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二人の嘘つき②

カインは眉を寄せて、厳しい目をアシュレイへ向けた。


「それ絡みの催促か」

「うん」


 カインは元々薄い表情を、温度を下げて無くすと、アシュレイが手に持ったワインボトルを取り上げた。


「一切聞かない。帰れ」

「ライラって名乗ってるいなかった?」


 カインは眉をピクリと無意識に動かしてしまった。アシュレイの目が、それを目ざとく捉えたのがカインには分かった。


「……アッシュ、仕事に関わらないでくれ」

「いいじゃない、ちょっとだけさ。その僕にくれないかな」

「知り合いか」

「ちょくちょく出かけては入れ揚げてた踊り子なんだ」


 アシュレイが「踊り子」を強調して言う事に、カインはやはり、と溜め息を吐いた。


 やはり歌子じゃ無かったんだな。強情なむすめだ……。


「引き取ってどうする? 嫁にでもするのか」

「いいね。式には出てくれる?」


 のほほんと笑われて、カインは呆れた。


「歌が下手くそだったハズだよ。それか、歌わなかっただろ? それに、あの酒場の本当の歌姫は、自分の身代わりに友達を失って自棄酒して中毒死したよ。可愛そうに……本命だったのに!」

「否、だがアッシュ……」

「『だがアッシュ』じゃないよ。ただの踊り子を見殺しにする気?」

「……」


 カインの脳裏に、薄闇と明かりの揺れる中、蒼い瞳から発せられた強い光が煌めいた。


 ―――言うのよ。暗がりで声だけを頼りに生きている女達を集めて無駄に殺してるって。


 カインはアシュレイから取り上げたワインボトルを持つ手に力を籠めた。


「おまえはセイレーンが見つからなくてもいいのか」

「今はその話じゃないよ。歌も歌わないただの踊り子が、セイレーンの容疑をかけられてるから、助けてあげて欲しいって話をしてるんだ」


 そう言ってアシュレイは初めてソファーから立ち上がると、カインからワインボトルを取り返した。

 それから、ボトルのラベルをしげしげ眺める態で、ぼやいた。


「セイレーン? 馬鹿馬鹿しい。僕達が生まれるずっと前に歌声が止んで、妖魔も減り続けてる。それをどうしてわざわざ探したがるんだろうね? カインは考えた事ある?」

「完全に妖魔の力を絶たなければならない」


 へぇ、とアシュレイは薄笑いを浮かべて、カインにワインボトルの口を向け差し出した。カインが「もういらん」と手の平で示すと、アシュレイはボトルの残りをラッパ飲みし出した。

 うちで潰れる気じゃないだろうな、とカインは不安だったけれど、中身はそれ程アルコールが強い類では無いので、アシュレイのやりたい様にさせた。


「何言っても無駄みたい」

「そうだ」

「でも、ライラちゃんは助けてよ」

「……俺も彼女に関してはただの踊り子だと思っている。逃がしてやろうと話をしたんだ」


 アシュレイが目の端を釣り上げた。


「じゃあなんで解放してやらない?」

「歌子だと言い張るんだ」


 アシュレイが今度は青ざめた。


「馬鹿! 放って置けば良かったろ!?」

「放っぽり出す事は出来た。だが、無理矢理ついて来る勢いだった上に、他の歌子達に『審判』の内容をバラそうとしていたんだ。隔離して連れて行くしか無かった……それでも何人か逃がされた」

「見損なったよ。どこで彼女と話をしたのか知らないけど、旅人や馬車の通る道端にでも拘束して置けば良かったんだ。そうすればバラされずに隊から切り離せる、彼女だってすぐ自由になっただろっ。シロだってわかってるなら今すぐ彼女を解放しろ」


 

 はぁ……とカインは壁にもたれた。口から人格を否定されてもいいと思う位我慢できない呟きが漏れた。


「情けなんてかけるんじゃなかった……」

「個人的意見を脇に置いてアドバイスしてあげるよ。仕事の内容を考えたら君の言う通りだ。やるなら迷うな。僕は君が情けと呼んでやった事は決定的な過ちだと思うよ。見てろ、これからどんどんほころびるぞ。君の心も含めてね」

「ほころびる?」

「本気で馬鹿か? 話したんだろ? それから、何人か逃げた。全員捕まえたかい?」


 カインはアシュレイの言い様に頭に来ながら、「当たり前だ」と頷いた。じゃなきゃ自宅で酒なんか飲むか。 


「有能で良かったね。でも、騒ぎは起こったハズだよね? 噂が広まるぞ。君が白馬でそれこそ矢の様に駆けたところで、噂の速さには勝てない。どこへ行っても歌を歌う子なんてもういやしないさ。誰も連れて行かれたくないからね。ま、そんな事は<セイレーンの矢>様が今回広範囲で動いた事で薄々皆気付き始めていると思うケド。……カイン、<セイレーンの矢>は失敗だ。思い付きの時点から失敗してるんだ。 次はどんな勅令が来ると思う? 考えただけで僕は怖いんだけど」

「……覚悟はしている〈セイレーンの矢〉は事の前置きだと」


 アシュレイは目を見張って、深く溜め息を吐いた。だらりと力なく両腕を垂らす。その片方先で、ワインボトルが僅かな夕日の光を小さく反射させた。


「目をつぶってくれとも、うるさく言うなとも、言わない。罵ればいいし、人間か疑っても、良い」

「カイン……」

「でも、友人でいてくれないだろうか」


……カインだって、志と「任務」という枷がなければ、好んでやる訳じゃ無い。

 でも、身内から汚名を着てでもカインは目的を達成させたい。

 人間の心に課せられた未だ解けない難題、大多数の為の少数の犠牲。目を背けたいのは自分だってだ。アシュレイやリリスを長年知っているからこそ、彼らがそれに対してもっと別のアプローチは無いものかと進言したがるのも解る。皆が嫌がる仕事だ。皆が少なからず心を痛める……。

 だったら自分に適任だ、と彼は思う。

 どうせ子供の頃皆を心配させたみたいに、自分には心の揺れ幅というものが欠落しているのだ。アシュレイやリリス程、この仕事に対して胸を痛めたりしないさ。


 だから、やらせてくれ。誰もこんな事やらなくていい。

 俺がやればいいんだ。

 そうして妖魔がいなくなった時、俺は誇ったりしないから。


 でもやっぱり、「俺」の事知ってる奴が道すがらにいてくれると安心だし、嬉しいんだ。


ちょっと中途半端です。すみません。

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