ライラとレイリン②
ハミエルが、レイリンのスカートをフンフンしている。
レイリンは、それを気にしつつ語り出した。ライラはあまり聞きたくなかったけれど、時間潰しの為に喋らせておこう、と覚悟を決めた。
「珍しく小雨の降った肌寒い午後だったの。私は刺繍の先生が頭痛がするって早めにお帰りになられたので、お兄様に遊んでくもらおうとしてお部屋へ行ったのよ」
『いーよいーよ、今、妹おケイコ中だし。ネッ? げへへ』といったところか、とライラはいらぬ推測をする。
「ノックはしたのよ?」
レイリンは少し言い訳がましく付け足した。
「そしたら、何か慌しい物音がして、次にシンと気配を消したの」
「……」
何かおかしい、とレイリンは思って、そっとドアを開けた。
すると、ピッタリとかけ布団を被って不自然な程しっかりと仰向けに横になっている兄がいたのだと言う。
『ご気分が悪いの?』
『ふぅ……そうなんだレイリン。だから遊べないよ』
そう……と引き返そうとしたその時、
『クシュンッ』
レイリンは振り返って兄を見た。
『ハックションッ! ハァ~クッション! あ~、風邪だなこれは!? レイリン、うつるといけないから、早く出て行って』
過去を再現しながら、レイリンが真面目な顔でライラを見た。
ライラは、何故か目を逸らす。
「でも、女性のくしゃみだったの」
でしょうね……。ライラはどんな表情でいればいいのやら、すっかり参って小さく頷いた。
「良く見たら、お布団はお兄様の分以上膨れていて……」
『お兄様、お布団に何か隠しているの?』
『誰もいないよ! いるもんか!』
『……人なの?』
『人が……!? ここに!? そんな馬鹿なレイリン!』
『クシュンッ』
『ハックショォォン! ぶはぁ~っくしょん!! やや、これは重症だ。レイリン、危ないぞ! 今すぐ部屋から出て行くんだ!』
『……』
『こ、コラ! 止めなさいレイリン!!』
『きゃあああああああぁぁ~~!?』
「……と、言うわけなの……」
「……」
レイリンは嘘を吐かれた事や、衝撃映像が相当ショックだったのか、思い出してスンスン泣き出した。
ちょっとぉぉ~~!? アシュレイ! なんで私が泣かれるの!?
ライラは困ってしまって、「な、泣かないで」とレイリンの背を撫でた。
「ごめんなさい……。だ、誰にもお話する事が出来なくて……」
「そ、そうなんだ。そうだよね。で、どうしたの?」
「お兄様ったら、私が部屋を飛び出すと下着を穿きながら追いかけて来て言ったの」
「悪夢みたいな光景だね……」
下着一枚で妹と追いかけっこするアシュレイを想像して、ライラは気が滅入った。
ホントに、何してるんだろアイツ……。
アシュレイはレイリンを空いている小部屋へ追い詰めると、息を切らしてこう言ったんだそうな。
『ハァ~、ハァ~ッ……ち、違うんだよレイリン!? あれはね、何て言うか、そう! スキンシップなんだ!』
『お風呂でも無いのに、どうして裸なのですか!?』
『ぬ、脱がなきゃ出来ないマッサージなんだ!!』
墓穴掘ってるじゃない!
ライラはレイリンの過去の記憶アシュレイに激しく突っ込んで、手で顔を覆った。彼も気が動転していたのだろうけれど、酷すぎる。
「私、まだ本当に小さかったから、そんなマッサージがあるのかって、渋々納得したの」
「納得したの!?」
それにもライラは驚いてしまう。レイリンは辛辣な口を叩く割に、純情なんだ、とそう思う事にした。それに、今の彼女よりずっと幼かったのだろうから。
「でも……私……今思い返すと……どうしても違う気がするの。あれは……誘惑されてたんだわ。そうでしょう!? ライラさん、その……そういう事よね!? マッサージはマッサージでも、違法なマッサージですよね!?」
あ、純情じゃなかった。ライラは「ううん……」と言葉を濁した。
「違法じゃないと思うケド……アウト? だよね」
「やっぱり……お兄様は騙されて……」
「その女性とアシュレイはどうなったの?」
まさか今もそういう付き合いをしていて、ライラにあんな事やこんな事を言ってるのだとしたら、とっちめてやらねばならない。もちろん、その女性の為に。ああもう、男って本当にイヤ。ライラはそう思って、レイリンに聞いてみた。どうしてか、聞きながら何かに縋る様な心持ちになったのが、自分でも不思議だった。
「それからも図々しく何度かウチにやって来ました! あんな姿を見られたのに、なんて恥じらいが無いんでしょう! 私だったら二度と姿を見せられないわ! 私に焦げ焦げのお菓子を持って来た事もあったわ!! とんでもない嫌がらせでしょう!? お兄様も完全に操られていて……仲良くする様に色々お仕向けになられてたけれど、それだけは私、譲らなかったわ!」
「今もそう?」
レイリンは「ふふん」とばかりに微笑んだ。
「いいえ。お別れされたみたい」
「そうなんだ……。それって、聞いたの?」
「ええ。あまりお姿を見なくなったので、意地悪に聞いてみたの」
凄い。聞いたんだ。とライラは内心感心して、何故か得意げなレイリンを見た。レイリンは、兄のジ・エンドまで話すと満足してしまったのか、ハミエルが自分のスカートをしきりとフンフンしていたので、そちらへ興味を移している。
「あの……ずっと気になっていたの。この子、触ってもよろしいかしら?」
飼い主に許可を取らず迂闊に手を出さないところは、やはりキチンと教育を受けているお嬢様だ。
ライラはハミエルを信頼していたけれど、一応彼の胴をそっと押えて「どうぞ」と促した。
レイリンは嬉しそうに、少しためらいがちにハミエルの頭に手を伸ばす。ハミエルはそっと頭に触れられても特に反応を見せず、レイリンのスカートをフンフンしている。
「可愛いわ」
「レイリンちゃん、ポケットに何か入ってる?」
あんまりハミエルがフンフンするので、ライラはレイリンに聞いた。
「ええ。ビスケットを外のソファでいただこうと思って」
「それだ。ハミエル、止めてよ。さっきバザールでソーセージ貰ったでしょ?」
ハミエルは「だって……」という顔でライラを見て、尻尾を振った。
レイリンはころころ笑って、ポケットから綺麗な柔らかい色紙に包んだ何枚かのビスケットを出すと
「あげてもよろしい? 動物には毒かしら?」
「そこは気にして無いけど……でも、レイリンちゃんのオヤツでしょ?」
「オヤツだなんて。子供じゃありませんよ。あげてもよろしいなら、どうぞ。なんてお名前?」
「ハミエルだよ」
ハミエル、とレイリンは砂糖菓子の様に微笑んで、ビスケットをお上品なサイズに割ると、ハミエルに差し出した。
ハミエルはハグッとお上品とはかけ離れた喰いつきを見せて、レイリンを直視しながらビスケットを味わい、「もっと」と前足で催促した。
ああ、もう、六角塔じゃなくってよ! とライラは思ったが、レイリンが喜んでいるので良しとした。
「可愛いわ。……何か動物を飼いたいのだけれど、うちはお父様とお兄様の封魔した妖魔の瘴気にあてられてしまうみたいで無理なの。一度無理を言って子猫を飼ったのだけれど……」
レイリンがハミエルの頭を撫でながら言葉を飲み込んだ。
ライラは妖魔の事も「ショウキ」と言うものを分からなかったけれど、何となく察して「そう……」と返事を返した。
「レイリンちゃんは」
「レイリンでいいです」
「そう? レイリンは、学校とか行ってないの?」
「ええ。嫁ぐだけなのだから勉強は良いってお父様が。その代り、音楽やお花や刺繍の先生がいらっしゃるの」
レイリンはほとんどの日々をこの宮殿で一人過ごしている様だった。子猫とすら仲良しになれずに……。
答えの分かる質問はするのを止めよう。ライラはそう思って、レイリンに音楽の話を聞いた。
レイリンは弦の楽器が好きで、大抵の弦楽器は触れた事の無いものでも、弾いてしまえると言う。『六角塔』のフィドル担当は、他人のフィドルに変わると途端にいつもの調子を失くしてしまうというのに、触れた事の無い物まで弾けると言うのは、彼女には天性の勘が有るのかも知れない、とライラは思った。
「お兄様もリュートがお上手よ。一緒に曲を弾くの」
「そうなんだ。聞いてみたいなぁ」
何の気なしにライラが言うと、レイリンがパッと顔を輝かせた。
「良くってよ! 屋敷へ来てちょうだい」
「え……でも」
「ほら、早く!」
レイリンは身軽にふわりと立ち上がり、スカートを整えると、「こちらよ!」と手招きする。
「入るな」と言っていた屋敷へ、ライラを招くのだから、相当演奏を聞いて欲しいのかも知れない。
ハミエルが、もっとビスケットを欲しかったのに、と不満そうに「ぐうぅ」と唸った。
「ハミエルもいらっしゃい。沢山美味しいものあげるから」
ライラはキラキラした目で見詰めて来るハミエルに苦笑いして、「ま、いっか」と呟いた。
ハミエルが、ぴょんと飛んで、尾を振った。
作中で出て来た「フィドル」はヴァイオリンみたいな弦楽器です。




