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二人の嘘つき③

友情を乞うカインに対し、アシュレイの返答は……。

 カーテン越しに射す橙色の光が、アシュレイの手にぶら下がったワインボトルのつるりとした表面を舐めて消えた。

 室内は薄暗く、静かだった。

 カインはアシュレイが直ぐに返事をしてくれなかったので、「そうか、気付かなかっただけで既に失っていたのかも知れない」と思った。


 ……元々無かったのかもな……コイツは、そういう所がある……。


「カイン」


 呼ばれて、俯けた顔をパッと上げた。


「僕はそんなに良い奴じゃないよ。知ってるよね?」

「……」

「黙るなよ」

「答えにくい」


 カインの回答に、アシュレイは首を項垂れさせながら小さく吹き出した。

 目頭の下に皺を寄せて、クックと笑う。

 アシュレイは、たまにこうして少しくたびれた様に笑う。子供の頃からだ。大人になるにつれて、カインはそうしたくなる気持ちが解って来た。そして今、その笑い方を引き出しているのが自分なのだと思うと、居心地が悪かった。


「……良い奴とか悪い奴とか、そういうのは関係ないんだ」


 その気持ちを上手く説明できないカインは、もどかしさを感じながら、次の言葉を探して押し黙り、結局小さく息を吐いて終わらせた。

アシュレイは微笑み、カインから目をそらして、彼の部屋をぐるりと見渡す素振りで呟いた。


「僕もだよ。どうしてだろうね? 穢れ無き子供時代を知ってるから?」

「……」

「心配しなくていいよ。てゆうか、そんな事言って来るの、気持ち悪いよカイン」

「……そうか」


 ……気持ち悪いって言われた……。


 ムスッとした顔とは裏腹に、カインは少し心強い気持ちだった。

 もう一本くらいワインを空けてやろうとすると、アシュレイが断った。


「ごめん。長居するつもりないんだ。レイリンが待ってるから」

「……そうか」

「そんなガッカリした顔しないでよ。気持ち悪いよカイン」

「……してない! レイリンは元気か?」

「うん。ねぇ、それよりライラちゃんだよ。明日の朝で良いから、解放してよ」


 本気で早く帰りたそうにするアシュレイに、カインは寂しく思った。本人カインに「そうしたい」という自覚は無いのだけれど、アシュレイから友情の確約(?)を貰って嬉しくて、しっぽり思い出話でもしたい気分だったのだ。

 もしアシュレイがそうしてくれたとしても、多分話題を出すのはアシュレイで、彼は「うんうん」と頷くだけだ。……きっとカインはそれで良くて、そうしたいのだろう。

 でも、彼はそれを上手く言えない。言えないから、誘えない。誘えないから、早く帰りたそうにする友人を引き止める事が出来ない。


「……解放された者が出たら、他にも口利きを頼んで来る者が出て来るだろう」

「極秘にするよ。任せてよ」

「不平等では」

「馬鹿言うな、既に平等の上に立たされていないじゃないか。どういじくったって、不公平さ。多少のいびつさが何だってのさ」


 アシュレイが恐ろしい事を言って、しかし、カインは頷いた。一度は「勝手にしろ」と頭に来たむすめだが、助けられるならそうしたい。

 

「今夜釈放する。……ちょうど皇女が牢の前に座り込んでいるらしいし、話は早いだろう」


 アシュレイが厭そうに眉を潜めた。カインにはその気持ちが良く解った。話題の皇女は従順な善意を溢れんばかりに持った世間知らずの少女で、「座り込み」事件は結構彼女なりに思い詰めた結果の行動なんだろう、と推測出来た。

 その純真なひたむきさが、危うげで先が予測出来ない。


「皇女が? ……それって余計ややこしくならない? きっと『全員解放するのです』とか言い出すぞ」

「そうだな……」


 カインとアシュレイはお互い小首を傾げ合った。


「お前も来い」


 アシュレイが顔を歪ませた。


「うわっ、言うと思った」

「人を丸め込むのは得意だろ」

「そんな事無いよ……。特に女の子は」

「婚約者だろ」


 プイッとアシュレイはカインから顔を背けて、唇を突き出した。断固拒否の姿勢だ。


「王様とロスタムが勝手に決めたんだ。それに正式じゃないからね!」

「前は乗り気だったじゃないか」

「そりゃ、王様になったらロスタムに靴の裏でも舐めさせてやろうかとか、アイツの地位を剥奪してやろうとか、あの陰険な宰相に一泡吹かせてやろうとか、僕よりイケメンは国から追放令とか作ろうと思ってたさ!」

「……お前……」


 友情は? とカインは思ったが、「冗談だよな」と、健気にアシュレイを信じる事にする。


「でも、ダメなんだ……僕は好きなコと甘々に暮らしたいんだ」

「……気持ち悪いな。皇女とそうすれば問題無いだろう」

「イヤだ!」


 アシュレイはボスッとソファにうつ伏せに座り込んで、顔を両手で覆った。


「僕はディアナは好みじゃないんだよ! ああいう、優しそ~なコじゃなくて、キッツそうなコが好きなんだ!! 一やられたら十やり返して来るみたいなコが好きなんだよ! そういうコにお仕置きするんだ! じゃじゃ馬が大好きなんだ!!」

「……シディ(※暴れ馬だったのをアシュレイが淑女に調教した、ラルフとフラグが立った雌馬)は元気か? お前、歪んでるよな」


 若干アシュレイに引きながら、カインは精いっぱいの相槌を打った。

 バッ、とアシュレイはソファにうずめていた顔を上げると、「ふん」と鼻を鳴らして起き上がる。


「どうとでも言いなよ。向こうだって同じ気持ちだろうしね。……良いよ、今から行こう。ちょ、なんか服貸して」

「……人の服を着るのは変態なんだろ。それにサイズが合わん。仕事帰りと言えば良い」

「どうせ僕は君より足の長さも肩幅も……」

「行くぞ」

「……冷たい」


 カインは部屋のドアを開けて、アシュレイを促した。


「はぁ~」だとか「ふぅ~」とか言って面倒臭そうにソファから起き上がるアシュレイに、「誰の為なんだ」と、思ったけれど、直ぐに考えを改めた。

 

 誰の為なんだって?

 コイツの為じゃないじゃないか。

 むしろこれは、俺の為……。


 アシュレイがカインの脇を通って部屋を出て行き、カインは空になった部屋を何気なしにチラと見た。

 薄暗い部屋で、光る物はもう何も無い。

 次いで、彼は屋敷の廊下を慣れた様子で行くアシュレイの背を眺めた。

 そうして、目を細める。

 

 ……先に、いくなよな。


婚約者(仮)いました。

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