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セイレーンは狼と終わりをうたう  作者: 梨鳥 
カインとリリスのちアシュレイ
25/143

白旗

 竈から出た二人は、お互いの姿を見た。

 リリスは灰だらけのカインを笑ったが、カインは顔をしかめている。

 カインはそれ程服装にこだわる質では無かったが、一応彼女に会う為に着替えて来たばかりだったのだ。独身だが屋敷にはメイドがいるので、自分で洗濯をする必要は無いが、やはりこれでは気が引けた。


「酷い事になっちゃったわね。ごめんなさい、カイン」

「メイドに叱られる」


 実際彼を叱るメイドなどいなかった。メイド達はカインに骨抜き状態で、タダ働きでもイイ、と思っている者すらいる位だった。

 リリスは、ハハハ、と豪快に笑って「仕事だったって言えば良いわよ」と無責任な事を言う。


「でも、それで外を歩くのはさすがにね……時間はあるの?」

「今日はもう暇だ」

「そう。じゃあ、服を脱ぎなさい。洗ったげる」


 カインは「それは助かる」と言って、喜んだ。それだけ、ここに長居出来るからだった。しかし、上着を脱いでふとリリスを見、カインはギョッとした。


「おい、何してる!」


 慌ててカインが目を逸らすのもそのハズ、リリスは着ていたワンピースを無造作にヒョイと脱いだところだった。

 白いロングキャミソールの胸元から、零れ落ちそうな程豊かな胸の谷間が覗いている。薄い布なのかうっすら中身の線が見える様で、カインの頭に血が上った。


「貴様、我々はもう子供では無いぞ!」


 思わず仕事中の上司口調で注意して、カインはリリスに背を向けた。


「アハハ、カイン相変わらずだねぇ。いいじゃない。裸じゃあるまいし! こういうのはね、堂々としていれば恥ずかしくない!」

「イヤ、いいから、早く新しい服を着てくれ」


 リリスはカインがこちらを向いていないのをいい事に、両腕を頭の後ろで組んで余裕のポーズで身体を揺すった。

 

「もう少し困らせたいわ」

「頼む、リリス、頼む!」

「ウリウリ~」

「止めろ! 止めないか!」


 近寄って来たリリスに指で裸の背を突かれて、カインが真面目に怒ると、リリスは「つまんない」と言ってカインの持っていた上着を引っ手繰った。そのお蔭で、リリスの身体が多少隠れたので、カインはホッとして彼女に背を向けるのを止めた。


「つまらなくて良い。リリス、お前客にもこんな風に接してないか?」


 リリスは悪戯そうに笑った。なんとも、瞳の綺麗な女だった。


「お客様と灰まみれになった事は無いわ」

「……そうか」


 なったらどうするのだろう? とやや不安が残った。

 それを読み取った様に、リリスが笑って言う。

「ウチに来るのは腰を痛めたおばあちゃんや、赤ちゃんの熱さましを取りにくるお母さんや、お使いで護符を貰いにくる子供くらいよ」

「男の前では止めておけ。襲われるぞ」


 リリスはカラカラ笑った。目頭から目尻までクッキリと流れる二重瞼のラインが際立って、はしばみ色の柔和な切れ長の瞳がカインを映してキラキラ光っている。

あられもない姿でそんな風に魅力を振りまかれると、困る。


「笑ってないで、ちゃんと聞け」

「大丈夫よ。使い魔がいるから」

「そうだが、まぁ良い。早く服を着て来てくれ」


 ふふ、とリリスは先ほど怒られたばかりだと言うのに、くねくねと身体を左右に揺すって妖艶に微笑んだ。


「襲いたくなっちゃう?」

「……いい加減にしろ」


 カインは段々腹が立って来た。

 リリスが本気で自分を誘惑している訳では無い事を、からかっているだけだという事を、彼は分かっているのだ。

 このふざけに乗ってしまったら、瞬く間に遊びは終了してしまうのだろう。それも、少しいびつな音を立てて。

 彼女が自分に安心しきっている事が問題だ、とカインは思う。


 否、少し違うな。リリスは、俺を絶対にかわし切れると思っている。

 なめてるんだ……。


 悔しい。その気になれば、絶対組み敷いてしまえるというのに。

 かと言って、自分の欲情を見せて怖がらせるのは厭だった。

 否、でも、もしかしたら……。


 笑って、受け入れてくれるのではないか……?


 カインの表情の微妙な変化に、リリスはすぐに気が付いた。

 彼女は笑って、彼が動くより素早くサッと彼と距離を取ると、「ハーイ、気を付けま~す」と言って、カウンターの奥の、大竈の横にあるドアの中へ軽い足取りで消えてしまった。


「……」


 やっぱりな。


 一人残されたカインは、薄く微笑み、腰に手を当て深く首を垂れた。


 ―――疲れた。


 ただ、それだけ思った。

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *


 リリスは着替えて裏から出て来くると、カインに男物のシャツを投げてよこした。彼はそれを憮然とした表情で受け取ったものの、袖を通さなかった。そのシャツの持ち主が誰で、だとしたら、サイズが合わない事を知っていたからだった。ズボンも飛んで来たが、足の長さが全然違うという事に、彼女は本気で気付いていないのだろうか?


「下はいい」

「どうして? 洗ってあげるわよ?」

「いい!」


 頑なに断って、渡された服を憎々しげに見る。ついつい、湿った声が出た。


「アイツも竈に入ったのか?」

「違うわよ」

「……そうか」


 じゃあ、なんでアイツの服が洗濯されて彼女の家に置いてあるのだ。

 カインは追及したい気持ちをグッと抑える。下着まで出てきたら最悪だ。これ以上は止めてくれ。カインはそう思って「着替えはいい」とリリスに断わった。


「アイツ、よく来るのか?」

「そんなに来ないわ。この前仕事に行くって、護符を買いに来たくらいね」

「護符を買いに来て、何故服を置いて行く。裸で出かけたのか?」

「それはその時のじゃないの」

「どの時のだ」


 結局、こうなってしまって、カインは後に引けなくなってしまった。

 気を付けているのに、どうも自分らしくなくなってしまう。

 これでは自分のものでは無い女に嫉妬する、器の小さな男ではないか。

 彼女とこんな会話をしたいわけじゃないのに。

 リリスは彼の心中などまるで気にしていない様子だ。

 鼻歌を歌いながらカウンターの奥の竈を避けた先にある部屋で、何やらカチャカチャとやっている。その部屋は煮炊きの出来るキッチンが備えられている。そこで彼女はお湯を沸かしている様だった。


「前回の仕事で、妖魔の返り血を浴びたの。それを実家に隠す為に私に預けたのよ」

「何故? 自分の家で洗えばいいだろう。あそこは名門だ。妖魔の返り血くらい、見事に浄化出来るだろう」

「そうなんだけど……。名門だからこそよ。お父様が反対した仕事を、内緒で受けたんですって」


 はぁ、とカインは片手で顔を押えた。

 カウンター越しに、リリスが暖かいお茶を淹れたカップを差し出して、ふふふと笑った。


「お父様が言った値段の、十分の一で引き受けたそうだから、バレたく無かったのね」

「アイツはまだそんな事を……」

「アッシュは、そういう奴だもの。これからも、ずっと……」


 そうでいて欲しい。そんな語尾が聴こえる様で、カインは目を細めてお茶を啜った。


「それより、カイン。貴方、『審判』には立ち会うの?」


 リリスが打って変わって沈んだ口調で聞いて来た。カインは黙ってカップをカウンターに置くと、頷いた。


「仕事だからな」

「私、イヤよ。貴方がそんな……」


 俯いて言うリリスから、カインは目を逸らす。

 アイツの仕事に対してはとろける様な微笑みを浮かべていたのに、俺の仕事に対しては、そんな顔をするんだな。


「そんな仕事……」

「セイレーンを打ち取らなければ、妖魔を撲滅出来ない。俺は妖魔を必ずこの世界から消して見せる。それはお前の望みでもあるはずだ。違うか?」


 リリスがパッと顔を上げた。

 悲し気な、傷ついた顔をしているのを見て、カインは切なくなる。

 こんな顔をさせたい訳じゃない。

 だが、目的は達成させたい。―――何故なら―――


「先生を妖魔に奪われた日を、俺は忘れない。お前の悲しみも、俺が晴らしてやる。必ず妖魔を―――」

「でも、父さんは、……父さんが生きていたら必ず反対していたわ。あんな酷いやり方、父さんが認めるわけないもの」

「もしセイレーンがまだ存在していたら、また妖魔が増えるんだぞ? 確かに妖魔は減った。だが、まだたくさん存在している。セイレーンが、消えていないからだ」


 リリスは小さく頷いて、カップを両手で包んだ。伏せられた長い睫が、思案気に揺れている。


「……妖魔は憎いわ。封魔の力に額ずくモノ以外、一匹も存在を許さない」


 カインは頷いた。心底ホッとしながら。

 しかし、リリスが鏡の様な膜の張った瞳を彼にひたむきに向けたので、戸惑った。


「でもね、カイン。『審判』にかけられる女性たちは、貴方をどう見るかしら? 貴方は人間なのに、彼女達にそれこそ悪魔と思われ、恨まれるの? 死んでゆく人に恨まれるのは、貴方怖くない?」

「……リリス……」


 リリスがそっとカインの腕に触れた。

 その筋張った逞しい腕は、払いきれなかった煤で汚れている。リリスの手は、それをそっと撫でて拭った。撫でられた箇所が、彼女の温もりを追ってビリビリと痺れる様だった。


「こんなに、優しい人なのに」

「……そうでもない」

「嘘。傷ついてる」

「無いな。むしろ、今傷ついてるのが、お前に分かるか?」


 カインは腕から離れるリリスの手を捕まえて、自分の顔の傍までグイと引いた。

 リリスは落ち着いていて、悲しそうな目で彼を見る。

 どうとでもなれ、そう思ってカインは彼女の手に唇を這わせた。

 リリスが悪い。こんなにも俺の心を掻き立てるリリスが。

 滑らかで暖かい手は、ピクリとも反応しない。

 それに虚しさを覚えない訳でも無い。でも、もうそんな事はどうでも良い。


「カイン」


 掠れた、乾いた声で呼ばれて、彼は目だけを彼女に向ける。

 そうして、やはり傷ついた。何度も何度も喰らった痛みを、今日も、それも一番酷い形で。

 

 リリスの顔が虚ろだった。残酷なほど。

 

 それは今までで最大の拒否。

 カインは、リリスの唇が薄く開くのを恐れながら見詰めた。

 ―――とどめを刺される。そう思った。

 案の定、リリスが、囁く様に言った。


「……つまらないわ」


 カインは息を啜る様に吸い込んで、リリスの手を離す。

 

 *  *  *  *  *  *  *


 会いたい。

 顔を見たい。

 それだけで良いと思って来るのに。

 結局、傷がまた増える。

 増えた分だけ、また会いたい。

 次は、怯えられるのか。

 そうじゃないと良い。


 *  *  *  *  *  *  *


 大事。

 大事よ。

 大事だけれど、違うのよ。

 次に会うときに、心が変わっていてくれますように。





リリスが悪い。

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