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セイレーンは狼と終わりをうたう  作者: 梨鳥 
カインとリリスのちアシュレイ
29/143

カインの歯車④

変なおじさんが出てきますが、大丈夫です。

恋愛ファンタジーです。

 カインはリリスの家がどこにあるのか、ある程度聞いていて分かっていた。町はずれの丘と崖の変な集落だ。カインはリリスの鞄を持って早足でその奇妙な集落へ向かった。


 確か……

 煙突……そう、煙が……


 丘の上を見上げれば、小さな小屋と言って良い程の家の煙突から、ぽっぽと煙が立っている。


 あそこか。しかし、目が回りそうな家並みだな……。


 厭な予感通り、カインはリリスの家だと思われる家を目前にしながら、変な所に掘られたトンネルを何度も往復して潜ったり、誰かの敷地の奇天烈な物置きに迷い込んだり、知らない家のリビングに辿り着いて驚いたりした。


 ……辿り着け無い……何なんだここは……。


 途方に暮れていると、後ろから声が掛かった。


「おいおい、迷子かい?」


 振り返ると、目の覚める様な緑色の唐草模様のシャツを着た中年の男が立っていた。一目で「ちょっと変わっていらっしゃる」と判る雰囲気を持っていて、カインは「あ……」と声を漏らした。


 メルテル・ババク学園長だ……。


 不味い、と思った。学校では既に授業が始まっているハズだから。


「アレ? なんか、見覚えのある子だね……。う~ん。誰だったかな。その整った顔はベインズ……ベインズさんとこの……?」

「……はい。カイン・ベインズです」


 姓を当てられては、メルテルの中で答えは直ぐに導き出される事だろう、と観念して、カインは自ら名乗った。

 メルテルは嬉しそうに笑って、頷いた。子供みたいに笑う人だった。


「ああ、やっぱり、お母さんにそっくりだね」

「……あの時は、命を助けて頂いて……」

「イヤ、キミの生命力だよ。自分の強さに感謝しなさい」


 それで? 学校へ行かずに何を? と彼に聞かれ、カインはどう言ったらいいのか迷った。何となく、手に持っていたリリスの鞄を後ろ手に持つと、直ぐに見つけられてしまった。


「リリスの鞄じゃないか。どうしたんだ? リリスに何かあったのか!?」


 ゆったりした雰囲気は何処へやら、急に血相を変えたメルテルに、カインは驚いて、「早退をしたので、届けに」と短く言った。これではもう、彼に鞄を託す事になって、自分はすごすご帰らなくてはならない、と歯がゆく思ったのだが、


「早退って……早退って……!! リリス具合が悪いのか!?」


 こうしちゃいられないとばかりに、カインの返事など聞かずにメルテルはわっと駆け出した。


「あ、学園長」


 鞄……。


 わぁぁぁぁ~! と掛けて行く大の中年の後姿に「何なんだ」と思いながら、カインはその後を追う事にした。


 *


 リリスの家からはカナロールの海が一望出来た。

 厚い雲の下では海も重苦しい色をしていたが、広さを見れば、それなりに心が凪ぐのだから不思議だ。第一、カインやリリス達にとって海はこの海なのだった。

 家の敷地内には、海を眺める為に置かれたベンチがあって、リリスはそこに座っていた。彼女の隣には、真っ白な長い毛の大きな犬の様な生き物がいて、彼女はその生き物の肩を抱く様にし、毛並みの中に頬を埋めていた。

 カインがやっとの事で追いついた時には、リリスはメルテルに飛び付かれているところだった。


「リリス~! 早退したって聞いたよぉう! どこか悪いのか? 痛いの? 大丈夫なのか? はぅあっ!? な、泣いてたのかリリス!?」


 メルテルは心配し切って甲高い声でリリスの頬を両手で挟んだり、肩を撫でたりして親馬鹿振りを遺憾なく絶賛発揮中で、それを目の当たりにしたカインは正直ドン引いた。

 うちもそこそこだけど、これは酷い。と言うのが感想だった。

 しかも、凄く居心地が悪い。

 リリスはというと、特に嫌がりもせずに、されるがままになってメルテルの背を撫でている。


「大丈夫よ、大丈夫……」

「えぐっ、ほ、本当か? お前にもしもの事があったら……うぅ……お父さん、お父さん死んじゃうぞ」

「大丈夫よ、父さん。ほら落ち着いて。ね?」

「うっうっ……うん」


 どっちが親か分からないが、大きさや見てくれはメルテルが親なのだから仕方ない。彼が親だ。

 メルテルは自分を安心させようと微笑む超絶可愛い愛娘をまた涙ぐんで抱きしめると、何がそんなに感極まっているのか「〇×▽◆☆Ωリリス~!」と喚いて、いよいよ嫌がられた。


「頬ずりは止めて。油がイヤ」

「……ごめんなさい……」

「あと臭い。父さん臭い」

「うぅ……ごめんなさい……」

「次頬ずりしたら嫌い。前も言ったわよね? 次は無いから」

「う……ひっぐ……もうしません……」


 駄目だ。これは見てはいけないところを見てしまった。コッソリ鞄を置いて帰ろう。カインはそう思ったが、リリスと目が合ってしまった。


「カイン……」

「……」


 じり、とこめかみから汗を垂らしながら、カインは彼女から目を逸らした。なんの汗だかは彼にはもうなにがなんだか分からなかった。


「カイン君が、リリスの鞄を届けに来てくれたんだよ」


 メルテルが袖で目元を拭いながらリリスに説明すると、リリスは頷いて「ありがとう」と言った。


「父さん、あっちに行っててくれる? カインと二人だけで話したいの」


 リリスがそう言うと、メルテルは「え!?」とあからさまにショックを受けた。

 恐怖を感じているのに近い表情で、リリスとカインを交互に見て、「な、なんで……イ、イヤ……」とモゴモゴ言って、首を振る。


「なんで? リリス、なんで? お父さんに聞かれたら不味い話でもあるのかい?」

「え、ううん……そうじゃないけど……」


 もちろんそうだ。お前が鳥人間なんぞで壇上に上がるからこうなったのだとは二人とも口が裂けても言えないのだった。


「じゃ、じゃあ、お父さんもここにいる。お父さんもここにいるぞ! なんの話をするんだい? カイン君と二人きりで、何の話をしようとしていたんだい!?」


 メルテルは台詞の最後の方でギリィッとカインを睨みつけた。


 許さんぞ! 我が娘と二人っきりで話だと!? 断じて許さん。リリスは一生清らかなまま妖精となるのだ! イヤ、もう既に私にとっては妖精みたいなもので、生まれた時から妖精なのであって、私だけの妖精なのであって、こんな、こんなカッコいい男子だからってクッソ~、許さんぞあの時助けるんじゃ無かった!!


 とメルテルは心で激情のまま思って、知らずに口から出していた。


「うふふ。父さん、何言ってるか良く分からないけど気持ち悪いわ。消えてくれる?」

「リリス……駄目だ。男は顔じゃない……」

「カインは中身も素敵よ」


 キャイィン! という顔をして、メルテルが青ざめた。カインもオロオロと青ざめた。


 どうしたらいいんだ? 凄く帰りたい。なんだか、クラスメートの女の子達の方がまだマシな気すらする。


「か……くかか……り、リリス良く聴きなさい。イケメンと言うのは、ブサメンが十頑張って貰える「優しいのね」を、たった一でかっさらって行く悪魔なんだよ……騙されてる。騙されているんだリリス!目を覚ヘブッ!」

「父さん、なにも心配無いったら。カインは友達よ」

「痛いよリリス……」

「何が? ほらほら、クーとおうちに入っててね。クー、父さんとハウス!」


 クーと呼ばれた真っ白な毛むくじゃらが巨体の割にスッと音も立てずに寄って来て、大きな口を開けるとメルテルの唐草模様のシャツを噛んで、グッと引いた。


「こ、コラコラコラ、クー、メッ!」


 クーは容赦なくメルテルを引っ張って、尚ももがくメルテルを「オラ入れ」とばかりに前足? でドンと乱暴に押すと、家の中へ押し込めた。「リリスに指一本でも触れて見ろぉぉ~八つ裂きに……」と呪いの叫びがドアを締められて遠ざかって行った。


 *


 カインはメルテルの退場に心底ホッとして、ふー、と息を吐いた。

 海原を背景にこちらを見詰めるリリスを見ると、彼女は優しく微笑んでいた。潮風が申し訳程度に吹いて、彼女のふんわりした髪を揺らしている。カインは「絵の様だ」と表現したり出来ないけれど、この光景を尊く思った。

 微笑んでいるのだから、と少し安心して、カインは鞄をリリスに差し出した。

 リリスは静かに近寄って来て、受け取った。


「……」

「ありがとう」

「……大した事無い」

「ごめんね」

「……」


 立ち尽くすカインの手を取って、リリスは彼をベンチへと連れて行った。

 手を引かれながら、どうしてリリスが謝るんだ? とカインは不思議に思った。

 謝るのは自分だ。なのに……。


 二人でベンチに腰掛けると、リリスは先ほど「クー」と呼ばれた毛むくじゃらにそうしていた様に、カインに寄りかかった。

 カインはリリスがまだ悲しいのだろうと思って、そのままにさせた。


「……父さんはね、母さんが出て行ってから、小さな私を男手一つで育ててくれたの」

「お母様、いないのか」


 ふふ、とリリスは吹き出した。


「カインって、母さんの事『お母様』って言うの?」

「そうだけど。変か」

「ううん。ちょっと意外。……でも、そうね。カインらしいかも」

「どっちだ」


 首を傾げるカインに再び笑って、リリスは足をプラプラさせた。


「私の『お母様』はね、父さんの他に好きな人が出来てしまったんですって」

「……」


 カインは「あの男では仕方ない」と少し思ったが、小さく頷いた。それから、自分の母親を少し思い浮かべた。彼女が父親以外の男を好きになる、と言うのは、想像出来なかった。そもそも、母親というものがそんな感情を持つ生き物なのかすら、想像出来ない。

 イチャついてはいるけど、夫婦だから、家族だから、と思っていたし、思いたい。でも彼女の根本には、父に対するそういう男女の感情があるのだろうか。それが無くなった時、他所の男に心を奪われたなら、母も去って行くのだろうか……。カインには分からない。


 リリスは寂しいのだろうな。


 カインはそう思った。自分にもたれ掛っている彼女の身体を、酷く小さく軽く感じた。肩を抱いてやりたかったが、今話している話の内容を思うと、何だか遠慮してしまった。


「父さんにはね、私しかいないの……私も、父さんしかいない」

「……」


 それにしても行き過ぎていやしないか。滅茶苦茶鬱陶しがっているところを見てしまったのだが、とカインは思ったが、黙っていた。


「学園長の娘なのを隠していたのは、鳥人間が恥ずかしかったんじゃないの。ただ、ほら、父さん親馬鹿でしょ? 私がいい成績を取った時に、贔屓なんじゃないかってイジメられないかって心配して、『メルテル』を伏せたの」


 贔屓を疑われるとか心配する前に、もっと思い返して欲しい所があると思ったが、カインは曖昧に頷いて


「知っていたら、皆と笑ったりしなかった。……悪かった」

「ううん。いいの。カイン、ごめん。ごめんね……」

「?? なんでリリスが謝るんだ?」

「いいから、謝らせて」


 リリスはそう言って、クーにするみたいに腕を彼の背に回した。

 クーにするみたいな気持ちで。


 * * * * * * * * *


 良く分からないけど、許してくれるなら良い。

 良く分からないけど、こうしていたいなら、していれば良いし、……良く分からないけれど、俺はリリスの味方だよ。

 俺はどうやら馬鹿のようだ。



 * * * * * * * * *



 ごめんね。

 あの涙は嘘なの。

 父さんをバカにされて、カッとなったの。

 もう終わらせたくて、涙を貴方に見せたの。



 貴方を、利用したの。

 ごめんね。


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