていた。
『……おまえ、だれ?』
『ここは目立つ。海の岩場へ移動しろ』
『いやだ』
戸惑いながらも唸るハミエルに、狼も唸り返した。
『……俺とやるか? 半人前』
ハミエルはそう言われて激しく唸った。彼の毛が逆立つのを、レイリンは自分の手でしっかり感じた。それでも、彼女は大きくなったハミエルよりも小さい、目の前の狼が怖かった。
ハミエルが狼に飛び掛かり、レイリンは彼の背に必死で捕まり目を閉じた。それだけを頼りに捕まるハミエルの背がしなり、ギャウッと空気が耳元で鳴って、風が鋭く彼女を薙いだと思った瞬間、首が締まった。
「!?」
驚きと恐怖と苦痛に、レイリンはパッと目を開け、首を絞める自分のナイトドレスの襟を指で引っ掻いた。何かが―――恐らく、あの小さな狼が、襟の後ろを咥えている。
空を掻く足を涙目で思わず見れば、遥か下にカナロール城の針の様な塔の先端が見えて、レイリンは喘いだ。
泣き出す暇も無く身体が宙でぐわんと揺さぶられ、落下とほぼ変わらない状態で狼が地上を目指した。
レイリンの悲鳴は音を持つ余裕などなく、掠れて風に飛ばされて行く。
『レイリン!』
ハミエルの声が追って来るのが、せめてもの救いだ。
狼は波の砕け散るゴツゴツした岩場の影に降り立つ間際に、レイリンをぺいっと放した。大岩と大岩の間で、レイリンは湿ってざらついた岩の上に倒れ込むと、咽て涙ぐんだ。その横に、追いついて来たハミエルがひらりと舞い降り、彼女の頬に鼻先を寄せた。
「ハミエル……」
レイリンはハミエルの首に腕を回し、毛皮に顔を埋める。ハミエルが彼女の脚を舐めた。驚いて見れば、放り出された時に、鋭い岩肌で裸の脚に傷が出来てしまっていた。
「ふかくない」
「……ありがとう……」
狼が、その様子を眺めながら岩場に座った。吊り上がった目を細めていて、レイリンはそれだけで圧倒される。
狼が口を開いた。
『一番末は俺のハズだ。お前はなんで俺より若い?』
『しらない』
狼がハミエルに寄って来て、彼の匂いをふんふん嗅いだ。ハミエルはそわそわして、黙ってそうされている。
『……魔力が満ちている……。お前、何から生まれた?』
ハミエルは首を傾げた。見上げて来る狼の目に敵意はひとまず無く、純粋に興味だけが光っている。
『しらない』
『知らない? ……生まれた時に見たものは?』
『……ひかるうた……』
ハミエルは自信なさそうにそう言った。狼はそれを聞いて、くい、と顎を上げ彼を値踏みする様に見てから、小さく頷いた。何かに期待する様に、瞳を少しだけキラキラさせて。
『歌から生まれたのか』
『……しらない』
はぐらかそうとしているのか、はたまた記憶を辿って混乱しているのか、ハミエルは少しぼんやりした風に答え、狼から目を逸らした。
レイリンは蚊帳の外感を自覚しながらも、二匹の会話に強い興味を隠し切れない。
「他には何から生まれるの?」と、ハミエルに小さな声で聞けば、彼は黒い眼玉をクルリと回して首を捻った。彼には分からないらしかった。
『月光、夜闇、風の渦』
と、言ったのは狼。ドキリとしてレイリンが狼を見れば、狼は目を細めて虚空を見詰めている。
『高波、雷、ほうき星……色々だ』
言葉には、誇らしさが満ちている。
彼らにとって、「生まれ出た」という事は誇らしい事なのだろう。
私も、そんなものから生まれたのだとしたら、きっと自慢したくなるわ。彼女はそう思ってから、母を想った。思い出のほとんど無い母。温もりも知らない。でも、幾度も眺めた肖像画の中で、静かに微笑む美しい女の姿を思い浮かべれば、そうよ、私だって……あのお綺麗な方から生まれた事を、密かに誇りに思っている。受け継いだ瞳の色や、鼻の形や、口角の角度。鏡の前で肖像画の女の微笑をコッソリ真似すれば、ほら、今年もますます近づいて……。
そしてそれを自覚する度、誇らしいのだ。
そう思うと、レイリンは目の前の狼が何から生まれたのか、なんとなく予想した。月光の様な銀の毛皮なのだから、月光から生まれたに違いないわ、と。
でも、それを口に出し、狼に話しかける勇気は無かった。
狼はレイリンの方へ鼻先をフイッ、と上げて、ハミエルを見た。
『狩りなら他所でやれ。ここは封魔師の国だ。危険過ぎる。……群れなら北へ』
『はんしん、つかまった』
『半身? 対の兄弟か』
ハミエルは、ぐるるぅ、ともどかしそうに唸って、『そんなかんじ』と答えた。レイリンはそれを聞いて目を伏せた。
「半身」。かけがえの無いもの……。自分はそれに、割って入れるなんて思ってない。
でも、胸は切なく窪むのだ。
『しんぱん、させない』
『審判……セイレーンのか?』
狼が目を瞬いた。ハミエルは頷いて、また唸った。
『お前の半身は人型になってたのか? マヌケだなぁ。でも、フェンリルはそんなモンじゃ死なねぇよ』
『……ライラは、……なぁ、おまえ、おれのなかま?』
ハミエルが訝しそうにそう聞くと、狼は曖昧に頷いた。
『……同じ種族だ。―――だけど、味方とは違う。俺、ツルまねぇんだ』
『……おれのじゃまする?』
首を傾げて聞くハミエルに、狼は耳を後ろ側に伏せ、目を閉じ少し考える様子を見せた後、こう言った。
『そうだな……イヤ、半身を取り戻せれば良いんだろ? 協力してやる』
『……おれ、ハミエル』
ハミエルが名を教えると、狼が頷いた。潮風に、銀の毛並みが揺れている。まだ昼前だと言うのに、輝く月を見ている様。
『ハティだ』
最新話、短いですが読んで頂きありがとうございました。
この章はタイトル通りレイリンとハミエルが主軸なのですが、次話から少し視点が入り乱れる予定です。『照らされるこころ』の時みたいな感じでしょうか……。
お見苦しいかも知れませんが、次話もどうぞよろしくお願い致します。
それから、少しスランプ気味です。文字がなんか、書いているとバラバラする感じで、上手く並べられない感覚です。文章、変なところあったらこっそり教えて下さい。
それから、ご意見聞かせて頂けると嬉しいです。




