四本足のうた
久しぶりの更新なので、前回の話をサクッと。
ライラはダイアナとハミエルとの不思議な出会いをアシュレイに告白する。
ダイアナやハミエルに対して恐れや疑いは無いライラだが、その不思議に対して『封魔師』であるアシュレイがどんな見解を示すか、固唾を飲んで答えを待っている……。
アシュレイはしばらく厳しい目でハミエルを見ていたが、ライラにとんでもない事を言い出した。
「ライラ、ハミエルを封魔出来るか試してみて良い?」
ライラは驚いて、彼の目線からハミエルを庇う様に抱きしめ、剣のある目つきでアシュレイを睨んだ。
「何言ってるの? 本気?」
「うん。話を聞いたぶんだと、君の元に飛んで来たのはフェンリルという妖魔だ」
「……フェンリル」
「大きな狼だったろ?」
ライラは大きく逞しい狼を思い出して、頷いた。
「太古からいて有名だけど、滅多に姿を見られない凄い妖魔だ」
「ハミエルもそうだって言うの? でもこの子に変わった所なんて無い」
「五年も子供のままな狼なんていない」
しまった、そう言えば話してしまっていた。
だって、あの時はアシュレイが封魔師だなんて知らなかった。「へぇ、そりゃ不思議だねぇ」くらいで終わるつもりだったのだ。
「さっきの話からして、ハミエルは妖魔だと思うよ」
「……」
そんな事は、ライラにも分かっている。もうずっと前から分かっているのだ。でも、考えない様にしていた。だって、そんな事はライラとハミエルの間になんの問題も無かったから。
「……止めて。フェンリルだって、判っただけでいい」
「そう? でも、フェンリルじゃないかもしれない。僕たちの知らない、小型の狼なのかも」
それだったら、ライラの気も軽くなるんじゃない?
アシュレイはそう言って立ち上がった。
森でパリゼットを封魔した時と同じ様に、足をぐぐっと踏ん張り始め、彼の足元の敷物がピンと伸びた。
「ちょっと……止めてよ……っあ!」
ライラの腕からハミエルがヒョイと飛び出して、唸りもせず、牙を剥きもせずに、アシュレイの目の前に悠々と歩いて行く。
まるで、「やってみろよ」と挑発しているみたいに。
ライラはアシュレイが身体から金色の光を滲ませ、それに照らされた顔をニヤリと歪めるのを見た。
目の色が変わり、暗く落ち窪んでいる。
あんな……顔をしていたんだ、とライラは思った。少し、悲しかった。
アシュレイがあの時と同じように腰を落とし、腰に手をやった。
ふわりと沸きあがる風が、敷物をハタハタいわせた。
ライラはアシュレイに怒鳴ってやろうとして、止めた。ハミエルが、静かに毛を逆立てていたからだった。
何かが始まってしまっている。今動いたらダメ、と本能が告げた。きっと、ハミエルが不利になってしまう。
アシュレイはまだ構えている。
腰に添えた手が、見えない力によってなのか、グラグラと宙で不自然に揺れている。
どことなく楽しそうに、ゆっくりと目を見開きながらアシュレイが下唇を噛んだ。口角が、上を向いている。
ぐ、と腕を上げる。
パリゼットの時は、ひゅっと軽く振っていたのに、どうやらそうはいかない様子みたいだ。
「うぉぉおお」
腹の底から出すアシュレイの唸り声に対し、ハミエルは相変わらず悠然としていて、おまけにお座りまでしてしまった。
アシュレイはちょっと焦った表情で、再び力む。
腕が、全然上がらない様子だった。
「うぅらあぁぁ……!」
アシュレイの意外な表情にショックを受けつつ、あくびをしているハミエルを見て、ライラは浮かしていた腰をストンと落とした。
「こぉのぉぉおお~~!」
「……」
アシュレイの顎から滴が垂れた。
ハミエルが飽きてしまったのか「ん~」と前足を突き出してノビをすると、その動きのついでとばかりにアシュレイに向かって「アウッ!」と吠えた。
「ぎゃっ!」
アシュレイはそれに無茶苦茶驚いたのか、両手をバタつかせ、吹っ飛ばされる様にして敷物の上にドシンと尻もちをついてしまった。
ポカンとした顔でハミエルを凝視するアシュレイを見て、ライラはもう我慢できない。
「ぷっ、あはははははは! あはは! もう、おっかしい!」
腹の底から可笑しくて、ライラは身体を曲げて笑い転げた。ハミエルがととと、とライラの方へ歩いて来るのを膝に抱き上げて、目に涙を滲ませて身体を震わせる。
「バカみたい! あ、アシュレイ、あはは!」
アシュレイは尻もちの体制のまま、苦笑いをして額の髪を掻き上げた。
「封魔出来なかった。僕に封魔出来ないなんて事有り得ないのに」
憮然とした顔のアシュレイが可笑しくて、ライラは再び吹き出すと、敷物に身を横にして笑い転げた。ハミエルが顔をペロペロ舐めて来るのを捕まえて、丸っこい頭を両手で挟む。
「……あんたはただの小さい狼ね」
「認めざるを、得、ない」
何よ、その勿体ぶった言い方!
ライラはそう思って再び「ふふふ」と忍び笑うと、ハミエルの鼻先にキスをして抱き寄せた。
ぎゅっとハミエルが潰れない様に気を付けながら抱きしめて、寝転がったままアシュレイに背を向けると、ライラはゆっくりと笑いの波を引かせた。
「ただの小さい狼だね」
アシュレイが何か口に入れながらモゴモゴ言った。サンドイッチの残りを食べているんだろう。
ライラは振り返らずに、小さく頷いた。
いいじゃないか、平気だよ。アシュレイが、ライラの話全部に対して、そう言ってくれている気がした。
知らず涙が一筋頬を伝った。
ハミエルが暖かい。ずっと、こうしてあたしに温もりをくれていた。大事な親友。
ライラは小さく歌を歌った。
〽
あたしの大事な四本足さん
もしあんたに何本足があったって
あたしはちっとも構わない
あたしとあんたに
そんな事
関係ないんだから
「足の問題?」
アシュレイが突っ込んだが、ライラはハミエルの頭を撫でて、繰り返して歌った。
なんだか気に入ってしまって、三回目に突入すると、アシュレイも混ざって来た。ライラは起き上がり、笑って抗議する。
「なによ下手くそ、混ざって来ないで」
「いいじゃない。僕もう覚えちゃったよ」
小さく始めた歌が、いつしか陽気な音頭となって、二人は所々吹き出しながら四度目を歌った。
アシュレイが「ハイ、もう一回」と催促するので、ライラは笑いながら、五度目を彼と一緒に歌った。
気持ちよさそうに月や星に向かって歌うアシュレイを見ながら、ライラはそっと目を伏せた。
……ありがとう。アシュレイ。
〽
あたしの大事なアヒルさん
あんたがホントはどんな声だって
あたしはちっとも構わない
あたしとあんたに
そんな事
関係ないんだから
* * * * * * * *
夜が更けて、ライラが静かな寝息を立て始めた頃、アシュレイがそっと起き上がった。
ご丁寧に二人の間には荷物が置かれ、仕切りにされている。
「紳士って言ってるのになぁ……」
シャツに手を突っ込んで胸を掻いていると、ライラの傍らで丸くなっていたハミエルがもそと起き上がり、ノビをした。
ツイと見られて、アシュレイは彼に微笑んで見せる。
「やあ、寝れないの?」
ハミエルはそんな上辺の挨拶に関心を示さずに、アシュレイとライラを仕切っている荷物に前足を掛けて彼の顔を見た。
「……何か話?」
『そう』
試しに話しかけたものの、返事が来るとは思わなかったので、アシュレイは内心驚いて背筋を伸ばした。
ハミエルは口を閉じたままなのに、アシュレイには声が聞こえる。
声変わり一歩手前の少年の声だった。
『おまえ、ふうま、できた』
「……でもさ、ライラが嫌がってたじゃない」
『……へん。にんげん、おれたち、にくい』
「君たちが僕らを憎いんだろ?」
『……さが』
性。アシュレイは困った様に笑んだ。
それを言われると、もうどうしようも無い気がする。
だって、人間だって動物を食べるだろう? 人間同士で殺し合いだってするんだ。
「でも、君はソーセージばっか食べてた」
『そーせーじ、うまい』
あはは、と、アシュレイは小声で笑った。
『らいらのそば、いる』
「……そうすれば?」
『ふうま、しない?』
「うん」
言いながら、「僕の邪魔しないならね」とアシュレイは心の中で付け足した。
『ま、されるきが、しないけどな』
強がっちゃって~、とアシュレイは笑って言ったが、確かにそうかも知れない。
アシュレイは元々封魔をするつもりは無かったけれど、ハミエルの余裕に、少しどんな程度が試してみたくなって、途中結構頑張ったのだ。……結果、これは少しヤバい、と思った。
吼えられた時も、何か見えない力で吹っ飛ばされた。
ライラを驚かさない為に、尻もちを突いた様に見せたけれど、自分が驚いていた。
「僕は君がライラの味方なら、別にいいよ」
『……あり…………ねる』
「ん? ちゃんと言いなよ~」
『……しね』
「……」
ぴょんとライラの元へ戻って行く小さな狼を見て、
「飼い主に似てるなぁ」と、アシュレイはニヤニヤした。
ラルフがブーブー寝息を立てている。
ハミエルにようやくお喋りさせれました(喜)