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お友達

「じゃあ、あなたはライラを自由にしてくれたんだ」

「そうなるね。君も自由だよ。元々<セイレーンの矢>は、連れてった歌子達を返す気は無いんだからね」

「でも、隊長さんはもしもの時はそれ相応の保証をするって言ってたよ。いちいち払いきれるの?」

「向こうから言って来るまで放って置くし、言ってきても小銭で踏み倒すさ。『六角塔』みたいに上手く商売しているところばかりじゃない。口減らし出来て良かったって思うとこのが多いんじゃないかな」


 呆れた。お上って本当に横暴なんだから。


 ダイアナはちょっと厭な気分で頷くと、アシュレイとカインと一緒に迎えに来た女の子のスカーフを持って来てしまった事に気が付いた。

 もらっとけば? とアシュレイが言ったので、良いのかな、と思いつつ、薄くて美しい布地の柔らかな手触りにダイアナは微笑んだ。


「ふふふ、儲けっ。ねぇ、あなたライラをどうするの?」

「そこなんだよ、ダイアナ」


 アシュレイは馴れ馴れしくダイアナの名を呼んで、わざとらしい程肩を竦めた。


「僕は彼女と甘々になりたいんだ。でも、ライラは僕を気持ち悪がるんだよ」


 アシュレイには、気持ち悪がられている自覚があったらしい。

 その辺の事情を知らないダイアナは小首を傾げた。


「ライラって、結構チョロいハズなんだけどな……やっぱり第一印象が良く無かったかもね」

「え!? で、でもあれが僕の精いっぱいだよ」

「嘘でしょう? かなり酔ってた様に見えたけど?」

「……否定しない。でも、シラフでなんて言えないよ……」


 よく言ったものだが、突っ込みは存在しない。よってダイアナは「シャイなんだ」と微笑む羽目になったが、知らないなら知らない方が良い事もある。

 助けに来て貰ったという贔屓目もあるが、ダイアナから見たアシュレイは「優良物件」だった。

 酔っていたとは言え、そこそこ愛を説く(?)情熱はあるし、一途そう。ライラを自由にし、ライラの為に自分を解放しに来てくれた(その為に色々な障害を乗り越えてくれたのでは、とダイアナは推測する)のは、実に献身的ではないか。牢での立ち振る舞いも、肝が据わっている様に見えたし、それに大らかそうだ。

 実際は結構すぐリミッターが外れる爆竹の様な男で、なんだかんだ金の力でモノを言わせ、たまたま有力な人脈カインを持っていただけという見方もあるが、ダイアナは千里眼じゃない。

 だから、何も知らないダイアナはアシュレイをザッと眺めてこう判断した。


 何より、モテなそうなのが良いじゃない? 

 浮気しないってのは、大事なんだから。


 浮気しないと言うよりは「出来ない」の方が正しいのだけれど、ダイアナは一人で勝手に納得して「うん」と一つ頷いた。

 この点に関して、アシュレイの牢での欺演っぷりを勘定に入れないところを見ると、ダイアナもライラ同様「わかっていそうで爪が甘い」部類だろう。でも別にそれは罪じゃない。


「アシュレイ、私はあなたの味方! ライラを本当に大事にしてくれるってんなら、応援するから!」

「ほ、ホント!?」


 思わぬハミエル以上の援軍(ハミエルは援軍になってくれなかったが)を手に入れて、アシュレイの目が輝いた。


「うん、まずは自分の身の振り方を考えなきゃだけどね」

「カナロールで良ければ、働き口を幾らでも!」


 う~ん……とダイアナはアシュレイの申し出に呻いた。


 ここで、暮らす……? 何となく居心地が悪い様な、嫌でも辛かった事を思い出してしまいそうな……。

 

 ダイアナは思わずカインの顔を思い浮かべて、首を振る。

 

 ……ここで暮らせば……、また……?

 馬鹿! ムリムリ!


 ブンブン首を振った甲斐なく、ダイアナの口から、意に反した言葉がモゴモゴと漏れた。


「ら、ライラがカナロールで暮らすなら、そうしてもいいけど……」


 それを聞いて、アシュレイは少し気まずそうにした。


「……僕、遠くない未来にあのを連れてどこか遠くへ行きたいんだ」

「そうなの? 落としたら連れてっちゃうんだ。……寂しいな」


 だったら、カナロールなんかに用は無い。……用なんて、無い。

 会えるかどうかすらわからない人の為に、自分にとって曰く付きの国になんて友達ライラも無しに居られない。

 いやいやいや、そうじゃなくて、アシュレイがライラを上手く射止めたら、ライラはここに永住するとばっかり思ってたから、ここに居ようかなって私は思ったんであって……。


 ダイアナがあれやこれやと頭の中で葛藤していると、アシュレイが彼女の気も知らないで、のほほんと笑った。


「まぁさ、取りあえずライラを安心させてあげよう。後の事はそれから、考えよう」


「ライラの意見も聞かなきゃ」とか、「一緒に来る?」とは言わないアシュレイだった。


* 


 もうすっかり夜になっていた。

 ライラは痺れを切らして、ナザール邸の玄関、ポーチ、庭園テラス、門、とジリジリ移動して、門前をウロウロしていた。

 趣のあるランプの灯りの下、不審者に思われなかったのは、レイリン嬢が傍で一緒に居てくれたからだ。ハミエルはその横でお座りをしている。

 

「遅い」

「カイン様とお話が弾んでいるのかも知れませんわ。会いに行かれるのは久しぶりだから」

「でも……」


 やぁ、久しぶり! 元気だった? などと話す内容では無い筈だ。

 話が弾んでいるのではなく、滞っているのかも知れない、とライラは心配になってしまう。

 もし、アシュレイが「ダメだった」なんて帰って来たらどうしよう? もう、今のあたしはダイアナ意外に明るさを灯してくれるものなんて無いのに。あたしは『六角塔』から出て行った。だから、友達も信頼できる人も、ダイアナだけだ……。

 胸は相変わらず正体不明にチクチク痛い。

 こんな気持ちでいる時に、横に並んで顔を覗き込んでくれるダイアナがもう再び戻って来ないかも知れないなんて、そんな事考えられない。

 もしアイツだけが帰って来たら、あたしは酷く理不尽で残酷な言葉を投げてしまいそうだ。自分には何故だか今、そんな勢いの様なものが身体中を駆け巡っている。それは別々に分けなくてはいけないものだと、何となくは分かっている。

 

 別々に? ……「なに」と、「なに」を?


 ライラは足を左右に石畳の地面に擦り付け、じゃりじゃり音をさせながら、そうする事で沸き上がる感情を足から外へこそぎ落とせないかと試みた。そんな事は不可能だったけれど、引っ掛かりのあるハッキリした靴底の感触は、そこから発つ音は、ライラの気をほんの少しだけ紛らわせてくれる。

 レイリンは不快そうだ。


「子供じゃないんだから」


 子供にそう言われて、ライラは唇を尖らせる。


「あんただって、今のあたしになれば、こうせずにはいらんないわ」


 レイリンは事情を深く知らない。アシュレイの帰還の状態によって親友の生死の行方が白黒つくとは予想もしていないだろう。それにしたって、彼女の方がもう少し落ち着いて待つのかも知れないが。

 彼女からしたら、兄に興味が無いと言っておきながら、自分以上に帰りを待ちわびているライラを少し不審に思った。

 

 ……ライラさんったら、ヤッパリお兄様を狙っているのかしら? 全然ご興味が無さそうだったのに……。……でも、ライラさんなら……ライラさんがお家にずっといて下さったら……。


 レイリンは夕の音楽会の熱が自分の中でまだ温度を持っているのを意識しつつも、首を振った。


 ……いいえ! ま、まだ会って半日だもの! それに、それに少しこの方は粗忽だわ! 優しいお兄様に合わないわ。 

 ……でも、この人は、わたくしが意地悪を言っても笑い飛ばすし、今みたいに突っ撥ねていらっしゃっても、素直で……何だかお腹に溜まらないわ。


 レイリンは出会って来た人間達を皆、嘘くさく感じる時がある。

 レイリン・ナザールとしか見てくれない、とも感じている。だから、微笑みかけられても嘘くさく感じるし、直感は大抵当たる。仕方ない事、とフンと鼻息で小さく吹いてみたところで、寂しいのは寂しい。

 でも、ライラはちょっと違う。何だか自分にとって特別になりそうな予感が、レイリンの胸を小さく喜びで震わせる。


 ……でも、ダメ! お兄様は……ダメ。


 もう一度負けん気を出して、でもほぼ負けた気持ちでレイリンが自分に言い聞かせていると、「あっ」ライラが声を上げて駆け出した。ハミエルがそれに俊敏に続く。

 見れば通りの向こうに兄の歩いて来る姿が、薄闇に紛れて見えて来た。


 やだわ、出遅れちゃう! 


 兄に一番に駆け寄るのは自分だ、と同じく駆けようとして、レイリンは足を止めた。

 兄の隣に、もう一人女性がいて、その人がライラに向って彼女と同じように、つんのめる様に駆け出していたからだった。

 二人はお互いの身体に倒れ込む様に抱き合うと、ギュッと固く一つになった。どちらも、泣いている。


 レイリンは、ぼうっとそれを眺めた。待ちわびていた兄が目に入らない。知らないひとと抱き合うライラを見て、「そう、もう貴女には『特別』がいたのね」と落ちてゆく一滴の様な気持ちで、思った。

 彼女の背景に、ナザール邸がそびえている。たくさんの窓という窓から明かりが漏れていて、ゆめまぼろしの城の様。



 ライラとダイアナは、目元を湿らせつつもお互い勝ち気に見詰め合い、「なんだか、老けたんじゃない?」と声を揃えた。

 「人の気も知らないで!」と再び声を揃えて、アシュレイに笑われる。


「コントみたいだ」

「アシュレイ、黙って。ホントに、心配したんだから! ケガはない? ちょっと、頬が腫れてるじゃない!?」

「大した事ない。ちょっと挑発してやったんだよ」

「バカ!」


 ライラはもう一度「バカ!」とダイアナを罵って、再び彼女に抱き着いた。耳元で「ゴメンネ。アリガト」と小さく言われたけれど、涙が零れ落ちるのがイヤだったので、彼女は頷いたりせずに、ダイアナの金髪に深く顔を埋めた。

 そのまま座り込んで動かなくなってしまうのではないか、とでも心配したのだろう。アシュレイが


「まぁまぁ。ここは暗いし、ウチにおいでよ」


 と言ったので、レイリンも良く解らないなりにライラの傍へ寄り、彼女の服の端を摘まんでそっと引いた。


「ライラさん、どうぞ」


 少しだけ目を逸らしながら、レイリンはそう言うと、二人から離れて兄と並んだ。


「ただいま。レイリン」


 アシュレイに微笑まれて、レイリンも微笑み返す。おずおずと兄の腕に腕を絡ませると、反対側の手でポンポンと絡めた腕を労る様に叩いてくれたので、彼女はそっと兄に寄りかかり、後ろからついて来る二人を意識しながら自分の鳥かごへ戻って行った。


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