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見た目は中身を相殺出来るか否かの話~犬も喰わない~

 ライラは曇り空の下、だだっ広く広がる海原をアシュレイの背に捕まりながら眺めていた。

 湿り気を帯びた風は生臭い。けれど、どうしてか懐かしい気がして匂いに慣れ始めた鼻の感覚を無意識に研ぎ澄まし、もっと感じようとしてしまう。鼻の奥に溜めた匂いを心に落とすと、やはり懐かしくて、少し官能的な気分。

 もうアシュレイの背にぴったりくっつくのに慣れてしまったのか、それともこの海の匂いの不思議に酔ってしまっているのか、ただ単純に疲れているのか、ライラは分からなかったけれど、ラルフの軽快な足並みのリズムに身を委ねながら、ライラはアシュレイの背にもたれ掛る様にして海を眺めた。

 進む海岸線の先に、物語の悪役が住む様な城が見える。ようやく王都に着いたんだと思い、まだこれから先は分からないのにライラは少しだけ安堵していた。


 とにかくここまで来れた。アテもある。……微妙だけど。

 でも、ここまで来れたのだから。


 アシュレイが背中をもぞもぞ動かした。


「お、重たいよライラ」

「ん~、ちょっと我慢しなさいよ。海ってとっても良い気持ち」

「こんな海よりもっと良い海を見せてあげたいなぁ」

「もっと良い海?」


 ライラは沖でさざめく波を眺めながら、アシュレイに聞き返した。


「うん。太陽が照って、キラキラ光ってるさぁ。ここの海は黒いだろ? でもさ、海って青い色や、緑色の方が素敵だよ」

「……そう。海って色が変わるの?」

「光の加減や、水の性質や、深さや、そんなので変わるんだよ」


 ふぅん、と返事をして、広がる海を眺める。

 アシュレイの話が本当なら、見比べてみたいと思う。


「海って、繋がっているんでしょ?」

「そうだよ」

「色の境界線はどこ?」

「う~ん……。わからないなぁ」

「見てみたい」

「パッキリ分かれてないと思うよ。多分少しずつびみょ~に変化してるんじゃないかな? ちょっと瞬きした合間に、あ、変わってた、みたいに。空だってそうだろ?」


 そうねぇ、とライラは呟いて空を見上げた。

 「あら、曇って来たわ」そんな感じだった。


「大きいんだね」

「大きいんだよ」


 砂浜に寄せて来る波の泡を眺め、ライラは自分もあの細かな泡の様に小さく、少しだけ世界に微かな音を残して消えて行くのかしら、と思った。何だかそれは勿体無い気分だ。世界が大きいと分かったのに、自分はその世界に対して「ぷく」とか「ぴち」とかそんな微かな振動しか起こせないなんて。


「ダイアナを助けたら、『六角塔』なんかに戻さないでトンズラしてやるわ」

「それがいいねぇ~」

「それで、ダイアナと世界中を旅しようかな」


 あたしが歌って、ダイアナが踊る。そうして、流れ者みたいに異国を渡り歩いて、自分達みたいな歌子や踊り子を誘って、芸の旅団を作って……。

 そんな風に夢を見た矢先に、アシュレイが水を差した。


「え……駄目だよ」

「どうして?」

「だって、僕はライラとどこか綺麗な海の見える家で、のんびり商いでもして二人っきりで甘々に暮らしたいんだ。旅なんてイヤだ。どっしり根をおろして落ち着いて甘々したいんだ」

「来なきゃいいわ。誘ってないし」

「酷いよ! ダイアナが助かったらお払い箱!? そんな事無いよね!? ライラはもっと優しい娘だよね!? 貢がせた男に多少の罪悪感くらい持ってくれるよね!?」

「あんたが勝手に貢いだんでしょ」


 あ~~~!? とアシュレイは避難がましい声を出した。


「あ~~~!? ライラ、あ~~!?」

「うっるさいなぁ! 罪悪感であたしがあんたと甘々したとして、それって虚しく無い訳?」

「虚しくないね。僕の好きなシュチュエーションは、『お礼に』と、『お仕置き』だ!!」


 彼の言う『お礼に』は『お仕置き』が好き、というところから推測すると『お礼にどうぞ』では無く『お礼に捧げよ』的な非人道的なものであろうとライラはピンと来た上に、自分の中の一番嫌いなワード『お仕置き』を好きなシュチュエーションに上げて来るアシュレイにかなり引いた。というか、好きなシュチュエーションを暴露して来るところにも大いに引いた。


「さい……最っ低っ!! 人の傷を……ッ」

「ちちち、違うよ!? そういうお仕置きじゃ無くて、もっとこう、甘い……ね!? 違うんだよ!?」

「もうヤダ! 気持ち悪い! アシュレイ気持ち悪い!!」

「そ、そんな大声で言われると悲しいよ……」


 ライラが荷袋から畳んだ敷物を出して、自分との間に挟みこむので、アシュレイはますますしょげた。


「ううう、死ねばいいのにって声が聴こえる」

「そこまでは言ってないけど……ちょっと自分自身を振り返った方がいいかもよ」

「僕は前だけ向いていたい。……あ、また『死ね』って聴こえた」

「あんたの罪悪感の声ね」


 声はハミエルの声だ。荷袋の口から顔を出して、アシュレイに呪いの思念を送っているのだった。

 ふぅ、と息を吐いて、ライラは目前に迫った王都の門を見た。城壁は無いのに、門があるのは滑稽な気がした。

 何故か、……自分の様で。



 ライラは王都へ入る前に海に触れてみたくて、ラルフから降りると、裸足になって打ち寄せる薄く平たい波を蹴りながらひたひた歩いた。じゅわじゅわと柔らかい砂の地面に、自分も染みて行きそうな気がして、少し怖くなってラルフの手綱をきゅっと握った。

 

 ……あたしはアシュレイに何かお返しをしなくてはいけない。一体どうやって? お金も自分がコツコツ貯めた分では絶対に足りないし、普通に生きて返せるのかも、見込みはすっからかんのギリギリだ。かと言って、アシュレイが言う様な『お礼』も違う気がするし、まっぴらご免だ。……アシュレイだって、ほとんど冗談で言っているに違いない。もしライラの「助けて貰った」と言う気持ちを利用する気なら、あんな方法で彼女を自由にしなかっただろう。さっさと金をちらつかせて、ライラを「買え」ば良かったのだから。

 更に言うなら、アシュレイの好意自体が怪しい。

 一体自分のドコがそんなに気に入ったのか分からないし、臆面が無さ過ぎて逆に疑わしい。

 いつもならそんな事気にせず言い寄られれば恋に飛び込んで行ったライラだけれど、丁度そんな気持ちを突っ撥ねていたタイミングで、更に相手が疑わしい上にそんなにカッコ良くない変態ではライラだって厭なのだ。

 いや、とりあえずそれは置いておいて、もう王都に着いてあとはダイアナを助けるだけなのだから、そろそろ本心を明かして欲しいのがライラの気持ちだった。


「ねぇ、アシュレイは本当にあたしを好きなの?」

 

 ……本当は、ただの金持ちの気まぐれで、ちょっと女の子と一緒に旅してみたかった、とか、田舎町の踊り子を助けて偽善者ぶりたかった……とか……。そんな、そんなところなんでしょう?

 

「へ?」

 

 と間の抜けた声が、ラルフの上から振って来た。


 へ? って何? あれ? あたしを好きなんじゃなかった? え? なにこれ? あたしの勘違い? いやいや……ちょっと待って? どういう事? だって……。


 ライラは何故か慌てて、アシュレイを見上げた。


「あ、あたしを好きじゃ無いの?」


 なにこれ? なんであたしがアシュレイに縋ってるみたいな変な感じに……っ!? うわ、アシュレイの顔すっごいムカつく!!


 アシュレイがとろける様な表情で、イラつく質問返しをして来た。


「どうしたの~? 急に不安になっちゃったの~?」

「し、質問にだけ答えなさいよ」

「は、恥ずかしいな……好き」


 ラルフの鬣に顔を埋めてアシュレイが言うので、ラルフがえづいて暴れた。


「……もう、ふざけてないで!」

「ふざけてなんかないよ! ビンビンに好きだよ!」

「ビ、ビンビン?」

「変な意味じゃないよ!」

「余計な事言わないの! じゃあどうして好きなの?」

「? ビンビンくるからだよ」

「……?」


 しばし、お互い「何を言っているんだろう?」という顔を合わせた。


 駄目だ……。意思の疎通が……。ううん、諦めちゃ駄目ッ!


「だ、だからどうしてビンビン来るワケ?」

「そんなの言っちゃったら身も蓋も無いから、あんまり答えたくないなぁ……怒らないなら答えるよ」

「答えなきゃ怒る」


 ライラが脅すと、アシュレイは本当に身も蓋も無い返事をした。


「好みだからだよ」

「……」

「真理だろ?」


 なんだそれは、とライラは思った。

 君の歌に胸を打たれたんだ、とか、君は僕と同じものを持っていそうだから、とか、色々ありそうなのに、「好みだから」? 「真理」? 「真理」って何?


「み、見た目?」

「ほぼそうだね!」


 爽やかに微笑みかけられても、イラッとしか来ない。


「中身が気に入らなかったらどうすんのよ!?」


 ライラの大声に、アシュレイは堂々と胸を張って答えた。


「中身は見たこのみで相殺される!!」

「なんですって!?」


 目を剥くライラを、アシュレイはフンと鼻で笑った。(何故だ)


「証明しよう」

「!?」

「凄い可愛いポメラニアンがいるとする」

「ぽめ……?」

「ふわっふわなんだ……」


 アシュレイが両手で何やら「ふわふわ」を表現しながら、ほわわんとした顔をした。


「ふわふわ……」

「でも、その子は凄くダメな子なんだ。しちゃいけないところで粗相するし、お手もお座りも出来ない。無駄吠えばかりするし、挙句に飼い主に噛み付く」

「……」

「でも、ふわっふわに埋もれたクリクリの目で直視されて、首でも傾げられたら、可愛いだろ!? 許しちゃうだろ!? そしていつしかダメなところも愛しくなっちゃうんだよ! それに躾! 肝心なのはここだ! 丹精込めて躾た後で、イヤイヤでも『お手』とかしたらどうする!? 滅茶苦茶グッと来るだろ!?」


 ライラは眩暈がして、ぐっと足を踏ん張った。

 

 ……悔しい。何? この勢い。でも負けちゃいけない気がする。そもそも、あたしはその「ポメなんとか」じゃないし、「ポメなんとか」はどうやら察するに犬だ。

 あたしは犬じゃない。と言うか、コイツは犬を飼う要領であたしを自由にしたって事? そんなのイヤだ。何とかしてアシュレイを言い負かさなければ、躾られてしまう!


「じゃあ、あたしの容姿が変わったら、あんたはあたしを好きじゃ無くなるって事?」

 

 上げ足を取ったつもりのライラに、アシュレイは非難めいた表情をした。


「ライラはポメ子が他所の猛犬に襲われて、フワフワがボロボロになったら捨てるの?」

「ポ、ポメ子が何なのかイマイチ分からないけど、そんな事しない。ちゃんと可愛がるよ」

「だろ? 僕だってさ」

「……」


 ライラが困惑して黙っていると、アシュレイはますます勢いを増してまくし立てて来る。

 

「何故だか急激に株が下がってるみたいだから、ライラの株も落としてあげるね! 落ちる時は一緒だよ! 君だって僕よりカインにときめいたろ。奴の事何も知らなくても、お近づきになりたいって、僕を放っぽって店に帰ろうとした!! 僕はあの時傷ついたよ! 楽しくおしゃべりしてたじゃないか! パンケーキに花だって盛ったじゃないか! なのに酷いよライラ!! 僕だけ見た目重視みたいな感じでやな感じだよ!!」

「あ、あの……」


 いつしか王都に着いていて、大きな鉄柵子の前でアシュレイが喚くので、ライラは門番の視線が痛かった。

 門番は二人いて、どちらも長槍を持っている。不審がられてしまったら痛い目に遭いそうで、ライラは全然腑に落ちなかったけれどとにかくアシュレイを宥める事にした。


「ア、アシュレイ、わかったから」

「分かって無いよ! 大体、『なんで好きなの?』なんて面倒臭い事聞いといて、答えが不満だったら『そんなの愛じゃない』みたいな顔するの良くないよ!! 理由はどうあれ本人が好きって言ってるんだから、いいじゃないか! どうして素直に受け取らないのさ! 大体、『好み』って言われて不満って何!? 僕一度も好みなんて言われた事無いよ!! チックショー!」


 門番が険しい目でこちらを見始めて、ライラはハラハラした。

 でも、アシュレイの饒舌モードは止まらない。


「そ、そうだねアシュレイ! ごめんね! 不満じゃないよ! だから落ち着いて!」

「ぼかぁ、落ち着いてるよ! ……空も! 海も! 移り行く境界線が無い様に、人が恋に落ちる境界線を見ようったって出来るハズが無いんだ! だってラバーズの数だけあるんだからね! だから今回ライラは好みから始まったけど、僕だって中身から始まる事だってあるさ! でもどっちが素晴らしいかなんて優劣をつけるのは甚だ可笑しいよ! もしどうしても優劣をつけたいなら、お付き合い開始からの質を見てよ! 愛を育む時間の質をさ! 思いやり、大切にし……」


 なんだか論点がずれて来た上に、言い訳めいたものが見え隠れするのはライラの気のせいなんかじゃないだろう。

 これだけペラペラ捲し立てるという事は、その実アシュレイは語るほど「恋愛観」に自信がある訳では無いのかも知れない。

 それを裏付けるのは残念ながら彼自身だ。数をこなしている様には見えない。

 それにしても良く喋る。モテない要素満載の男、それがアシュレイだ。


 もぉぉ~! 門番さんがこっちに来ちゃったよぉぉ~!!

 どうしよう。ここで何か取調べとかされて、面倒臭い事になっちゃったら……。

 

「アシュレイ、門番さんがこっちに来てるから!」

「話をはぐらかしたって駄目だよライラ! 身も蓋も無いって言ってるのに聞いたのはライラだからね!」


 ライラはこれにカチンと来た。「聞いたのはライラだからね」とは、男らしくないではないか。「誘ったのは君だからね」と言われて泣いた黒歴史を何故か思い出して、苛立ちが沸き上がる。

 おい、と門番が話しかけて来るのを「ちょっと待って」とライラは制止した。

 

「あんたちょっとしつこくない?」

「しつっ、しつこいってなにさ」

「しつこいじゃない!! 大体ね、身も蓋も無いってわかってるなら、ちょっとは飾ったらどう!? 見た目じゃなくて中身も好みだよとか言っておけばいいじゃない!」


 アシュレイは『そ、そうか。その手があったか』と言う様な顔をしたが、ライラの反撃にこちらはこちらでカチンと来たらしい。そもそもアシュレイからしたら、散々好きと言っているのに「ホントに?」だの「どこが?」だの「見た目?それって……」だの詰問されて、面倒臭い事この上無かった。挙句の果てにどうも人格を疑われている様なので挽回しようとして必死になったら「しつこい」だ。

 彼の負けじ魂が震えるのも無理も無いかも知れない。

 

「や、や、ゴメン。ぶっちゃけいいかな!? 僕は君のそういう面倒臭いところ好きじゃ無いね!」

「うるさいうるさいうるさ~い! 残念だけど、あんたにどう言われようが、ぜんっぜんだから! ぜんっぜん悲しくないから!」

「あ、ブスだよライラ! 今凄くブスだよ!!」

「な・ん・で・す・っ・て~!? ラルフから降りろ! 横面張り倒してやる!」


 ひゃああ、と言って、アシュレイはラルフの首にしがみ付いた。当然、ラルフは「オラ降りろや、手伝ってやっからよ」とばかりに、ヒヒーンと前足を高く高く上げてアシュレイを振り落とした。

 アシュレイは無様にラルフの背から転げ落ち、腹ばいで呻いているところをライラに背を踏み付けられて、「ぎゃん」と潰れた声を出してもがいた。

 

 あ、あの……と門番が長槍を両手に胸の前でしっかり抱えて声を掛けて来たけれど、ライラは再び彼らを視線で制し、アシュレイの背に乗せた足に体重を掛けた。


「ぐぁぁ……や……ばん(野蛮)……ば(待)……」

「誰が山姥だ!」

「ちが、ちが……」

「あんた確か、好きなシュチュエーション『お仕置き』だったわね」


 アシュレイが激しく首を振って、バンバン地面を叩いた。


「そ、そうだけど違うよ! 僕はする方が好きなだけでぐにゃぁぁ!」

「ハミエル!」


 門番さんは、急に始まったお仕置きタイムに、成す術もなく元の位置に着き、一部始終を見守ってくれた。


*  *  *  *  *  *  *  *  *


 バカだなぁ。

 本心なんて、言うワケないだろ?

 丸裸みたいな君が羨ましいよ。

 眩しいよ。




*  *  *  *  *  *  * 



「光の加減や、水の性質や、深さや、そんなので変わるんだよ」


 アシュレイ、だったらあたしは海なんか嫌い。

 

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