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ライラとレイリン①

 ライラは、レイリンに笑いかけてみた。レイリンは慌てたようにフイと顔を逸らせてしまったけれど、初対面だししょうがない、とライラは気を取り直す。


「な、何して遊ぼうか?」

「別に……遊びたくございませんわ」

「……」


 うわ、全然可愛くないんだけど……。


「じゃあ、お庭を歩こうか? 色々見てみたいナ」

「ご自由にどうぞ。でも、屋敷には入らないでくださいな」

「……」

 取り付く島もない。


 きっと、あたしの身なりが薄汚れているからだ。こんなに綺麗なドレスを着たお嬢様だもん。あたしみたいなのと話すのは抵抗があるんだろう。話し方も、乱暴なのかも知れない。

 ライラは『六角塔』の姉サマ方が、子供の頃の自分をどう相手してくれていたかを思い出そうとして、直ぐに止めた。


 駄目だ……軽くいじめられたんだった。


でもそれは、あたしがまだ「あしらい」を知らなかったから。可愛く無かったんだ。「ありがとうございます」や「ごめんなさい」はいの一で、嬉しく無くても喜んで見せたり、本音じゃ無くても褒めて見せたり。そういうのを上手くやれるようになるにつれ、認められていった様に思う。彼女達は嘘やタテマエが芯から欲しい訳じゃ無い。ただ、そうしようと努める心と努力、女独特の思いやりとあざとさのセンス。そう言うものを、彼女達は賞賛するのだ。

女だらけの所帯はとても簡単で、反面難しい。黒と、白と、時々グレーを使い分けて、それが楽しく心地いい時もあれば、わっと叫びたくなるほど窮屈な時もある。

でもなぁ、あたしはこの女の子を躾けたい訳じゃ無いし、旨くやって行きたい訳でも無い。「あらそう」と言って、放って置く事だって出来る。気持ちよさそうなソファがあるもん。あそこでぐうたら昼寝でもしてやろうか。……チクショウ、でもそう出来ないのは、そんな事をしたらここを摘まみだされちゃうのが火を見るよりも明らかだから! ああもう、どうしてアシュレイはこの子以外の大人に口を聞いといてくれないの? 仲良くせざるを得ないじゃないの!

 

向こうもそれを分かっているのだろう。いつでもレッドカードを出す態勢だ。お兄様に怒られるからカードを切ったりしないけど、ちらつかせるくらいはお許しあそばせといったところか。


駄目だ。取り繕ってわざわざ相手のフィールドに入るより、自然体で行こう。とライラは決めた。お嬢様の事なんて、わからないもん。どうせアシュレイが戻って来るまでのお付き合いだし、これでダイアナが戻るならやすいやすい。


「お兄様は、良いお兄様みたいね」

「……」


 突っ立っているレイリンの小さな顎が、微かに身じろぎした。

 ライラはそれをチラと目にとめて、芝生の地面に座り込んだ。あぐらをかく彼女を見て、ぞっとしない様な顔をするレイリンに構わず、ライラは話し続ける。相手が返事をしないなら、返事をさせるまでだ。


「こんな凄いところに住んでるヤツだなんて思わなかったなぁ。封魔師なんて言うし、びっくりさせられっぱなし。変な事ばっかり言って本音が全然分からないけど、アイツは良い奴なのかな。妹の意見を聞かせてちょうだい」

「……」

「良い奴って、言ってあげないの? そっか。やっぱり、悪いヤツなのかな……」


 キッと、薄いブルーの瞳を憤りに染めて、レイリンが立ったままライラへ身体の正面を向けた。

 

「旅の途中でお知り合いになったそうね? 幾日かお兄様と過ごされたはずよ。それでもお兄様を悪い方だと思われるなら、貴女の人を見る目は最悪ね」


 ライラは肩を竦めて見せた。内心「キタキタ」とほくそ笑む。


「それはアイツにも責任があるかも」

「そんな事ないわ。貴女の見るものは、全部貴女みたいに薄汚れているんでしょう。一体どうやってお知り合いになられたの?」

「アイツが」

「アイツなんて呼ばないで! 貴女なんかが口を聞けない程地位のある方なのよ!」


 まぁ、そうなんだろう、とライラは思った。みすぼらしいと言われた事は何とも無いけれど(だって茶飯事なのだ)、アシュレイが遠い存在の人だと思うと、「バカねぇ」と呟いて小さく笑い飛ばしてしまいたくなる様な、そんな心持ちになる。それはちょっとだけ冷たい風になって、ライラの胸中を素早く一周して消えた。


 でもそれがなんだって言うんだろう?

 あたしは知ってる。それから、多分この子も。


「薄汚れてるよね。私服に回すお金カツカツだったもん。これでも、オシャレな方なんだ。……オジョーサマのご想像通り、あたしは地べたの人間だよ。酒場であんた位の歳から、裸みたいなカッコで歌ったり踊ったりして食べてたの。だからってアイツは、あたしに『口をきくな』なんて言わなかったよ。だからあたしもそうするつもり。アイツがどんなヤツだって、知り合った時の立ち位置をあたしは変えたりしない。じゃないときっと、アイツは拗ねるから」

「そうね。そうだわ。お兄様はそういう方よ。良かったわね。踊り子さん。でも私が―――周りが許さない。踊り過ぎて常識をどこかに落としていますわよ。貴女なんて、風が吹けば飛んでしまう帽子みたいな立場なのだから、発言にはご注意あそばして」

「わぁ怖いっ」


 ライラはケタケタ笑って、膝を手で打った。ライラは腹を立てたりしない。ただただ滑稽なだけだ。


 こんな立派な宮殿に住む女の子が、やつれ知らずのふっくらとした頬をして、綺麗なドレスを着、『六角塔』の女たちみたいな毒を吐いてる。ちょっと突っついたら剝き出しにしちゃって、可笑しいったらありゃしない。あたしはこの子の言う通りの存在。でも、言われて悲しくなんか、ない。だって―――


 ライラはハッとした。

 あの奇妙な夜に、アシュレイはなんて言った?


 やかましいドラだ。愛が無いから。


「……」


 愛が無いから。


 あたしには愛が無いという意味だと思ってた。貰えないから。足りないから。満たされていないから。

違うんだ―――あたしがこの子の言葉に悲しみを感じないのは。

 自分を愛していないから。

 

 アシュレイ、どうしてわかったの?


 レイリンはライラに笑われて、顔を真っ赤にしていた。自分で煽っておいてなんだけど、ヒステリーを起こされたら堪らない。

 ライラは潮時だ、と思った。なんだかテンションが下がってしまったし、年下の女の子をからかうのなんか、猫の子を相手にするよりつまらない。


「レイリンちゃん、止めよう。あたしは用事が済んだら出て行くよ。あんたのお兄様とも、それでお別れ」


 レイリンが、肩すかしにあった様な顔をして「え」と声を上げた。


「……財産狙いじゃないの?」

「やぁね。当たり前でしょ。冗談じゃないわ。それにあんたのお兄様は、あたしなんか相手にしないって、自分で言ってるクセに」

「でも―――でも。お兄様、一度騙されそうになって―――」

「え? なにそれ。ちょ、ちょっとここ座んなさいよ」


 思いがけないゴシップに、ライラは居ずまいを正して、自分の横をレイリンに進めた。レイリンも途端に気が抜けたのか、そそ、とライラの隣に座ると、


「お兄様は、何故か貴女みたいな庶―――ええと……」

「庶民ね。良いよ。格上げありがとう」

「……そういう方が好きみたいなの。上流のお嬢様とは滅多に交流をなさらないのよ。それで学校でお知り合いになった女性に騙されたみたいで……」

「財産目当てだったの?」

「そうに違いないわ。だって、ナザールの名を知ってから愛想よくする方ばかりだもの!」


 どうやらレイリンには多少なりとも、現実が見えている様だった。 

 幾度と開かれる社交パーティで、あんなに素敵な兄にちっとも見向きもしない女達が、ナザールの名を知った途端色目を使う様をたくさん見て来たのだと言う。

 ライラはハッキリとその喜劇を思い浮かべる事が出来る。

 そして、その隅っこで悔しがっているこの女の子の表情も。


「アシュレイは、のぼせ上がってた?」


 ちょっとワクワクして聞いてしまう。


「お兄様はのぼせ上がったりするタイプじゃなくてよ。女性に対してはとてもクールなんですから! 寄って来るご令嬢を皆、片っ端から冷たい目で見ていたくらいよ」

「その女性ひとには?」

「その方には、とても、穏やかな……でも! 絶対騙されてたのよ!」


 アシュレイがクールというのはもう聞き流すとして、レイリンの話し方の抑揚にライラは「おやおや」と思った。アシュレイとその女性ひとは、本当に好き合っていて、それを認めたくない、といった感じに聞こえたのだ。

 レイリンは真っ赤になって捲し立てる。


「だって、裸で寝ていたの!」

「……!? は?!」

「お兄様のお部屋に行ったら」

「おっとっと!! 待って! それ以上言わないで!」


 レイリンは、わっと両手で顔を覆った。ライラも、何だか気まずい話を聞いてしまって、同じように顔を手で覆う。


「あんなハレンチな手を使うなんて、悪魔よ! 最低よ!」

「う、う~ん……」


 美女が、アシュレイを、ねぇ……?

 てゆうか、なんてもん妹に見せてるんだアイツは!


「ライラさん、どうお思いになって!?」

「ご、ごめん。混乱中……」

「そんな、見方してくださいな!」


 かくして、女二人は打ち解けて行ったのであった……。


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