暴れ馬
今回はやや煩悩にまみれた馬視点です。
とても不思議な事に、道の無いところでも道があった。
もちろんライラが知っている道とは程遠いものだったけれど、それは確実にあって、生い茂る草や木々の中を大柄なラルフでも楽に歩けるものだった。
重ねて不思議だったのが、ちゃんとその道を辿った先に、人間の作り上げた森へと続く道(あるいは森の外へと続く道)の入り口にちゃんと到達した事だった。
パリゼットは道中、振り返り振り返り誘う様に微笑みながら、ライラ達をいとも容易く道案内してしまうと、アシュレイに『絶対約束守ってね!』と言った。
アシュレイはそれに対しての反応をせずに、手の平を彼女に向けた。
パリゼットは優雅にお辞儀をして、踊る様にくるりと回転してみせると、緑色の光の粒を立ち上げながら消えてしまった。
ライラはこの場所に普通ならどの位の時間で辿り着けるのか分からなかったけれど、不思議な体験をした事は確かだな、と感じ、パリゼットに感謝した。
左腰を手のひらでゆっくり撫でる様にしているアシュレイに
「アシュレイ、あの娘、ああ言ってたけど、ちゃんと約束守ってあげてよ?」
と忠告した。<セイレーンの矢>の隊長……カインが嫌だって言ったら、どうするつもりなんだろう、と少し心配だったのだ。
アシュレイが振り返った。目を少し見開いている。
「『ああ言ってた』って?」
「あの娘、言ってたじゃない」
ライラは「何言ってるの」という風に彼の横顔を覗き込む。
アシュレイは不思議そうに眉を寄せた。
「なにを?」
「ちゃんと聞いて無かったの? 絶対約束守れって言ってたよ」
「……へ……ぇ……」
「なにとぼけてるの? 道案内して貰ったんだからね」
「う、うん。大丈夫だよ」
何かハッキリしない態度のアシュレイに、ライラはスッキリしない気分だったけれど、平野に出て彼が再びラルフを走り出させたので口を閉じた。
揺れで舌を噛みそうだったのだ。
仕方がないので、広がる平野を眺め、夕日になりかけの日の光に思いを馳せた。
風に波打つ背の低い草原が、あっちだよ、と言う様に王都の方角へ葉先を向けて揺れている。
* * * * * * * * * * * *
ラルフは良く走った。
ちょ、もう無理無理、と思いながらも、パッとしない茶髪に上手く御されてしまう屈辱。
ライラたんが御してくれればいいのに、とラルフがそんな事を思いながら駆けていると、微かに燻った匂いがした。
どう、と茶髪が偉そうに言って、ラルフを駈足から常歩へと御した。
なにが「どう」だ胴長短足め、と毒づきながらラルフはポクポクと燻った匂いのする場所へ歩を進めた。
「アシュレイ、どうしたの?」
「キャンプの跡がある」
「キャンプ?」
ライラが身を乗り出した動きを背に感じながら、ラルフは彼女の声が良く聞こえる様に、耳を後ろに向ける。
「もしかして、〈セイレーンの矢〉が?」
良い声だ。
「うん。この先に村があるのに、キャンプしたんだね」
間抜けな声だ。喋るんじゃない。
「……ダイアナ」
「あ、ほら、焚火の跡だ」
ラルフから茶髪が降りて、待って待ってとライラもずり落ちる様に降りた。
降りなくったって、あそこまで運んであげるのに、とラルフは背中を寂しく思ったが、手綱を茶髪に引かれて渋々着いて行く。
ライラが焚火の跡の傍でしゃがみこんだ。
「そうだと思う?」
茶髪は周辺をぶらぶら歩きながら、ライラに頷いている。
「思うね。村が目と鼻の先なのにそっちに行かないのはおかしいし、場所を結構広く使ってる。テントの杭の跡もあるし、間違いない。隊の跡だよ……ほら」
そう言って彼が指差したのは、生い茂る背の低い草が無く、土が剝き出している地面。そこには、車輪の跡が残されていた。
「馬車って感じじゃないよね。荷車かなんかで運んでいるんだろう」
「家畜じゃないのよ!」
ライラが声を荒げてパッと立ち上がると、ラルフの方へ駆けて来た。
そっと小さな手が、彼の顎の下を撫でる。
「ラルフ、ごめんね。もう少し頑張って」
ラルフは物凄く興奮して、ヒヒンと甲高い声を出した。
頑張る、頑張るに決まってるジャン、任せてよ! と張り切っている所へ、茶髪の奴が水を差す。
「でも、すぐ村だからそこに泊まるよ」
「まだ日はあるわ」
そーだ、まだ明るいし、馬は夜目が効くんだぞ馬鹿。
「夜までには王都には着けないよ。ラルフだって潰れちまう」
潰れねーよ!? まだまだイケるよ!? お前と一緒にすんな。
ああ、なんで俺はブルブルとかヒンヒンしか言えないんだ。
ライラたん、大丈夫だよ? そんな悲しそうな顔しないで。「そっか、ゴメンね」なんて謝らなくてもいいよいいよ! 俺、馬だよ!? 文字通り貴女の馬だから! ヒヒーン!
実際の所、彼はアシュレイの馬だったが、心は馬だって自由なのだ。
その辺をフンフンしていた子供の狼と目が合った。
二匹は食べるものと食べられるものの関係だったが、そう言うものを超越して小さく頷き合った。……様に見えた。
* * * * * * * * * *
何かがおかしい、とラルフは思う。
二人の少ない会話を聞いていると、なにやら王都に切迫した用事がある様に思える。
話を継ぎはぎして行くと、どうやら「ダイアナ」を探しているらしい。「ダイアナ」はライラたんの大事なものなんだろう。
だとしたら、早く進みたいに違いない。
でも、茶髪の奴はビビりなのか安全な道を取ろうとしている。
ここは夜闇を突っ切って目的地に行くべきだろうが、とラルフは胸中で息巻いた。
それなのに、ライラたんは、茶髪に妙に素直だ。おかしい。これは何かあるに違いない。
……そう、例えば、弱みを握られている、とか。
けしからん、けしからんぞ! とラルフは暴れたいのを押え、ぶるる、と鼻息を荒く吐いた。
「ラルフ、相当疲れているんじゃない?」
「普通の馬じゃ出来ない程走ったからなぁ」
ラルフは二人の会話が耳に入っていない。
借金のカタか? それとも人質か? ええと、後は何だ? なんか恥ずかしい秘密とかを握っているのかマジでけしからん!
それに、村で宿に泊まるだと?
このへんちくりんめ、恥を知れ!!
どうせ俺を納屋とかに縛り置いて……くっそぉぉぉーーー!
「うっわ、ラルフ、ちょっとぉ!」
ラルフは走った。彼には走る事でしか、沸きあがる憎悪や怒りを発散させられなかった。
ラルフのお蔭で村にはかなり早く着いた。
でも、ラルフは止まらなかった。
アシュレイがどんなに強く手綱を引いても、横腹を足で打っても、暴れ馬の如く、と言うか暴れ馬そのものとなって、襲歩で村を通り越した。
「だーーー!? ラルフ止めろ! 死にたいか!?」
ラルフは止まらない。
彼は結構、衝動的な馬だった。
すぐキレる最近のアレに近かった。
彼は走り続けた。
衝動的になっていたので、「死んでもいい」と、彼は思った。
すみません。