表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/143

血の制約①

 アシュレイが腰に手をやった。

 カインはアシュレイに迷いが無いのを見て取ると、彼へ腕を伸ばした。封魔師は封魔した妖魔を『印』から出す前ならただの人だ。


 アシュレイが妖魔を出してしまう前に、意識を飛ばしてしまえば……!

 

 しかし、封魔師はその弱点を克服する為、自分に必要な時間の分だけ間合いを取る訓練を受けている。アシュレイも例外なくそうで、目の色を変え、何かが切り替わった彼に触れるのは至難の業だ。

 伸ばした腕は空を切り、アシュレイは滑らかな足さばきでカインの正面から真横へ移動していた。同時に、カインの喉にヒタリ、と氷の様に冷たい固い物が当てられた。

 しまった、と思うと同時に、カインの身体に大蛇の胴が巻き付いた。シューッ、と耳元で音がして、目の端に舌をだらりと垂らした女がカインを見詰めているのが見えた。おぞましい人間の顔と両腕を持ったその妖魔は、カインの身体をぬめぬめした胴で締め上げ、喉に当てた長いサーベルの様な爪を、我慢できないといった様子で震わせている。


「止めろ……アッシュ……」

「カインこそ。彼女を放す指示を出せ」


 カインは、娘を捕えている男が狼狽えて娘を解放してしまわない様に、目で制した。


「出来ない」

「じゃあ、僕も止めない」

「! アシュレイを押さえつけろ!」

「無理だよ。もう遅い」


 アシュレイの周りを、ぐるりと小さな獣達が囲って、いずれも可愛らしい弓矢を外側に向けて構えていた。アシュレイが踵を地面に付けたまま、トンとつま先だけで地面を鳴らすと、彼を囲う一匹がカインに向って矢を放った。

 矢は外されたが、飛翔中に雷に変化し突き刺さった林の木を一本薙ぎ倒すと炎上させた。

 皆が緊張して獣に囲われたアシュレイを見た。アシュレイは安全圏で次の妖魔を出す為に、再び腰を落として剣の構えを取ろうとしている。

 アシュレイに対抗出来るのは同じ封魔師のカインしかいなかった。既にカインは大蛇の妖魔に動きを封じられている。『印』に手を添える『構え』が無くても妖魔を出せない事は無い。

 

 ―――でも、出してしまったら戦わなくてはならない。


 カインは見ていた。アシュレイとカナロール王の契約を。

 あの、血で出来た妖魔。契約に仇なした時、アシュレイの血を蒸発させる、と王は言った。

 今のアシュレイは『威嚇』しているだけだ。どことなく「やっぱりな」という顔をしているアシュレイに、恐ろしい賭けをしたものだ、とカインは鳥肌が立った。


―――戦ってはならない。その瞬間に、もしくはこちらの血が流れた時に、コイツは死んでしまう。


カインは歯ぎしりした。


―――俺が、そう思うと、思っているんだな。


 アシュレイが更なる妖魔を出した。それは人の顔をした赤い火の玉で、<セイレーンの矢>全員の頭上にボッ、と音を立てて現れると、いずれも苦痛の表情をしてゾッとする様な呻き声を上げた。


「我慢比べをしようよ!」

「アッシュ……頼む、止めてくれ」

「赤から次第に青ざめて、皆死んでしまうよ。僕たちのカウントダウンだね。僕と君と、どちらが先に怖がるかな」

「アッシュ!」

「いいじゃないか。僕の方が不利なんだ。僕の命綱は君の」

最後まで言わずに、アシュレイが微笑んだ。昔から慣れ親しんだ顔で。


「……卑怯者」

「そうだね。絶交する?」

「……」

「しなよ。虫唾が湧くよ! 掛かって来い!!」


 目が眩む程腹が立って、カインは額の『印』に意識を集中させる。

 

 ―――今までそうとは口に出さずとも培って来たものよりも、その小娘が大事か?


 カインに絡みついた大蛇の胴が、ボコボコと泡立って溶けだした。大蛇の妖魔は耳をつんざく程の奇声を上げて、カインの喉を爪で掻っ切ろうとした。それより早く、深くローブを纏った小柄な小鬼が現れて、手に持った剣で大蛇の腕を切り落とす。大蛇の腕と胴体が、同時に地面に崩れ落ちた。ビタンビタンとのたうつ長く太い大蛇の胴から、黄土色の粘液をまき散らし幼虫の様な妖魔が無数に蠢き這い出して、ギィギィ奇妙な鳴き声を上げながら、地面へ潜って行った。

 カインが腰の剣を抜いて、構えた。横で小鬼も、彼と同じように構えた。長いローブから剣を構える為に剝き出しになった腕は、萎びて細く、青白い。


―――戦うのか? コイツと? 


 どうして? と言う声と、敵うのか? と言う声がする。

 相手アシュレイには微塵も迷いを見い出せないのに。

アシュレイは既に獣の円陣の外に足の無い騎士を呼び出し、切っ先をこちらへ向けさせている。

 誰かが呻いて倒れた。ダイアナを捕まえていた男だった。

頭上に浮かぶ顔の火の玉が、赤から黄色に変化していた。倒れた者の火の玉は、他より性急なのか、黄色い炎の外側に青みを帯び始めている。ダイアナは火の玉に恐れ慄いて地面に座り込んでいる。


「死者が出るぞ」

「どうせ出る。満月の満ち潮で……そうでしょ?」

「お前が死ぬのを見たくない」

「なら彼女を放すんだ」

「堂々巡りだな」

「うん、いい加減飽きるよ」


 カインが駆け出した。隣で彼の小鬼もピュッと駆け出し、カインの前に出ると、獣たちの雷の矢の雨を真一文字に薙ぎ払った。カインはその横を駆け抜け、アシュレイの前に立ちはだかる足の無い騎士の亡霊に切り付けた。亡霊はその身をふわりと霧散させ、カインの背後に現れると手に持った剣を振りかぶった。


 切る事は出来まい。


 カインはワザとその剣を避けようとせず、自分も賭けに出た。もし切られたら、それまでだ。

 それが一番、良い気がした。


短いですが、すみません、夜にまた更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ