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セイレーンは狼と終わりをうたう  作者: 梨鳥 
ライラとアシュレイ
3/143

騒がしいドラ

ライラの歌が終わると、拍手や口笛、賞賛の声で店内は満ち足りた。

ライラは顔を輝かせて笑顔を振りまく。


この瞬間が好き。私が、私である証明の様な。


店内の興奮に酔っていると、突如、ガターン! と椅子が勢い良く倒れる音が響いた。

 店内にいる者が皆、そちらを見る。

 店内はシンと静まって、ライラにとって心地よい騒めきが消えてしまった。

 ライラもちょっと驚いて、音のした方へ首を伸ばした。そこには一人の若者がテーブルに手を突いて立ち上がり、真剣な顔をしてライラを見詰めていた。

 気圧される程の真剣さに、ライラは、じり、と後退りした。


 ……なにか、私の歌が気に障ったの?


 周りにも異様さが伝わっているのだろう、皆が遠巻きに彼を見守る中、彼が動いた。

 彼は怒った様な表情でずんずんとステージに近付き、登って来た。

 これが片腕でもつきながら身軽にヒラリ、と登って来たならばスマートでカッコ良かったかも知れない。

 彼は自分の腰より上のステージに結構苦労してよじ登ったので、あまり見栄えの良いものでは無かった。

 結構苦労してよじ登っていたのだから、誰かが止める間もあったのかも知れないが、皆、


「なんだか面白そうな事が始まりそうだ」


 と、展開に期待して彼を見守っていたのだった。


 若者はかなりの重労働をしたとばかりに「ふぅう…」と一息ついてから、ライラの前に立った。

 近距離で向かい合うと、高いヒール靴を履いているライラと、それ程変わらない身長だ。

 今はなにやら激しい感情をむき出しにしている顔は、「不味くは無いが飛び抜けて良くも無い」

と、コッソリ採点した。

 緊急事態でも、女の子はシビアなのだ。


 若者は下唇を噛み、鼻の穴を膨らませ、鼻息も荒くライラの顔を覗き込む。


 ショコラみたいな色、とライラは思った。

 彼の目の色を見たのだ。


「あの!」


 と若者は大声を出した。

 真っ赤になって、ガタガタ震え出す。


 ナニこの人コワイ。


 ライラはどんどん後退り、顔を引きつらせる。


「あの……! あのぉ!」

「な、なに……?」


 ライラは不安げに周りを見渡した。

 店内からは好奇の視線しか返って来ない。

 楽屋のカーテンでは、ダイアナや仲間達が心配そうにこちらを覗いている。

 ダイアナが、「早く! コッチいらっしゃい!」と口をパクパクさせて手招きをしたので、ライラはサッとその場から逃げ出そうとした。


「ま、待って! 待って!」


 若者に手首を捕まえられて、ライラは「イヤッ!」と小さな悲鳴の様な声を上げた。

 いつもならこんな風にされても余裕でかわす事が出来るのに、これでは踊り子失格だ。


 でも、だって、なんかこの人変!


 若者はライラの悲鳴に「うわわ」と狼狽して手を離してくれた。


「ご、ごめん。触っちゃった」


 その発言が余計に気持ち悪い。

 店主が見かねてステージ上に上がり、ライラと若者の間に入った。


「お客様、ステージからお下がり下さい。踊り子が気に入らないのならお詫び申し上げますし、気に入ったのなら……」


 店主は急に小声になり、若者に囁いた。


「……裏でお話を」


 ライラは寒気を感じ、店主を怯えた目で見た。

 店主は彼女の怯えを無視して、つやつやした頬の肉を盛り上げ若者に微笑んだ。

 若者はそれを無視した。

 多分、ライラに意識を集中しすぎてなにも聞こえなかったのだろう。

 店主に「お客様?」ともう一度声をかけられてから、ようやく店主の方へゆっくりと顔を向けると、「おぉ」と呟いて、「貴方はお義父さん的な方ですか?」と言った。


「イヤ、あの……まぁ」

「お義父さん! お嬢さんを僕に下さい!」


 彼にしては精いっぱいだったのだろう、所々裏返った大声で店主おとうさんに頭を下げて、そんな風に喚いたので、一拍置いて店内にいる観客達が爆笑した。『六角塔』側は、ポカンと口を開ける他なかった。


「お客様、ステージからお下がり下さい……」


 やんわりと、だがこめかみに青筋を浮かべて店主が言って、若者をステージから降ろそうとする。

 しかし若者は、観客が面白がって口笛やヤジを飛ばす中、ガバッと店主おとうさんに土下座して食い下がった。


「ぼ、僕はお嬢さんを一生幸せにします!」

「あのですねぇ、この娘はうちの歌姫なんです。そんな、急に下さいと言われて……」


 若者がキッと顔を上げた。髪も目も濃い茶色の、物凄く平凡凡な青年だ。

 それなのに、やっている事はかなり突飛いていて、なんだか危うい感じがする。

 彼は鼻息も荒く力んで言った。


「歌姫! そうです! 彼女は歌姫! ですが、どんなに囀ろうと、そこに愛が無ければ騒がしいドラ! やかましいシンバル!」

「誰がドラよ!」


 若者の勢いに顔を引きつらせる店主の後ろで、ライラが怒鳴った。

 自分の歌をそんな風に言われたのは初めてだったのだ。


 若者は「お〜ぅ」と言って憐れむ瞳で彼女を見詰めると、「ほら」と言った。


「やかましいドラ(猫)だ。……愛が無いから!」

「くたばれ!」


 ライラが穿いていたハイヒール靴を投げた。

 若者はサッとそれをキャッチすると、「好きだ」と言って、恍惚とした表情で頬ずりをした。


 シン……と、酒場中が気まずい沈黙で溢れた。

 コソコソと囁き交わされるのは、「変態」の二文字だ。

 ライラも、戦慄の表情を浮かべて後ずさった。


 変態が現れた!!


「ま、マスター、後任せたから!」


 そのまま、ステージ裏に慌てて駆け込んだ。

 ダイアナがサッとステージのカーテンを閉める。


「待ってくれ! もう片っぽも……じゃなくて、結婚して!!」


 若者がライラの後を追おうとしたので、店主が立ちふさがった。


「オイ! 誰かこのバカを摘まみだしてくれ!」

「な、なにお、お義父さんと言えど、暴力には暴力で返させて頂きますよ! すいませんね! すいませんね!!」


 若者がヒョロい腕でファイティングポーズを取った。

 「すいませんね!」と連呼しているところを見ると、余程腕が立つのか。

 皆が固唾をのんで見守る中、彼が「うりゃ~」と腕を振り上げた。

 しかし、店主の方が早かった。店主はダイアナが投げてよこしたデッキブラシを構えると、華麗なデッキブラシさばきで若者の横っ面をぶん殴った。

 若者はその一発で悲鳴を上げてひっくり返り、床に転がった。


 弱い。と見ていた皆が頷いた。

 唸らされる納得の弱さだった。


「お、おおおお義父さん、ひ、酷い。思いっきりぶった……!!」


 暴力を使った興奮に、店主おとうさんの怒りが爆発する。


「お義父さんじゃねー!」


 若者は殴られた頬を手で押さえながら、ちょっと涙声で果敢に店主おとうさんに縋りついた。


「そんな、お義父さん! 僕を認めて下さい!」

「警察! 警察を呼んでくれ!!」

「そんな、お義父さん! アンッ!」

「気色悪ぃ声出すな!」

「い、イヤだ!放してくれ! あ、愛は法で裁けたりしないんだ!!」


  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *


 騒ぎを聞きながら、ライラはらせん階段を駆け上がる。

 心臓がバクバクいって、息を切らして自分の部屋へ駆け込むと、ベッドへ倒れ込んだ。

 ハミエルがライラの勢いに驚いた様に「キャン」と鳴いて、慌ててくんくんしにやって来た。

 ライラはハミエルを撫で、抱きしめると、ククク、と笑い出した。


「こ、怖かった…」 


 なのに、今では可笑しくてたまらなくなったのだ。

 彼女は腹を抱えて笑い、むせて咳込むと、仰向けになって呟いた。


「アハハ、なんて夜なの……」


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[一言] フラミィがよかったのでこちらも。
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